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目が覚めると外が幾分明るくなっていた、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
隣をみればフルトはまだ眠っているようだった。フィーは彼女を起こさないように身を起こすと小屋の外、庭園へと出る。
天井から吊るされている銀板は昨夜よりも明るく輝いており、今が朝の時間である事を示している。
常に明るく照らしておいたほうが便利なのは間違いないのだが、どうにも夜は暗くないと落ち着かない。
足をゆっくりと進めて木々の間を通り小川の横までくると目を瞑り深呼吸をはじめる。
フィーが作り上げたこの庭園は別段彼女の趣味で作られたもの、というわけではない。多少はその要素もあることは間違いないのだが、こういった木々や小川といった自然的なものはマナを生み出す性質がある。
そのために自立した魔法使いはこうして自分のための庭園を用意することがある。
人間の力であるエーテルには個人個人に蓄積できる量が決まっており、消費されるとゆっくりと時間をかけて回復されていく。
エーテルは人の生命力であるとされ、当然使いすぎれば疲弊するし、底を尽きれば最悪命を落とす。
マナの多い土地にはこのエーテルを癒す力がある。逆に、マナの枯渇した地表ではこのエーテルを吸収される。
ただ、こうした庭園を用意するのには大変手間がかかる。
天井に吊るされた銀板には光量調整の刻印。同様に四方の壁に埋め込まれた銀板には空調の役目が、そして目には見えないが土の地面の下には温度調整のための刻印を彫られた大き目の銀板が敷き詰めてある。
一度マナを消費して稼動を始めればその後の手入れはさほど必要ないものの、銀は決して安いものではない。エリアの開拓や地上の再興が進まない理由はこの辺りにある。
深呼吸を終えたフィーは軽く体をほぐして昨夜消費したエーテルが回復しているのを確認して一息吐く。
さて、どうしたものか。
爪を噛みながら思考を巡らせる。
一夜明けても依頼主の方から連絡はない、フィーの方から連絡をとることはできないし、騙されて利用されているという線も十分あるためそれも視野に入れておかねばならない。
なんにしろ、鍵を握るのはフルトだ。
彼女を手中に収めている限りどのような相手にしろ、フィーが即座に殺されるということはないだろう。言い方は悪いが彼女を人質にとるしかないのが現状。
かといって後手後手に回りたくも無い、魔法使いは魔法が使えるといっても所詮人だ。寝ている間に狙撃されれば死ぬし、毒物を口にしても死ぬ。受けにまわればそれだけ不利なのは間違いない。
となれば、こちらから打って出るしかない。
「おはようございますフィーさん」
フィーが思考を巡らせているといつの間にかフルトが後ろに立っていた。
「オハヨウ」
「何かされてたんですか?」
「いヤ、少し散歩ヲしていタ、昨日ハよく眠れたカ?」
「はい、おかげさまで」
言葉のとおりフルトの顔に疲労のあとは見えない。彼女は笑いながらフィーの隣に立って、昨夜より幾分明るい庭園をながめて、感嘆のため息を吐く。
「明るいとぜんぜん違う景色に見えますね、ちょっと家の事を思いだします」
「あなたの家ニも、庭園が?」
「ここまで立派じゃ無かったですけど」
やはり、彼女の母親が魔法使いだったのは間違いないだろう。しかし、庭園をもてるほどの魔法使いとなればその数は限られる。
「どんナ所に住んでいタ?」
「どんなっていわれても、本当にこんな感じですよ? 庭園があって、ちっちゃいお家があって。あ、でも家には鶏さんがいますよ」
えっへんと自慢するようにフルトが胸を逸らすのを知り目に、フィーは再び口元に指を運び、爪を噛む。
「あなたの父は家畜商だったのカ?」
「かちくしょう……? 」
きょとんとして本当にわからないといった風にフルトは首を傾げる。
そのあまりにも無知な様子に違和感を感じる。
魔法使いどころかそんなことまで知らないなんてことがあるだろうか。
「よくわかりませんけど、お父さんは毎日お昼ごはんを食べに来るだけで殆ど家には居ませんでしたけど」
「あなたハその間、何ヲ?」
「庭園の手入れとか、家事とか、ご飯をつくったり、鶏さんと一緒に庭園で遊んだりとか」
「庭園で遊ブ……? 逃げたりはしなかったのカ?」
「逃げるもなにも、だって扉がありましたし……?」
また、フルトが不思議そうに首をかしげた。
そこでフィーはようやく違和感の正体に気づいた。
「あなたは、コウいう場所に住んでイタ?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
フィーはずっと、フルトは中層、あるいは上層の街中に住んでいると思っていた。それが違和感の正体。
フルトの話と彼女の無知、それに彼女の境遇を考えれば答えは自ずと出てくる。
あくまでも推論でしかないが、彼女は生まれてからずっと、この隠れ家のような場所に父親の手によって監禁されていたのだろう。誰にも娘の存在を悟られぬように。
彼女の存在を知れば誰もが彼女を欲する。
そして不明瞭だった点が、フィーの中で繋がれていく。
存在が知られて居ないはずの彼女が浚われたということは、外部に情報が漏れたのは間違いない。
彼女の話が正しければ動いたのは魔法使いの一団。
となれば考えられるのは二つ、上層の貴族連中が彼女の力に目をつけたか、あるいは、彼女の力を欲する魔法使いを有する別勢力か。
だが後者の可能性は否定できる。貨物を運ぶ列車は貴族達の管轄だ。
となれば依頼人は貴族連中以外で、彼女の存在を知っている人間、可能性が一番高いのは。
「フルト、あなたの父の名前ハ?」
「? ゾンダーですけど、それが?」
「イや、なんでもナイ……」
依頼人の素性は掴めた、少なくともこちらをはめる悪意がないのは確かだろう。
だが、彼女の話が本当であれば彼女の父はただの人である。
娘のためにこの隠れ家と同等の設備を用意するだけのお金があるのなら、それ相応の立場に居るのも間違いないだろうが。連絡がとれない今、最悪の事態もありうるのは言うまでも無い。
服の裾を引かれて、フィーは顔を上げる。
「難しい顔してますけど」
「少シ、考え事」
ぎこちなく笑って返すが、事態は思った以上に不味いことになっている。
報酬の金貨はまず間違いなく期待できうにない状態。
貴族連中は倉庫を襲撃した魔法使いとその積荷を血眼になって探して居る頃だろう。
この状態でフルトを引き渡した所で自分の命は助かるか?
むりだろう。あちらとしてはフルトの存在をどこかに漏らされるのは不味いし、奴らは魔法使いの命などなんとも思っていない。
やはり、命運を握るのはフルトの存在。
何にしろ今は少しでも多くの情報が必要だ。
フィーは思考を打ち切ると踵を返して小屋へと向かう。
「フルト、少し、出カケル。あなたにもついて来て欲しイ」
「いいですけど……」
答えた瞬間フルトのお腹がきゅぅと鳴った。見る間に彼女の顔は耳まで真っ赤に染まる。
フィーは緊張していた顔を崩して苦笑すると、彼女の髪の毛をくしゃくしゃと撫でて笑いかける。
「タイした物はナイが、食事をしてからにシヨウ。私も昨日から食べてイナイ」
喋りながらフィーは自分が笑っている事に気づく。
こんな風に笑ったのはもしかしたらはじめてかもしれない。
なぜだか、少しだけやる気が出てくる気がした。