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 少女は六番倉庫の様子を見ながらしきりに首を捻っていた。

 むかいの倉庫の屋根の上、時刻はもう三時前で作戦開始時間は刻々と迫っている。

 少女の視線の先は倉庫の正面扉に注がれている。本来そこには二人の警備兵がいるだけの筈であったが、なぜか今日は扉の前に四人の兵士が居た。交代にきた兵が雑談をしている、というわけではない。

 四人でしっかりと警備をしている。さらに倉庫の左右、裏といった入り口の無い場所にすら一人ずつ兵士を配置している。それも六番倉庫にだけ。

 どうにもきな臭い。

 しかし、このまますごすごと帰るわけにもいかない。

 相手にする数が二人から四人に増えただけのこと。少女は頭の中のイメージを修正、再びコートの下の装備を確認すると深呼吸を始める。

 しばらくして交代のための警備兵がやって来て外と内、全ての人員が入れ替わる。外から見ているだけではわからなかったが、どうやら中の警備兵も四人に増員されているらしい。

 それも含めてさらにイメージを修正すると、少女をは細く長く息を吐いて、


「イこう」


 小さな呟きと共に空に身を投げ出した。

 重力に従い少女の体が斜めに落ちていく。しかし少女は焦るそぶりも見せず、頭の中にイメージを次々に展開していく。

 まずは自分を受け止めるように地面から吹き上がる風をイメージする、連動して浮かび上がる、円とそれを埋める幾何学模様。少女の視界にだけ映るそれは、式と呼ばれる魔法を使うための設計図のようなものだ。

 魔法とは強い想像力に依存する、不可能を可能にする力。

 人間の生命力とされるエーテルを持ちいて、自然の生命力であるマナに干渉することで魔法は発現する。

 式は起こる事象をコントロールするための設計図であり、マナで描かれたそれにエーテルを流し込み働きかけることでマナは自然の事象とは異なる動きを見せる、それを利用して望む事象を起こすことを魔法と呼ぶ。

 少女の体が局所的な風の力を受け、緩やかに減速していく。

 まだ、警備の兵達は気づかない。

 少女の視線は警備兵の首元を確認するように滑る。

 同時にイメージ、想像するのは彼らの首を射抜く目に見えない風の弾丸。

 イメージが式を伴い少女の視界に浮かぶ。

 狙い通りに射出されたそれらは音もなく警備兵四人の命を奪いとると虚空へと掻き消える。

 男達の体が倒れ付すより早く地面に着地した少女は加速された体で男達の体を順番に受け止め、ゆっくりとその体を地面に下ろした。

 いつもならついでに銃や刀剣の類をくすねていくところだが、今は時間が惜しい。

 扉に鍵がかかっていないのを確認して、静かに扉を開け倉庫内に侵入する。

 当然、内にいた警備兵達は扉の開閉に気づいて銃を構える、しかし、魔法の力により加速された少女の動きのほうが、彼らが狙いをつけてトリガーを引くよりも早い。

 一瞬で十メートル程の距離を詰め、少女の手が一番近くにいた男の首に伸びる。気づいてから避けようとしても遅い。男の太い首を少女の細腕が易々と握りつぶす。

 未だ少女の姿を捉えられない警備兵、しかし少女は容赦をしない。すぐ近くの二人目の首元に同じように手を伸ばす。ただの人を殺すのに派手な技はいらない。ただ握りつぶすだけでいい。

 同じように二人目の首がつぶれ、ようやく残りの二人が少女の位置に気づく、それではすでに手遅れ。


「フッ」


 短い呼気と共にコートの下から引き抜いたナイフを二本、投擲する。瞬間、その柄に刻まれた文字が青く輝く。

 それは刻印と呼ばれる魔法の一種であり、マナ、あるいはエーテルを使いその文字の効力を書かれた物体に与える。

 少女のナイフに刻まれているのは『加速』の刻印。魔法で強化された力で放たれるナイフは、刻印の力を受けされに加速し、目標の首を貫いて、そのまま倉庫の石壁に突き立った。

 戦闘とも呼べない一方的な虐殺。

 それでも少女は眉一つ動かさずナイフを回収すると足を倉庫の奥へ向ける。

 しかし、その足を踏み出すことなく少女は前を見据えた。

 血の臭いに染まる倉庫内がシンと静まり返る。

 少女の視線の先にはそれほど歳のかわらない古風なローブを纏った少年がいた。


「道をあけてほしイ、私ハ同属とあまり戦いたくナイ」


 少女のたどたどしい言葉に少年は答えない。足を震わせながら、泣きそうな表情を浮かべ、それでも気丈に少女に立ち向かおうとしていた。

 恐らくは警備のために駆り出された奴隷の魔法使い。その手には杖を握っている。

 戦ったところで結果は目に見えていた、それでも投降したところで少年に待っているのは死か、死ぬのと同等かそれ以上の罰。


「一度だけ、ここか、ここを狙ッテ」


 少女は少年の目を見つめながら、自分の胸と、頭を指差して言った。

 少年は驚きながらも、震える手で杖を用いて式を描いていく。

 ゆっくりとした時間をかけて少年の描いた式が完成し、青い光から、緑色の淡い光を放って輝く。


「炎よ!」


 短い詠唱を伴って式から魔法が発現する。少年の放ったそれはまっすぐに少女の頭に向かって飛んでいき、そして、少女の肌を焦がす前に空中で霧散して消えた。

 魔法とはイメージを具現化する術である。故に相手が思考し、イメージを形作る人間であれば、相手にイメージを押し付けづらく、その効果を発現しにくくなる。

 そのため魔法使い同士の戦いは、相手に飲まれれば勝つことはできない。

 相手に通じる魔法をイメージできなければ、魔法は何の効果も現さない。

 少女は静かにイメージする。せめて、痛みの少ない方法でと。

 イメージとともに、少女の式が組みあがっていく。少年のように杖の先にエーテルでマナを集め、式を描くようなことはしない。

 何度も何度も繰り返し同じ魔法の式を使い続けることで、頭の中に正確な式をイメージできる状態にし、その式をエーテルで形作り、そこにマナを流し込む。すると式を描く手順が省かれ、一瞬で式が組みあがる。

 組みあがった式に、エーテルを流し込めば、魔法が発現する。


「風よ」


 短い少女の詠唱を伴って放たれた風の槍は薄い青色に輝いて何の抵抗もなく少年の胸を貫いた。

 多重起動式と呼ばれる少女の技術は、式を描く手順を省く変わりにエーテルを余分に消費する上、式一種類ごとに習熟するまで何ヶ月という期間を要するため、手練の魔法使いであっても使える式の数には限りがある。

 少女は静かに体を横たえた少年の手を胸元で組ませ、瞳を閉じさせると、胸の前で形式的に十字を切った。神を信じることなどとうの昔にやめているのに。

 予想外の事態に時間を消費しすぎている。

 外の死体はもう発見されていてもおかしくない。

 しかし、本来より多い警備兵、さらに普段は配属されていないはずの急ごしらえの魔法使いの奴隷。そこまでして守ろうとする積荷とは一体なんなのか。

 考えるまでもなく、答えはこの先にある。

 見据えた倉庫の奥に向かって少女は駆けていく。




 六番倉庫の一番奥、そこには鉄製の扉が存在している。ご丁寧に扉には六番倉庫金庫と書かれたプレートが張り付けてある。

 果たしてこの先に何があるのか。

 少女は施錠されたその扉を力任せに蹴りつける。

 するとブーツに刻まれた刻印が青く光り、重量を増したその蹴りが鉄製の扉を歪ませて吹き飛ばす。

 開錠の魔法は一体どの属性に分類されるものだったか、少女は今度調べておこうと考えながら金庫内へと足を踏み入れた。

 長年そこを訪れる人は少なかったのか、辺りにはほこりがうずたかく積もっている。

 ただ、その奥、布をかけられた二メートル四方の立方体までの道だけは人が何度も行き来したのか、無数の足跡が残っていた。

 他にこの部屋にそれらしい物はなく、少女は迷いなく立方体に向かって近づくと、かけられていた布を引いて地面に投げ捨てる。

 布の下から現れたのは檻だった。

 上下の鉄板に、間を繋ぐ鉄の棒が等間隔に配置され、正面には錠前のかかった小さな扉。

 その中に一人の女の子が横になっていた。

 瞬間、会ったこともないその子を見て、少女はなぜだか懐かしいとまず最初にそう思った。

 ふわふわの金色の髪、白い肌、着ている服は上等な白いワンピースにケープ。手には似つかわしくない木枠の手枷、足は鉄製の錠で檻に繋がれている。

 歳は十二、三歳といったところだろうか。服装からしておそらく中層か上層の住人なのではないかと推測できる。

 しかしそんな子が、なぜこんなところで積荷として扱われているのか。少女には皆目見当もつかなかったが、依頼人がこの子を連れてこいというのなら、それに従うことしかできない。

 先程のように扉を蹴破らなくとも、扉の錠前は軽くナイフの柄で小突けば簡単に壊れた。そのまま中に入って足の錠も同じように破壊すると、少女は女の子の体を揺すった。


「ん……」


 すぐに女の子は目を覚ますと、目を擦りながら少女の方に視線を向ける。


「すまない、貴方をココから連れ出さねばならなイ」


 少女は女の子に向かって手を差し出して身をかがめる。しかし女の子は少女から逃げるように後ずさるときょろきょろと辺りを見回して、再び視線を少女に向ける。


「どこに連れて行くの……?」

「ココよりはいい場所。保障すル」


 少女が笑みを見せると女の子は少しだけ躊躇してからその手をとった。


「わたしは、フルトっていうの、あなたの名前は?」

「……フィー」


 フルトと名乗った女の子を助け起こしながら、少女、フィーは少し考えてからその名を告げた。


「フィー、いい名前ですね」


 フルトの言葉にフィーは少しだけ頬を赤く染めて、しかしすぐに気を引き締める。

 手枷も外してフルトを檻の外に出すと、フィーは逃走経路を考え始める。

 一人であれば当初の予定通り正面から強行突破もありえたが、既に内部に警備兵が侵入しているとすればそれは避けたい。一人でなら交戦してもかまわないがフルトを巻き込むわけにはいかない。

 フィーは金庫内の周囲のレンガの壁を軽く拳で叩きはじめ、ある一箇所で足を止めた。


「少シ下がって」


 フィーの言葉に首をかしげながらフルトが一歩下がると、フィーは頭の中にイメージを展開する。

 思い描くのは壁を切り取る風の刃。

 組みあがった式から魔法が発現し、薄い青色の四枚の刃が壁を四角く切り取る。とどめとばかりにフィーが踏み込んで蹴りを放つと壁が音を立てて崩れ去る。

 崩れた壁の向こう、音に気づいた警備兵達が集まってくる気配。


「首に捕まっテ、絶対に手を離さなイで、喋るのもダメ」


 フィーはいうが早いかフルトの膝裏と腰に手をかけて抱き上げると今しがた空けた穴から一目散に駆け出す。フルトは悲鳴を上げかけ、すんでの所でフィーの言葉を思いだし、変わりにその首に手を回して体をぎゅっと寄せた。

 冷たい夜の闇がひんやりと二人を包み込む。

 フィーは時折後ろを気にしながら走るが、すぐに誰も追いつけなくなる。常人の三倍以上のその加速に易々と追いつけるのは同じ魔法使い以外には居ない。

 それでもフィーは油断せずにA-1からA-2、B-2からB-1とブロックを適当にかけてからあらかじめ考えていた逃走経路へと入り、そこからようやく体の加速を緩やかにする。


「大丈夫?」


 フィーが聞くとフルトは驚いた顔をしながらもコクコクを頷いて返す。


「そう、しばらく寒いけど我慢しテ」


 呟いた声は風の中に消えたのか返事はない。変わりに、よりそうかのようにフルトがもっと強く抱きつく。フィーもその体を大事そうに抱えなおすと、少しでも早く帰りつけるようにと、再び体を加速させた。

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