28
明滅を繰り返す明かりを見上げながらフィーは一つ息を吐く。
辺りを見回せば、しっかりと明かりのついてる区画は遠く、自分がどれだけ危険なことをしでかしているのか、今更ながらに実感する。
だが、そうしなければこの目の前の男には勝てなかった。
ゆっくりと歩いてフィーはクロイスの元に歩いていく。
戦いが終わってどっと気が抜けると頭はガンガンと痛み、それ以上に体中が酷い痛みを訴えている。
コートのポケットから治療用のポーションを取り出して頭から被ると全身が染みる痛みにゾクゾクと震える。
そうして空の薬瓶を放り出す頃には足元に鎧に身を包む男の体がある。
その兜の眉間部分にはぽっかりと空いた穴が一つ。
どんな魔法使いであれ、決して無敵ではない。マナがなければ大半のことは出来ないし、銃弾に頭を貫かれれば死ぬ。
この男も、師匠も、同じように。
大切な人の命を奪った男、憎くて憎くて、殺したくてしかたがなかった相手。
だがこうして終わった後に何かが胸の中に残ることはない。
仇を討ったところで、大切な人が蘇るわけではない。なにかが大きく変わるわけでもない。ただ、怒りを、憎しみをぶつける先がいなくなり、燻るそれが少しずつ、収まっていくだけの事。
フィーは男の腕を胸の前で組ませると、その手にしっかりと大剣を握らせてやり、胸の前で形式的に十字を切る。
体から少しずつエーテルが抜けていく。
周囲のブロックからもこちらの異常事態はもう知られている頃だろう。
陽動作戦の先よりもこちらの事態のほうがよっぽど緊急なはずだ。
あまり時間は残されていない。
フィーは武装を回収すると壁にハルバードを突き立てるようにして地上に向かって降下していった。
殆ど光のない通路をフィーは目を凝らしながら進んでいく。
降下してすぐ、建物周囲に残っていた敵を片付けて再び内部に入って見れば、そこには殆ど人の姿はなかった。
マナの枯渇という異常事態を前に殆どの警備兵は逃げ出してしまったらしい。フィーにして見ればそれは好都合。サバトの魔法使いも一時的に避難しているのか、あるいは建物内に転がっている白ローブの死体が全てなのか、その姿は辺りには見えない。
どちらにしろ、このブロックに踏み込めば一部の魔法使いを除けば一般人と変わらない戦闘力にまで落ち込むこととなる。この建物内にはもはやフィーの障害となるような相手はいない。
痛む体を気遣う余裕もなく、フィーは一階を駆け抜け、すぐに地下へと。
辺りに転がる死体に足をとられないよう気をつけながら奥へ奥へと走って行く。
目指す先はただ一つ。
やがて息が切れる頃、フィーは一つの扉の前で立ち止まる。
なんの変哲もない木製の扉。
専属の警備がいるような雰囲気でもない。
戦略級の魔法使いの話など一般人に漏れれば、どのような混乱を招くかわからない。
そもそもこの建物内の警備にしても、魔法使いを使ってしまえば、君主は魔法使いに肩入れしているなどと、よからぬ噂がたちかねないのだから。
懐から取り出した懐中時計を開いてエーテルを注ぐと柔らかな光が辺りを照らす。
フィーは一つ深呼吸をして、そのドアを蹴破る。
小さな部屋の中には殆ど物はなかった。
机とその上に散らばる羊皮紙やペン。
中央には鉄製の檻。
それは、フィーがはじめてフルトとであった日の光景によく、似ていた。
鉄格子の隙間からこちらを驚いた目で見ているのは、白い貫頭衣に身を包んだフルト。
首輪で鎖に繋がれる痛々しい姿。
その目元に泣きはらした痕があった。
服の端から覗く手足にはよく見知った木剣で打たれた打撲の痣が。
今すぐにでもその小さな体を抱きしめたいのに、目の前の鉄格子が邪魔でしかたがない。
「フィーさん……なんで」
かすれて、震える声は酷い状態だ。
たった二日の間にフルトがどんな扱いを受けたのか、それを考えるとフィーは腸が煮えくり返る思いだった。
だが、今はそんなぶつけようのない怒りに我を忘れている場合ではない。
「貴方ヲ助けニ来た」
扉は最初にあった時の者と比べればいくらか頑丈ではあったが、フィーがハルバードを振るえば、簡単に壊す事が出来た。
ゆっくりと中へ足を踏み入れて、その小さな体を抱き止める。
「なんで、こんなにボロボロになって、無茶をして……なんで助けてくれるんですか?」
涙を浮かべながら、フルトが問う。
フィーが抱くのと同じ気持ち。
問われる側になれば、それは単純なことで。
「ただ貴方ヲ守りタイと思ったカラ」
ぎゅっと抱きしめて耳元で囁く。
抱きつき返してくる小さな手の感触。
ゆっくりと泣き震えるその頭をなでる。
しばらくそうしてから、その体をゆっくりと離し、涙を拭いて、フィーはまっすぐに目を合わせる。
「フルト、私ハ貴方に謝罪をシナケレバならない」
その真剣な声と瞳にまだ涙の止まらないフルトは両手でそれらをおざなりに拭うと、真っ直ぐに向きあった。
「私ハ貴方の父ヲ見捨てる事シカ出来なかっタ、私の力不足をいくら責めテもらてモ、かまわナイ。すまないフルト」
フルトはフィーの言葉を聞きながら両手で服の裾を強く握り閉める。瞳に溜まる涙を堪え、胸の中に渦巻く気持ちを飲み込む。
唯一の肉親を失うということ。フルトは胸が何かに強く握られているかのような苦しさを感じながら、それでもただ気丈にフィーの瞳を見つめていた。
なじられて責められてもフィーはしかたないと思っていた。もしフィーが同じ立場なら師匠を助けて欲しいと懇願しただろう。フルトは強い子供だった。今自分の置かれている境遇をきちんと理解し、フィーの下した判断が正しいことを、理屈で理解して、その幼い心をしっかりと納得させようと強く自分に言い聞かせている。
そんな少女のことをフィーは愛しいと思う。
この子の為ならば命を賭すこともかまわないと。
「ソレと、言伝ヲ一つ。『フルトの命はフルトのものだ、他の誰かの為にあるものではない』と……」
「そうですか……ありがとうございます、フィーさん」
フルトはそう言って頭を下げると両手で瞳をごしごしと擦り、涙を拭うと顔を上げて笑ってみせる。
その体をもう一度強く抱いたフィーは、フルトの首に繋がれた鎖を断ち切り、手を差し出す。
「イこう。ここは危ない」
差し出された手をとったフルトは、頷いて一歩前に出る。
フィーが屈んでその体を抱き下ようとした瞬間。
「どうやら間に合ったようでよかったですよ」
声に気づいて振り向けば入り口に、白いローブ姿のの青年が立っていた。
青年は口元に薄い笑みを浮かべながら二人のことを楽しそうに見つめている。
フィーは一歩前に進み出て、フルトを背中に守るように立つ。
「いやはや……まさか一人でここまで来るとは、やはり強い。まさかあの白銀鎧の騎士を倒すとは。ボク等もあれには手を焼いていたのでずいぶんと助かりましたよ。随分手荒い方法でしたがね。お陰でこちらも動きやすかったけれどね」
青年、シュテーネンは楽しそうにぺらぺらとお喋りを続けている、フィーは警戒を怠らずにただその姿をじっと見つめ隙を伺う。
「貴方のお陰で、君主様と総司祭様を楽に暗殺させてもらえました。これで次の代替わりは我々を無視できなくなる。あとは、その娘を手に入れればこのエリアは制圧したも同然」
機嫌よく笑いながらシュテーネンはフルトのことをじっと見つめる。
「私ガそれヲ許すト?」
「許すも何も、今の貴方に何ができると? 立っているのもやっとなその状況で、ボクとやり合えると? 諦めたらどうかな? 今のボクは機嫌がイイ、命だけは助けないこともない」
青年の言う通り、フィーの体は既に戦える状況ではない。
体中は傷だらけで、特に背中の傷は酷く、放っておけばそれだけでも死にかねない。
それだけではない、エーテルの消費も激しく現在マナの枯渇したこのブロックに一時間も滞在すれば歩くことも出来なくなるだろう。
刻印の起動はできて二度か三度。
相手には一度戦闘するところを目撃されていて、フィーの手の内は全てばれている。対して目の前に立つ青年の情報をフィーは何一つ持っていない。
青年の扱う魔法がわからない以上、逃げようとして隙を見せるのもまずい。相手が同等かそれ以上の速度で行動できるのなら、それだけで詰み。
「ココで諦める位なら、最初カラ行動に起こしたりハ、シナイ」
ハルバードを構えて、フィーは臨戦体勢を整える。
「弱い者いじめはボクの趣味じゃないんだけどなぁ」
青年は構えを取るでもなく両手をだらんと下げてニヤニヤと笑う。
「フィーさん」
フルトの声にフィーはちらと後ろに視線を向ける。
「いつもフィーさんはわたしを助けてくれて……わたしにとっては本当に何でもできる勇者様みたいで……だからきっと大丈夫です……」
「アァ……必ず二人で、ココを出よう」
フルトに笑みを見せて、フィーは視線を戻す。
勇者なんてガラではない。
だけど、その誰かを守れる、助けられる力が欲しい。
もう力なんて残っていない体なのはフィー本人がよくわかっている。
それでも、体は動く。
だったら戦わずに諦めるなんて事、出来るはずがなかった。
この指一本動かなくなるまで決して諦めなどはしない。
「これじゃまるでボクが悪人じゃないか」
「互いニ罪人でアル事に変わりナイだろう」
「確かにそうだ、それじゃまぁあんまりここでだらだらしてるわけにもいかないし、悪いけど、死んでもらうよ」
「コチラの台詞ダ」
弾かれるように二人が部屋を出る。
真っ暗な通路は武器を振れる程度の広さがあり、戦うには十分なスペースがあった。
敵の戦い片はわからないが、フィーに残された時間もあまりない。
短期決戦を主眼において、フィーは踏み込みながらハルバードを振り回す。
身体能力強化によって加速されたその攻撃を、青年は避ける。
恐らく、フィーと同程度の速度の身体能力強化。
その程度の速度であれば、白銀鎧の男に比べれば遅いとさえいえる。
こちらを半端モノと蔑んだ以上、相手は恐らく複数の魔法を扱うシメーレではない。であれば、この戦いには十分すぎるほどの勝機が見える。
ハルバードを回した勢いのまま武器に振り回されるように回る体でそのまま回し蹴りを放つ。
青年はすこし体勢を崩しながらなんとかその攻撃を避ける。
白いローブ姿が、闇の中ぐらつく。
あれだけの口を聞いて、この程度なのか……?
フィーの頭に疑問がよぎるが、だが、こちらが手を抜く理由はない。
ハルバードを片手に持ちかえ、コートの裏から銃を引き抜く。そのまま体勢を崩した相手の頭に目掛けてトリガーを引けば、それで勝ち。
銃声が二度、廊下に響き、青年の体がグラリと揺れる。
しかし、倒れない。
「危ない危ない、もしエーテルで加速されていたら反応出来ても間に合わなかったかもしれない」
薄い笑いと共に闇のなかぼうと浮かぶその白いローブ姿にフィーは目を凝らす。
黒い毛並みの獣の手が青年の顔の前にかざされている。
その獣の手が伸びる先は青年の手。
そのアンバランスでグロテスクな見た目にフィーは生理的な嫌悪を覚え、身を震わせる。
「飛び道具はやはり怖い。手負いの獣相手となめてかかると痛い目をみそうだ」
言葉とともに、形容しがたい大きな気泡が割れるような音が断続してなったと思うと、青年の両肩の先からそれぞれ、三本ずつ、新しい腕が生え出す。
最初から存在した獣の手、二対の人の腕、そして一対の蟷螂の鎌を思わせる昆虫の手。
それはどうみても、人ではなかった。
青年は顔を守るよう獣の手を顔の前にかざして一歩フィーに近づく。
その醜悪な見た目にフィーは一歩後ろに下がる。
「身体構造変化ノ魔法、ダト……」
「ご名答。貴方のような半端な魔法じゃない。選ばれた物だけが至る、魔法の一つ。どうです、素晴らしいでしょうこの美しいフォルム」
身体構造変化。それは身体能力強化を発展、研究させた魔法の一つ。
自身の体を都合よく作り変える高度な魔法だ。
自分自身の体をまったく別の動物等のそれに変化させるというのは、当然強力なイメージ力を必要とする。それだけでなく、変化先の動物や、もともとの自分の体の仕組みをしっかり理解できていなければ、その魔法はろくな効果を得られないどこか、体を蝕み、腐らせる。
青年の扱うそれは、はたしてどれほどの錬度と知識の元に発現されているのか。
狂気を孕むその姿にフィーは吐き気すら覚える。フルトに至っては、目を剥いて腰を抜かして、その場にへたり込んでしまっている。
「おきに召さなかったかな? 別にそれでも全然かまわないんだけどさ」
「悪趣味ダナ」
「人を殺すのに良いも悪いもないだろ? 効率的かどうかさ」
そう言ってシュテーネンは再び笑うと、両の鎌をフィー目掛けて振り上げる。
縦と横、から繰り出されるその攻撃。
フィーは冷静に上からの攻撃を避けながら、右から迫るそので刃をハルバードで切り飛ばす。
あっさりと断ち切られた腕は宙に跳ねると、そのまま闇のなかへと掻き消える。
「酷いなぁ、別にそんな風にされても死にはしないんだけど、結構痛いんだよ腕切り飛ばされるのって」
そうして喋っている間に、断ち切られた腕のその先から、新たに、同じような見た目の蟷螂の手が生え出してくる。
身体能力強化や、身体構造変化といった自身の体内に影響する魔法はマナを呼び水として体内のエーテルを使用して使う魔法のため、マナが枯渇する現在のブロックにおいても、それほど消耗なく使えてしまう。
フィーはクロイスさえ倒せれば、あとはマナの枯渇した土地において、自分に勝てるものはそういないはずだと踏んでいた。
しかし目の前のこの青年は、恐らくこの状況下においてはあの鎧の男よりも強い。
身体構造変化の魔法は自身の体を変化させるため、自身の体という認識が薄くなり、魔法による影響を受けやすくなる、という問題点も本来なら抱えているのだが、このマナの枯渇したブロックにおいて、そのようなマナを使う魔法を使うことは難しい。
青年の攻撃は徐々に、フィーをなぶるように激しさを増していく。
懸命に攻撃を回避し、弾き、腕を切り飛ばし、反撃をしようとも、敵の勢いは衰えない。
いくらダメージを与えようともきりがない。
頭を狙おうにも他の部位とは違いしっかりと腕でガードをされていて攻撃が通る見込みはない。
こうして戦っている間にもエーテルは徐々に体内から流れ出ていく。
とれる手段は一つ、腕ごと頭を砕き割るしかない。
ハルバードを握る手に力を込める。
振り抜かれる鎌の一撃を潜ってかわし、二対の人の腕が体を掴もうと迫ってくるのを切り飛ばし、ハルバードを振り上げる。
武器にエーテルを注ぐ。
青い燐光を放つハルバードがまっすぐに青年に向かって振り下ろされる。
それでも、青年はその薄い笑みを絶やさない。
背筋がぞくりと泡立つ。
新たに生え出した一対の人の腕が、フィーの体を抱きこむようにその体を捉える。振り上げたハルバードを振り下ろすこともできず、フィーはなんとか離れようと体を捻る。
瞬間、腹部に灼熱感が広がる。
ハルバードが青い光を失い、フィーの手を離れ乾いた音をたてて地面に転がる。
拘束をとかれ、地面に転がったフィーは青年の腹、ローブを左右に開いたそこに存在する、黒い獣の巨大な口に真っ赤な血がついているのが見えた。
そうして、自分の腹からどくどくと流れる血を見て、その口に、自らの腹を食いちぎられたのだと悟った。
「君の負けだ、シメーレ。その体、残さず丸のみしてあげよう」
新たに生えた腕がフィーの軽い体を掴み上げる。
眼下には大きな闇をたたえる口がぽっかりと開いている。
「フィーさん! フィーさん!」
フルトの声が聞こえる。
けれど、もうフィーの体は指一本すら動かない。
左の瞳がごろごろと蠢く。
ふっと師匠の言葉を思い出す。
『あんたはどんな魔法使いになりたい?』
私は……
勇者になりたい。
魔法使いじゃない、勇者になりたい。
大切な人を守れる、どんな願いもかなえられる、力が欲しい。
だけど、私は勇者にはなれない。
ただの半端な魔法使いだから。
それでも――それでも、フルトを守りたい。
「アッ、アアアァァアアアァア!」
叫びが喉の奥から溢れる。
もう一度抜いた銃を目の前の青年に向けて乱射する。
銃声が四度響いて、いくらトリガーを引いてもそれ以上は何もおきない。
それでも我武者羅に足掻く。
青年はその様を見つめて楽しそうに笑っている。
「それじゃあ、いただきます」
闇が近づいてくる。
勇者になれなくてもよかった。
今はただ、フルトを守る事が出来れば。
けれどシメーレにそんな力はなかった。




