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 ポーション製造や刻印を彫るといった作業は集中力とマナを要する。

 それ故に静かで、マナの潤沢な場所での作業が望ましい。

 クルークとフィーはクルークの家の個室で黙々とそれぞれの作業をこなしていた。

 錬術によるポーション製造に決まったレシピというものは存在しない。錬術を修める魔法使い達は基本的にその製法を誰かに漏らすようなことはせず、メモに書き残すこともない。

 なぜなら彼らは魔法の錬度自体は低く、そのレシピこそが彼らの生命線だからだ。貴重なレシピを頭の中にだけ保持する事で時にそれを交渉の材料とし、時に誰も知らぬ薬の力を使いなんとか生き延びる。

 そのため、毎回同じ精度の薬品を作るというのはなかなかに難しい。


「少し薄いな。フィーそっちの銀色の粉をくれ」

「私モ、自分の作業ガ在るんですケド……少しハ自分デ動いテクダサイ」


 そんな風に愚痴を漏らしながらもフィーはクルークに言われた通り、すり鉢ごとその銀の粉を手渡す。

 それを受け取ったクルークは、細いガラス瓶の中。淡い青色の液体の中に銀の粉を一匙加え、ゆっくりとまわし、そのエーテルとイメージを流し込みながら魔法により圧力をかけていく。

 やがて液体は薄い青から、濃い紫へと変わっていき、最終的には粘度の高い黒色の液体へと変貌する。


「まぁ、こんなものかの。そっちはどうだいフィー」

「師匠ガ声邪魔するカラ、ソンナに進んでナイ」


 喋りながらもフィーは指先のエーテルとマナに意識を集中し、掌大の銀の板にゆっくりと刻印を刻んでいく。二人とも朝起きてからずっとこの作業を繰り返しており、成果物は二人の後ろに整然と並べられている。

 このやり取りももう何度目か。

 二人は左の瞳を瞼の上から揉むようになでて再び作業へと戻る。

 しばらく、黙々と二人が作業していると、部屋の扉が小さくノックされる。

 二人ともそれにすぐに気づくものの、半端なところで作業を投げ出すわけにもいかず、作業を先に終えたクルークが立ち上がって、扉を開ける。


「お邪魔でしたか?」

「いや、ちょうどきりがいいとこだよ」


 扉を開けた先にはエプロン姿のフルトが立っていた。


「お昼出来たので呼びにきたんですけど」

「ちょうどいいし、休憩にしようかね。フィー、いくよ」

「ハイ。コノ一枚が終わったラ」


 フィーは大きな声で答えながらも視線は手元の銀板に注がれている。

 刻印を半端なところで投げ出すとその複雑さからどこから再開していいかわからない、というのはよくある事で出来ることなら一息に完成させるのが望ましい。

 少しでも歪みが出れば刻印は使い物にならなくなってしまう。

 フィーの作業が終わるのを待って三人は狭い廊下を歩いて食事を取るための居間へと向かう。

 先日この家にやってきたばかりはこの部屋もフィーの隠れ家のように荷物が散らばっていたのだが、食事はここで取ると説明されたさいにフルトが整理を申し出てキレイに片付けてしまっていた。

 加えて、今現在も作戦のために必要な物資がどんどんと持ち出され、いまはもうさびしいくらいの物の量になっていた。

 テーブルの上に並ぶ美味しそうな食事につい頬が緩む。フルトが来てからというもの食事の時間が楽しみになっていた。酒以外に飲み食いに興味を持ったのはいったいいつ振りだろうか。

 テーブルの前に三人腰掛けて手を合わせて、食事がはじまる。

 これから貴族連中に喧嘩を売ろうとしているなんて信じられないような穏やかな光景。

 脱出後、こんな生活がずっと続いてくれればいいのだが。

 なんにしろ、あと二日と迫った作戦決行日に向けて、今は準備を進めるとき。


 作戦に向けて準備を開始して早二日。

 下層の騎士団に未だ動きは見られず、準備は滞りなく着々と進んでいる。

 残すところはポーションや刻印を刻んだ銀板の製造とその素材の確保がメインであり、他の準備はもう既にほとんど終わっていた。

 商隊への連絡も図書館を通して行い、全ては上手く進んでいる。

 このままいけば目論見どおり作戦を遂行する事も可能だろう。

 だが、そうそう全てが上手くいくのなら、館長はああも言葉を濁しはしなかった筈だ。恐らく、あちらはあちらで何かしら裏で動いていると見ていい。ただその全貌がつかめない以上はこちらも動きようがない。

 だから今は、ただ目の前の準備を進めるだけだ。

 朝から晩まで必要な物を揃え、夜はフィーに戦闘技術を叩き込む。

 フルトには魔法の基礎、式の描き方と、召喚魔法の式を一つだけ教えておいた。

 その式を起動できるようになるのは恐らく数年先のことであろうが、この作戦が成功した後の事を考えれば今から練習していても早いということはないはずだ。

 必要のない物は売り払い、金もそれなりに確保した、四人の人間を十年暮らさせるのに足りて緯度にはある。案外溜め込んでいたものだ。

 あとはなるようになるだけ。

 このペースでいけば製造も明日には終わる。

 不思議と現実味がないのはやはり緊張感が足りぬせいか。それもどうせ作戦が始まれば嫌というほど味わう事になるだろうが。


 昼食を終えて休憩を取っていると、先に作業部屋に向かったフィーが羊皮紙の束をめくりながら居間へと戻ってくる。


「師匠、少シポーションの材料ガ足りナイ」

「調合を代えたせいか、在庫でたりると思ったんだがの」


 フィーから羊皮紙を受け取って廊下を足早にかけて部屋の材料と羊皮紙を見比べて材料をチェックする。たしかにこの分だと結構な量の不足が出る事になる。

 頭をがしがしと掻いて、ため息を吐く。

 まぁ時間に関しては余裕が在りそうだ、どうせ午後には経路の確認もかねて一度出るつもりだったのだしついでに材料の買出しにもいけばいいだろう。


「ん、直ぐに買ってこよう、他にいるものはあるかい?」

「念のタメ、銃弾とナイフも一ダースいいですカ?」


 言われた物と、自分の必要なものの買いたしのために羊皮紙にペンを走らせる。

 そこでふと思い付いて、フィーに聞いて見る。


「フルトの方が何かいるとかは聞いてないかい?」

「特には聞いテ……アァ、でも、林檎ガ珍しいノカ、ドウか聞かれマシタ」

「林檎ね、まぁあれば買ってこよう。変に期待させてもいけないし、フルトには何もいうなよ」

「了解です」

「それじゃちゃちゃっといってくるかの。銀板帰ってきたら手伝ってやるから根詰めすぎないようにな」

「ハイ、いってらっしゃイ」


 入り口でコートを手に取って羽織りながら家を出る。

 天井の照明が空調の風に揺られて光が明滅する。

 林檎なぁ、今の時分出来るものだったかの。

 どうにも長く引きこもっていると時間の流れに疎くなってしまう。

 これから慌しく時間が過ぎていくだろうに、こんな事でついていけるのだろうか。

 ため息を一つ吐いて、庭園を抜け、また下層へと降りていく。

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