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 朝食後のお茶を飲み終えたクルークは部屋にフィーとフルトを招き、三人でテーブルを囲んでいた。

 テーブルの上には昨晩、といってもクルークが家に戻ったのはつい先程なのだが、図書館から買い取ってきた羊皮紙の束が積み上げられている。

 フルトとフィーがそれらをしげしげと眺める中、クルークはあくびをかみ殺しながら、一際大きな羊皮紙を広げて軽く手をたたく。


「さて、諸君」


 咳払いを一つ、身を乗り出して二人の顔を見つめる。


「これより作戦会議を行う」


 二人がその言葉に頷くのを確認して、クルークは話を続ける。


「さて、見てもらえばわかるだろうが、これは上層の見取り図の一部分だ。今回の作戦において主となる上層A-1からD-4までの区画、通称研究区画。ここが主戦場となる」


 指先でその正方形をなぞり研究区画を示すと、そこからさらに指を滑らせ、C-1から伸びる細い線を指先でたたく。


「そしてここが、侵入経路。今は使われていない上層天井に張り巡らされている照明整備用の通路だ。中層天井の同様の通路から侵入し、B-2の天井部で待機。作戦開始とともにここから降下し、この建物に侵入する」


 言いながら取り出すのは、羊皮紙ではなく、きちんとした紙に精巧に描かれた建物の絵。まるで風景をそのまま写し取ったかのようなそれはいったいどのような技術によるものなのか、図書館の面々の知識量には相変わらず舌を巻く。


「この建物の三階に、今回のターゲット、ゾンダー氏が軟禁されている。警備はそれほど厚くない。侵入するだけならフィー一人で容易いだろう。フィーにはここを襲撃してゾンダー氏の保護を。こちらの戦力は上層の騎士団に比べれば微々たる物だ、なるべく隠密にな」

「了解しましタ、師匠ハ?」

「我はこれより先にD-4の施設を襲撃し陽動をかける。サバトの連中がこれに乗って騎士団連中とやらかしてくれるとありがたいがはあまり期待しないほうがいいだろう」


 フィーは頷くとじっと建物の風景画をじっとみつめている。侵入経路を考えているのか、なんにしろ気合は十分と言ったところか。

 フルトの方は父の名が出た瞬間、びくりと体をはねさせると真剣な顔つきになって、一言一句聞き漏らさぬとばかりに真剣に話を聞いていた。

 今回の作戦、彼女には出番はないと事前に伝えてはいるのだが、それでも足を引っ張りたくないからと、彼女は全ての作戦を把握しておくためにこの場にいる事を自ら望んだ。その意思力の強さは将来彼女が魔法使いとなったとき、きっと彼女を助けることだろう。だが、今は、我とフィーがその先をつなぐために全力で彼女を守らねばならない。


「ゾンダー氏を保護したらフィーはA-1へ、フルトもあらかじめここの倉庫群に身を潜めさせておいて、我が追っ手をまき次第合流。合流が遅れたとしても定刻にはフルトをゾンダー氏を連れて、一度のこの家へ帰還する事。我は追っ手をまいた後に、A-1に停車している列車を襲撃。損壊させ、エリアの機能を麻痺させる。騎士団の大半は恐らくこの復旧にまわされることになるはずだ。ここまではいいか?」

「ハイ」

「わかりました」


 テロリスト紛いの作戦。いや実際、フルトをめぐった政治的な面が絡んだ戦いには違いない。なんならサバトのように組織名をつけて見るのも一興か。

 くだらない自分の考えを笑い飛ばし、こんどは下層と中層の見取り図を広げる。


「さて、合流後ここへ戻れば、間違いなく騎士団、それに機密魔法隊といったか、加えてサバトの連中もここを襲撃に来るだろう。やつらが追ってくるのを確認した後、ここで篭城をはかり出来る限り敵の本隊をひきつける。

 その後、この家屋につながる通路を全て爆破。敵の本隊を隔離し、我等は天井に用意した通路から廃棄された地上への通路をあがり地表へ脱出。手配した商隊と合流し、この通路も封鎖。その後別エリアへと逃亡をhかる。ざっとこんなところだ。何か質問はあるか?」


 二人の顔に視線を投げる。

 フィーの方は頷いて返してくるのに対して、振るとの方は首をかしげながら手を上げた。


「なんだいフルト?」

「地表、外ってマナが枯渇して危ないんじゃないでしたっけ? そんな所を通って逃げられるんでしょうか?」

「確かに地上に出れば人は土地にエーテルを奪われるが、何も一瞬で全てを吸い取られるわけではない。何もしていなければ、それこそ一日とは持たないだろうが。そこで頼るのが商隊だ」

「商隊?」


 再び首を傾げる少女にそうだ、と頷いて返す。

 しかたないとはいえ、長い間父親としか接してこなかったフルトの知識の狭さはどこか危なっかしさを感じる。これから先、広い世界においてきっと彼女はたくさんの事を学んでいくことだろう。

 長く生きて様々な事に新鮮味を感じられなくなったクルークは、その事を少しだけ羨ましくも思う。


「商隊というのは、エリア間を移動し商売をする者達の総称だ。エリアはその一つのエリアでも成り立つようには出来ているが、その地域のマナや地下の状態によって不足するものはどうしても出来る。たとえばこのカルデラエリアでは果実は今や大変な貴重品だ、対して地下水脈の恩恵で魚の養殖に成功している数少ないエリアでもある。

 商隊はこれにあわせて、他のエリアで仕入れた果実の類を高く売り、魚の加工食品を安く買いつけ、他のエリアで売りさばくというわけだ」

「なるほど……でも、商隊の人たちってそれじゃただの商人さんですよね?」

「そうだな、だが、ただのというわけではない。基本的には彼らは一つの商隊で一つの家族のようなものだ。代々地表に関しては様々なことを知り尽くして来ている。エリアに使われていないマナが残るポイントや、地表でもエーテルの吸収量の少ないルートの開拓といった事を成し遂げている。そして、金さえ積めば大体のことはやってくれる。今回はその恩恵にあずかろうって寸法さ」


 実際地上の熟知に関しては商隊の右に出るものはいない。エリアを統括する貴族連中が抑えている地表の情報など、エリア周囲のごく僅かなものに対して、商隊はやり手のところで在れば、二十や三十といったエリアを股にかけるところも珍しくはないのだ。

 中には列車と同じ原理を組み込んだ小型の車を所有するエリア並の資産を溜め込む商隊すらある。

 そんな彼らに対して追っ手を地上に放つというのは無謀以外の何ものでもない。


「敵の戦力もはっきりとしない上に穴だらけの作戦だ。騎士団連中もそろそろこっちを補足しようと動き始めているはずだ、作戦準備も作戦遂行中も優先すべきは隠密性と速さだ。たとえ穴だらけの作戦だろうが相手の邪魔が入る前に遂行してしまえばいいだけのことだ」


 エリアの状態や組織としての統率、敵はそういった枷に捕らわれる中、こちらがイニシアチブをとれるのはそのフットワークの軽さだ。これを生かせなければ勝ち目はない。


「さっそく準備にとりかかろう。作戦決行は四日後を予定する。この家の中で必要なものは羊皮紙にまとめておいた、フルトとフィーはそれらの準備を、フィーは特に優先して加工の必要のある銀板やポーションの準備に。フルトは日用品を纏めて点検を」

「クルークさんは?」

「我は主らと違って顔が知れていないはずだ、必要な物資の買い付けに出る。注いでに商隊と連絡を取ってちょうどこちらに来てもらえるよう調整してもらう。それじゃ出かけてくるから留守は頼んだよ二人とも」

「ハイ師匠」

「お気をつけて」


 二人に見送られてクルークは再び家を出る。

 これほど胸が踊るのはいったいいつ以来か。弟子の事を笑えぬ身だと自嘲しながら庭園を抜け、狭い洞窟内を歩いていく。

 我とフィーの繋がりがあちらに知れてここを特定されるのに、どれほどかかるか。それまでに準備を済ませて仕掛けられるかが何よりの問題だ。

 どうか気づいてくれるなよ。

 神様なんか信じちゃいないが、今だけは祈りだしたい気分だ。

 もし作戦が成功したなら、信仰してやってもいいかもしれない。

 だから、たのむよ神様とやら。

 手の中の薬瓶を転がして、クルークは柄にもなく、神に祈りを捧げていた。

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