13
庭園の端で二人の魔法使いが対峙している。
久方ぶりに目の前にたつ弟子の姿に昔を重ねて、クルークはその成長した姿に鼻をならす。
あんな小さかったのが、もう我の背を追い越すとはなぁ……。
この歳にしてまだまだ知ることは多いと、感慨深く思う。こんなことになるとは思わなかったが、弟子のために命をかけるのもまた一興よのぅ。
思いながらも口には出さない。
本当はあんな話し合いなどせずとも最初から出来る限りの手助けはするつもりだった。ただ、師匠として、弟子の成長を見て見たいとおもっただけのこと。これもその一環だ。
「さて、作戦をたてる前に現状のこちらの戦力をはっきりとさせておこうかフィー。機密魔法隊やら、サバトやら、敵は多い、付け焼刃でも何でも使える物は使えるように教えるが、その前に今の力を我にみせてみぃ」
「ハい」
「手加減はいらんぞ。こちらも手を抜くつもりもないしな、怪我をしたら治療してやる。さぁこい」
頷いたフィーが式を展開する。
見えた式は二つ、片方は身体能力強化だろうが、さて、もう一つは、何か。考えながらこちらも初手、薬瓶を取り出してその中身を口に含む。
体内のエーテルが消費されて、体に力が篭るのがわかる。
ポーションと呼ばれる魔法によって作り出される薬、そのうちの一種の効果だ。
クルークが口に含んだそれは、身体能力強化の魔法によく似た効果をもたらす薬であるが、その効果は薄い、せいぜい二倍程度の効果しかない。
フィーの方は、五倍か、六倍か。数年で随分と腕を上げたもんだ、及第点ってところかね。
そんな思考を他所にフィーは両の手に抜いたナイフをクルークへと向かって投げはなつ。刻印の青い光を放ち加速するそのナイフを避けようと身を捻るが体が反応しきれず、頬を浅く刃が切り裂く。
回避のために体勢を崩した所へ、フィーが一瞬で間合いへ踏み込んでくる。
勢いのままに繰り出された蹴りの勢いに押されるように身をまわし、その攻撃も回避。引き戻されようとする足をつかもうとしてそれより速く、軸足を浮かせた無理やりな蹴りがこちらの頭を狙って遅い来る。
――反応が早い、もう一つの式は風読みか?
依然はまだ覚えて居なかった魔法、弟子の成長を感じ、自然と口元に笑みが浮かぶ。
足を取ろうした腕でけりを受ける。体がしびれる打撃の威力。不自然な体勢からでもこれほどの力を出せるとは。驚きながら身を離す。インファイトは分が悪い。
だが、フィーがそれを逃すはずもない、足を引き戻したフィーが式を展開、風の槍を放ちながら近づいてくる。
しかし槍はあっさりと霧散する。相変わらずイメージ力はそれほど高くないようだ。
迫りくるフィーをみつめながらクルークはコートの裏から一本の薬瓶を取り出し手中へ握る。
真っ直ぐに突っ込んでくるフィーがフッと視界から消える。そのパターンは覚えている、跳躍と風により頭上を超えて、背後を取る戦法。それと認識した瞬間、薬瓶を一本背後に投げつけながら身を回して背後へと振り向く。
ちょうど、取り残されるように宙を泳いでいたクルークのコートの裾をフィーの蹴りがかすめている。そして放った瓶は緩やかにフィーの胸元へ。
とっさにそれをフィーが左手でつかんだ所で、薬瓶に対して式を展開、簡単な発火の魔法。瞬間、薬瓶が割れ、中から溢れだした液体が火に触れた途端、閃光と音が熱を持ってフィーに襲いかかる。
薬瓶も安くはないんだがなぁ。
自分で爆破しておいて、そんな事をかんがえながら、クルークは駆け出す。
爆発によって粉塵が巻き上がる中、体に付いた火を消そうとするフィーにクルークの両手が伸びる。
とっさにフィーは右の拳を突き出すが、クルークはその手を受け流すようにして潜り込み、そのまま腕を取って、背をむけるように足を引いて、その力でフィーの体を引き込む。
あっさりと宙を浮いたフィーの体が背中から地面へと落下する。衝撃に息を詰まらせるフィーの様子もおかまいなしに、クルークはとどめとばかりにその両手両足に新たに取り出した薬瓶の中身をぶちまける。
フィーが呼吸を整えるころにはその四肢は地面に固定されてしまったかのように動けなくなっている。
「大人しく銃を使って殺す気でかかってくれば違ったかもしれんが、その甘さが命取りよ、フィー。しばらくそのまま反省しておれ」
そういいながらクルークはフィーをそのまま放置して、家の方へと歩いていき、椅子に座って二人の様子を見学していたフルトの横に腰掛ける。
「お疲れ様です」
「なに、疲れる程の運動でもないよ」
実際クルークの消費したエーテルは微々たる物で、体の方の負担もそれほど多くはない。
それでも、久しぶりに思い切り体を動かした開放感はなかなかに心地いいものがある。ここ数年はずっとこの場所で研究ばかりだったから、こうして周りに人が居ると言う感覚も新鮮だ。
座りながら、フィーの方をみつめて一息ついていると、フルトが水を注いだコップをどうぞと手渡してくれる。それを受け取ってちびちびと口をつける。
「あの薬みたいなのも、魔法なんですか?」
「そうじゃの、魔法といえば魔法なんだが、少し、語弊がある」
「というと?」
「あれらの薬は魔法を使って作った薬なのさ、だから相手のイメージ力の干渉を受けたりはしない。その辺りの魔法関係の話は、フィーから聞いてないのかい?」
「いえ、なにも……」
戸惑うように応えるフルトの様子に、クルークはそうかと、軽く相槌を打つ。
基礎の知識くらい教える時間もあったろうに、魔法に触れさせるのも嫌なくらい大切にしたかったのかね。
それはわからないでもない、が、これから先、そんなことは通用しない。だからこそフィーだって、昨日、フルトに魔法を教える決心をしたのだろう。
「我の魔法は、魔法というよりもそれを使った術に近い。魔法使いの間では錬術と呼ばれておる。様々な魔法を使い、それらを駆使し、望む結果を得る何かを作り出す。才のない魔法使いたちが、魔法の根源に立ち返り研究された術と言われている。シメーレと同じ用に様々な魔法に精通する必要があるため、魔法自体の錬度は低くなる、変わりに錬術は、どんな望むものでも得られるといわれておる」
「つまり魔法で、魔法とは違う、何かを作る術、ということですか?」
「そういうことだ。根底としては、フルト、あんたの使う召喚魔法に通じるものがある」
「わたしの……」
フルトは言われて自分の両手をじっと見つめる。汚れのない、綺麗な両手を。
「だからフルト、あんたが望むなら、あんたに戦う力を授けてやれんこともない」
その言葉にフルトはびくりと身を振るわせる。
その姿に、はじめて会ったばかりのころのフィーの姿が重なる。
あの頃のフィーは今のフルトよりも幼く、それでも生きることに貪欲で、魔法を学びたいと、そう願った。その先に続く道がどれだけ辛いかをわかりながらも今日と言う日まで、我が弟子は生き残ってきた。
だからこそ、同じ道をこの子には歩んで欲しくないのかもしれない。
けれど、それが本当にこの子のために、フィーのためになるのか。
クルークはそうは思わない。
守り、危険から遠ざけ、醜いものから目を逸らさせても、いつか避けられぬそれらと向きあわないといけなくなったときに、何も出来なくなってしまう。
だから、望むのなら、出来る限りをこの小さな娘にも授けてやろうと思う。
「わたしが……わたしの力が、少しでも周りの人の役にたつのなら……お願いします」
決意の篭ったその緑の綺麗な瞳にクルークは力強く頷く。
「あんたも強い子だね……。
といっても我が教えられることはそれほど多くない。後で暇な時間が出来たら我の部屋にきなさい」
「はい」
「さて、そろそろかの」
椅子から腰を上げて視線を前に向ければ、フィーがようやく拘束を解いて立ち上がった所だった。
フィーは思ったよりも随分と成長してはいたが、戦力として十分とは言えない。少しでもたとえ百分の一であろうと、生き残るためにはなんでもやらなければなるまい。
地下世界の魔法使いは、誰だって、いつだって、そうやって必死に生きている。




