二羽 リューク
赤紫の怪獣を追って車を走らせていた俺は車の窓から見た。南小村にほど近い街に、黒い何かが落ちるのを。それは着陸と言うよりは撃墜されたように見えたので、上で何かがあったのだろうと、なんとなく予想出来た。
そして直後、頭にあの赤紫の姿が浮かぶ。もし奴があの黒いのを落としたのだとしたら奴もここに来る筈だ。あんな光線をこの街で撃たれたらどれほどの被害が出るのか、想像もつかない。
俺は街の中に車を止めて外に出た。人はほとんど居なかった。避難したんだろう。
「わっ!?何だ!?」
突如地面が揺れ、広場の近くの瓦礫の中から黒い二本の角が生えてきた。体を捩って瓦礫をどかしながら、それは姿を現した。姿形はノコギリクワガタをそのまま30mに引き伸ばしたような感じだ。
『ギチュヴヴヴヴヴン!!』
そのクワガタはハサミを動かしながら上に向けて吼えた。実際クワガタは鳴かない筈だが、あれはクワガタを模した化け物なんだろうと割り切った。
「でも何で上ばかり見てるんだ…?」
その呟いた疑問の答えはすぐに分かった。
『フゥォオオオオ!!』
「…六枚羽…」
六枚の羽を広げてゆったりと降りてくる赤紫。その姿は見た目自体の不気味さと、白い羽の美しさが混じった感じで、言葉では表現しがたい。赤紫はクワガタから少し離れた場所に着地した。ズシンと重量感のある音が響き、地面が揺れる。二体の怪獣はここ、『遠見市』で対峙した。そしてお互いに威嚇し合う。
「まさか……ここで闘う気なのか!?」
二体が今居る場所は遠見市の中心部。広い道路と大きいショッピングモールやビジネスビル、市役所まである。
こんな所で闘うとなると、どうやっても遠見市の都市機能停止は免れないだろう。幸い高いビル群が一種のバトルフィールドのような作用をしていて、瓦礫が街の外に飛び散るのを多少防いでいるようで、周囲の小さな町は被害を抑えられそうではある。
しかしそれは、瓦礫程度のものだから機能しているものであり、あの青紫の破壊の奔流が放たれたら、この街も、その周囲にも甚大な被害をもたらすだろう。
あれこれと小さな一人の人間が思考を巡らせているうちに、二体の怪獣は地響きを立てながらぶつかり合った--
◆◇◆◇
「…ここなら良く見える」
『ギチュヴヴヴ!!』
車から離れ、近くの高台の公園に来た俺。再び怪獣を見た時、クワガタが赤紫に向かって羽を広げて飛び込んでいた。だが赤紫は微動だにせず背中の触手でクワガタを叩き落とした。かなりの威力だったようで、クワガタの落下地点を中心にコンクリートの道路が凹んでいた。
『フゥォオン!!ファアアン!!』
『ギヂャヴヴヴヴ!?』
立ち上がろうとするクワガタを赤紫が右足で何度も、何度も踏みつける。クワガタの外皮に皹が入り始め、痛々しい。
だがクワガタも負けてなかった。赤紫が足を上げた瞬間に体を上げ、右足をハサミで挟み込んだ。
『ファアァアンン!?』
赤紫が悲鳴を上げる。足を振り回し、クワガタをどうにかして振り払おうとする。
だが逆にクワガタは離すまいと力を強め、ハサミは更に食い込む。
赤紫の右足からは赤黒い血が流れ始め、足を振り回す度にショッピングモールのショーウインドーに血が付着する。
『グルル…フゥォオ…』
赤紫が暴れるのを止め、体を大きく仰け反らせる。良く見ると胸の発光器官がチカチカと点滅していた。口からは青白い炎のような何かが溢れ出ている。
「嘘だろ!?」
俺の最悪の想像は現実となった。
赤紫は下にいるクワガタに向けてあの青紫の光線を放ったのだ。
『ギチャアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?』
光線を喰らい大きく吹き飛ぶクワガタ。羽の部分の外皮は一枚もげ、ビルに突き刺さっている。光線の威力はそれだけにとどまらず、周囲の建物をその衝撃と熱の余波だけで次々と破壊していった。
吹き飛ぶクワガタに光線の追撃は止まらない。コンクリートを削りながら次々とクワガタに光線が命中する。その度にクワガタから痛々しい悲鳴が上がった。左後ろ足が千切れ、ショッピングモールの壁に張り付く。その足や傷口から緑色の血が流れ、光線で至る所に付いた火によって異様な臭いが立ち込める。
「あ…」
クワガタの隣にある高層ビルに光線が命中し、崩れたビルがクワガタの上に覆い被さり、クワガタの体は瓦礫の中に埋もれた。
赤紫は勝ち誇ったようにゆったりと瓦礫の山に歩み寄る。その時瓦礫の山はぐらっと動き、それに気付いた赤紫はまた光線を放とうとする。
「止めろぉおおーーーーー!!」
気付いた時には俺は遠く離れた赤紫に向けて叫んでいた。何で叫んだかは自分でもはっきりとした理由は分からない。ただ、街が破壊されるのを見たくなかっただけなのかもしれない。それくらい、俺は無我夢中で、興奮していた。
『フゥォオ…。グルル…』
「ッ!?」
俺の声が聞こえたのか、赤紫はチャージを中断して俺の方を向き、黄色い二つの目でじっと見てきた。
身体が一瞬で震える。その気になれば赤紫は俺に向けてあの光線を撃てる。逃げても間に合わないだろう。俺はガチガチと鳴る歯を食いしばり、ガクガク震える両足の太ももを叩いて恐怖心を少しだけ打ち消し、赤紫に睨み返した。
『…………………』
「ふぅぅぅう……ふぅぅぅう…」
じっと目を合わせ合う。恐怖の影響からか、唯の呼吸は大きな深呼吸へと変わっていた。
しばらく経った時、赤紫の口から少量の火の粉のような粒子が出てきた。光線の前触れかと思ったが違った。それは風に揺られながらゆっくりと俺の方に向かって来た。
その場をすぐにでも離れたかったが、睨み合っている為それは出来ない。もし背中を向けたら途端に光線で俺を消し炭にしてくるかもしれない。…自分で想像して震える。その間にもう火の粉は目の前に迫っていた。
「…………くっ…!!」
最後の最後で生存本能が恐怖に打ち勝ち、左腕を顔を守るように前に突き出す。そこに火の粉が降り注いだ。火の粉といえども怪獣が放った火の粉だ。すぐにでも俺の体を焼き尽くすだろう。恐怖と未練、後悔が心を埋め尽くす中、目を瞑り覚悟を決める。
だがいくら待っても熱さは来ない。不思議に思って目を開けると火の粉は俺の左腕を軸に一定方向に回転し始め、左腕がオレンジ色に輝き出す。
光が収まると左腕には白い籠手型の機械が付いていた。表面には黒く縁取られた六枚羽の紋章が。
「何だこれ!?取れない!!…がッ!?」
引っ張ったりしたが、外れそうな気配が一向にしない。
そして突如、酷い頭痛が俺を襲い、両手で頭を抱え込んで地面に蹲ってしまった。殴打された痛みとも、単なる偏頭痛とも異なる未知の感覚。見たこともない景色を眺め、聴いたこともない音を聴き、知らない筈の事を前から知っていた。まるで誰かの記憶と大量の情報を頭の中に流し込まれているような、そんな感覚であった。
フッと痛みが消えた。俺はゆっくりと地面から体を起こし、赤紫の怪獣を視界に捉えた。
「…リューク?」
俺は赤紫を見てそう呟いた。何故赤紫を見てそう言ったのかよく分からない。単に頭に浮かんだ名前が頭の中の赤紫と一致したような気がしたからだ。本当に合っているか分からない。だが呟いた瞬間赤紫、リュークは頷いたような気がした。
『ギチュヴヴヴヴヴン!!』
『!?フゥウウウウウウウ!?』
「あ!!」
リュークがよそ見していた隙を突くようにクワガタ、『スタラガス』が瓦礫の山から急に体を出し、リュークの右腕を挟む。スタラガスと言うのもクワガタの姿と共にパッと頭に浮かんだ名前だ。リュークが合っているのなら多分スタラガスも合ってるだろう。
リュークは悲鳴を上げて腕をがむしゃらに振り回す。リュークの腕に従ってビルに激突したり地面に叩き付けられたりするスタラガス。右目は潰れ、左前足はどこかに飛んで行った。それでも猶リュークの腕を放そうとはしない。
「グル…フゥォオオオオオ!!」
『ギチャアアアアアアアアアアアアアアアアン!?』
背中から伸びた触手がスタラガスの腹に突き刺さる。スタラガスの腹からは大量の血が溢れ出し、甲高い声を上げてハサミを放した。リュークはそのまま触手をドリルのように捻りながら奥へ奥へと触手を動かす。
更にリュークは触手を動かしスタラガスを自分の胸の位置に持ってくると左右のハサミを両手でしっかりと握る。
『フゥォオオオオオオオオオオオオオアア!!』
『ギィイン!?ギィイイイイイイイイイイイイイイン!!!!』
そのまま力任せにハサミを開き始める。スタラガスは右腕を使い抵抗するが、リュークはそれを無視したまま力の限りハサミを引っ張る。ギチギチと筋肉組織が痛む音が響き渡り、
『ギィインイイイイイイイイイイイイイン!?』
自慢のハサミはスタラガスの頭から引き剥がされた。リュークはそのハサミを腹に突き刺し、鳴いた所に口に当たる部分にもう一本をねじ込む。
スタラガスは口から泡を吹き、ダウン寸前だ。
あまりに残虐過ぎて俺は思わず顔を手で覆う。現実で起きる怪獣の闘いは映画なんかより音や肉の動きが鮮明に映る為、刺激が強い。下手したらトラウマになるかもしれない。
『フゥオン!!』
リュークは触手をしならせてスタラガスを思いっきり投げ飛ばした。スタラガスは空中で回転しながら少し離れた高層マンションに体を突っ込ませた。まだ生きてはいるようで時折右後ろ足がピクッと動く。
リュークは体を少し仰け反らせた。胸の発光器官が点滅し、強い光を放つ。
『フゥォオオ…』
「くっ!!」
衝撃波に備えて近くの手すりに捕まり、姿勢を低くする。その時再び頭に単語が浮かんだ。浮かぶ映像はあの青紫の光線…。
『フゥォオオオオオオオオーーーーー!!』
リュークは動けないスタラガスに青紫の光線、『デストラクションレイ』を放ち、マンション諸共スタラガスを葬った。スタラガスは断末魔の悲鳴を上げ、大爆発を起こして絶命した。
共に破壊されたマンションは跡形もなく焼け崩れ、街も甚大な被害を負った。あちこちで火災が起き、光線などに巻き込まれたビルなどの瓦礫が散乱する。
『フゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』
リュークは勝利の雄叫びを上げ、羽を広げて黒煙が立ち込める夜空の彼方に飛び去った。
俺も公園を出て車に戻り、世紀の闘いを間近で見たという興奮を隠せないまま家に向けて帰った。
腕に付いていた機械はしばらくそのままだったが、いつの間にか消えており、変わりに左腕には小さいが、黒い六枚の羽の痣が出来ていた