一羽 崩壊の始まり
『良いよな~、大吾は』
「何回言うんだよ…。単なる休みじゃないって言っただろ?」
『そうは言ってものんびり田舎で夏休みか~!!こっちは部室に籠もりきりだってのにさ。てかそうそう!!お前が抜けたせいで大会まで開発終わんないかもしれないんだぞ!!』
「家の用事でバイトする事になったんだから仕方ないだろ?結構辛いんだからな」
『あ~、あの何回も愚痴聞いたあれね…。でも良いじゃん!!金は入るしゆっくり出来るし…!!くぅうう!!俺も行きてえよ!!』
「今度誘ってやるよ。じゃあもうちょっとでバイトだから後でな」
『おう!!早めに帰って来てくれよ!!』
俺はそう言って電話を切り、携帯を短パンのポケットにしまった。さっき電話をしていたのは向こうで同じ大学のサークルの親友、『広瀬 良泰』だ。退屈なのか何なのか、実家のこっちにいる間しょっちゅう電話をかけて来る。何でも大会に出す作品が完成しないから早く帰って来いだとか。
向こうの様子を考えながら前をのんびりと見つめる。広がるのは一面緑の田んぼと森。そよ風がとても気持ち良く、つい眠たくなる。世間的には夏真っ盛り。その上こんな涼しい環境だとなかなか過ごしやすい。
何回来てものんびりしてて良いよな~。交通の便は良くないけど。
「大吾~何してるの?もうすぐバイトでしょ?」
「あ、ゴメンゴメン。ちょっと景色を堪能してた」
しばらくのんびり景色を眺めて和んでいると後ろから急かすような大声が響く。母親だ。昔から変わらない特徴的な、どこか間延びしたのほほんとした口調がまた眠気を誘うが、バイトに遅れるわけにはいかない。
俺は立ち上がり、縁側の下にある黒いスニーカーを履き、玄関に置いてある車の鍵を取って車に乗り込み、バイト先の山田さん家に向けて走らせた。
「そもそも母さんが変な事引き受けなければ良かったのに…」
俺こと、『立山 大吾』は大学で機械工学を専攻しているごく普通の男子大学生である。長所は周囲の人とすぐ馴染めるところ、短所は非力なところである。ちなみに彼女はいない。
そんな自己分析はどうでもいいとして、俺は大学では所謂『ロボットサークル』に所属している。夏休み明けに大会やコンクールもある多忙な身であるはずなのだが、俺が何故こんな田舎でバイトなんかしてるのかと言うと、近所で農業に従事している山田さん家の息子さんが怪我をして、作業が遅れて困っていると聞いた我が母親が、
『じゃあうちの息子を貸しましょう。向こうのサークルで機械ばかり弄ってて運動不足でしょうけど…少しでも足しにしてくださいな』
などと俺を山田のおじさんに売ったのが始まりだ。挙げ句その件を事後報告した上に、バイトが始まる二日前、しかも作品作りに追い込みをかけていたピーク時に急に言われたものだからたまったものではない。
もちろん俺は文句を言い、最初は断ろうとした。しかし、19年も俺を見てきた母親は、俺の性格もよく知っていた。
『こういうご近所さんとの関係も大事だし、何より人助けだもの。もし断ったら農家のおじさんが可哀想でしょう?』
こう言えば俺は必ず引き受けると分かっていたということを、母親は実家に着いてすぐ自慢げに話していた。
自分でも薄々気付いてはいたが、俺は義理人情と押し売りに弱いと言うことを改めて実感させられた。
全く…とんでもない母親である。
そんな愚痴を心の中で言っているとあっという間にバイト先の山田さん家に着いてしまった。
「こんちわ~」
「お!!来たね大吾君!!さっそくだけど、今日はスイカを運ぶのを手伝って欲しいんだ」
何…だと…?
◆◇◆◇
「はい!!ご苦労さん!!じゃ、バイト代ね!!」
「はぁ…お疲れ様でした」
出荷先まで運ぶトラックに箱詰めされたクソデカいスイカを取っては積んで取っては積んでを繰り返し、出荷先で下ろしては運んで下ろしては運んでを繰り返し、既に腕がパンパンだった。シャツに汗が染み込みすぎて、絞れば滝のように汗が出てきそうだ。しかももう夕方。汗も冷え始めていた。
理系男子に対して何たる仕打ちだろうか。体力無いの分かってる筈だよな?
と、ここで俺はふと、この付近にある懐かしの遊び場を思い出し、せっかくなので寄ってみようと考えついた。ポケットから携帯を取り出し、母さんにダイヤルする。
「もしもし」
『あら大吾?どうしたの?』
「バイト終わったけど、ちょっと寄りたい所があるから」
『良いわよ。晩ご飯までには帰って来てね』
「うい」
短い電話を終えて携帯をパタリと閉じ、目的地に向けて歩き出す。
この村、『南小村』には中学生の時までは住んでいた。高校生からは通学に不便と言うこともあり、日本の首都、『新都』に仕送りを貰い一人暮らしをしている。なのでこの村に来るのは長期休み、夏休みなどにしか来れない。しかし幼少期を過ごした土地と言うだけあって思い入れも、思い出の場所もある。その為、帰省の度に時々こうして懐かしい場所を訪ねたりしている。
「あ。ここだここ。みな何もかも懐かしい…なんてな」
一昔前のアニメの名ゼリフをほぼ無意識に呟いていた自分自身に、少し笑う。
今回来たのは田んぼとして機能しなくなった荒れ地。今は雑草が伸びてしまっているが、昔はよく暗くなるまでここで友達と合戦ごっこをしたものである。
俺は荒れ地を見渡せる坂の中間に腰を下ろした。
時折吹く風が雑草や木を揺らし、涼しげな雰囲気を出している。空を見れば空も雲も赤く染まった夕焼け空。昔から続くのどかな風景だ。
俺はしばらく腰を下ろし、景色や葉の音色を堪能した。
--ふと風が強くなった。
急な強風に雑草や森の木は激しくその身を揺らしだし、ざわざわと鳴り始めた。森全体の雰囲気ががらりと変わった。まるで何かを感じ、悲鳴を上げているように。
「…急に暗くなってきたな…」
ぼそりと呟き、空を見上げる。そして見た。
『ギチャアアア!!』
「な、何だありゃ!?虫!?」
雲の隙間から羽音と共に巨大な黒い何かが大量に飛び出した。遠過ぎて良く見えないが、黒い体で昆虫のように羽を広げているのは分かる。そいつらはどこに行くわけでもなく、あっちこっちを飛び回り、俺の方に近づいて来た。そして、
--雲の中から青紫色の光線が飛び出し、荒れ地ごと昆虫達を薙払った。
「うわああ!?」
その光線の衝撃波で俺も坂の向こう側に吹き飛ばされる。
幸い怪我はしなかったので、何があったかを確認する為に急いで坂を上った。
『ギチャアアアアアアアアアアン!?』
「うわーっ!?」
直後俺の頭上を虫が飛び去る。俺は咄嗟に頭を庇って地面に伏せた。今の一瞬で見た感じクワガタムシみたいな見た目だった。だが大きさは通常のものとは比べ物にならないくらい大きい。俺は1m75㎝あるが、それより大きいのは間違いない。数は見た感じかなり減っていた。
多分さっきの…。
俺は光線が放たれた方向を見る。そして雲を突き抜け、そいつは悠然と姿を現した。
『フゥォオオオオオオオオン!!』
灰色の装甲のようなものをした槍の穂のようなシャープな顔、その装甲の隙間から光る黄色く鋭い目、下顎は装甲に隠れてなく剥き出しになっている。肩から突き出た翼のような突起物や、背中から伸びる先端部分が灰色の装甲で鋭くなっている二本の触手。胸に輝く青い発光器官。腕には灰色の装甲で出来た肘の方向に伸びる巨大な突起と先が鋭い指。足にも膝の部分に灰色の突起がある。トカゲのような長い尾は先が二股に別れている。全体的に赤紫色の禍々しい色の体。体長は50m以上はあるだろう。
そして一番に目を引かれる背中から生えてる白い繊維のような巨大な六枚の羽。
『フゥォオオオオオオ!!』
「うぐ…!!」
その赤紫はもう一度低く透き通るような声で吼えると羽を羽ばたかせ俺の上を通り過ぎ、昆虫の群に高速で突進して行った。風圧で体が吹き飛ばされそうになり、顔を庇いながらなんとか耐える。
『フォォ…』
赤紫が深呼吸するように体を動かすと、胸の発光器官が青く不規則に点滅し始める。そして、
--凄まじい轟音と共に口からあの青紫色の光線を放ち、昆虫達を撃ち落としていった。
光線を喰らった昆虫は一匹残らず空中で蒸発するか、青い炎を纏い落下する途中に消滅するかのどちらかの運命を辿り、あっと言う間全滅した。
全て撃ち落とした赤紫は地面に降り立ち、羽を消した。そして俺の方を見てきた。
「ッ!?………………」
言葉を発する事は出来なかった。動く事すら出来なかった。赤紫とあの光線の恐怖で金縛りにあったように。
俺と赤紫はしばらく目を合わせていたが、赤紫が何かを感じたように上を向き、再び六枚の羽を広げて飛び立った。その方角はこの辺りの大きい街の方…。
「……まさかッ!?」
さっきまでの恐怖は赤紫と同じく飛び去った。俺は車を停めたままの山田さん家に走って戻り、母さんに「晩ご飯は先に食べてて」とだけ伝え、街に向けてフルスピードで車を走らせた。
◆◇◆◇NOside
自衛隊の航空基地から二機の戦闘機がスクランブルする。基地内では司令室を中心に沢山の人が慌ただしく動き回っていた。
「航空隊!!目標捕捉圏内へ到達まであと三分!!」
「未確認飛行物体は猶も首都、新都に向けて高速で南下中!!」
「そのまま監視を続けろ!!新都と未確認飛行物体の予想通過地点に位置する町には避難勧告を出せ!!」
オペレーターの二人が司令室中央に座る司令官らしき人物に報告する。司令官は周りの報告などを聞きながら的確に判断し、指示を出す。だが、
「!?これは…ッ隊長!!新たな未確認飛行物体が別の未確認飛行物体に急速接近中!!」
「何!?」
その報告を聞いた瞬間、驚きの声が司令室のあちこちから上がった。
◆◇◆◇
『聞こえたか三島!!坂井!!今お前達が追っている奴とは別の奴が現れた!!そいつの動きにも注意しろ!!』
「了解!!」
夜の空を飛ぶ二機の戦闘機。その内の一機を操縦している三島は隊長の報告に驚きつつも、返事を返した。
『未確認飛行物体ってのはUFOの事かぁ?こんなくそ速いスピードをいつまでも持続出来るとはよぉ』
「さあな。…もうじき予想到達圏内だ。気を引き締めろ」
『ラージャ』
三島に無線で話し掛けているのは隣を飛ぶ坂井だ。何とも気の抜けた話し方に三島はクスリと笑うが、もうすぐ未確認飛行物体と鉢合わせると言う緊張からすぐに顔を強ばらせた。
「?今のは…」
『どうした?』
三島が何かを見つけたようにぼそりと呟き、坂井が聞く。その時、
『ギチュウゥィイン!!』
「うわ!?」
『何だ今の!?』
三島と坂井の機体の真上を黒い巨大な何かが通り過ぎた。慌てて機体を旋回させ、追跡を開始する三島と坂井。
「未確認飛行物体を捕捉!!大きさは30m程でクワガタムシのような見た目をしています!!攻撃許可を!!」
『待て三島!!そいつがどんな力を持っているか解らん!!攻撃はするな!!追跡だけを行え!!』
「ッ…了解」
渋々隊長の命令に従う三島。その瞬間コックピット内でアラートが鳴り響いた。
「何だ!?おい管制室!!どうなってる!?」
『右舷後方よりもう一体の未確認飛行物体が接近中です!!注意してください!!』
「何ぃ!?」
三島は慌てて右側を確認する。その時三島の機体の横を巨大な繊維のような六枚の羽を広げたクワガタムシ以上の大きさをもつ何かが過ぎ去った。
『フゥォオオオオオオオオ!!』
『ギチュウゥィイン!?キュアアアアン!!』
現れた赤紫は巨大クワガタにそのまま体当たりを喰らわせ、怯んだ隙に赤紫は空中を泳ぐように飛びながら上昇、上から降下しながら両腕をクワガタの胸に叩きつけた。バランスを崩したクワガタはそのまま下の街に向けて落下して行った。赤紫もそれを追うように下に急降下して行った。