【GameStart】7
春と悠花は軽い食事を済ませたあと、再び建物を探索した。
成果は今持っているナイフの劣化以下である紙やすり、戦いに使えそうにないブーメラン、もはや武器ですらないけん玉が見つかっただけだった。
拳銃などが見つかったのはかなりラッキーで、これくらい武器が見つかりにくいのが普通なためそれはおかしい話ではない。
しかしそんなことも知らない春と悠花は、既に誰かに武器となり得る武器は取られたのではないかと考えていた。
冷静に考えれば箱が開けられていないことなどからもわかるのだが、そんな判断が出来ない程に二人は不安に襲われている。
その理由はさっき近くで見つけた、捨てられたナイフにあった。
最初はわからなかったのだが、近づいてみるとそのナイフは血が塗られていた。
リストカットをした馬鹿がいなければ、ここで争いがあったのだということを示唆している。
心の中では殺し合いとか言っても実際はそんなことはないだろうと日和見していた二人だったが、こんなことが起こっては嫌でも意識してしまっていた。
二人はその場にまだナイフの持ち主がいることを警戒し、ゆっくりとその場を離れていった。
「ねえ春くん、一つお願いがあるんだけど聞いてもらっていい?」
もう何個目になるかわからない段ボールを開けながら悠花がつぶやいた。
春は欠伸をしながら、同じように開け、探りながら悠花に「なに」と返す。
「もし、私が邪魔になったらすぐに見捨てて逃げてね」
「は?」
探っていた手を止め、春は怒りの感情が込められた声を上げた。
いつもよりも低いトーンの声に悠花は自分の言った言葉に少々後悔しながら続ける。
「私って走れないからさ、もし文字通り足手まといになったらすぐに見捨てていいからね。私のせいで春くんまで死ぬなんて……」
「二度とそれ口にすんな。俺でも怒るよ、流石に」
「で、でも!」
「そんなに!」
言葉に完全なる怒気を含めながら春は立ち上がった。
作業していた段ボールを足でどけ、悠花の前へと動く。
足元に転がっていた果物ナイフが足に当たり部屋の隅へと飛んで行った。
悠花の目の前に行き、目を合わせながら春は言った。
「そんなに俺って頼りないか? 三年前、守れなかったのは確かだ。けど、お前を見捨てて逃げると思うほど弱くはねえよ!
俺はあのとき怖くてちびりそうだったけど、けど! お前を見捨てようなんて一瞬たりとも思わなかった!」
三年前も戦いたくなかった、けど逃げるのなんてもっと御免だった。
自分の命を投げ出すくらいしていれば何か変わったかもしれない。
その結果が招いたのが立ったままそれを見守るしかできなかった弱虫の誕生だった。
そんな風に思って、春が逃げていたのは悠花からではなく自分からだった。
悠花から非難されるのが怖くて、優花から非難されるのが怖くて。
自分を否定されるのが嫌で。
だから平和主義なんてものを名乗って。
だから自分の本当の気持ちから逃げていた。
「逃げれなくなりそうだったら今度こそ、今度こそは俺は自分の命を犠牲にしてでもお前を守ってやる。だから二度とそんなこと言うなよ!」
三年前から言葉にするのも烏滸がましく我慢していた言葉をようやく春は言えた。
守るなんてできずに、見守るだけしかできない平和主義を語るチキンが言ってはいけないと思い自分で封をしていた言葉を吐き出した。
その言葉を聞いて悠花は俯いた。
スカートから飛び出す足にはあのときの傷が未だに痛々しく残っている。
だらりと伸ばされた右腕は神経が傷つけられたお蔭で使い物にならない。
この二つは春が一生償わなくてはいけない罪だった。
その罰で自身が死んでもいいと思っている。
それが悠花のためになるなら、だが。
「あり……がと」
小さな声で悠花は呟いた。
しゃがみ込んでその顔を覗くと、涙を流している。
どこかでまた傷つけてしまったと考える春だったが、そうではなかった。
「私、ずっと春くんに避けられてるのかと思ってた。けど、違ったんだね。すれ違ってただけ……なんだね」
どうやら安堵して涙を流しているようだ。
春が無気力でやる気を無くしたようになったのは悠花が事件に会ってからだった。
それを悠花は、自分が無意識に春に責任を押し付けてしまっていると思い込んでいたのだ。
だから春が責任を裂けるように無気力になった、そんな勘違いだった。
それを理解して春も力が抜けたように床に倒れる。
「馬鹿みたいだな、俺ら」
「馬鹿そのものだよ」
「違いない」
二人はまた笑った。
あの日より前のように、とはまだいかないが今までよりもぎこちなさが抜けて笑う。
――――このゲームが終わる頃には昔みたいに笑えてればいいな
春の心の中での呟きは当然誰にも届くことはなく消えて行った。
二人は4階へと上がった。
そこに理由はなく、単純に1~3階までは軽く見たため最後に回ってきたのだ。
悠花は違和感、と言うよりも既視感を感じた。
4階を歩いていく度に頭痛がガンガンと鳴り響く感覚が悠花を襲う。
春から見てもその様子がおかしいというのは気づいていたが、原因が解明できない。
「どうしたんだ? 気分でも悪くなったか?」
「悪くなったんだけど、違う。これ春くんが思ってる気分が悪いとは少し違うかも……」
その言葉の意味が解らず首を傾げる春。
空気がここだけ特に悪いわけでもないし、気温が上がったわけでもない。
環境的要因がないならば、そこにあるのは人的要因だ。
しかし、それもわからない。
「とりあえず近くの部屋で休むか?」
「うん……」
その答えに気付かないまま――――もしくは気づいていないふりをしたまま二人は最寄りの部屋へと入って行った。
その部屋には机やいすなどはなく、ただ段ボールがあるだけだった。
一応中を探ってみるが有益となるものは見つからない。
諦めて、悠花を部屋のドアから出来るだけ離れた位置へと寝かせた。
春も薄々とこの階層が他の階とは毛色が違うことに気が付いていた。
何かが違うのだ。
だがその「なにか」が掴めない。
首を捻って考えていると悠花が気づいたようで口を開いた。
「そうだ、ここ似てる。私が事件に巻き込まれたあそこに似てる……」
「ってことは……俺たちの町にか?」
そう言われて今まで通った道やこの部屋の壁を見てみるとその言葉に春は納得した。
どことなく道をイメージしたような廊下や部屋の作り、そのディティールは間違いなくあの事件の時のあの場所だった。
「けど……なんでだ……?」
なぜわざわざ春らの町をモチーフにした階層を作ったかが、春には謎だった。
他の階層とは明らかに性質が違いすぎるのは偶然で済ますのには無理がある。
春の脳裏に過ったのは、このゲームを仕組んだ奴らの中にあのときの犯人がいるということだった。
と言うよりもそれ以外には考えられない。
犯人は、あの事件の関係者だ。
そんな風な仮説を立てたからと言って春は特にすることはなかったため、悠花の体調が回復するのを待つ。
20分程度の休憩を終えると悠花は安心したようでいつも通りに戻った。
いよいよ探索を再開しようということで、扉を開ける。
「なっ……!」
開けた、その瞬間に目に飛び込んできたのは血を流して壁に体を任せている女性だった。
長めのだらっと伸びている黒髪の先にも流れ出す血がしみ込んでいるようだ。
「誰か……いますか?」
その女性は重たそうな顔を上げて、春たちの方を見た。
表情は痛みで引きつっていて、見ているだけでも辛い。
近くによって見てみるとどうやら腹部と腕を切られて、そこから出血しているようだ。
応急処置を施したお陰で大事は免れている。
「だ、大丈夫ですか!?」
春は急いで女性を横に倒し、楽にさせる。
頭の中ではトラウマのように三年前のあの日のことがフラッシュバックされていた。
自分の目の前で人が大量の血液を流していることが春の手先を震えさせる。
「大丈夫、致死量ではないから。ここでだけは死ぬなんて絶対にしない……」
力強いその言葉に安心したのと同時に春は何かが気になった。
「ここでだけ」、その言葉に春は妙な引っ掛かりを覚えたのだ。
それが「こんなどこかわからない場所で」とはまた違うニュアンスに聞こえた。
違うニュアンス、と言うことは「何か因縁があるこの場所で」と考えるのが普通だろう。
となるとこの女性もあの事件の関係者か、と言う考えが春の中に浮かんでいた。
「もしかして……この場所で起こった事件のこと、知ってるんですか?」
春の言葉に女性は重たい眉を動かした。
眼が射殺すかのように睨んでいる。
「そうですよ。私はあの事件のときに左腕を切られ、親友を殺されました」
その事実を知ったとき、春は改めて感じさせられた。
――――そうか、これはそういうゲームなのか。
――――あの事件のときの関係者が集まって復讐を、リベンジをするゲームなのか
このときにゲームの歯車がまた一つ進んでいたことに誰も気づいていなかった。