【GameStart】6
湊は春とのやりとりの後約束していた場所へと行き、もう一人の協力者である天宮庇樹と合流しようとしていた。
しかし約束の場所がどこかの階段の一階と言う曖昧なもので30分ほど時間を食ってしまう。
地図をお互いに持っていない為、こんな曖昧な集合場所になるのも仕方ないことだった。
そして湊はようやく階段付近で人影を見つけた。
人影の、その男の服装自体は珍しくもないものだ。
しかしその髪型はオールバックと言うあまり見ないものだった。
湊はその見た目にやや気おくれしたが、一つ咳払いをしてそのシルエットに近づいていく。
男と目が合うとその男は湊に声をかけた。
「お前らが協力者になってくれるとか言う、鏡峰と滋賀井か?」
「ああ、そうだ。俺が鏡峰湊、こっちが滋賀井初音だ」
「よろしく、ねっ!」
初音の屈託のない笑顔を見て庇樹は少し微笑んでいた。
そこに恋愛感情は恐らくなく、単純にこんな状況でその笑顔を保ってられることに笑ったのだろう。
それが嘲笑の意味ではないことは湊はすぐに理解していた。
「俺サマは天宮庇樹、よろしく頼むぜ」
ニカッと見ていて気持ちいいほどの笑顔を庇樹は見せた。
髪型は少し不良のようだが内面は意外と好青年の様だ。
「で、今後の行動予定みたいなのは立ててんのか?」
「いやまだだ。それと自己紹介も含めて、そこの部屋の中辺りで話しをしよう」
それに無言で庇樹は頷き、その部屋へと向かう。
部屋の中に入るとそこは事務室のような部屋だった。
パイプいすと長机が設置されているだけの簡素な部屋。
これに観葉植物とテレビや棚でもあればもう少し個性のある部屋になるのに、と初音は呟く。
そして湊は頭の中で、四階は町、二と三階は学校、ここ一階はビルのような作りになっていることに気が付いた。
階層ごとに作りを変えているのは何か意味があってか、それとも作った人間の趣味なのか。
そんなことを考えるが答えは出てこなかった。
「長い間歩いて疲れただろ、まあ適当に座ろうぜ」
パイプいすに座り、長い脚を机の上に乗せる庇樹の姿は不良そのものだった。
根はやさしくても見た目や挙動で不良と勘違いされることが多いんだろうな、と容易に感じさせる。
庇樹の向かいの席に二人は座った。
どこから話を切り出すか迷った結果、とりあえずは今所持している武器を明かすことにする。
湊はポケットに詰めていた武器と食糧を机の上に置いた。
「包丁にカロリーメイトと乾パン、それに……そりゃあなんだ?」
「スタングレネードだ。閃光弾と言った方がわかりやすいか」
ああ、と納得して庇樹は頷く。
「滋賀井ちゃんは何も持ってねえの?」
「私は持ってても戦えないからねー。これを一応護身用に持ってるだけだよ!」
と言って初音が机の上に置いたのは10本ほどの釘だった。
それがどうすれば護身用になるのかはわからないが、本人が言うならばそうなのだろう。
引きつった笑いを浮かべる庇樹。
それに初音は相変わらずの屈託のない笑顔を返した。
「俺サマの武器はこれだ。使えねえったらありゃしねえ」
そう言って乱暴に机の上に置いたのはペーパーナイフだった。
確かにこれでは戦いには適さないな、と湊は薄く笑う。
「ケッ、笑えねえぜ。
今後の方針を決めるより先に聞きたいことがあるんだがよ、お前らこの三人以外に誰かに遭遇したか?」
「いやないな。だが初音の武器を奪ったやつがいることは確認している」
「ああ、武器がねえのはそういうことだったのかよ。
俺サマは他にもう一人見かけたぜ。と言うか、夕凪からメールが来るまではそいつと一緒いた」
「……裏切られた、と言うことか」
湊の言葉に庇樹は苦い顔をした。
その表情にはどことなく皮肉な意味合いも見て取れる。
「そう言うことだぜ。他の人間とも協力しようって提案した途端にナイフで切りつけてきやがった。
恐らく最初から俺サマが油断するのを待ってたんだろうよ。それで仲間が増えるとそれも狙えなくなるからってこったろ。
まったく、我ながら恥ずかしいったらありゃしねえ」
「そいつの名前は? できれば外見の特徴とかも聞きたい」
「華宮 優花。白のシャツの上に黒のパーカーを着てて、どこぞやのアイドルみたいに長い黒髪の女だ。ポニーテイルにまとめているときもある。
喋り方はさばさばとした感じだ。良くも悪くも姉御肌って感じかね。
普段の感じだと裏切ったりなんてするような感じではないんだが、状況が状況で正常な判断が出来なかったってところだろうだろうな。
まあ、ざっとこんな感じだ」
それらの情報を聞いた後に湊が真っ先に思い浮かべたのは大学の食堂に行くときに見かけた先輩だった。
とは言え名前も顔も知らない相手だ、偶然にすぎないだろう。
それに黒髪ポニーテイルの人間なんて数えきれないほどいるのだ、それが同じ相手であることの方が稀だ。
「で、一つ気になったんだがいいか? お前の言い方だと元々知り合いみたいな感じに聞こえるんだが気のせいか?」
「……やっぱりと言うか、鋭いねぇ。まったくそこまで優秀だと惚れ惚れしちまうぜ、なんつってな。
そうだ、あいつは俺と同じ大学のクラスメイトだ」
その言葉に湊はまた一つの引っ掛かりを覚えた。
湊と初音、庇樹と優花。
同じ大学に通う人間が二組も揃うことが適当に選んでいてあり得るだろうか?
恐らく春と悠花も話し方や同時に行動する時間の速さからすると同じ学校か顔見知りだった可能性が高い。
これだけでもゲーム参加者のうち半数が知り合い、もしくは顔見知りだ。
それを偶然で片づけるには流石に厳しいものがある。
これを庇樹に話すと納得したように二度頷いた。
「それともう一つ。最上階の街は俺が関わったとある事件の現場にそっくりだった。それも何か関係あるかもしれない」
「頭の隅程度なら置いておいてもいい話だな。俺サマはその事件に覚えはないが、わざわざ他の階と違う作りにしてるとこからも可能性はあるぜ」
「……二人の会話にさっきから初音ちゃんは置いて行かれっぱなしですよ」
顔の前で両手の指を合わせていじける初音。
そんな様子に慣れている湊とは違い、庇樹は慣れていない為少し慌てていた。
「心配するな天宮、こいつはいつもこんな感じなんだ」
「なんかよ、滋賀井を見てると妹を思い出してなんか放っておけないんだよ。なんつーか小動物っぽいっていうか」
「うわっ天宮くん酷い! これでも私は大学生なのですよー!」
エッヘンと偉そうに小さな胸を張る初音。
庇樹はそれを見て更に妹と重ねたようで笑いを押し殺していた。
そんな反応が初音は不満なようで頬を膨らませる。
「ぷはっ! あんまりそういうことしすぎると逆に妹にそっくりになってくるからマジでやめてくれ、あはは! 腹痛えよ!」
心から笑っている庇樹を見て、湊と初音は安心感を覚えていた。
心が休まるような不思議な感覚だ。
それは頼もしくもユニークな庇樹が仲間になったからだろう。
「もうほんとに怒るよ、天宮くん!」
「うはは! マジでそれダメだろ! 妹に似すぎ……!」
「もー!」
そんな二人の様子を見ていると、またここがいつもの日常のように思えてきた湊。
日和見ともいえる考えをしたことに湊自身が驚いていた。
だが、そんなことではなくこれからの行動を考えなくてはいけない、と言うことに至るのにそう時間はかからなかった。
「そろそろこれからの行動を――――」
その時だった。
ドアがバンと勢いよく開かれる。
そこにいたのは湊らと同じくらいの年齢に見える青年だった。
真っ黒の髪に、白のシャツの上に黒のジャケットを着た青年がドアを開けて室内に倒れこんできたのだ。
その異様な光景に三人は唾を飲む。
倒れこんできたと言ってもまだ息はあるようで、荒い息遣いで床を這っていた。
「大丈夫か、お前!」
一番に倒れている青年に近づいたのは湊だった。
それは距離が近かったのもあるが、状況が状況だからだ。
この建物で極力死人など出したくない、その意思が湊の体を動かし頭を活性化させていた。
「助けて……くれ……。襲われているんだ……恐らく【皇帝】のプレイヤーに」
皇帝のプレイヤーと言う単語に三人の表情が固まる。
それは三人が殺さなくてはいけない相手だ。
今さっき極力死人を出したくないなどと言ったが、生きて帰るためには殺さなくてはいけないジレンマを孕んだ相手。
それとこんなに早い段階で向き合うのは危険だ。
「つーことは居んのか? 皇帝のプレイヤーがそこに」
「ああ、そうだよ。性別は女だったかな」
そう言った青年は顔を上げ、その整った顔を三人の前に見せた。
頬にはナイフで切られたような傷、シャツは汗でびっしょりと体に引っ付いていてそれだけ必死だったことを感じさせる。
倒れたときに落ちたのか生徒証明の手帳が落ちていた。
そこから判明した青年の名前は、「日乃崎 虚」と言う名前だった。