【GameStart】5
蔭から遊李と華を見ていた神使 巫女徒は死亡者が出なかったことに安堵しながら、手に持ったナイフを近くに投げ捨てた。
いざとなればナイフを投擲し様子を見て、二人の仲裁に入るつもりだったがそれは杞憂に終わる。
巫女徒の見た目はやや普通からはかけ離れていた。
それは右目とだらりと伸ばした左腕が数年前に通り魔に切られ機能していないことが原因だと思われた。
そんな傷だらけの体を翻し、黒色の髪を舞わせて巫女徒は建物の探索を続けることにした。
巫女徒も遊李と同じくゲームのルールを理解した時点で団体を組むことを諦めていた。
遊李よりも自分のポテンシャルが高いことを理解した上での判断だ。
その理由は明快で、ポテンシャルが高くとも障害だらけの体では一瞬の判断に優れず、その一瞬で命を奪われることもあり得るからだった。
もしかするとそれでも生き残れる可能性があるが、巫女徒としてはそんな危ない橋を渡りたくないのだ。
巫女徒は何が何でも生きて帰らなくてはいけない理由があった。
三年前に親友を殺した犯人を見つけて、殺すこと。
それのみを生き甲斐としてきた巫女徒は、それを達成するまでは死んでも死にきれない。
一瞬見えた顔しか見えていない犯人を探すのは簡単ではないが、それでもしなくてはいけないと巫女徒は三年間思い続けてきていた。
それが死んだ親友にできる唯一の弔いだと思っているから。
「にしてもここは嫌な感じです。あのときを思い出してしまいます」
目の前で親友が殺されたときと同じような街並みを目の前の景色に重ねて巫女徒は歯噛みする。
そしてその怒りを抑えるために壁を思い切り叩いた。
虚しい感情が巫女徒の中で渦巻く。
そんな感情を抱き続けていても仕方ないため、感情を抑え巫女徒は建物の探索を続けた。
「この感じだと探せばスタンロッドなんかよりも強力な武器がありそうですね。拳銃くらいあれば一人でいても安心できるのですが」
近くの部屋に入った巫女徒はそう言いながら段ボールを漁っていく。
最初に支給された武器はスタンロッドだった。
しかしその利点をいまいち把握していない巫女徒はそれよりももっとリーチの長い武器を求めている。
スタンロッドも言ってしまえばただの棒きれだ。
当らなければ意味がない。
ならば他の誰かが支給されているバットの方がよっぽど効果的だと言うのが巫女徒の考えだった。
「とは言っても……やはり簡単には見つかりませんね」
その部屋にあった段ボール4つを開けてみたが大した武器は見つからず、変わりに乾パンとカロリーメイトが見つかった。
所詮24時間のゲームのため最悪飲まず食わずでも行けると思っていたがあるに越したことはない。
そんな風に考えながらもあとは水分がほしいと欲張ってしまう巫女徒だった。
「おお、やっと人を見つけることが出来た」
突如背後からした声に巫女徒は反射的にスタンロッドを構え、その先を向ける。
「おいおい、そんな好戦的な態度を取らないでくれ。私は平和的に行きたいんだ」
両手を上げる女。
まるで降参とジェスチャーしているようだった。
その女は全体的にやる気がない見た目をしていた。
全てが面倒くさそうに写り、気分が乗らないが仕方なく生きている。
そんな空気を感じさせる女だった。
「お……お前は……」
だが、巫女徒が思ったのはそんなことではない。
そんなどうでもいいことではない。
巫女徒が気づいたのはもっと重大なことだった。
「ん? どこかであったことでもあったかな?」
「忘れたとは言わせない……」
そう、目の前にいるその女は。
「お前が愛良を殺した通り魔だ!」
三年前のあの事件の犯人。
名前もわからないまま三年間探し続けた犯人だった。
その犯人がついに自分の目の前で、あの町を模したこの場所で見つかったのだ。
これは宿命なんだと巫女徒は思った。
「通り魔……? ああ、そうか、思い出した。お前、あのときの……」
「お前は……殺す、殺してやるッ!」
巫女徒はスタンロッドを構えたまま女に突っ込んだ。
使いにくいと言っていたことや、リーチが短いことなどは怒りの前で忘れていた。
スタンロッドの電源を入れそれを女に向かって振る。
「落ち着きたまえよ」
だがそれは女の蹴りを腹に受けたことで届かずに終わった。
後ろに大きく吹き飛び段ボールに体を打ち付ける巫女徒。
段ボールがクッションになったおかげで少なくなかったものの、防御姿勢を全く取っていなかったためダメージは大きかった。
「私の名前は水原 玲。お前は?」
「……神使 巫女徒。神に使われる巫女の徒と書く」
「巫女徒か、いい名前だ。私が【悪魔】のプレイヤーではなければ殺さずに済んだのが、残念だ」
思わず得たその情報に巫女徒は自分の感情が昂ぶっていくのを感じていた。
殺すことで一石二鳥どころではないのだ。
「殺す、殺してやる……」
「私も仕方なく殺すとしよう。犯罪とは死にたくなるね」
そう言いながら玲はポケットからバタフライナイフを取り出した。
リーチはスタンロッドに劣るものの、周りが見えてなかったとは言え巫女徒に蹴りを当てるほどの身体能力の持ち主が使うとなると話は別だ。
距離を保てば攻撃が当たらないなどと言う浅い考えが通じる相手ではない。
むしろ懐に潜らせれば即死と言う意味を持ってしまうのだ。
そのため普通であれば後手に回るのが定石ではある。
だが、巫女徒はそうはしなかった。
否、そんな発想が存在していないのだ。
「どの口が言うかっ!」
さっきと同じように真っすぐに突っ込む巫女徒。
それに玲は呆れながら戦うための構えを始める。
二度連続同じ攻撃が通じるとは思わなかったが、とりあえずスタンロッドの有効範囲から間を取るためにハイキックを打ち込む
「馬鹿が」
やはりと言うか、それを読んでいた巫女徒はそれの下に潜り玲がナイフを持っていない左へと体を移そうとする。
それを阻止するために玲は軌道を無理やりにハイキックから踵落としに変更する。
だが巫女徒はそれを回避せず、両腕で受け止めてから真上に弾き玲のバランスを崩しにかかった。
「うおっと」
思い通りバランスを崩した玲は倒れそうになるが体を捻りなんとか持ち直す。
しかし、それさえも巫女徒の思い通りだった。
「まずは一発目だ。受け取れ」
スタンロッドではなく、素手の拳で玲の顔面を思い切り殴りつけた。
通路に飛ぶ玲。
壁に衝突したため巫女徒とは違い緩和されるどころかむしろ増してダメージを受けていた。
片膝を着きながら立ち上がる玲。
苦しそうに息を吐くかと思ったが、それは違った。
それどころか、笑っていたのだ。
「ククク……」
「なぜ笑ってられる!」
「クヒャヒャ、何故だってェ? アヒャヒャ! そんなの決まってんだろうが! 楽しィからだ!」
スタンロッドを構えなおした巫女徒は、その様子が殴られる前とは明らかに違っていることに気が付いていた。
殴られることでスイッチが発動するタイプの人間だったか、と冷静に分析した巫女徒だったがそれは違う。
もっと至極単純なのだ。
不快なこと。
つまり、自分の気に食わないことがあると玲は狂気的な性格に変貌する。
凶暴的で、暴力的で、独善的な性格に。
「いいぜ、神使巫女徒。オレを楽しませてくれよォ? アーヒャッヒャッヒャ!」
高笑いをしながらナイフを振り回すその姿は三年前の通り魔と同じものだった。
それを見て更に怒りが募る巫女徒。
スタンロッドを握り直し、玲の出方をうかがう。
「テメェが来ねぇならオレから行ってやろうか? アァ?」
そんな風な挑発をされても巫女徒は耐えた。
さっきのような攻撃がもう一度出来るとは考えていない。
冷静に、かつ衝動的に動く。
それが理想的だった。
そして二人がにらみ合った次の瞬間、動き出したのはやはり玲だった。
ナイフ片手に飛び込む姿は狂気的そのものだ。
これは二人の戦いの1ゲーム目にしかすぎない。
これから幾度と行われる戦いの中の1ゲームにしか。
「楽しませてくれよ、巫女徒ォ! ギャーッヒャッヒャッヒャ!」
狂った笑い声だけが建物に響いていた。