【GameStart】8
遊李は武器を探していた。
それも近接武器ではなく、メイン武器である木刀をサポートする、もしくはそれに代わる武器を探すためだった。
サポートする武器と言うのは文字通りで、木刀一辺倒の戦いにならないためにサポートするなにかを求めていた。
それは銃火器、もしくはエアガンでもいい。
もしくは手榴弾やフラッシュバンなどの武器。
木刀では手の届かない戦法を入れるための武器が遊李には必要だった。
もう一つはそれも文字通りの意味だ。
木刀はそれなりの強度を持つとはいえ、強固な武器ではない。
バットなどとぶつかれば壊れてしまう可能性は十分に考えられ、その代わりと言う意味。
それこそバット、もしくは鉄パイプのようなもの。
つまるところ竹刀に類似するリーチ、持ち心地、用途のものであればなんでもいいのだ。
これらを手に入れて遊李は盤石の態勢でこのゲームに挑もうとしている。
誰に振り回されることなく、完璧に、自分一人で、生きて帰ってみようというのだ。
それを無謀と笑う者を遊李は嘲る。
事実遊李は強い。
精神もそれなりに強いつもりだった。
だがそれは先の園影華の件で思ったよりも弱いことを思い知る。
しかし遊李はそれを弱点だと言う認識はせず、むしろそれさえ埋められれば自分は本当の強さを手に入れれる程度にしか考えていなかった。
それが精神が未熟だということの裏付けだということに気付かないまま遊李は偽りの強さに埋もれていく。
武器を探し、色々な階を巡り段ボールをあさり続けていたあるときだった。
部屋のドアが唐突に開き、女の声が部屋に届く。
「やあ、そこの君。ちょっと話を聞いてもらっていいかな?」
「あ、はい、なんです――――ッ!」
仲間になる気こそないが最低限の会話くらいはしておこうと、段ボールを探っていた手を止め、振り向いた遊李が見たのはやはり女性の姿だった。
しかしその女性の姿は普通と形容するには些か無理がある。
その理由としては白色のシャツもその上に羽織っていたと思われる青色のパーカーも、その両方が血で汚くペイントされているからだ。
「どうした? そんな目を点にして。……ん、ああ。この血が問題だったのか」
そう言うと女はパーカーを脱ぎ、血が付着している面を内側にし腰に巻いた。
すると女はシャツ一枚にジーンズパンツと言うラフな格好になる。
ボディラインもはっきりし、そのグラマラスな体型にいつもの遊李なら嫉妬するところだが、今はまだ服に付いた血に目が行っている。
「ふむ、まだ駄目か。じゃあこれでいいかな?」
遊李の視線に気づくとシャツも脱ぎ捨て上は下着一枚になった。
そんな恰好なのに女は恥ずかしがる気もなさそうに遊李に視線を向ける。
「そ、そこまで脱ぐ必要はありません! 血を視えないようにするためならシャツを裏返しに着ればいいですから!」
「おお、それは名案だ。参考にさせてもらおう」
そう言うと女は投げ捨てたシャツを拾い、裏返しにして着る。
白の無地のシャツだったため裏返しに血が写っているがそれを気にしていない振りをして遊李は話を進めた。
「ええと、何の話でしたっけ? ええとあなたの話を聞いてもらう話? ですよね?」
疑問符が多く浮かんでいる遊李の台詞にも女はマイペースな態度を崩さずに会話を続ける。
「ああ、そうだ。とりあえず私は水原玲と言う名前だ。気軽に玲とでも呼んでくれたまえ」
「私様は入戸遊李。同じく名前で構いません」
「中々ユニークな一人称をするのだな、遊李は」
小さく笑う玲。
それを見て遊李は緩みかけた警戒心を再び強めた。
この状況で笑えるのは余裕があるから、と言う一種の偏見にも近い感情を持ったためだ。
木刀を握る手に力が入っていく。
「それでだ、話と言うのはだね……私のために殺されてくれないか?」
「は?」
遊李はその言葉を吐くまで5秒を要していた。
それまでの状況から突拍子がなさすぎる言葉だったため理解するまでに時間がかかったのだ。
殺されてくれないか。
つまり、遊李に死ねと言うことだ。
正確には自殺ではなく殺人をされろ。
玲が手を下したいということだった。
「いやだからだね、殺されてくれ。アイキルユーってことだ」
「いや。いやいや。いやいやいや、何言ってるんです? 殺人は犯罪……って話はこの場所では意味ないですね。
何故私様が殺されなければいけないのです?」
遊李が心底わからず、それでも冷静に言った問いに玲はなんら言い淀むことなく答える。
言い淀むどころかむしろニヤッと笑い、誇らしげに言った。
「私が【悪魔】のプレイヤーだからだ。わかったかい?」
その言葉を聞いたと同時に遊李は段ボールを投げ、玲の視界を隠し玲とは反対方向にあったドアから逃走した。
思考を放棄し、生存本能に従い逃走する。
逃走行為に至っているがその頭は行動を理解していなかった。
何が起こっているのか。
何故自分が逃げているのか。
自分が目の前にいた圧倒的すぎる強者、もとい狂者から逃走することで生き延びようとしていることにこの期に及んで気づいていなかった。
もしくはそんな現実から目を背けているだけだ
自分よりも強い者がいるという現実から目を背けた結果が今の遊李の脳内状況だった。
「なんですかあの人……。危ない、危なすぎます……」
全力で走りながら遊李がそう呟くのは余裕の為ではなかった。
むしろ余裕がないから、自分に余裕があると思わせるための発言だ。
一種の暗示のようなもので、一瞬でも自分が劣っているという感情を抱いたことに対する言い訳でもあった。
流石にこれだけ走れば出始めのリードもあるため追いつかれないだろうと油断して角を曲がった途端に遊李はその認識が甘かったことを痛感した。
既にそこには玲がいた。
玲が角に立っていて遊李の体とぶつかる。
「なァ、教えてくれ……。んでオレから逃げるんだよォォォ!? あァン!?」
言葉を聞くより早く遊李は来た道を引き返していた。
これで他のプレイヤーに見つかってリスクが高まっても構わない。
玲に追いつかれるより何百倍もマシだからだ。
やはり遊李は玲には勝てないんだと自覚し、逃走に専念する。
逃げるために、走る。
「私様の求めていた強さはあんなのじゃないです……! でも、でも勝てない……」
建物を走り回る。
階段を上り下りしながら、必死に背後についてくる悪魔を振り切ろうと走り回る。
その背景を気にする暇なんてないほどに走り続ける遊李。
「はっ……はっ……!」
「おいおい逃げんなよ! ちょっとオレと遊んでいこうぜお嬢ちゃんよォ! キャーハッハ!」
遊李も剣道部で走り込みなどしたりしているため体力にはそれなりの自信があった。
それでも上下運動を挟みつつの走行には息を切らし始めている。
だがそれに対し後ろの女は息を切らすどころか、挑発すらするほどに体力に余裕があるようだった。
一言で言えば悪魔、端的に言えば化け物。
遊李が背後に張り付く女性に抱く印象はそんなものだった。
「どうして……私様がこんな目に合わなくちゃいけないんですか!」
少女の悲痛な叫びは狂気の笑いにかき消され誰にも届かないままに消えて行った。




