プロローグ1
これは過去作であるHELLDROPのリメイク作品となっています
なのでキャラ名の流用等もありますので、そちらを読んでいただいている方にはさらに満足していただけるかと
平和がいい。
何事も平和で、争わないのが一番いい。
無理な争いなんてする必要ないし、みんなが笑ってられる方がいいに決まってる。
そんなの考えるまでもない
力がほしい。
自分の周りの人を守れるだけの力が。
大切な人を守れるだけの力が
この命を悪魔に売り渡してでもほしい。
――――平和ならあいつはあんな事件に巻き込まれなかった。
――――力があればあいつは事件に巻き込まれて死なずに済んだ。
――――神様は、
――――神は、
――――『非情だ』
キーンコーンと小学校六年、中学三年、高校二年と三か月合わせて、人生で何回聞いたかもわからない音が鳴り響いた。
それは授業の終了を知らせるものだ。
「春、いつまで寝てるの。早く起きて!」
机に突っ伏している少年の頭をデコピンする少女。
その痛みに反応して少年は目を覚ました。
「あれ、もう授業終わってたの? 昼飯食ってからずっと寝てたから気づかなかった」
「もう、どれだけ寝てるのよ。今日こそは一緒に買い物行ってもらうからね」
「あいあい、わかってますよー。……眠た」
そんな様に頭を抱えている少女の名前は暁 悠花。
三年前に巻き込まれた事件で右手の神経に傷がついて使えず、左足の靭帯に傷がつき長距離を走ることが出来ない少女。
事件に巻き込まれたことを微塵にも思わせない明るい調子と、姉譲りのリーダーシップを持つ少女だ。
そして寝ていた少年は夕凪 春。
いつもこんなに寝ているわけではなく、昨日は徹夜で話題のアニメを某動画サイトで全話一気に見たためである。
平和を愛し、自称好きな人物がキング牧師(恐らく嘘)と言う少年だ。
二人は幼馴染で小学生の頃からずっと同じ高校と言う腐れ縁でもあった。
家が近所と言うこともあり、互いに家の手伝いをしあう仲。
周りから「あいつら付き合ってんじゃねえの?」とか言われているが、そんなことはなく幼馴染以上でも以下でもない関係だ。
「と言うかそういうのは優花さんに頼めよ」
「お姉ちゃんは最近レポートとかが忙しいみたいで家と大学往復するだけの生活になってるから無理なの。
と言うか本当は昨日だったのを今日にしてあげてるんだから、大人しく付き合ってよね」
「あーい」
とか言いながらも目を擦る春。
そんな様子を見ているとやはり二人は付き合っているようにしか見えない。
先に玄関で待っとくから、と言う悠花を手を振って見送る春。
それから何も入っていない鞄を持ち、教室を後にしてから、このまま帰るのもありかなと考えそれをすぐに否定する。
「腐れ縁でも縁は大事にした方がいいよな、眠たいけど」
また小さく欠伸をして春は玄関へと歩いて行くのだった。
三年になってから階が三階になったため片道でも辛くなってきた階段を二段飛ばしで降りていく。
階段の端には部活へと向かう生徒や、友人と話しながらゆっくりと降りる生徒などがいた。
途中で見かけた先生に挨拶をしてようやく二階の踊り場までたどり着く。
中学三年間は部活をしていたが、高校に入ってからは帰宅部だった為運動不足気味で体が重たい。
あと一息だと思い、体に力を入れ階段を再び降りる春。
「んっ!?」
だが次の瞬間踊り場で人とぶつかった。
身体を起こし、倒れている女性に頭を下げて謝る。
少女も手すりで体を支えながら立ち上がった。
「いえいえ、気にしないでください。避けれなかった私様も悪いですから」
内心、変な一人称だなと思いつつも状況が状況なためそんなことは言えずもう一度頭を下げる。
そのとき視界に入った、少女の足元に落ちていた竹刀を拾い少女へと渡す。
「ありがとうございます。階段はゆっくり降りた方がいいと思いますよ、先輩」
「その通りだよ。物騒だったかも」
「流石に物騒までは言いませんが……。まあいいです、私様は急ぐのでこれで失礼します」
頭を下げ少女はその場を立ち去った。
尻尾のように後ろで揺れていた一つ結びの髪の姿を見送ってから春は再び進みだす。
竹刀を持っていたことから少女は剣道部の様だ。
そういえば去年、全国二連覇をした女子が入学してきたとか話題になっていたと思い出す。
名前は思い出せないが。
――――……と言うか、剣道部員ってマイ竹刀って持ち歩くのか?
そんな疑問を考え続けても無駄だと思い残り数段の階段を一気に下りて行った。
玄関で待っていた悠花に「おそーい」と言う聞きなれた言葉を聞きながら靴を履き替える。
三年が引退した部活や、全国に向けて三年も現役で頑張っている部活を横目で流しながら悠花と二人近所のスーパーへと向かう。
この街はいたって普通の街だった。
コンビニやスーパーがないほど田舎ではないが、有名全国チェーンの店が多く揃っているわけでもない。
平和で、静かで、のどかな街。
春と悠花たちが十八年間育ってきた街だ。
「なあ、悠花はこの街好きか?」
「好きだよ。いいことも嫌なこともあったこの街が好き」
春は自分が何気なく聞いた言葉の端にあった棘に言ってから気が付いた。
悠花が一瞬辛い顔をしたのだ。
三年前にあったあの事件を思い出したようだ。
「……悪いな、思い出させて」
「いいよ、気にしないで。それも含めて私はこの街が好きって言ったでしょ」
こんな平和な街でも三年前に大きな通り魔事件が起こった。
その被害者の一人が悠花だ。
先にも説明した通りそのときの怪我で悠花は左足の靭帯を傷つけ、右手が日常生活に支障をきたすレベルで動かなくなっている。
もう一人死亡者がいたらしいが、春にとっては知らない死亡者よりも身近な重傷者の方が大きな問題で記憶の中では薄れていた。
「そういえばあの時の犯人ってまだ捕まってないんだよね。てことはまだこの辺にいるかもってことでしょ? わー怖いなあ」
春にはそれが悠花の強がりだとわかっていた。
だが悠花の気遣いを無駄にするわけにもいかず、合わせるように苦笑いをする。
周りに合わせてへらへら笑う癖は悪いと思いながらも、平和に生きるためには仕方ないと何年も春は治せないでいた。
無意識下で周りに合わせて笑う癖がついたのはあの事件以降だ。
元々無かったわけではないが、酷くなったのは間違いなく事件がきっかけだった。
あの事件は今でも二人の心の奥底に根付いているのだ。
大きく、深く。
と、そんなことを意識し始めた途端に二人の会話は途切れた。
気まずい空気が二人の間に漂う。
そんな二人の前に空気を読まず黒い影が現れる。
黒い影と言う比喩をしたがその姿はまさしく全身黒ずくめで、いかにも犯罪者と言う見た目だった。
――――なんだこいつ? まさかあのときの……?
「ええと、何か俺たちに用ですかね?」
「そうだよ、君たちに用だ。……けど、もうそれも終わり」
「どういう……ことだ?」と春が言おうとした瞬間に背後から春の口元へ手が延ばされた。
その手には白いハンカチが握られていて、それで口を覆おうとしている。
知識に乏しい春でもそれが、ドラマなどでよく見かけるクロロホルムだとわかった。
視線を横に向けると悠花も同じように全身黒ずくめの男に口にハンカチを当てられている。
悠花に向かって手を伸ばすが段々と意識が薄れていく。
その手は届かない。
三年前のあの事件の時と同じように。
「悠……花……!」
その言葉を最後に春の意識は途切れた。
力を失って男の腕に体を預ける春。
悠花も同じようだった。
「これで『六人』か。もう折り返し地点だし頑張ろうね、みんな」
黒い集団が怪しく蠢いていた。