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13年放置した幼馴染に愛の証明をした結果

作者: めみあ
掲載日:2026/07/10

夏のホラー2026参加作品です。

  

 「最低」


 言われ慣れた別れのセリフ。

 本当のことだから否定はしない。

 同時に去られたのは痛かったが。


 叩かれて赤く腫れた頬を冷やそうとして、湿布薬を切らしていたことに気づく。それどころか回復薬も使用できる期限がきれていた。

 

 着替えようと立ち上がると、鏡に映るだらしない肉体が視界に入った。思わず目を背ける。

  

 

 

 薬の補充のため宿を出ると、通り過ぎる女共から白い目を向けられた。


(ここらの女も食い尽くしたからなあ)


 そろそろこの町を出ようかと考えていると、懐かしい音が近くから聞こえた。


 音の方向をみれば、そこには薬屋があった。最近できたらしい。小窓から中の様子が窺える。

 覗いてみれば、薬草をすり鉢でつぶしている少女が見えた。


 聞き馴染んだ音が、懐かしい人を彷彿とさせる。

 

 幼馴染のリリア。

 いつも俺の後ろに隠れていた恥ずかしがりやのリリア。

 薬屋を営む父を手伝っていて、ほとんど外に出なかったから、俺がいつも遊びに行っていた。


 彼女は俺が怪我をすれば、泣きそうな顔をして心配し手当をしてくれた。

 

 16になって、リリアが村の男に言い寄られているのを見た。ムカついてその日に唇を奪い、俺のものになれと言えば、顔を赤くして頷いた。

 

 しばらくして王都でスタンピードがおき、魔物は国の軍隊が殲滅したが、多数の犠牲者もでた。

 そして国王より、余力のある地域は支援をするようにと全国に通達があり、俺は村長から再建の手伝いを打診された。


 俺は一晩悩んだが、王都への憧れと給金の良さから王都行きを決めた。

 さらに俺が王都にいる間にリリアに変な虫がついても困るので、プロポーズも決める。

 リリアには「結婚しよう。リリアが待っていると思えば頑張れるから」とプロポーズをし、彼女は涙を流して頷いた。


 出立の前日にささやかな式をあげ、初夜を済ませ、俺は村を出た。


 

 だけど俺は、自分がこんなにも誘惑に弱い人間だとは思わなかった。

 相手がいてもいいと誘惑され、初めは拒んだが段々と迷うようになった。  

 そして、一度だけなら、と応じてしまってからは制御が効かなくなり、大勢と関係をもった。


 リリアからは毎週のように手紙が届いていた。俺の体調を心配し、近況報告をするだけの変わり映えのない手紙が。はじめの何回かは返事をしたけれど、面倒になって先送りにしているうちに、手紙は届かなくなった。


 リリアを忘れたわけではなかったから、たまに同郷のやつに伝言を頼んで無事だけは知らせた。

 

 リリアが一番なのは変わらないから、いいと思っていた。


 そうしているうちに3年が過ぎ、心変わりしてしまった。ある女に惚れこみ、その女を孕ませた。俺はリリアに手紙を送った。好きな女に子供ができたから別れようと。


 リリアからは、わかりましたとだけ返事がきた。リリアから会いに来るわけでもなかったし、あちらも冷めたと思った。


 それから10年。

 結局、俺は1人だ。

 女遊びをやめられなかった俺はとっくに見捨てられ、子はどこかの養子にだされた。

 


 そして今。

 すり鉢の音で行くべき場所を思い出した。

 

 ――村に帰ろう。


 リリアが今どうなったのかも気になるし、もし1人ならまたヨリを戻してもいい。


 

 そうして俺は13年ぶりに生まれ故郷の土を踏んだ。


 村は人が増えたようで、子供の姿も多い。畑を過ぎて、村の外れにあるリリアの家に向かう。


 外観は変わっていなかった。

 扉をノックすれば、「はい」と女性の声と共に扉が開けられる。そこには楚々として可憐なままのリリアがいた。


 リリアは黄緑色の瞳を潤ませて「おかえりなさい」と微笑んだ。


 (ずっと待っていたのか)


 こんな最低な男を待っていたのかと、俺はリリアを愛おしく思い、彼女を抱き寄せる。


「ごめん、俺、心を入れ替えるから、やり直そう」

 そう言うと、リリアは「嬉しい」と頬擦りをした。


 俺はリリアの温もりを噛み締め、2度とリリアを悲しませないと心に誓った。



 リリアの父は隣町に移り、そこで薬屋を営んでいるらしい。まだ顔を合わせるのは気まずいので正直ホッとした。


 それからの俺はリリアの手伝いをしながら穏やかに過ごしていたのだが……



 

「もう長くないなんて……そんな……!」


 ある日、リリアが突然倒れた。

 慌てて医者を呼ぶと、医者からリリアが病を患っていると聞いた。本人も知っているという。


(だから、俺は受け入れられたのか)


 正直、怒りもせず俺を受け入れたことに、違和感はあった。その答えを知ってようやく納得した。

 



 目覚めたリリアは「ばれちゃった」と小さく笑う。


 

「リリア、何か俺にできることがあるなら言ってくれ。なんでもする」

 

 そう言ってリリアを抱きしめると、俺の背中を優しく撫で、「私は大丈夫だから」と囁いた。


 

 それから数日後、やることがあると薬剤室にこもりきりだったリリアが、暗い表情で現れた。俺は何事かと近寄る。


「マークス。私のこと好き?」

 リリアが探るような目で俺を見た。


「当たり前じゃないか。好きだよ! もう決して君を不安にさせない!」

 

 叫ぶと、リリアは小瓶を俺の前にかざした。うすい緑色の液体が入っている。


「これ……やっとできた。心をなくす薬。これを飲んだら感情がなくなってしまうの。

 私は……貴方からの愛を失うのはつらいけど、私が死んだあとに、貴方が誰かを愛するのも耐えられない。

 だから私への愛の証明としてこれを飲んでくれる?」

 

 (心をなくす……?)

 

 そんな薬、あるはずがない。

 試されているだけだろう。

 けれど、リリアなら作れるかもしれない。もし本当なら飲みたくない。


 迷いからしばらく口が利けずにいると、リリアの指が俺の手に触れた。


「……ごめん、マークス、今の聞かなかったことにして」


 リリアが小瓶をしまおうとしたので俺は慌てて小瓶を奪いとる。


 ――これは大事な場面だ。間違えてはいけない。


「……飲むよ。俺はリリアへの愛を証明したい。リリアを愛してるから」  


 俺は一気に薬をあおった。

 が、特に変化はない。リリアが効き目はすぐには出ないからと言い、「飲んでくれてありがとう」と涙を流した。


 ――やっぱり試されただけか。


 ホッとして、俺は彼女の額に口付けた。


   

 翌朝。

 目覚めて手足どころか顔すら動かせなかった。何事かとリリアを呼ぼうとするが、口も痺れて言葉がだせず、よだれが垂れた。


「うう……う……」


「おはよう。良い天気よ」


 横にいたらしいリリアが、カーテンを開いた。

 どういうことかと目で訴える。


 リリアは、今まで見たこともないくらい幸せそうな笑みを浮かべていた。


 もしかして……あの薬……か?


 俺は信じられない気持ちで唸り声をあげる。リリアが俺のよだれを拭く表情は柔らかい。

 

「心をなくす薬なんてあるわけないでしょう? あったらとっくに私が飲んでるわよ」

 

 叫ぼうとしてもゴフゴフと息だけが漏れる。


 そのとき、部屋の扉が開き、リリアの友人のライカが顔を覗かせた。


「ありゃ。マークスも飲んじゃったの。やっぱり“待っていた幼馴染”の設定は強いね」




 リリアは俺を見下ろし、「そんな都合のいい人がいるわけないのにね」と悲しげに言った。


 ああ全部嘘か。


 やっと気づいた俺も笑うしかない。

 

 

 ライカが身を屈め、俺と目線を合わせた。


「うちの人は、出稼ぎ先で機織りの音を聞いて私を思いだして帰ってきたんだけど、あんたはすり鉢の音なんだってね。ほんと笑える」


 ライカとリリアがクスクスと笑いながら、俺を見つめる。


 そこでようやく自分の置かれている状況に焦りを覚える。正直なところ、リリアの気が済めば元に戻れると心の片隅で考えていた。


 ――俺はなんて能天気だったんだ……




 あれから何人もの女達が家に来て、ライカと同じ反応をした。そのなかで医者のアルフはリリア達の協力者だということがわかった。 


 そして俺はずっと身体が麻痺したまま。なぜか甲斐甲斐しくリリアに世話をされる毎日を過ごしているが、意図がわからず気味が悪い。

 

 

 そんなことを考えながら日々を送っていたある夜。

 寝室の扉が開き、鼻歌を歌いながらリリアが入ってきた。仕事がひと段落して様子を見に来たと言う。いつもより機嫌が良さそうだ。


 今日も平穏に終わりそうだとホッとした直後、外でドンッと花火の音がした。そういえば今日は祭りだとリリアが言っていた。花火は楽しい思い出が多い。

 少し思い出に浸っていると、「花火は駄目だと言ったのに」とリリアが低くつぶやいた。先ほどまでの朗らかな雰囲気は消え去っている。

 リリアは俺の耳を引っ張り顔をちかづけてきた。


「花火の音を聞くとあの日を思い出すの。

王都から戻ってきたジョナサンから、貴方が女性と抱き合っている写真を見せられたわ。1人じゃなくて何人もよ。

そのときに花火がドンッて鳴って。

花火の音って心臓が震えるでしょう? 

とにかく痛くて痛くてどうにかなりそうで、薬をたくさん飲んで死にかけたわ。

だから花火の音を聞くたびに、死にたくなるの」


 ジョナサンは、リリアに昔言い寄っていた男だ。違う町に派遣されたと思っていたのに、ずっと近くにいたらしい。

 

 ――全てリリアに知られていたなんて。


 その事実と、突然変わったリリアの態度に今までにない恐怖を覚えた。

 

「それから……一度貴方に会いに言ったわ。貴方は、酒場で自分から女を誘っていた。そして貴方は私とすれ違ったのに気が付かず店を出ていったの。私は持っていたグラスを落として割ってしまって。だから今も何かが割れる音を聞くと涙が出るの」


 俺はようやく気がついた。

 俺がなぜこんなことになっているのかを。


 心を俺に痛めつけられたリリアは、

 心のない俺に、同じ痛みを与えようとしているのだと。


「今日は話し過ぎたわ。まだまだ先は長いのに」

 

 突然明るい口調に戻るリリア。


「明日は若い子たちに薬草の見分け方を教えるから、少し騒がしかったらごめんなさい。あ、でも貴方が知っている子もいるのよ。アシュリーが養子にした子なんだけど」

 

 ドクンと心臓が跳ねた。

 養子。

 まさかと口を開く。


「王都で親のいない子が増えてるって聞いてね。うちの村は若い男性が減ったから、村で育てたいって伝えたら王様から許可がでたの」



 リリアはもう寝るわと明かりを消した。

  

 若い男性が減った……

 そういえば村に帰ってから知り合いに会わなかった。

 他の男はどうしている?

 すでに死んでいるのか?

 俺はどうなる?


 

 またドンッと花火があがった。

 俺にとっては、うまくやったと思っていたのにばれていたという、恥ずかしさを思い出す音になった。


 

 そしてこれは始まりに過ぎないこともわかってしまった。


 激しい鼓動が耳をうつ。

   

 これから俺は、新しい音が増えるたびに壊されていくのだ。

 それを刻みつけるように、また花火が鳴った。

 

 

 



    





読んでいただきありがとうございました。


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