異世界でソロキャンプしていた
「ネットで見た時よりも、森が鬱蒼としているような…?」
バックパックを背負いながら、私は森の中のひらけた場所を探した。
徒歩キャンプなるものをしたくて、上級者の友達に見繕ってもらったキャンプ道具を詰めて、初心者にも優しいキャンプ場に来たつもりなのだけれど…。
他の利用客の人も見えないし、こんなものなのかな?
疑問に思いながらも、テントがいくつも広げられそうな場所に出て、ちょっと安心した。
「なんだ、あったじゃん」
不安と期待を抱えながら、バックパックを地面に下ろした。
すーーー、はーーー、…すーーー。
日頃の疲れを溶かすように大きく深呼吸すると、森と雨の混じったような匂いがして、肺の中が綺麗になった気がした。
「もうすでに最高かもしれん」
すっかりやる気満々の私は、うきうきで詰め込んできたバックパックを開けた。
ネットで見た時よりはキャンプ広場っぽくないなとか、そういえば駐車場が見えないなとか、木々が密集しているなとか、あとから考えたら気づくことはいっぱいあったんだけど、この時の私はドキドキであんまり気にしている余裕がなかったんだと思う。
さて、人生はじめてのソロキャンプ開始です!
「まずはテント設営だよねぇ〜」
今日のために買った小さめの、私でも取り扱いできそうなテントを、説明書を見ながら組み立てていく。
グググ〜ッと張っていって、そのままペグを地面に刺した。
持ってきたハンマーを不慣れな手つきでどんどん叩いていったが、途中でハンマーが手に当たった。
「痛ぁ…。動画で見たよこれ、初心者あるあるだ」
そんなことすら楽しいのは、この非日常感かもしれない。
誰も人がいない自然の中は、開放感が桁違いだ。
ドーム型になったテントを見て、すでに達成感を感じた。
思わず手をあげて喜んでしまった。
「やった〜!私でもできたあ〜!」
早くテントの中で横になってみたくて、さっさとマットと寝袋も敷いた。
うずうずを抑えきれずに、先にテントに入ってみる。
「おお〜、森の中だとこんな感じなんだぁ。意外と寝れるかも。あ、でも灯りは欲しいな」
そんなことを言いながら、友達おすすめの小型LEDライトも置いた。
もちろん、充電満タンである。
実際に光らせてみると、不安が和らいでいく。
「うん、これなら夜も怖くないかも!」
折りたたみ椅子をテントの前に置いたら、いざ焚き火の準備だ!
「それにしても、今何時かな」
どれくらいテントに時間を使っていたかわからないが、そろそろ夕方になりそうな空だった。
スマホを確認すると、圏外だった。
「あれ、そんなに奥まで来てないと思うけどなぁ」
不思議に思いながらも、暗くなる前にやることがいっぱいだ。
特に気にすることもなく、作業に戻った。
「え〜っと、焚き火シートを敷いてから、焚き火台を組み立てる、と」
動画でひたすら勉強したことと友達のレクチャーを思い出しながら、設置していく。
カシャンカシャン、と森に似合わない金属音が響いていく。
自分の作業している音と、運動不足の荒めの息と、森に風が通る音だけが聞こえる。
遠くには鳥がいるのか、聞いたことない鳴き声が届いてくるようだった。
心配性が勝って念の為に持ってきていた薪を置いて、着火剤にライターで火をつけた。
火が、煌々と燃え上がっていく。
「…うおおぉ〜」
ゆらめきがなんとも言えなくて、じっと見つめてしまう。
これのためにみんなキャンプに来るのかもしれないなんて、初心者ながらに思った。
「これはいい、ケチらず買ってきて正解だった」
自分に拍手しそうになった時、草むらの方で何かが通る音がした。
やっと他の利用客が来たのかなと振り返ると、もっと低い位置から現れた。
ガサッ。
えっと…。
「うさぎ…、おでこに角が生えてるうさぎ…?」
一瞬しか見えなくて、私が見えたからか、うさぎは慌てて森の奥へと逃げていってしまった。
「見間違い、かな…?私、視力よくないしな」
イッカクは海の生き物だもんな、あんなイッカクみたいな角のうさぎ、いないし…。
1匹しかいなかったし、やっぱり見間違いかも。うん。
「私、相当疲れてるのかなぁ。しっかりリフレッシュして帰ろう…」
もうちょっと残業のない仕事に転職するかぁ〜?などと、違う意味で現逸逃避をしながら、折りたたみ椅子に座って焚き火を眺めた。
火を見ていると、なんだか落ち着いていってしまった。
ぼーっとすることが、こんなにも楽しいなんて知らなかったな。
さあ、気を取り直して、メインの夕ご飯にしましょう!
シングルバーナーに火をつけて、調理器具を出していく。
大胆にデカめの肉一枚を焼いていく。
普段だったらこんな贅沢に焼いたりしないのだけれど、キャンプという大義名分が背中を押してくれる。
ジュウウウウッッと、肉の油の音がして、それだけでも十分美味しそうだった。
大した調味料は持ってきていないけれど、野外ご飯というだけで食べる前から美味しさは増している。
「卵も焼いちゃおっかな、あとベーコンもっ」
保冷剤を大量に入れてきたクーラーバッグから、これまたつい多めに用意してしまった食材たちを出していく。
いつもだったら、気にしすぎな自分に落ち込むところだが、今日は逆転しているかもしれない。
いらないかもなぁ〜と思いつつも持ってきていたカップ麺まで平らげた。
「全部美味しいとか最高じゃん…」
森の空気が美味しくしているのか、この状況が機嫌をよくしているのかわからないけれど、久々に清々しい気分だった。
やってみたいとは思っていたけれど、思い切ってやってきてよかったなぁ。
しみじみそんなことを思っている時には、すっかり忘れていたのだ。
スマホが圏外なことも、利用客がやっぱりいないことも、角の生えたうさぎのことも。
キャンプの準備を手伝ってくれた友達の、「あんた、ぼんやりしているところがあるから本当に心配。気をつけて行くんだよ?変だなって思ったら大声出すなりして、助けを求めるんだよ」と小学生の注意事項みたいなことを言われていたことも。
ついでに飲んだ冷え冷え缶ビールに呑まれて、夢見心地のいいうっとりとしたうとうと時間を楽しんで、早々にテントの中で寝たのだった。
「ふあぁ…、よく寝た。ちょっと体痛い…」
夜の暗さなど感じる前に眠ってしまったが、朝はそれなりに冷えた。
テントからもぞもぞ出て、昨日の残りの焚き火をもう一度つけた。
思いの外、うまくいってよかった。
あとは撤収作業をして、帰るだけだ。
「これなら私でもまたできるなぁ。これはハマるかもしれないな〜」
なんて呑気なことを言っていると、後ろから聞いたこともない大きな足音が聞こえた。
地面から振動が伝わって、私まで少し揺れた。
「…?」
なんだろうと振り返ると、そこにいたのは私の何倍も大きい見たことのない生き物だった。
「は………。恐竜、いや、ドラゴン…、じゃなくて、ワイバーンってやつじゃなかったっけ、これ」
自分で言いながらおかしなことを言っていると思ったけれど、目の前に見えているものの方がよっぽどおかしかった。
ワイバーンの顔がこちらを向いて、私はしっかり尻餅をついた。
腰が抜けて立てないし、足が震えていた。
頭は状況に追いついていないのに、体は正直だった。
「……な、え、どういうこと…?」
情けない自分の声だけが返ってきて、余計に不安になっていく。
ソロキャンプなんてうまくできるかなあと思っていた昨日とは比べ物にならないほどの不安だった。
ワイバーンはこちらに関心はないようで、襲ってこようとはしなかった。
「なんだっけ、危ない時は叫ぶんだっけ…。それ、今意味あるのかな。てか、ここどこ…」
よくある自分のほっぺたを抓るというのを私もしてみたけど、ちゃんと痛かった。
えーっと、ワイバーンって食べると美味しいんだっけ…?
またもや現実逃避しようとする思考が働いて、こんな時なのにお腹が鳴った。
こんな状況で朝ごはんを用意するほど、心臓に毛は生えていない。
「これって、あれか異世界ってやつ…?」
自分で口にした途端、それが現実な気がしてゾッとしてくる。
持参したキャンプ道具たちに、それとは合わない得体の知れない生き物。
どう考えても、おかしなことになっている。
どうやら、私は異世界でソロキャンプをしていたらしい。
なんだその、『異世界でソロキャンプしてみた』みたいな特殊な状況…。
人生初のソロキャンプに、そんなおまけいらんて…。
ていうか。
「私、どうやって帰ったらいいんだあ〜〜〜!!!」
了
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