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★コメディ【10分前後】★

選挙演説のそばでジビエを食うな!

作者: 有嶋俊成
掲載日:2026/02/14

ジュージュー…

「有権者のみなさま! 今回、議員選挙に立候補いたしました、鹿(しか)()(ざわ)殿(との)(ひこ)と申します!」

 多くの人々が行き交う駅前ロータリー。その中心で、自分の名前が大きく書かれた選挙カーの上に立ち、演説している立候補者がいた。

「わたくしが今回の選挙で当選した暁には、子供の教育医療の助成を強化します!」

 子育て世代の聴衆から歓喜が揚がる。

「また、高齢者の方々の暮らしを楽にするため、公共交通機関利用における高齢者世代への助成を強化します!」

 高齢者世代から拍手が巻き起こる。

 ―ジュージュー…

 一方、ロータリー沿いのとある飲食店。テラス席では肉を焼く音が巻き起こっている。

「あー美味い♪」

 こんがり焼かれた分厚い肉を口に運ぶと、天に昇りそうな気分になる。

「ジビエっていいな~」

 網の上で肉汁を溢れさせる鹿肉たちに高揚が止まらない。

 二人の客の男は煙が上がる卓を囲み、肉の味で悦に浸っていた。

「今のこの国をご覧ください! 広がる格差、進む少子化、この現状を今すぐ我々の手で止めなければなりません!」

 鹿子澤は、立ち止まって演説を聞く有権者たちに向けて心から叫ぶ。

「みなさん! 考えてください未来を! かわいい子供の未来を! かわいい子供の未来のために我々がいるんです!」

 ―ジュージュー…

「お待たせしました。鹿肉追加でーす。」

「倉野、また頼んだの?」

「なんか止まんなくてさ~。ほら石田も食べて食べて♪」

 ウェイターが運んできた鹿肉を二人はさっそく網に乗せる。

「わたくしは! 先々を考えずに提案された法案を絶対に許しません!」

 鹿子澤は政治家としての闘志を熱く燃やしながら有権者に呼びかける。

「「うめぇ~♪」」

 石田と倉野は鹿肉の味を噛みしめる。

「政治家は人々の暮らしに寄り添わなければならない! 豊かな社会を作らなきゃならない!」

 鹿子澤は燃える魂を叫びに変える。

「どんどん焼いちゃえ!」

「網の隙間埋めて、あーそれ焼けてる焼けてる!」

 石田と倉野は焼けた肉をお皿に運ぶ。

「有権者の皆さま! どうかわたくしにわたくしに……ちょっと待ってくださいね。」

 マイクを置いた鹿子澤は選挙カーの上から降り、ロータリーを駆け抜けていく。

「ちょっと君たち。」

 鹿子澤はテラスで肉を頬張る石田と倉野に柵越しに話しかける。

 石田と倉野は突然のことに肉を楽しむ箸が止まる。咀嚼する口は動き続ける。

「今それ、何食べてる?」

 鹿子澤は煙の上がる網を指さす。

「(ゴクリ)ジビエです。」

 石田は肉を飲み込んで答えた。

「ジビエ。なんの動物?」

「(ゴクリ)鹿です。」

 倉野も肉を飲み込んで答えた。

「鹿か……鹿食べないでくれない?」

「「?」」

「”鹿子澤”の前で”鹿”食べないでくれない?」

「「?」」

 スーツの上にタスキを掛けたいかにも熱意溢れてます系立候補者の謎の要求に二人は箸とご飯茶碗を持ったまま思考が止まる。

 ―ジュージュー…

 網の上で鹿肉をひっくり返す石田と倉野。

「いやいやいやいや…待って待って肉ひっくり返さないで。」

「「焦げちゃうでしょうが!」」

 石田と倉野は肉が焦げるか焦げないかの瀬戸際にいる。どこの政党の者かも知らない立候補者に制止される筋合いは無い。

「待ってくれ、一回話を聞いてくれ、あーちょっと待ってなんで食べるの!」

 石田と倉野は網の焦げを見るような目で変な立候補者を横目に肉を頬張る。

「本当に、聞いてくれ、僕、これで3回目の立候補なんですよ。今回の選挙で絶対に当選するために色々と願掛けしてきたんです。鶴岡八幡宮行ったり、カツ丼食べたりしたんです。少しでもこういう縁起の悪い事を取っ払いたいんです。だから僕が演説してる間だけ鹿食べないでください…鹿子澤の前で鹿を食べないでください…!」

 柵に額を付けながら頭を下げる鹿子澤、肉を食べ続ける二人は呆れながら顔を合わせる。

「そんなこと言ったって、こっちはジビエを楽しむために来てるんだから…」

「倉野、もう他の肉食おうぜ。絶対に面倒だよこの政治家。」

「うーん…まあそうだな。落とせばいいことだし。」

 二人の会話が心に突き刺さる。頭を下げたまま、灼熱に耐えるような表情を浮かべる。

「すいません店員さーん。ほら別の注文するからさっさと演説戻って。」

「……どうも、ありがとうございます…。」

 鹿子澤は拳を握りしめたまま選挙カーの上へと舞い戻る。

「えー失礼いたしました。先ほどの続きとなりますが、有権者の皆さま! どうか! どうかわたくしに清き一票を是非とも投じてください! その一票を絶対に無駄にはしません! 私は絶対に国民の皆さまを裏切りません!」

「ライスのおかわりと鹿肉で。倉野は?」

「それじゃこのお肉で。」

「かしこまりました。オーダー入りまーす鹿…」

「「ちょーっと待って!」」

「どうされましたお客様!?」

「”鹿”って言うとあの人(鹿子澤)うるさいから。」

「あっ、かしこまりました。」

 店員は店内に入ってからオーダーを繰り返した。

 一方、看板に「しかこざわ殿彦」とやたらでかでかと書かれた選挙カーの上では、ゲストによる応援演説が始まろうとしていた。

「猪木原さん、本日はよろしくお願いいたします。」

 応援演説に駆け付けたのは、鹿子澤の所属する政党の大物議員である()()(はら)(ちょう)(ぞう)。鹿子澤の支援者からマイクを受け取ると、まったりした顔で演説を始めた。

「有権者の皆さん、猪木原でございます。鹿子澤君は政治に対して昔からとても熱のある人で…」

「お待たせしました。猪肉です。」

「「来たー!」」

 猪木原の演説の最中、石田と倉野のもとに新たなジビエが運ばれてくる。

「猪も食えるんだな!」

「豚とどう違うんだろうな!」

 初めての猪肉に好奇心と興奮を隠せない二人。

 ”猪”というワードを鹿子澤は聞き逃さない。鹿子澤は隣に立つ事務員の(からす)(だに)の肩をポンポンと叩き、小声で指示する。

「ちょっと…あの二人に注意してきて!」

「あのお肉食べてる二人ですか?」

「そうそう。さっき俺が頭を…下げざるを得なかった二人。」

「なんでですか?」

「”猪”食べてるからだよ!」

「”猪”って美味しいんですか?」

「それ以上”猪”って言うな! 猪木原さんの前で!」

「鹿さん、気張りすぎ。」

「厄はすべて排除するの! 早く! 徳が食われる前に早く!」

 無気力な烏谷はゆっくりと選挙カーのハシゴを降りていく。そしてゆらゆらと歩いて、猪肉を頬張る二人に近づく。

「あの…すいません…。」

 石田と倉野は浮遊霊のように現れた童顔の女に猪肉を焼きながら顔を向ける。

「あの…そのお肉…」

「猪ですけど?」

「”猪”って言わないで。」

「「なんで?」」

 『猪』という単語を封じられる筋合いがない二人。猪肉をひっくり返す。

「今、あそこで演説してる人、”猪木原”って苗字で…だから…食べないでください。」

「あ、もしかして鹿子澤の信者?」

「なんで鹿以外の肉まで封じられなきゃなんないんだよ。」

「私、鹿さんから『二人から猪肉取り上げないとお前をお肉にして食っちまうぞ』って言われてるんです。」

 顔を下げていたずらっ子のような笑みを浮かべる烏谷。

「「鹿子澤ァ…」」

 二人は猪肉を米と一緒に頬張る。

「あ、食べちゃった。」

 烏谷は猪肉が石田と倉野の口の中に吸い込まれていくのをただ見つめている。

「あれ? もしかしてお姉さん。お肉食べたい?」

 網上の肉を見つめて立ち尽くしている烏谷に微笑む倉野。

「……あー食べたい。」

 肉を焼く音、立ち込める煙、頬張る石田と倉野…誘惑のトリプルパンチに烏谷の食欲は完敗した。

「もうしょうがないなー。店員さーん!」

 烏谷のために店員に食器と箸を頼む石田。

「わーい♪」

 テラスの柵の外から肉に箸を伸ばす烏谷。

「あーすごいこれおいしー♪」

 初めてのジビエに心躍らせる烏谷。

「でしょージビエって本当にいいんだよねー」

「豚や鶏とは違って非日常的なんだよねー。レギュラー入れてる車にハイオク入れるような感覚。」

「あーなんかわかるそれー」

 猪肉を囲み団欒を楽しむ石田と倉野と烏谷。

 その様子を遠目で観察していた鹿子澤。猪木原の演説の横、大衆の面前で困惑して右往左往するわけにもいかず、白い手袋を身に着けた手を必死に抑えていた。

「皆さま、どうか鹿子澤くんに清き一票をお願いいたします。」

 猪木原と握手を交わす鹿子澤、その手は震えていた。

「猪木原さん、ありがとうございました! 皆さんもたくさんの拍手をありがとうございます!少々お待ちくださいね!」

 鹿子澤は選挙カーのハシゴを素早く下り、ジビエの店へと真っ直ぐに走る。

「何してんだよオイ!」

 選挙活動そっちのけでジビエ…しかも”猪”を楽しむ烏谷に毛を逆立てる。

「みんな見てますよ。」

 烏谷の言葉にハッとしてヘコヘコと大衆に頭を下げる鹿子澤。それを冷たい目で見る石田と倉野。

「もう! またやってくれたね君たち!」

 鹿子澤の矛先は猪肉を頬張る男たちに向く。

「もうウザい正直。鹿子澤ウザい。」

「僕らからジビエを奪って何が始まるの? どんな変革があるの?」

「君たちみたいに昼間から肉を焼いているような人にはわからないんだよ! ”公人”として、公益を守る者としての気概が!」

「「わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ”変人”。」」

 鹿子澤の気概がぶち壊されかねない言葉が発射される。

「猪の前で猪を食ったところで猪は死にやしねーよ。」

「というかさ、あの人猪っていうようり豚じゃねーか。」

 豊満な体つきの猪木原への直球悪口まで発射される。

「君たちマジで訴えるぞ!」

「「訴えてみろよ食事妨害!」」

 鹿子澤とジビエ客のしょーもない言い争いについに烏谷も割って入る。

「鹿さん、みんな見てますよ?」

「あ、どーもどーも。」

 大衆の前では常にこうべを垂れる鹿子澤。一人の候補者と大勢の有権者、弱肉強食の下位は果たしてどちらか…?

「烏谷、演説に戻るぞ。」

「えーもっと食べたいー」

「お前は仕事をしろ!」

 烏谷は仕方なく箸と皿を置いて鹿子澤の後ろをゆらゆらとついていった。

「バイバーイ」

「「バイバーイ」」

 烏谷と石田、倉野の間にはジビエを通した者同士のほのかな絆があった。

 選挙カーの上に戻った鹿子澤と烏谷、再びマイクを持ち大衆に呼びかける。烏谷はまだジビエの方を見ている。

「えーみなさま大変長らくお待たせしてしまい申し訳ございません。最後に皆様に伝えたいことがございます。」

「お待たせしました熊肉でーす。」

「「美味そー♪」」

「ちょーっと待ってくださいねー!」

 選挙カーを飛び降りる勢いで駆け下り、再びジビエコンビの元へ一直線に進む鹿子澤。

「君たち!」

「またかよ!」「なんだよもう!」

 三たびの突撃に石田と倉野は堪忍袋の緒が切れる。

「もう鹿も猪も食ってないよ!」

「演説するなら演説する、ジビエ食うならジビエ食うではっきりしろよ! 関係ねぇからなもう! どんどん焼いて食うからなこっちは!」

 石田と倉野は、熊肉を網上に容赦なく放り込んでいく。

「すまない、すまん、ごめんなさい、本当に申し訳ない。熊も…熊もだめなんです…。」

「「「なんでだよ!」」」

 石田・倉野陣営に烏谷も加わっている。

「僕が所属してる政党の党首…熊ヶ迫(くまがさこ)さんなんです…。」

「「「知らねぇよ!」」」

 鹿子澤がなんだ猪木原がなんだ熊ヶ迫がなんだ、石田と倉野はジビエを楽しむんだ。烏谷という仲間と共に。

「お願いします~縁起を大事にしたいんです~2回落選してるんです~」

「どうせ今回も落ちるよ鹿さん。」

「なんだとカラス‼」

 完全にジビエ一味側に寝返った烏谷。”鹿”なのに肉食動物の気迫を出す鹿子澤。

「熊うめぇなー」

「たまんねぇなー」

 熊の味にご満悦の二人。

「あー熊食べられてる! 熊食べられてるー!」

 同族が無惨にも食いつくされていく様子を目の当たりにしているかのような鹿子澤。

「わたしも食べるー♪」

「「いいよー♪」」

 完全にジビエの沼にハマった烏谷と食う者拒まぬ二人。

「熊さぁん…熊さぁん…」

 テラスの柵に(うな)()れる鹿子澤。

「もううぜぇなーそれならどれならいいんだよ。どの肉なら俺たち食っていいんだよ。」

 石田はメニューを開く。

「タヌキは?」

「うちの(あざ)()幹事長、『タヌキ閣下』ってあだ名で呼ばれてる。」

「キツネは?」

「うちの()(じょう)政調会長、『九条のキツネ』ってあだ名で呼ばれてる。」

「アライグマは?」

「うちの荒井選対委員長、『不祥事洗いグマ』って呼ばれてる。」

「すいませーん。店員さーん。鹿と猪追加でー。」

「なんでー!」

「うるせーよ! お前、絶対票入れないからな!」

「お待たせしましたー鹿と猪でーす。」

 店員が肉を運んでくる。石田&倉野feat.烏谷が流れ作業のようにそれを焼き、口に運んでいく。

「あー終わったー俺の政治生命終わったー。ついでに猪木原さんと熊ヶ迫代表も終わったー。」

 鹿子澤のHPはあとわずか。

「まあまあ、そんな気落とさないでさ、せいぜい頑張れば?」

 倉野が優しい声をかける。

「こんなただの食肉をさ、自分やその仲間たちと勝手にリンクさせてさ、自分で余計な不安を生み出してるってわからない?」

 石田の言葉にハッとする鹿子澤。

「そうか…俺は考え過ぎか…」

「「「その通り。」」」

 大きくうなずくジビエトリオ。

「なんかすみませんでした。楽しい食事を邪魔しちゃって。」

 鹿子澤はその場で二人に土下座した。

「そんな土下座なんかしてる政治家みっともないと思うよ? 堂々と演説してきなよ。」

 倉野は雑草のように地面にひれ伏す鹿子澤に呼びかける。

「あ…ありがとうございます。お言葉いただきました。」

「じゃ、これお願い。」

 石田は鹿子澤に伝票を渡す。

「は?」

「食事の雰囲気を害した慰謝料ね。そんじゃさよなら。」

 肉を食べ終えた石田と倉野は颯爽とその場から去っていく。

「あの二人にはなんだかんだ救われた…」

 空になった食器と焼網を前に晴れ渡る姿を見せる鹿子澤。

「鹿さん…」

 口についた焼肉ダレを紙で拭き取る烏谷。

「あっ、烏谷。俺、今まで縁起ばっか気にしてた自分が物凄く情けないよ。これからは、神頼みなんかより自分の力と支援してくれる人の力を信じて活動していこうと思う。」

「鹿さん、それ選挙違反です。」

 烏谷は鹿子澤の持つ伝票を指さす。

「あの二人は?」

「もういません。」

 石田と倉野は完全にその場から姿を消している。

 伝票を持つ倉野の前に店員がやってくる。

「お客様? きっちり支払ってくださいね。お金。」

 空を見上げる鹿子澤。有権者たちの視線を一身に受ける鹿子澤。

「完全に食われたな。」


  ―終わり

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