ろうそく
初の小説なんで!甘い目でよろしく!
今日は―ゆいちゃんの六歳の誕生日だった。
病室の静かな空気に、甘いイチゴの香りがそっと混じる。
けれどその少し前、ゆいはある夢を見ていた。
目を開けると、光が揺れていた。
赤い花が一面に咲き、風が触れるたび、花びらが小さく震える。
澄んだ川の流れる音が、心の奥まで届くようだった。
「来てくれたんだね。」
振り向くと、白いひげの老人が立っていた。
肩を落とした羽織りが、柔らかな光に包まれている。
初めて会うはずなのに、ゆいはなぜか安心した。
「お散歩に、つきあってもらえるかな?」
ゆいは胸を張り、元気に答えた。
「ゆいっていうの! よろしくね!」
老人の目が細くなる。
その視線の先、広い野原いっぱいに“火”がゆらめいていた。
ろうそくの灯だ。
無数の灯が、それぞれ違う高さで、違うリズムで揺れている。
「ここね、いろんな人の“時間”が見える場所なんだ。」
老人はそっと歩き出した。
ゆいが最初に目を奪われたのは、力強く燃える一本の火だった。
風が吹いてもまったく揺るがない。
「きれい……」
「この人はね、だれかを照らすために生きている。
自分を削ってでも、あたためたい人がいるんだよ。」
次に見えたのは、細くて長いろうそく。小さな火がちょこんと乗っている。
「赤ちゃんだね。」
老人は微笑む。
「まだ知らない世界がいっぱいあって、これから出会っていくんだ。」
その両隣には、やわらかく包むように灯る二本の火が寄り添っていた。
「お父さんとお母さん?」
「そう。あの小さな火を守ろうとしている。」
ゆいはしばらく見つめた。
灯はまるで呼吸しているように優しく揺れ、あたりがほんのり明るかった。
さらに歩くと、今にも消えそうな、細い火があった。
ゆいは眉を寄せる。
「なんでこんなに小さいの?」
「長い間幸せだった人だよ。
大切な人たちと過ごした時間を、最後まで灯そうとしている。」
「……火が消えちゃったら?」
老人はゆっくり川の向こうを指した。
「そこでね、みんなで待っている。
大好きな人たちと、また会える場所だよ。」
ゆいは川の音に耳を澄ませた。
向こう岸から聞こえた気がした――誰かの笑い声。懐かしいような。
やがて、一本だけ違う色の影がゆいの目に入る。
強い風に吹かれ、たまらず揺れている小さな火。
まだろうそくの長さは残っているのに、今にも消えそうだった。
「かわいそう……まだ残ってるのに……」
「生きているとね、倒れちゃうことも、風に逆らえないこともあるんだよ。」
そのときだった。
「……お父さん?」
前から歩いてきた影に、ゆいは思わず駆け出した。
大きな体、見覚えのある肩、歩き方。
手には、ゆらりと揺れる一本のろうそくがある。長く、力強い火をのせて。
「お父さん! こっち!」
声をあげたのに、父はゆいを見ない。
ただ静かに、小さな火の前にしゃがみ込んだ。
父は自分の火を、風に苦しむ小さな火へそっと近づける。
二つの炎が触れ合う瞬間――
ゆいは息を飲んだ。
かすかな音をたてて、小さな火がぱっと明るくなった。
弱々しかった灯は、一気に強く、あたたかく生き返った。
その光に照らされて、父の顔がゆっくり上を向く。
今度は、ゆいをしっかり見ていた。
「ゆい、またな。」
聞き覚えのある声だった。
ゆいは震える声で手を伸ばす。
「一緒に行こうよ!」
父は首を振り、そっと笑った。
その笑顔は、ゆいが知っているどの笑顔より優しかった。
「お母さんにな、よろしく伝えてくれ。」
老人がそばに来て、ゆいの肩に手を置いた。
「ゆいちゃん。もう戻らないといけないよ。」
「まだここにいたい……」
「もう大丈夫。君の火は、まだ長く続くからね。」
ゆいは目を開けた。
消毒液の匂い。白い天井。泣き笑いのような母の顔。
「ゆい! よかった……!」
医師たちが安堵の息を漏らしている。
ゆいはぼんやりと聞いた。
「……お父さんは?」
母は一瞬だけ黙り、視線を落とした。
それでもすぐに、明るい声をつくった。
「ほら、今日は誕生日でしょう? ケーキの準備できてるわ。」
運ばれてきたケーキには、六本のろうそくが立っていた。
ゆいは火を見つめたまま、そっと尋ねる。
「これ、消したら……どうなるの?」
「嫌なことが遠くへ飛んでいってね。願いがひとつ叶うの。」
ゆいは父の笑顔を思い浮かべ、強く息を吹いた。
火が静かに消えると、母の手がゆいの髪を優しく撫でた。
その夜、母はゆいの名前の由来を話した。
「“結衣”って、色んな人と仲良くなって暖かく、人を包めるように――って願いを込めたの。」
ゆいはまぶたが落ちていく中で、小さく返した。
「ゆいね、いっぱい…暖かく……」
何年も経ち、結衣はケーキ屋になった。
店の奥、焼き上がったスポンジの甘い香りが漂う。
小さな女の子が、結衣に尋ねる。
「なんでケーキ屋さんになったの?」
結衣は少し考え、優しく微笑んだ。
「笑顔を見るのがね、大好きだから。
昔、お父さんにも言われたの。
“人を暖かい笑顔にできる人になれ”って。」
「お姉ちゃんは、どんな時がいちばん笑顔?」
女の子の目がまっすぐ向けられる。
結衣はろうそくの箱を手に取りながら答えた。
「誕生日の火を消すときかな。
毎年ね、同じ願いをしてるの。」
外の風鈴が、かすかに鳴った。
――まだだよ。
――もっと生きて、もっと笑っていきなさい。
川の向こうから、あの声が聞こえた気がした。
結衣は、そっと笑った。
なんかあったかくなってくれたら幸いです。




