第4話 変人学者ワイズ
その夜は、よく晴れた空に半分の月がポツンと浮かんでおり、クライムランドの大地に静寂の明かりを注いでいた。
店の食料雑貨類を整理し、今日の家業を終えたフラットは、母のフォルテと一緒に早めの夕食を摂り終えた後、口数も少なく2階の自室に上がり、ベッドに体を横たえていたのだが、月明かりが部屋に差し込んできた今の今まで、少したりとも眠れていない。
(リースを何とかして助けたい。でも、俺にできることは何も無い……。それでも助けたい!)
隣家の花に囲まれた部屋で、昏々と眠り続けているリースの容態を想い、フラットは自分の無力さに苛まれながらも、
(何かができないか)
幼馴染の命を助けたい一心で、考えを逡巡させていた。
しかしながら、切羽詰まった時ほど、考えというものは堂々巡りになる。
考えの逡巡を長時間続けた後、ようやく疲れてきたフラットは、ベッドの上から室内に差し込んでくる月明かりをぼんやりと眺めている内に、いつしかまどろみかけていたが、その薄い眠りに引き込まれていくときに見た夢の中で、ボサボサ頭のある変人の顔がハッキリと浮かび上がった。
(そうだ! あいつなら!)
脳内で起こった青天の霹靂である。思わぬ顔が夢の中に現れたことで、考えの逡巡から抜け出せたフラットは、ベッドから飛び起き身支度をすぐに整えると、母のフォルテを起こさないよう静かに1階へ降り、店の売り物として籠に入れてあったジャガイモを幾つかリュックに詰め、家から外へ出た。
晴天の空を見上げたフラットは、半分のお月さまをじっと目に映す。
「よし! 行こう!」
静寂の中の月明かりが、自分を後押ししてくれている。そう意気を得たフラットは、夢に出てきたある変人が住む南の丘の上を目指し、できるだけの速さで走って行った。
何度も来ている道なのだろう。月明かり程度しか道を照らす頼りが無いにも関わらず、フラットは南の丘の上までアクシデントに出くわすことなく、すんなりとたどり着いた。
月光に照らされたあばら家周りには、ガラクタが堆く無造作に置かれている。
「また増えてるな……」
このあばら家に住む変人にとって堆く積まれたこれらのガラクタは、重要な価値と意味を持つ何かなのだろう。それは理解できないこともないがフラットの目から見ると、ガラクタはガラクタである。押し迫った状況を抱えているだけに、ガラクタの山を眺めたフラットは思わずため息をつくと、あばら家の引き戸を勝手に開け、大した広さもない中に入って行った。
夜中にも関わらず鍵もかけていない不用心な引き戸を開け、フラットがあばら家の中に入ると、そこには、まどろみの中の夢に出てきたボサボサ頭の変人の姿があり、脇目も振らず熱心に黒鏡を磨いていた。何の意味があってそんなことをしているのかは分からないが、変人の変人ぶりを見ている内に何となく頭に来たフラットは、わざとドサリと音を立たせ、テーブルの上にジャガイモが入ったリュックを置く。
「ん? おお! フラットか! 丁度いいところに来た。試したいことがあるんだ。用意をするからそこでちょっと待ってろ」
ボサボサ頭の変人は、わざと乱暴に立てた物音でようやくこちらに気づいたが、フラットの姿を目に認めると、彼をほっといたまま、何かの実験の用意を始めてしまった。
狭いあばら家の中で、今楽しげにガタガタと物を動かしているこの変わり者の名は、ワイズという。一応学者を名乗っている。ワイズは変人または狂人と見なされ、クライムランドの民たちから疎まれていたが、フラットとは何故か馬が合い、まだ少年の彼とは年が離れているにも関わらず古い付き合いがある。
「よし、これでいいだろう。フラット、この位置に立て。そこから眼の前の黒鏡に向けて、フェイクの魔法を放つんだ」
それほどの時間もかからず実験の用意を整えたワイズは、屋内の天井を利用して上から吊るされている縦長の白い紙に対し、右斜めの角度で向き合わせた黒鏡のセット状況を見てうなずくと、フラットに指示を出し、自分が思った通りの所定の位置に立たせた。なおかつ、フェイク(虚像)の魔法を放てと要求している。
ここで実験のセット状況を図的に表してみよう。下記のような位置関係になっていると考えてもらいたい。
紙 \
フ
何のことか全く話が見えず、フラットは若干イラついていたが、
(これをやらないと話を聞かないんだろう)
そう呆れ顔で考えると、言われるがままフェイクの魔法を放った! フラットの両手のひらから放たれた緑色の光は、黒鏡に反射した瞬間強められ、つけられた角度通りに縦長の白い紙へ全て吸収されていく! すると!
「これは! 俺だ……」
虚像の魔法の光を吸い込んだ紙には、自分そのものの姿がハッキリと写し出されていた。




