第3話 胸斑病
「フラット。見ての通りじゃ。リースは大病に罹っておる。自然治癒力を高める、わしの回復魔法をかけても気休めにしかならん状態じゃ」
フラットはあまりの光景を目の当たりにし、ベッドで昏々と眠るリース以外の何ものも見えておらず、室内にいた法衣姿の老翁の存在に全く気づいていなかった。穏やかな低い声で名前を呼ばれ、ハッとしたフラットは、深刻な表情でこちらを見つめる老翁と向き合う。
「テンド司祭……。司祭の回復魔法でも、手の施しようがない病気なんですか?」
国王からの信任も厚く、クライムランド随一の神聖な魔力を持つ司祭テンドは、癒やしの回復魔法により、今に至るまで数多くの人々を救ってきた。そのテンドの魔力を持ってしてもリースの容態はいかんともしがたい、そういう状況なのだという。
(リースは、いったいどんな大病に罹ったんだ!)
眠り姫のように静かに眠り続けるリースからは、僅かな生気しか感じられない。命の危機に瀕している幼馴染の容態を、ただじっと見つめるしかないフラットの心情を読み取ったテンドは、
「フラット、リースの近くに来てみなさい」
そう呼びかけ、ベッドの傍にフラットを来させると、昏々と眠るリースの服の一部をめくり、彼女の胸の部分に現れた赤い斑紋を見せた。
少女の服をめくるという聖職者テンドらしからぬ突然の行動に、じっと様子を見ていたフラットは少し慌てたが、リースの胸に浮かび上がった斑紋が目に入った今、幼馴染の命は風前の灯であることを悟る他はない。
「胸斑病……」
絶望感に苛まれたフラットは、消え入るような小さな声でそう呟いた。
胸斑病とはクライムランドの風土病的な感染症で、症状が現れると病名通り胸部に斑紋が浮かび上がる。発症後の致死率が非常に高いため、国内で恐れられているのだが、感染経路がどこにあるのか、歴史の古い風土病でありながらも調査が進んでおらず、未だに不明となっている。
ただ、胸斑病は、特殊な性質を持つ感染症で、人から人へは感染しない。その特徴ゆえに謎が多い病気として、現在に至るまで有効な治療法も解明されていなかった。
絶望的な状況を知ってもどうすることもできない。フラットは、自分の無力さに歯噛みをして悔しがり、リースの家を後にした。リースの部屋から出る間際、テンド司祭が、
「わしの回復魔法は、胸斑病に対して僅かだが効果がある。できるだけのことはしてみる。奇跡を信じて諦めぬことじゃ」
打ちひしがれているフラットの肩に手をかけながら、そう励ましていた。
(奇跡と神の加護を信じるしかない)
僅かすぎる回復の望みをテンド司祭に託し、家に戻ったフラットは、努めて常日頃と変わらぬよう、家業の食料雑貨店の仕事に勤しみ、やがて夜になった。




