第2話 眠り姫
皆が平穏な暮らしを送り続けていたある日の朝。
フラットはいつものように、母のフォルテにどやしつけられ慌てて起き、1階の店の棚に食料雑貨類を並べる手伝いをしていたのだが、毎朝いつも聞こえてくるはずの声が、全く聞こえてこないのに気づき、
(変だな……何かあったのか?)
リースが店頭にいない隣家の花屋を見ながら心をざわめかせている。
いつもと違う隣の花屋の静けさに調子を狂わされてしまったフラットは、居ても立っても居られなくなり、母のフォルテから店を離れる許しを得た後、リースの家へ行ってみることにした。
(リースが花屋に居ないだけで、なんで俺はこんなにヤキモキしてるのか!)
フラットは、コントロールし難い自分の感情が腹立たしかったが、ただ腹が立つだけで、心が締め付けられるようなその感覚が何であるのか、まだまだ思い当たりはしないようだ。
リースの花屋はフラットの食料雑貨店と建物の造りが似ており、店を開くのに1階の住居スペースを利用している。
そうした造りであることから、商品として売っている色とりどりの花が並べられた軒先から、少し奥に行くとリースの家へ入れるわけだが、
「ごめんください、お邪魔します。リースはいますか?」
断りの挨拶と共に上がろうとしているフラットを出迎えた細身の女性は、狼狽と困惑が入り混じった様子で、目が全く定まっていなかった。
「レースおばさん……。今日は何かあったんですか? 店が開いてないけど休業日の札も出してないし」
リースの母、レースは、フラットの言葉を受け、ほんの少しだけ我に返れたのか、ハッとした様子で目を定めると、臨時休業を知らせる札を手に取り、店先へ出て軒の壁に横書きの札をそっと掛ける。
住居と店舗部分が一体となっているこの花屋は、リースの両親が経営しているのだが、リースの父は、仕入れや他の雑務などで出払っていることが多く、母のレースが経理面や細々とした仕事を店で担っている。しかしながら、レースは体が弱く、体力的な負担が少ない事務仕事はできるものの、店頭に出て毎日長時間働くのは難しい。そんな母を助ける形で、リースが花屋の仕事を年少の頃から少しずつ覚え、数年前から店頭に立ち始めたという経緯がある。
だが今は、元気な看板娘リースの姿は店内のどこにも見当たらない。
レースの暗く沈んだ表情を見れば、リースに何かあったのは想像できる。レースは多少我を取り戻したものの、現実を受け入れられないようなぼんやりとした目で、フラットをしばらく見つめていたが、
「フラットちゃん……。リースの部屋に入ってちょうだい。リースを見てやってほしいの」
ようやく心が定まったのか、意を決し、訪れてくれたフラットに家へ上がるよう促した。
花が好きなリースの部屋には、フヨウやキキョウなどといった季節の花が、彩り豊かに飾られている。その中でも際立っているのが三色ランという華やかな花卉だ。文字通り一つの株に、薄紅、白、薄紫の三色の花を咲かせるランで、リースの花屋の看板商品でもあるこの花卉を、彼女は自室に好んで飾り、花が長持ちするよう管理していた。
フラットがリースの部屋に入ると、いつも目を楽しませてくれるのが、そういった花の彩りなのだが、ベッドに横たわり、眠り姫のように昏々と静かに眠る幼馴染の姿を見て、花の情緒を感じる余裕は彼の心から消し飛んでしまった。




