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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

断罪された令嬢は、実は裁きの執行官でした

作者: 真白

 春の日差しが降り注ぐ王宮。大広間に集まった貴族たちの喧騒が、重厚な柱に反響していた。

社交界デビューを果たす令嬢たちがひしめく中、私は少し離れた窓際で静かに立っている。


「なんだ、セリア・ローレンスもいたのか。相変わらず魔力の気配すら感じられないわね」


 クスクスと笑い合う令嬢たちの声が聞こえる。構わない。むしろ好都合だった。


「我が婚約者、セリア・ローレンスを見てほしい」


 第三王子ヘンリーの突然の言葉に、宴の喧騒がピタリと止む。

 私はただ静かに、私を指さす婚約者を見つめる。相変わらずの金色に輝く髪と翠の瞳が、己の正しさを確信するような光を宿していた。三年前に婚約した時から、彼のその傲慢さは変わっていない。


「本日よりこの婚約を解消する」


 会場に低いざわめきが走る。


「セリア・ローレンス。貴女はただ名門であるという理由で王族の婚約者となる運を授かったけれど、貴女は魔力皆無の無能で、それに相応しくない」


 王子の声に怒りは無かった。むしろ、当然の事実を述べるだけといった穏やかさ。

 その横には、バラ色のドレスに身を包んだ令嬢が居る。新興貴族の令嬢、コーデリア。王都一の魔力の持ち主と噂される少女だ。


「誰もが聞いている。貴女は使えるような魔法は一つとしてないと。国王の息子である我が婚約者が、そのような恥さらしと結ばれるなどあってはならない」


 確かに、セリア・ローレンスは魔法の才がない。そう誰もが噂している。

 私は小さく溜息をつき、一歩前へと進み出る。


「私からも、一言よろしいでしょうか」


 貴族たちの目が一斉に私に注がれる。不思議なほど、身体は震えなかった。


「皆様がそうおっしゃるのであれば、私は確かに宮廷に相応しくない人間なのでしょうね。ですから婚約破棄、お受けいたします」


 婚約を破棄される立場であるはずなのに、どこか他人事のように冷静な声。


「それは……いささか悔しいとか、理不尽だとかは感じませんの?」


 バラ色の少女は、困ったように首を傾げた。


「いいえ。今の私はむしろ、歓迎するくらいです」


 王子も令嬢も、そして集まった貴族たちも、誰もがその答えに固まった。


「王子様、婚約解消の手続きは早々に済ませたいと思います。明日には書類を提出いたしますので、ご確認をお願いできますでしょうか」


 ヘンリーは困ったように周りを見渡す。観衆は私の様子があまりに予想外で、笑うべきか同情すべきか分からないといった反応だ。


 私は愛想のいい微笑みを浮かべ、その場を後にする。

 後ろで「セリア様っ」と呼び止める声も聞こえるが、立ち止まる気などない。


 自室に戻り、部屋を施錠する。すぐに荷造りに取り掛かった。

 上等な衣服もアクセサリーもいらない。必要最低限の物だけを、そっと革の鞄に収める。

 窓の外では、馬車の轍が次々と宮殿を離れていく。今の彼らはまだ、ただの婚約破棄騒動だと思っているだろう。

 私は胸元に手を当て、そっと微笑んだ。

 全ては、これからが本番なのだから。



 「二人目か。今日は随分と無駄が出たな」


 商人デイブは、結晶化の失敗で命を落とした少女の亡骸を見て、煙草をくゆらせながら舌打ちをした。


「旦那様、この子はまだ五歳です。余りに早すぎる抽出では──」


「うるさい。年齢なぞ関係ない。そもそも生きているだけで十分なのだ、この下賎な孤児どもは」


 デイブは執事を一喝し、不機嫌そうに地下室を歩く。鉄格子の檻が整然と並び、その中で子供たちが横たわっていた。皆一様に痩せ細り、抽出装置に繋がれた体からは魔力の青い光が漏れている。


「高位貴族の方々は上質な魔力結晶を求めておられる。失敗など許されん。さっさと次を連れてこい」


 デイブはポケットから魔力結晶を取り出し、月明かりに透かして眺める。純度の高い水色の結晶は幻想的な輝きを放っていた。


「ふん、これなら一つで十万リーベルは下らんな。明日の取引が楽しみだ」

 

 先日も、あの新興貴族の令嬢が父親と共に大量の結晶を買い付けていった。他人から強奪した魔力で、己の力を偽る。

 デイブにとってはこの上ない商売だった。


「部屋の用意を」

 

 豪勢な晩餐を済ませ、デイブは早めの就寝を告げる。

 美食に舌鼓を打ち、贅を尽くした生活。そのためなら子供など、ただの商材に過ぎない。

 寝室のベッドに横たわった瞬間、異変に気付いた。


「な、なぜ体が──!」


 まるで見えない鎖で縛り付けられたように、指一本動かせない。


「おや、気が付かれましたか」


 月明かりに照らされた窓際に、黒衣の人物が佇んでいた。


「貴様、何者だ!? 近衛兵を呼べ! 誰か──」


「無駄ですよ。もう誰にも聞こえません」


 その声は、氷のように冷たかった。


「そうですね。どこから話を伺いましょうか」


 黒衣の者が一歩、また一歩と近づいてくる。


「コーデリア様の父君からの大量発注。あの時、幾つの命が消えましたか?」


「ひっ! 待て、望むものをやろう。金か? 地位か?」


「あなたごときが何を。知りたいのは、ただ一つ」


 黒衣が翻り、その下から灰色の瞳が覗く。凍てつくような冷気に、デイブは息を呑んだ。


「お客様の名簿を、全て」


「そ、それは取引の秘密が──」


 言葉の途中、デイブの胸に黒水晶が突き立てられていた。


「今一度伺います。貴族の皆様は、いったい何人の子供から魔力を奪い、そしてその命を──」


 デイブの悲鳴が、闇夜に吸い込まれていく。

 翌朝、西区一の大商人デイブの死体が発見された。胸には黒い結晶が刺さり、その顔は絶望に歪んでいた。だがそれ以上に衝撃的だったのは、彼の書斎から次々と明るみに出る証拠の数々。

 魔力結晶の密売。孤児の人身売買。そして取引先として名を連ねる、名だたる貴族たち。

 デイブ邸の地下から救出された子供たちの証言と共に、その悪事は瞬く間に王都中に広まった。


 

 夜の帳が下りた王都。フェイバース男爵邸の地下室では、悲鳴が響いていた。


「もっと、もっと魔力を!」


 コーデリアは檻の中の子供たちに向かって叫ぶ。

 バラ色のドレスは乱れ、額には汗が滲んでいる。


「コーデリア様。これ以上の抽出は──」


「うるさい! このままじゃ、私の魔力が……!」


 執事の制止も聞かずに、コーデリアは装置のレバーを引く。

 子供たちの体から青い光が吸い上げられ、次々と結晶化していく。

 デイブが死んでから一週間。魔力の供給源を失い、彼女の力は日に日に弱まっていた。

 他の貴族たちも密売人を失い、皆一様に困窮を極めている。


「これなら、しばらくは持つはず」


 コーデリアは手に取った結晶を眺め、安堵の吐息を零す。しかし──


「本当にそうでしょうか?」


 突如、冷たい声が響いた。


「誰!?」


 振り返った先には、一人の黒衣の人物が立っていた。檻の間をくぐり抜け、コーデリアの目前に現れる。


「いつの間に……。地下室の扉は、確かに施錠したはず」


「魔力を探知すれば、侵入など容易いこと。ただし──」


 黒衣の者が指先を上げる。


「本物の魔力ならば、の話ですが」


 コーデリアの顔が強張る。


「あなたは、デイブを──」


「ええ。そして今宵は貴女の番です。虚飾の天才令嬢、禁忌の魔力で作り上げられた偽物」


「な、何を言って──」


「お父上は零落した男爵。王都で魔力結晶を取り扱う商人たちと手を組み、魔力搾取で財を成した。そして貴女にその力を注ぎ込み、虚偽の才媛として王族に近づかせた」


 コーデリアの瞳が震える。彼女の出自を、なぜ。


「それはデイブから聞き出したのです。そして──」


 黒衣の者が差し出したのは、一枚の写真だった。


「これは!」


「貴女自身の手による、魔力抽出の現場」


 写真には、子供たちを装置に繋ぎ、笑みを浮かべるコーデリアの姿が写っている。


「待って! 私だって、他に選択肢なんて──」


「では、今この瞬間に全てを止めれば良い」


 黒衣の下から覗く灰色の瞳が、彼女を射抜く。


「檻を開け、子供たちを解放すれば。虚飾の魔力を捨て、本来の自分に戻れば」


「そんなの……できるはずが……」


 コーデリアは後ずさる。そうすれば、今までの全てが。第三王子の婚約者という地位も、天才令嬢という名声も、全てが。


「やはり。貴女には、その覚悟などありませんでしたか」


 黒衣の裾が揺れ、その下から見覚えのある顔が現れる。


「セリア・ローレンス……!」


 コーデリアは絶叫する。かつての婚約者を奪った相手が、こんな姿で現れようとは。


「申し訳ありません。ですが──」


 セリアが黒水晶を掲げる。真紅の光が、地下室を染め上げていく。


「もう、その名の私ではないのです」


 コーデリアの悲鳴が、重苦しい闇に飲み込まれていった。

 王宮の執務室。ヘンリー王子は報告書を握りしめ、顔を青ざめさせていた。


「父上、これはいったい……」


 魔力搾取の証拠が次々と発覚し、貴族界は混乱の渦中にあった。デイブ、そしてコーデリア。二人の死と共に、王国の闇が白日の下に晒されていく。

 まさか、あの忌々しい黒衣の執行者が、ここまで追い詰めてくるとは。


「殿下、陛下からの召集でございます」


 側近の声に、ヘンリーは眉を寄せる。父である国王は、近頃姿を見せることはなかった。それどころか政務すら放棄している。一体なぜ今──。

 王の私室へ向かう廊下は、不気味なほど静かだった。近衛兵の姿もない。


「父上、ヘンリーが参りました」


 返事はない。ヘンリーは恐る恐る扉を開く。


「父上……?」


 窓際に置かれた王の椅子。そこに座る国王は、まるで眠るように目を閉じていた。しかし──その胸に突き立てられた黒い結晶が、決して安らかな眠りではないことを物語っていた。


「父上ッ!」


 ヘンリーが駆け寄ろうとした時。


「動かないで」


 冷たい声が響く。一歩でも動けば命はない、そんな威圧感を帯びていた。

 国王の椅子の陰から、黒衣の人物が姿を現す。その顔に見覚えがあり、ヘンリーは息を呑んだ。


「セリア……!」


「ご無沙汰しています。元婚約者様」


 優美な立ち振る舞いはそのままに、彼女はゆっくりとヘンリーの前に歩み出る。以前の儚げな雰囲気は微塵もない。今や彼女の佇まいには、冷徹な威厳が漂っていた。


「貴様、父上に何を!」


「浄化を施しただけです。陛下には、全ての罪を告白していただきました」


 セリアの手にした黒水晶が、不吉な輝きを放つ。


「まさか、お前が犯人!? デイブも、コーデリアも、全てお前の仕業だと!?」


「私の魔力は偽物ではありません。むしろ、この国で唯一本物かもしれない」


 セリアが黒水晶を掲げた瞬間、部屋全体に魔力の波動が広がった。かつて魔力なしと蔑まれた彼女から放たれる、圧倒的な力に、ヘンリーは言葉を失う。


「お前、一体何者だ」


「申し上げましょう」


 セリアの瞳が、冷酷に煌めく。


「私は魔王国より遣わされた執行官。この腐敗した社会を裁くために」


 その言葉に、ヘンリーの顔から血の気が引いた。


「さて、殿下。貴方への裁きの時間です」


 氷のように冷たい声が、王子の心臓を締め付けていく。


「な、何を考えているんだ。父上を殺し、近衛兵を倒し、デイブもコーデリアも──」


 セリアは黙ってヘンリーを見つめる。

 その瞳には憎しみも喜びもない。

 ただ、裁きを執行する者としての冷徹さだけが宿っていた。


「貴様、最初からこれを計画していたのか」


「ええ。三年の時を掛けて、この国の闇を調べ上げました」


 セリアが一歩近づくたびに、ヘンリーは後ずさる。


「王族の婚約者という立場で、全てを見届けることができた。デイブの密売網、コーデリアの偽りの魔力、そして──」


 黒水晶が不吉な輝きを放つ。


「子供たちから魔力を奪い、その命すら顧みない、貴族という名の偽物たち」


「我々は、我々は確かに過ちは犯した。だが、それはこの国の繁栄のために──」


「繁栄?」


 セリアの声が一層冷たさを増す。


「地下室の檻の中で、魔力を抜き取られ、命を削られていく子供たちに、その言葉を言えますか?」


「く、そんなことを言って、貴様だって人を殺めているじゃないか!」


「ええ、私は処刑者です。裁きを執行する者」


 黒水晶が真紅に輝きを増す。


「待て! 考え直せ! 俺が、俺が悪かった。婚約も続けよう。だから──」


「時すでに遅し、ですね」


 セリアの黒水晶から放たれる真紅の光が、部屋を包み込んでいく。


「さようなら、元婚約者様。偽りの魔力に溺れた報いをお受けください」


──────────────────────────────────────────


 静かな月夜。

 窓辺に立ち、私は銀色の光に照らされた黒水晶を掌で転がす。

 魔力搾取という禁忌は、この国からようやく根絶された。

 実に三年の歳月を要したけれど、全ては計画通り。

 婚約者という立場を利用し、貴族界の闇を暴き、そして処刑を果たす。

 最初から決めていた通りの結末。

 一人また一人と。デイブから始まり、コーデリア、そして王族まで。彼らの胸に黒水晶を突き立てる度、搾取された子供たちの魂が解放されていくのを感じた。

 今でも目を閉じれば、地下室の檻に繋がれた幼い命が蘇る。

 力を奪われ、人形のように生気を失った瞳。

 その光を取り戻すため、私は躊躇うことなく裁きを下した。

 本物の魔力を持つ者として、偽りの力に溺れた者たちを裁く。

 それが私に課せられた使命。魔王国より遣わされた執行官の責務。

 黒水晶に月光が差し込み、真紅の輝きを放つ。

 まるで血のような色に、かつての婚約者であるヘンリー王子の最期が重なる。

 彼もまた、力を失い打ちひしがれる時、ようやく己の罪に気付いたのだろう。

 噂では処刑者の正体を探る者も多いという。

 だが真実に辿り着くことは叶わない。セリア・ローレンスという娘は、この国には最早存在しないのだから。


 黒衣の裾が夜風になびく。古城の柱に寄りかかり、私は遠く夜空を見上げる。魔力を纏った月が、次なる標的の在処を指し示しているかのよう。

 そう、私の使命はまだ終わってはいない。

 まだ世界のどこかで、魔力搾取という禁忌は続いているのだから。

 この力が、この想いが尽きることはない。


 優雅に微笑みながら、私は次なる目的地へと想いを馳せる。禁忌に手を染めた者たちよ、裁きから逃れることは叶わない。


「さて、次の標的は──」

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