色濃い1日
「ガウルさん!そろそろ起きてくださいっ」
既に起きていたエルナに起こされる。
人の姿で寝れたことでスッキリとした朝を迎えられる。もう少し寝ていたいところだが、ここは森の中。ハリビアから少し離れていて人通りがないからといっても長居は無用。
「とりあえず俺たちでもできる金稼ぎがないか、泊まれる場所の確保みたいな情報が欲しいところだな。ハリビア大国の入口に案内みたいなのが張り出されてた。それを見に行こう」
「今日も色々大変な一日になりそうですね」
先を思うとめんどくさいことが多そうだが行動しないことには始まらない。
「もう食料もないしすぐにでも行くことにしよう」
今は1秒1秒が大事なので、すぐに案内が張り出されている入口まで移動し、目を通す。
「…ほんとに広いんだな」
「ですが作りはそれほど複雑でもなさそうですね」
サッと目を通しただけでも店や人が多いだけで複雑な道などはあまり見られない。
「この場所で私たちの事情を説明すれば、なにか案をいただけるのではないでしょうか?」
そう指で示した場所は、見るからに大きな建物でここでは色々なことが行われているようだ。例えばこのハリビアに店を構える契約を行ったり、外の害獣などを討伐する討伐班やイノガを連行していったハリビア内の治安を守るそれぞれの役職に入るための申請を出したり、大きな建物なだけあって様々なことが出来ると書かれてある。
「今1番行くべき場所かもしれないな。すぐにでも行ってみようか」
「はい!」
俺とエルナは案内通りに進みその建物へと入っていく。そして受付をしているらしき人が数人並んでいる。混んでいるとも思ったが人は今はそれなりのようだ。
空いている受付の人に早速話を聞いてみることにしよう。
「あの、少しお時間いいでしょうか」
「はい、大丈夫ですよ」
「実はハリビア大国に来たのは初めてでして、通貨も宿も宛がないんです」
「外からお越しくださったのですね。すみませんがご年齢をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
やはり傍から見たら子ども2人にしか見えないよな…。
見た目に合うような年齢を咄嗟に考え、それを伝える。
「えと、俺が7歳で──」
「私も同じです」
咄嗟に口にした年齢は7歳と、自分で言っていて違和感が凄いが、エルナも同調してきて相手からしたら違和感はなかったのだろう。年齢を聞かれて考え込むのは不自然だからな。その点は助かった。
「そうなりますと保護者様ともお話を進めなければこちらとしても対応が難しくなりますね…」
異世界とはいえ子ども単独で生活はできないようだ。
それもそうかと思うが、保護者と言われても…。
「そうですよね。また聞きに来ます」
「お待ちしております」
そう言われてしまえばここに居座るのも出来ないのでこの場を後にする。
「どうしますかガウルさん。ここを頼れないからといって手当り次第私たちがこの場所を歩き回るのはあまり良いとは思えません」
「参ったな…」
「それにここはハリビア大国の東エリアらしいです。先ほどハリビア大国全体マップと思われる地図が張り出されていてそれを見てたんです。他にも西エリア、北エリア、南エリアと各4つのエリアに分かれているようですね」
確かに入り口付近で見た案内には全体の場所を記しているわけではなかったな。
「まだまだ広そうだな」
ハリビア大国は全体的に円のような地形をしており、東西南北の4つのエリアに分かれていて、直径およそ20kmくらいはありそうだ。
「行動を起こすにしても金もないしやはりここに居座ることはできないか…」
「となればハリビアの周りを探索しますか?」
現状そうするしかなさそうだな。
「そうしようか。食料調達も兼ねて探索してみよう」
東口から外に出て周りの森へ足を運ぶ。
お店に出ていた果物などが途中途中木々に実っているのを見つけそれらを回収する。
しばらく歩いていると開けた場所に出る。
「ここは…」
そこには1件の家と、さらにちょっと先には小さな川が流れていた。パッと見る限り人の気配はないが、なんともポツンとしている。木に囲まれ自然豊かではあるがちょっと寂しい気もする。
「今日の夜はここら辺で休むことにしよう。川もあるし果物もいくつか収穫できたことだしな」
「わかりました。ですがここに住んでいる人はどのような方なのでしょうか?」
「それは分からないが、変に目をつけられないようあまりジロジロ見るのはやめた方が良いだろうな。夜まで探索を進めよう」
そして暗くなるまで近い範囲を歩いていたが、奥には山道も少なくなく、今日の探索は終わりを告げ先ほどの場所へと戻ってくる。
「今日もかなり歩いたな。疲れた」
「疲れましたね」
エルナのペースも考え行動していたが、それでもかなり体力を使っただろう。
「やはり人の気配はありませんね」
時間が経っても出入りがあった形跡はない。
「ま、人がいて俺たちが怪しまれるよりいいんじゃないか?この辺りは人通りもないしな。」
そうこう話してるうちに夜になり俺たちは実を食べ水浴びをし、寝る準備をする。(と言っても木の根元で横になるだけだが)
もちろん水浴びはお互い違うタイミングで済ませる。
そしていざ眠りにつこうとした時。静かな森の中で綺麗に透き通るささやかな歌声が聴こえてくる。
「随分と綺麗な歌声ですね。一体どなたでしょうか?」
エルナも歌声の人物が気になるようで、声の方へと視線を向ける。
「声質的に女性の子どもでしょうか…?でもなぜこんな時間に歌を…?」
「さぁな。ただ心地良い歌声だな。まるで子守唄のようだ」
気を抜けば眠ってしまいそうな綺麗な歌に耳を傾けながらも少し声の方へ近づいてみることに。
そしてちょっとした広場みたいな場所を見つけ、その声の主である人影を確認する。
「…綺麗な方、ですね」
無意識にエルナが囁くように口にする。
そこには月の明かりに照らされ、膝を曲げ座り込み、目を瞑り微笑むように歌う華奢は少女の姿を見つける。
俺もエルナもその少女の存在を眺め、歌声を聞いていると、足元をおろそかにしてしまい、木の枝を踏んでしまいやや大きめの音を出してしまう。
「誰かいるの…!」
その音は彼女にも聞かれてしまい、歌を中断しこちら側を警戒する。このまま隠れていても問題になってしまうので、素直に姿を出すことにする。
「あぁえっと、綺麗な歌声に釣られてつい陰に隠れて聞き入ってしまった。悪い」
両手を軽く広げ悪気がないことをアピールする。
「私もすみませんでした」
「あなた達、見ない顔ね。他所から来たの?」
意外と冷静に話しかけてくる青い瞳に煌びやかな白い長髪をなびかせる少女。
「昨日このハリビア大国に来たんだ」
「どおりで記憶にないわけね。ハリビアにいる子どもの顔くらいは全体的に把握してるもの、私」
ニコッと笑いそう伝えてくる。
いやいや、子ども限定とはいえ全体的に把握してるなんてどういうことだ。それに先ほどから少女の身なりに関しても疑問に思うことがある。
「もしかしてお嬢様的な存在なのか?」
ストレートに聞いてみることにした。
「その問いに私からそうだと肯定するのは少し気恥づかしいですが…そう捉えてくれて構いませんよ」
今度は照れくさそうに軽く笑い、肯定した。
「申し遅れました。私はハリビア家のエイリスと申します」
名前を聞いた瞬間少し驚いたエルナだったが、すぐにピンと来たように頷き納得の表情を浮かべる。それには俺も驚いたが、聞き返すまでもないだろう。
「ではエイリスさん。そんなお嬢様がなぜこんな時間に歌を?」
「…たまにこうして森の中で歌を歌いたくなって逃げてきてしまうんです。その度にお母様から危ないとお叱りを受けるのですが」
苦笑いする彼女に対し、エルナがはてなマークを浮かべる。
「ではなぜ繰り返しここへ?お嬢様なのであれば余計に危険です」
「そうですね、それは事実です。早めに戻ることにしますね。私もずっとここに居ようとは考えてませんので」
お嬢様と呼ばれるだけあって逃げ出したくなることもあるのだろう。
これ以上話すのも悪いので、近道となるような場所があると言ってその方向へ帰っていく。その後ろ姿を軽く見送り俺たちも先ほどの場所へと戻ろうとする。
その瞬間───
「ぃや!!ちょっと!何をするんですか…!」
別れた方向の少し離れた場所からエイリスの慌てた大声が聞こえてくる。さっきまでの優しい声とは思えないほど声を荒らげている。
俺とエルナは顔を見合わせすぐにエイリスの方向へと駆けつける。すると、エイリスの口元をハンカチのようなもので押さえつけ身動きを封じている男と、その男とグルと思われる男女がそれぞれ1名ずつ。
「ちょっとー、早くしなさいよね!」
「わかってるさ。とっとと連れてくから早く行くぞ」
エイリスを襲う3人組は泣いて必死な抵抗をしているエイリスなどお構いなしに無理やり連れ去ろうとしている。
すぐにでも踏み込みたいエルナも、少し躊躇している。
ここはさすがに俺が出るしかなさそうだな。
「おい、エイリスを離してもらおうか」
少し力強めに言ってみたが、こちらを少し振り向く程度で素直に拘束した手を離そうとはしない。
「ほら、めんどくさいやつに見つかっちゃったじゃない!」
「ホントは誰にも見られずに済むのが理想だったが…。相手はガキ2人だ!ここで殺しちまえば問題ない!」
そう指示を出し、男と女が小さなナイフを手に持ち今すぐにでも殺してしまおうと俺たちの元へ近づいてくる。
「エルナ!少し離れてろ!」
俺は怖がるエルナにそう指示し、力になれない自分を悔いるような表情を浮かべたエルナだったが、素直に後ろに下がる。
「悪いがここで死んでもらうぜ!」
相手には…お前らには俺をここで殺せると確信しているんだな。
「こちらこそ悪いがここで殺されてやるほど俺は素直じゃない。正直お前らには少し痛い目に会ってもらう」
「なんなのよこのガキ!調子乗りやがって!!」
挑発し返すことにより相手の注意を俺に向ける。
そして俺は女側を攻撃する素振りを見せ、エルナに指示を出す。
「エルナ!今だ!火の魔法をあの男に向かって打て!」
「は、はいっ!」
隙を射抜くようにエイリスを押さえている男の方にエルナの火の魔法を矢のように飛ばしてもらう。
命中はしなかったがむしろありがたい。
顔の真隣を通り過ぎ体勢を大きく崩す男。俺はその瞬間を利用しすぐに狙いを変え男の顔を軽く殴りエイリスを解放させる。
「キャっ」
反対側に倒れ込むエイリスをエルナが支え、3人から距離をとる。
「くそっ!お前ら!本気でこのガキぶっ殺しちまえ!!」
「言われなくてもそうするっつうの!」
怒りをあらわにしてその怒りをぶつけてくる。
しかしまたエイリスに近づかれる前に、ナイフを振りかざしてくる腕を掴み足を絡み体勢を前へ崩させ顔に蹴りを食らわす。その直後に横からナイフで突き刺して来ようとする女の腕を横から掴みその勢いのまま引っ張り前に倒れ込んだところで首の横を思い切り突く。
「ガハッ!!」
実際これをやると最悪死ぬ恐れがあるらしいが加減などしてたらこちらが死んでしまうからな。
「おもしれぇ、もう容赦はしねぇぞクソガキが!!」
最後の男は拳で殴りかかってくるが、動きは単調で避けやすい。
「長引かせるつもりはないんでね。すぐに終わらせます」
「それはこっちのセリフだ!!」
ここで男の太ももに蹴りを入れ左足を崩したところ顔を下に向けてきたので左頬側に膝を3発ほど打ち込み3人を気絶させるのに成功する。
「…もう大丈夫だ」
エイリス達に声をかけ3人が目覚める前に、エルナに助けを呼んでもらうことにした。
エイリスは怯えるように足を震わせ涙を流し動けずにいるので、すぐに移動はできない状況の上、もし意識が戻っても俺が食い止められるからこれが最善だと考えた。
「…ついてないな」
「まさか、こんなこと、起きるなんて…。考えても、なかったから…」
ヒクヒクと涙を拭いながらも気持ちを落ち着かせるように必死に堪えている。
「誘拐なんてされると思っていなかったんだろうからな。だが今回のように夜は何が起こるか分からない。エイリスのようなお嬢様なら尚更だな」
「気をつけます…今度からは絶対に、こんなことならないように…ごめんなさい…私のせいで…」
また泣き出しそうになるエイリスに似たような言葉をかけ続けたの後、エルナが大人数名を連れて戻ってくる。
「エイリス!!」
その声に強く反応し拭っていた顔を上げるエイリス。
バチン。乾いた音を響かせビンタをし、直後すぐに抱きしめる。
行動や身なりを見るに、恐らくエイリスの母親だろう。
「いつも言っているじゃない…!何度も注意したはずよ…!」
心配し心配し、色んな思いを含みエイリスに伝える母親。
「…ごめんなさい…!私、もう絶対こんなことしません!本当にご迷惑をおかけしてしまい…本当に…」
エイリスもまた母親を強く抱きしめ、泣きついていた。
「ハリビア王女様…この辺で…」
母親に声をかける男を、もう1人の男が手で制す。
既に3人を拘束し、身動きを封じていたその2人は恐らく護衛かなにかなのだろう。
これ以上この場を見ていては悪いので、エルナに目を合わせ、後のことはこの人たちに任せるとして、静かにこの場を後にする。
「…私、全然お役に立てませんでした…エイリスさんがあんな目に会っていたのに」
「お前は俺の指示を咄嗟に行動に移してくれた。それによりエイリスを解放させられたからな。十分役に立ったぞ」
事実あの魔法攻撃がなければエイリスはどうなっていたか分からないかもしれない。
「ですがガウルさんは、あの3人を圧倒してました。最後の男性に至っては体格差もあったのに、物怖じせず立ち向かってましたから」
「最終的にはエルナが母親と護衛をすぐに連れてきてくれたから大事にならなくて済んだんだ。よく母親なんて分かったな」
「私、昔にハリビアにいた頃にハリビア家の人を見たことがあるんです。もちろんハリビアにいる人たちは皆さん見たことあると思いますよ。なんと言っても国を治める最大責任者ですからね。でも助けを呼びに言ったのは入口付近で心配されていたお母様を偶然見つけたからですよ」
なるほど。助けを呼ぶ場所にたまたま心配してきた母親と護衛がいて、スムーズにあの場所に駆けつけてくれたのか。
「だとしてもお手柄だった」
俺はエルナの頭を軽く撫で、先ほどの家と川の間の大きな木の下まで移動してきた。
そこに横になり、眠る準備をする。エルナもまた横になり目を閉じる。
異世界とはいえ本当に色々な出来事が待ち受けているな。今後も様々な出来事は少なからず起こり得るだろう。明日はどんな出来事が待ち受けているのやら…。
俺はそんなことを考えている間に、眠りについていた。