時の中で残酷に
「ぉい、いつまで寝てんだ、行くぞ!」
少しづつ大きくなる声を認識し、頭を大きく叩かれて意識を戻す。
「…ってて、なんだ…?」
「何寝ぼけてんだ。そろそろ移動するぞ。置いていっても文句言うなよ」
話しかけてきたのは今まで見たことの無いような大柄の獣が二足歩行で人間みたいに言葉を話していた。
そう、この時僕はほんとにリアルな夢を見ているのだとして疑いもせず二度寝をしようとしていた。
…こんなのが現実なわけないと普通は思うだろう。そしてまた寝ようとしているとさっきよりも強めに尻の辺りを蹴られる。
「なに寝ようとしてんだよ!」
痛い。すごく痛い。しかしさすがにこの痛覚は夢としては尋常じゃない。
「…夢、じゃない…?」
「はぁ、いつものお前らしくねぇな、早くしろよ。ほんとに置いてくからな」
そこで初めてこれが単なる夢ではないことに気がつく。
驚き、焦り、困惑。それらを徐々に感じ始め辺りを見回す。
広々とした草原で少し先には浅い綺麗な川が、そして僕の隣には大きな木が立っていた。
…休憩中だったのか?いや、それにしても、目の前には今まで見たことのない獣が7匹ほど居る。
この光景があまりにも理解出来ずにいた。それも日本語を話している。
「さて、そろそろ夜に向けて計画を実行するために移動するとしよう。ついてこい」
計画?考える時間もなく次々と移動していくので後から着いていくことに。
しかし移動する時自分の違和感に気がつく。改めて見たら…自分の手、胴、足。今見える自分の体があの獣達とそっくりな見た目になっていること。
ちなみに見た目は、筋肉質な肉体にフサフサゴワゴワな艶やかな毛に、白ベースで所々黒模様がついている。全員が全員同じって感じでもなく、灰色の毛がベースだったり黒の模様が違うところについていたりする。服に関してはなんかのフサフサな茶色の草を編んだもので下半身を包み、白い毛のようなもので上半身を覆っている。
やけにエネルギッシュで落ち着かないと思ったら自分もあの獣でその仲間みたいなものだったのか。
未だに信じきれていないし全然落ち着かないけど、その反面やけに落ち着いている自分もいる。
その後も色々考えて皆に着いていくと周りも暗くなってきた。と、ここで先頭を歩いていたリーダー?らしき獣が足を止めた。
「この先に集落がある。今日はそこを狙う。計画に向けて夜になるまで少しここで待つとしよう」
計画?なんの移動なのか、その集落で何をするのか色々疑問はあるけど、皆が頷き木の影にそれぞれ座り休憩を始めたのでそれに従い自分も座る。
「なんつーか、お前今日変だぞ?変なもんでも食ったんじゃねーだろーな」
他の獣達は話すらしてこないのに、この獣は起きた時からちょくちょく話しかけてきてくれる。
「別に変じゃねーよ。ただ眠いだけだ」
言葉を発し改めて驚く。思ったことを口にするとなぜだか荒々しい口調気味になってしまう。まるで自分が自分じゃないように。この種族の性格や意識が混じったのだろうか。
そこでしばらくジッとしているとリーダー(ということにした)がその集落まで近づくように指示してきた。
「もうそろそろ頃合だな。俺が1番だ!」
合図を出したことにより皆が目の色を変えて集落へと勢いよく飛び出した。
何をするのか後ろで見ていると───
やっと理解した、理解させられた。この獣たちがなにをしようとこの小さな集落にやってきたのか、その計画を。
とても安心できるような家では無い石のようなもので作られた家が集まったこの場所で、その中は小さな明かりがついている。
そこへ獣達が思い思いに破壊していき、中にいた『人間』達を引っ掻き回し、殴り、その場で喰らいつく。
その光景をただただ唖然として目を見開き見つめることしかできない。
「おい…おいおいおいおい。なんだよ、これ…」
こんな非現実的な現実を目の当たりにしなんとも言えない気持ち悪さと恐怖、そしてその種族である自分に課せられた気持ちを感じる。
やがて被害は大きくなりどこからかついた火がちょくちょく燃えていた。
僕は…俺は吐き出しそうになるが必死に抑え、堪える。
集落は血で飛び散り家が崩れ無惨に荒らされてゆく。
獣達は騒ぎになる前に食料を抱え込み森の方へ走ってゆく。
……。
少し前まで悲鳴やら何やら騒がしかった集落が少しの火の音だけを残し静かになる。
1歩を踏み出すが、このまま進む勇気がなかなか出ない。
すると俺の右側の壊れた家の石がガタッと崩れる。
ゆっくりとそこに近づくと、ひっく、ひっくと泣くような薄れた声が聞こえてくる。
怖く思いながらもその大きな石を思い切り退かす。
すると───
「…?!や、ヤダ…やめて…お願い…お願い…」
細々とした声で丸まっていた小さな少女を見つけた。
顔や肌は黒く汚れていて薄緑の髪も乱れ、服も薄く破れていて涙で濡れている。
「ぁあ、いや、俺は…」
否定したところでこの子の目に映る俺はきっと奴らと同じなんだろう。
「俺は人を襲わない、絶対に襲ったりしない。あんな風に…あんなこと。今でも信じられないんだ」
語りかけるというより独り言のように呟いていた。
「…あの…」
「お前は、今絶望しているだろうな。それは俺も同じだ。痛いほどに…いや、俺なんかよりもよっぽど酷い思いをしているよな」
怯えながらも必死にこちらに顔を向けている少女。
「…あなたは、あの化け物達と…同じなのに、どうして私を襲わないの?体にも、血が着いているようには見えないし…」
こちらが話すことによってさっきよりは震えもマシになり、力弱くだが声をかけてくる。
「ここで今までの経緯を説明しても納得できるような話じゃない」
俺自身まだ夢であってほしいと思い混乱している状況だ。
「でも、あなたの目はあの化け物達とは違うように見える。不思議な感じ」
「お前はアイツらを見たのは今回が初めてじゃなかったのか?」
「…うん。前にもね、少し離れたところで暮らしてる時、マーヤさんと暮らしてる時、こういう風に襲われたことがあるの」
また涙を流しながら必死に伝えてくれている。
「嫌なことを思い出させて悪かった」
「ううんいいの、でも、そこでマーヤさんは…」
恐らく今回みたいに襲われたのだろう。そのマーヤさんという人はお母さん的存在の人だったと聞かされる。
「だからこそ分かる、あなたは珍しいなんてものじゃない。たった一人と言える存在…です」
こちらを見つめ、そう伝える少女。
「そう…なのかもな。もしかしてその手に持ってるソレ、マーヤさんって人から貰ったものだったりするのか?」
「うん。これはね、マーヤさんとの約束。命と同じくらい大切なもの。」
力強く握られていたペンダントのようなもの。汚れているが花の形をしたちょっとしたペンダント。
─バタッ。少女の方を見ると力が抜けたかのように膝から地についていた。
「ごめんなさい…力が入らなくて…」
「無理もないと思うぞ。俺自身酷く疲れてるしな。」
「これからお前はどうするんだ…?」
無責任だが、俺と一緒になんてたまったもんじゃないだろうからな。そう思っていたのだが…。
「…私と一緒にいて、ほしいです」
まさかの発言に驚く。いくら1人が怖いと言っても俺と一緒になんていたくないと思っていた。
「信じられるのか?俺が」
「この周りは私一人で生きていけるような場所じゃない。なら、唯一信じられると思ったあなたに着いていくしか生きる道はないようなものです」
それはそうだが…。ただ、それなりの覚悟が感じられる目を向けられては、断れない。襲おうとも思ってないわけだし。
「わかった。とりあえず今日はその木の根元で休もう。明日また考える」
こくりと頷き踏ん張って着いてくる少女。
それにしても…。ぐーという腹の音がなり少し安心していた少女がビクッと怯える。
「あぁ悪い。腹は減ったけどお前を喰うなんて少しも思ってないから安心してくれ」
完全にとはいかないかもしれないがそれなりに信用してくれたのかまた眠そうにする。
今日は飲まず食わずだが我慢するしかない。それよりも眠気が襲ってきたので2人で木にもたれ掛かり眠るように目を閉じた。
明日からどうするかな…何せ情報が無さすぎる。
少女が俺の太ももの毛に頭を寄せてきて完全に眠る。
とりあえず今はこの少女を守るためにできるだけ神経を研ぎ澄ませながら眠ることにした──────
今日も今日とてこんにちは。
カボスroーtoです。
主人公の楓の異世界転生の第1歩となる話で、やや残酷ながらもこの物語のキーである少女に出会いましたね。
言葉足らずではありましたがこれから先より詳しく話を進めていくので次の投稿も見てもらえたら嬉しいです!
では、お楽しみに。