79:星屑
突然カンターレンと二人だけの空間に飛ばされたような感覚に陥る。無音の世界で僕を見る彼の表情は変化していく。長い髪と大きな胸で随分と優しそうな顔だ。普段は見せない彼女の一面を見た気がした。音のない空間で彼女は語りかける。
「カンターレンを、魔王という存在を理解したか?」
ベルベットは落ち着いていた。
「始めは、会う前は殺すつもりでいた。君という存在に興味を持ったのは出会ってからだ。包み隠さずに言うなら惚れた」
僕は時間の流れが遅くなっている感覚から抜け出せない。
「カンターレンと同じ魔王でも、わたしたちはそれぞれ異なる性格をしている。わたしは生きることに執着して研究を続けた。それは命の儚さを昔から記憶していたから。そんな当たり前のことを学べなかった我々王族は命に執着していない」
ベルベットはゆっくりと歩き始める。
「命を持たない者なんて存在しないが、魔王は命を無限に持つことが可能な存在だ。自然発生するもの程度にしか思わない。だからカンターレンは死ぬんだ」
僕は彼女に何も言えない。
それは言葉通り。
「さあ、手を動かしてガリアノンを持つんだ」
僕は言われた通りにガリアノンを持つ。
「最後のキスは既に済ませたが、やはり悲しい気持ちが強いな。人間として生きようと少しの間でも思った時間があったせいか」
ベルベットは僕の持つガリアノンを見る。
「サトウの提案をラフィアが否定するのはわかっていた。わたしだって彼女と同じ気持ちだからだ……ガリアノンを」
彼女が伸ばす手にガリアノンを渡す。
「自然の成り行きに任せて生きることも死ぬこともできないことを不幸だと魔王は思わない。その考えがわたしは不幸だと思う」
ベルベットは何もない空間を見上げていた。
ガリアノンの輝きが増し始める。
「バイバイ」
そこには見えないはずの空が浮かび上がる。
無数の星が一斉に広がっていく。空から落ちていくと星たちは地上に衝突する。地面を上機嫌で転がる星たちが笑顔で散っていくと、星の見えない綺麗な空に変わる。
目の前で立っているベルベットは形を変えていく。
男性の顔や女性の顔。
珍しい生物。
次第にローウェルの王族たちの顔になる。
そして醜い肉塊へとなると小さな蜘蛛になった。
その光景を呆然として眺める僕の耳にラフィアの声が聞こえる。
「サトウ!」
彼女は僕の横にいた。
「何が起きたの?」
「僕にもよくわからない」
僕は小さな蜘蛛の横に落ちているガリアノンを拾う。
「突然カンターレンがこちらに来たと思ったら、ガリアノンをサトウが渡して蜘蛛になった」
小さな蜘蛛は地面で歩き回る。
「え? なんでアーバンが生きているの?」
ラフィアが倒れているアーバンを見て指差す。
「あそこにはフェルトもいるし……サトウ……魔力を、集中してみて」
僕は何気なく魔力を感じようとする。
この都市ローウェルだけじゃない。すべての地上にいる人間の魔力を感じる。空に浮かぶ大地を目で確認すると魔力が確かに見えた。
「全員生き返っているの?」
この戦いで死んだ数々の兵士や一般人も蘇った。
手にあるガリアノンは奇跡の代価をエネルギーとする。本来あり得ない命のない存在を使い、命を他者に与える行為を行った。
「僕は何故かベルベットと会った。その時にあいつバイバイと言ったんだよ」
「あのベルベットがわたしたちを助けるか」
「結果がすべてだ。今更疑えない」
「そうだね」
風の勢いが強くなる。
空を移動する大地が真上を通過していく。
「あれって今誰が動かしているんだろ?」
「仕組みはわからないけど、何かしらの機械を使っているんじゃないかな」
『サトウ、ようやく繋がったか。すべてのローウェル王国の大地が移動を開始したぞ』
『ツキヨか』
『今さっきシャギーからバーキン連邦を離れて元の位置に戻ることを言われた』
『シャギーが?』
『彼が言うにはサシェがローウェル王国内で暗躍していたみたいだ。スパイを送り込むとは流石だと褒めていたぞ』
『スパイのつもりじゃなかったんだが、結果的にはいいのか』
「あの、サトウ?」
『悪い、ラフィアが呼んでいる』
『わかった。また』
「なんだ?」
ラフィアが足元で動く小さな蜘蛛を指で軽く突く。
「これ妙な感じがするんだけど」
ラフィアが見る小さな蜘蛛を見ると奥底に透明な魔力が見えた。
口を動かす時間も惜しい。
小さな蜘蛛を掴むと握りつぶすと手から伝わる血が地面へ滴り落ちる。
僅かな手の痛みに手のひらを見ると先程までいた小さな蜘蛛の姿が消えていた。
頭に浮かぶのは遠い記憶だった。
巨大なドラゴニアが見えた。それらは自分に何かを言っていたが言葉が通じないことを嘆く。そして彼らが行ったことは尻尾や爪での攻撃だった。叫ぶ言葉も通じずに何度も潰されたり裂かれたりする。痛みはあったが傷は完治する姿を見て興味を持つ者もいたが、どちらかといえば感情的には恐怖が強かったようで召喚したドラゴニアは自分を世に放った。
空腹だった時に食べた生物の味が忘れられずに好奇心から色々なものを食べてきた。
次第に変化していく姿に戸惑いを覚える。
時折聞こえる言葉を覚えてつつドラゴニアの生活を見ながら知識を吸収していく。
好奇心に耐えきれなくなり、ドラゴニアを勢いで食べてみた。
美味だった。
そして同族を食らうほど自分の存在が確かなものになっていく感覚がした。
バロック王国を滅ぼした時には恨みはなく、食料が減った程度の気持ちでバロック王国に恨みを持つ者に味方をしたつもりはないのに仲間意識を持つ者がいた。
人型の鳥でピッターはよく自分に話しかけてきた。
毛で覆われた大型の生物でベーマは他と比べると知性はないが会話はできた。
シレイムは同種以外と繁殖できない人型の兎で強い恨みの感情でバロック王国を倒したことを喜んだ。
知性ある生物をすべて食べてみた。
そして自分が何者か結局わからなかった。
自分をカンターレン・ローウェルと名乗ったが姿形はドラゴニアとは違っていた。当時崇拝されていた神の姿を模したものだ。
その神と呼ばれる存在と出会ったが、神は最後まで自分を殺そうとせずに自分の食料となった。
自らの存在理由を求めて複数の自分を作り出したが、自分と異なる存在を求めた結果は望むものを得られないという結果だけだった。
頭に浮かぶ感情に悩まされながら心配そうなラフィアの顔が見えた。
「悪い……少し疲れたから休憩したい」
「わかった」
一人空を見上げながら歩く。
思えば神も魔王も孤独だった。
空っぽの中身に与えられた名前と共通点は多い。
ドラゴニアから召喚された人間と蜘蛛。
世界を破滅に向かわせるのは必然だったのかもしれない。
歩いて行くと真下にバーキン連邦が見える。
自分の手を見ると小さかった。
「結局、僕自身も何者でもなかったな」
風が吹くと体が浮く感覚がして自然と空から落ちていた。
動かない体に身を任せると地面へと衝突するだろう。
思い出した記憶がある。
神として生きて魔王に殺された時、自分は安心していた。これで役割から逃れることができる。そして佐藤星も別世界に逃れることができた。
魔王も何度か死のうと考えたが飢えには逆らえず生きてきた。
目を閉じると声が聞こえてくる。
「サトウ!」
真上にはラフィアがいた。
彼女は僕に急接近して腕を掴むと慌てた様子で僕を見つめる。
「死ぬつもりか!」
僕が下を見ると地面が迫っていた。
「魔力で体を強化しないで突然飛び降りるからびっくりしたよ」
「なんでこんなことしたんだろ」
ラフィアはゆっくりと地面に向かっていく。
「サトウが蜘蛛を殺してから様子が変だった。多分、他の人は気づかないけどわたしはわかる。魔王がサトウの中にいるでしょ」
「確かにいるが……」
「わたしはあいつのことをよく知らない。でも、一つ知っていることがある。魔王は死にたがっていた。もしかしたら今までも他人の体を操って似たことをしたんじゃないかって。今ならそう思うことができるの」
地面に足をつけるとラフィアに抱きしめられた。
「魔王とサトウは違う。あなたという存在はわたしが認める。色々文句はあるけど、わたしという存在がいるのはあなたのおかげ。今までありがとう、魔王」
右手に持っていたガリアノンが光を放つと体から力が抜けていくような感覚がした。そしてガリアノンは輝きを失うとひびが入って割れ目ができた。
「でも、僕はフランネルだよ」
「体はね。心はあなたのもの」
「いいのかな」
「今更何を言っているんだか、一緒に生きようと言ってくれたのにさ」
「そうだったな。悪い、別に本気で死ぬつもりはなかった」
「どれだけ一緒にいると思っているのよ」
「魔王は世界から消えたのかな」
「少なくともカンターレンは死んだ。だけど、魔王の遺伝子は世界に残されている。やることやって死んだんだから満足でしょ」
「結構冷たいね」
「あなたが優しすぎるのよ。それよりもベルベットの言葉覚えている?」
「覚えているよ……僕は消極的な恋愛強者だからやることやって死ぬよ」
「もっと積極的にならないと駄目だからね」
世界中に衝撃が走った。
魔王が死んだことが伝えられると全世界でお祭り騒ぎになった。若干複雑な気持ちになる僕とラフィアの表情が語る本当の意味を知る者はいない。
やりたくてやったわけじゃなかった。
その魔王を殺したとして僕とラフィアの名前が世界中に拡散される。
バーキン連邦とローウェル王国との戦争はローウェル王国の敗北で終わりを告げる。戦後の交渉は元アルベール王国の王子のラインやキャリバーに任せた。彼らにローウェル王国やその他の王国をまとめて貰うつもりだ。その隣にいるエリックは二人の補佐をしているが、随分と忙しなく生きているようでラフィアから語られる魔王との戦いに貢献したとして彼は男性から声をかけられる機会が多くなった。
バーキン連邦にいるクラインは生き返ったらしく、平民の為だけではなく世界中の人間に対しても力を貸してもらえるよう精力的に取り組んでいる。一度話をしてみると元貴族というだけで嫌っていた自分が不思議なようでクラインは笑顔だった。
ピロトグルはヨークドと一緒に生き返ったサルエルに会いに行った。死刑が決まっているような存在を生かしてる何がしたいのかと言っていたがクラインはサルエルを殺すつもりはないらしい。
「一生奴隷として働けと言いたいらしいな」
「それが罰だ。仕事は好きだろ、俺も一緒に働くから我慢しろ」
そう話をしている二人を見てサルエルは意外にも楽しそうに見えた。
ギャバジンにいるボルドに声をかけると彼は元いたカメリア村に帰るらしい。また来ると言われて帰ろうとするボルドは魔王が滅びたのでと言い「アーバンには言わないように」と念を押すとバロック王国とカメリア王国という二つの国が元々は友好国で、実はバロック王国が滅ぼした複数の種族が混ざった国というのを明かした。
「なんで今更言うの?」
「少数民族は淘汰される運命にある。世界中にいる同胞は魔王が世界を蹂躙する以前から、他国に支配されてきた歴史があるんだ。今の平和に向かう世の中なら一つにまとまることも可能と思って、後は単純にサトウが世界の運命を決める力があるから君に言うのが適切だと判断した」
「過大評価だ」
「そうは思わない。信じている」
ボルドとの話を終えてシャギーに会うとサシェが手を振っていた。
「あいつ女性の姿から戻らないんだが知っているか?」
「さあ」
「……俺の義兄弟を頼むな」
サシェの気持ちがわからない。
今後進展があるとは考えていないが今更男性のような女性と付き合うとは思えない。ラインとやっていて今更とも思ったが、まだサシェのほうがいいのかもしれない。そんな冗談を口にするとラインが怒るので言わないが愛しているのは事実だ。
数年が経過してソーニャはナージャとの子どもを育てていた。ナージャが僕に近づかないよう彼女は子どもを作ったが僕を睨む目は冷たい。
「いい加減、ナージャのことどうにしかしてよ」
「そう言われても」
「あなたアルベール王国の女王でしょ」
アルベール王国の女王となってからも忙しかった。ラインから肉体として違ってもお前は正式な女王なのだから責任を持てと言われて仕方なく女王になった。その後の跡継ぎはラフィアとの子どもが産まれた。しかし、ラフィアとの子どもが誕生するまでは他の女性から是非にと言われることが多かった。
ナージャもその一人で未だに僕と距離が近かった。
「仕事での付き合いとかで帰るのが遅いけど、女王という立場を利用してない?」
「したら問題だろ」
新しくなったアルベール王国の城で暮らすラフィアとの子どもを見るシフォンとサシェを思い浮かべる。シフォンはサシェと一緒にラフィアとの子どもを育てているが、今後はラフィアと僕のどちらかに二人の子どもを産ませることを計画していると言われて辟易した。
これから更に忙しくなるのにナージャとまで付き合うのは難しい。
嫉妬深いソーニャを安心させる為にナージャの仕事を減らす必要がある。流石にそんな気持ちで仕事をしているわけじゃないと思っている。
興味はなかったがミュールがクルタとの子どもができたと報告してきたことがあった。他にもギャバジンでサテンとリングにも子どもができたと言われた。更にはアルベール王国内でアーバンとフェルトにも子どもができたと聞かされて祝福していたが、男女で子どもができる場合はバーキン連邦以外だと珍しく奇妙な目で見られていた。
僕に言えた話じゃないが争いが終わると何故ぽんぽん子どもを作るのか不思議だ。
ツキヨからは定期的に連絡がくる。宇宙船で世界を旅しながら様々な情報を集めていた。隣にいるイクシルなど他の元貴族たちが乗船してツキヨの指示に従っている。彼らのような存在の処遇を決めかねていたところツキヨから宇宙での仕事を言われた。
非常にプライドも高かったが貴族と呼ばれないことに不満はあるが、元々盲目的に従うだけの貴族が多くてツキヨの教育がいいのか順調らしい。
ガーウィルとイクシルで子どもができたと報告してきたが仕事以外の話はしなくていいと言っておいた。
そんな二人の様子を楽しげに見るフォブレイの表情は以前よりも明るくなっていた。
ローウェル王国はほとんどがバーキン連邦に組み込まれた。元々古代から住んでいた種族に大部分は渡そうとしたが枯れた土地に興味がなく、管理はアルベール王国とバーキン連邦に任された。
女王になってから数年間は忙しかったが戦後処理が済んだことで休む時間を増やすことにした。そうすることで他の人間が休めるようになった。
その間にもラフィアと会っていたが彼女は次の子どもを僕に産んでほしいらしい。嫌がることもできたが素直に受け入れることにした。しかし、時折見せる興奮した様子が昔フリルに襲われた時の表情に似ているのはラフィアの中にフリルがいることも関係しているのだろう。
僕の世話係としてエルニャが側にいるが彼女に数年の間何度か子どもを産まされた。シフォンやサシェにも妊娠させられたが、ラフィアからはもっと積極的になれと言われてしまう。
アルベール王国の血筋でラインやエリックとキャリバーがいる。彼らは男性なのでと否定したが僕の現代の知識とは違うので今更文句も言えない。
クロッグ・アルベール元女王なんて飲食店で楽しく働いている。彼女の隣にはインソール・アルベール元王妃もいて、仲良く笑い合っている。
既に国として崩壊したものを今更取り戻す気持ちがないクロッグ。責任を持てと言って大変なことを押し付けたライン。二人にはアルベール王国という名前が消えて今更文句を言っても知らないぞと言ったが「どんな国だとしても住む人が幸せならいい」と言って国に対してこだわりはなさそうだった。
お腹を大きくしたラフィアと話をした。
二人でお互いの大きなお腹を触りながら僕は窓を開けると夜空を見上げる。
ゲームのような世界で生きてきたが、今は随分と幸せに暮らしている。ここが現実かどうかは非現実すぎてわからないが幸せなら場所は問わない。
輝く満天の星空を見ながら風を浴びる。
「どうしたの?」
「見えない星も多いけど、この夜空の向こうには数え切れない星があるんだ。理想かもしれないけどさ。夜空の星が消えるまでの間は幸せに暮らしたいよね」
「かなり長い間幸せでいたいんだ」
「一緒に生きるなら子どもを輝かせる役割ぐらいはしたい。長生きして子どもの為に頑張るぐらいはするさ」
ラフィアが僕の手を握る。
「今はこの国の星だけでも輝くように努力しないとね」
僕が窓を閉めると夜空には流れ星が見えた。




