77:絶望
誰もベルベットが口にした意味を理解していない。
魔王が死なないことを説明したところで全員一緒に行く。僕たちがこの世界にいる人間を殺せないならどこにいても同じだ。
姿が変わったベルベットはもうイブとは呼ばなくなった。少しは戸惑いを見せるかと思ったが僕のような存在をしっていることで納得してくれた。
「それでさっきの攻撃はなんだ? 魔力が消えたが」
アーバンが地上を指差す。
ラフィアと僕は顔を見合わせるとベルベットが前に出る。
「それも作戦だよ」
「人が死んだように感じた」
「この世界には人間以外にも魔力を宿した生物はいるだろ。わたしが敵になりそうな存在を排除しただけだ。わたしは裏切り者だからな」
「お前が魔王だというのは魔力でわかるよ。正確な敵の数までは知らなかった。ありがとう」
アーバンはベルベットを疑い深く見ていたが僕とラフィアの反応を見て目を逸らす。
「準備ができたら乗り込むぞ」
僕はエリックに声をかけると彼は「ラインからサトウが生きているのか確認してくれと言われただけだ」と言い沈黙が続いた。
「どうした?」
「ラインはサトウが生きていることを信じられないらしい。俺も同じだ。全然別人の顔をしてサトウだと言われても完全には理解できない」
「僕は変わり者なんだよ」
「ラフィアを好きと言われた時点で変わり者なのは知っている。ラインはそんなサトウを好きだと言っていた」
「ラインには恨まれても仕方ないと思っている。それだけのことをしてきたんだ。他人事だと済ませられない状況なのは理解している。僕は責任を持つ。だから……」
「わかったよ。言わなくてもいい」
ベルベットはガリアノンを肩に乗せて僕の手を掴む。
「これから都市ローウェルに行く。戦える者はわたしの体に触れてくれ」
全員が頷きベルベットの手の甲に触れた。
移動は一瞬だった。
玉座に到着すると大勢の兵士に囲まれていた。僕が支配魔法を使うと彼らは剣を構えているだけで襲ってくる様子がなくなる。だが、魔王に敵だと思えなければ意味がない。
僕に向けて魔法を放つ兵士が数人いたが全員反対方向にいる味方に当たっていた。どの兵士も味方同士で争っているように思える。
玉座に座る年老いたカンターレンは黙って様子を見ている。
「あのさ、こいつら何がしたいの?」
シフォンは呆れてフェルトと向き合っている。
「貴族って集団戦は不得意かな」
「流石に中央にいるわたしたち放置して味方に魔法で攻撃とか意味不明よ。ずっと何か叫んでいるし」
魔王様の敵を倒せと全員が叫びながら味方同士で争う光景を見てベルベットが微笑む。
「ルージュの幻覚魔法か」
僕が周辺を探すと彼女の魔力を感じる。
「なんでルージュが僕たちを助けるんだ?」
「わたしの命令に従っているだけだ。あいつはわたしが好きだからな」
「性格悪いな」
「褒めているの?」
ルージュの姿は見えないがイブと同じように味方をしてくれるなら問題はない。
僕は一歩踏み出すと魔王に近づいていく。
それを見ていたラフィアが僕の真横に来たが「僕一人でいい」と言って歩き始める。
ローウェルの兵士が放つ魔法はすべて僕を傷つけることはない。
カンターレンを見上げる。
「お前を殺しに来た」
「貴様は夢でも見ているのか?」
僕は首が取れた状態で地面に転がっていた。争いが起きている戦場で僕の目は仲間たち全員が処刑されている場面を目撃する。
魔力を強引に流すと目の前には玉座に座るカンターレンの姿があって、背後には僕の姿を見る仲間が真剣な表情で見ていた。
「睡眠魔法スウハバベルツで眠らせても意味がないぞ」
「意味はある。一瞬でも隙を作ることが可能だ。眠っている間は体を動かすことができない」
「……余裕があるな」
「貴様は敵だと思っていない」
カンターレンが立ち上がり、服を脱ぐと腕の筋肉が膨れ上がる。魔力を込めた腕で地面を掴むと激しい揺れと共に彼は地面を持ち上げて投げつけた。
避けようと動くもカンターレンが投げた地面はローウェル王国の兵士に当たる。
困惑したカンターレンは目を閉じて自身の魔力を高める。彼は息を吸い込み自身の真上に吐き出す。天井が吹き飛び、そこから落ちてきたのがルージュ・ローウェルだった。
「先程から魔法を使っていたのはルージュだったのか。ベルベットとルージュの魔力は混ざった影響で似ているからわからなかった」
「カンターレンも油断しすぎだ。命を落とすよ」
「確かに油断してたな。しかし、命か」
カンターレンはルージュの目の前に移動する。
「どうした? 移動魔法なんてお前も使えるだろ。逃げてみろ」
ルージュがカンターレンの背後を取るも彼は即座にルージュの背後を取る。
「得意不得意な魔法を決めたのは誰だと思う?」
カンターレンはルージュの胸を貫く。
「命を落とすだっけ? 勘違いをしているが無限の命を持つのはわたしだ。貴様たちはすべてわたしの交換可能な部品にしかならない」
ルージュは血を吐きながら地面に倒れる。
「簡単には死なないところは似ているが、命を持っているところが異なる。始めから命がなければ死ぬことはあり得ない」
「命がない……カンターレンは本当に生物なのか?」
「多分な」
カンターレンはルージュの頭を踏みつける。
「サトウは何もしないのか?」
迷っている原因はベルベットの言葉にある。
本当に彼を殺しても終わらないのかだ。
だが、この状況で何もしないわけにはいかない。
カンターレンに向けて集中する。
火魔法ラスキーマ。
彼の肉体が炎に包まれると徐々に溶け始めていく。
その様子を見ていたルージュが立ち上がる。
「案外簡単に死んだな」
そう言ったルージュだったが突然全身が膨張を開始して叫び始める。
「ま、待って!」
その手を伸ばす方向にはベルベットがいた。
ルージュの肉体は一瞬にして巨大化すると小さく変化してカンターレンの姿になっていた。彼は裸になっていたが近くにいた兵士の服を掴み腰に巻いた。
「わたしは死ぬことがない。たとえ同じ魔王だとしても元が違う」
「お前……どうやって死ぬんだよ……」
「問うことが間違いだ」
カンターレンは玉座へと歩き、地面に置いてある銃剣を手にする
「これは確かお前のものだったな」
手にした銃剣で魔法を放つと僕の右肩が消し飛んだ。フェルトの悲鳴が聞こえたので背後を見るとシフォンとアーバンが跡形もなく消えてなくなっていた。
痛みに意識を失いそうになりながら立ち上がると不死魔法ネメスティーバで二人を元に戻す。
「今、何を?」
「さあな」
「なるほど、余裕の表情をしているのは実力差があるからか。過去改変魔法パイリッシュの上位互換。わたしが習得できなかった本物の魔法か……何故自分の肉体を元に戻さない?」
一呼吸を入れてから右肩を不死魔法で元通りにする。
カンターレンは一瞬で姿を消す。魔力を背後から感じて後ろを向くと銃剣で仲間たちを斬っていく。幸いなことにシフォンの過去改変魔法パイリッシュでカンターレンは元の位置に戻っていた。
「あの女か、厄介だな」
「なんで僕じゃないんだ!」
「努力次第だ」
異界魔法ハグラボルグ。
僕がカンターレンの目の前に姿を現すと銃剣を奪い取る。それを粉々に砕くと魔力を込めた拳で腹を殴りつけた。
地面に転がるカンターレンが立ち上がる前に基礎魔法で両手と両足を固定する。
「ベルベット! ガリアノンを!」
僕の声が聞こえていないのか無視をしていた。
全身に魔力を巡らせベルベットの側まで距離を詰める。
ベルベットのガリアノンを取ろうとするが僕の手を避けて蹴り飛ばす。
「なんで」
「なあ、サトウ。わたしに命令してくれないか? 人類を滅ぼせと」
「できるわけないだろ」
「魔王を殺す方法は生物を滅ぼす以外ない」
僕たちのやり取りを見ていたアーバンが近寄る。
「どうにも変だと思ったがベルベットの仕業だったか」
「どの道死ぬ男が些細なことを気にするな」
「お前!」
アーバンの腕を僕が掴む。
「やめろ! 死ぬぞ!」
「拘束なんて奴には意味がない。他に方法はないのがなんでわからないんだ?」
カンターレンは立ち上がって肩を回していた。
ベルベットとアーバンが睨み合うとフェルトがアーバンの腕を掴み泣き始める。
「もう、いいよ……無理して戦う必要はないからさ。ほら、今まで通り魔王に従うのも悪くないよ」
「ふざけているのか?」
「ベルベットは黙って!」
フェルトが掴んでいる腕をアーバンが離す。
「悪いが戦いをやめて従うのは死ぬよりも苦痛を伴う。善良な統治者なら問題ないが、あいつは悪事に躊躇がない」
「いやいや、大丈夫だよ。心を入れ替えるかもしれないからさ」
「フェルト……今更怖がるなんて」
「わたしはずっと怖かったよ! それがあなたが突然死んで更に怖くなったの!」
「……誰が死んだと言った?」
「アーバン、あなたよ」
首を傾げるアーバンは僕の目を真っ直ぐ見る。
「本当なのか」
「事実と言っていいかわからんが死んだように見えたのは確かだ。僕が魔法で死ぬ瞬間の姿に戻したからさ」
「そうか。助かったよ」
アーバンはカンターレンに向きドラゴニアに変化していく。
「元を辿ればドラゴニアに原因がある。そしてわたしはバロック王国の戦士だ。最後に残された者として戦う義務がある」
翼を広げて大きな口を開けるとアーバンの口元に凝縮された魔力の塊が集まっていく。塊が更に圧縮されるとアーバンの口から光が放たれた。眩しい光の粒が城を崩壊させながら突き進む。カンターレンは動じることもなく、手を広げるとアーバンの魔力の塊を受け止めて消え去った。
「どうだ! 先程と違って確実に死んだぞ!」
「確かに死んだ。本当に……」
ドラゴニアの体から戻りアーバンはフェルトを抱きしめる。
「もう……痛い、痛いよ」
抱きしめられたフェルトの体から骨が折れる音がした。
「離して! ちょっとアーバン?」
肉体に変化が見えるとアーバンが徐々にカンターレンとなっていく。
「ア、ア……アーバ」
カンターレンに変わったアーバンはフェルトの首を折りため息をつく。
「無意味な戦いだったな」
僕がカンターレンを蹴り上げると同時にラフィアも蹴りを入れていた。
カンターレンは僕たちの頭を掴み地面に叩きつける。彼はシフォンを見ていたが彼女は血を流しながら手を向けていたが倒れてしまった。
「過去改変魔法パイリッシュは便利な魔法だが魔力消費も大きい」
シフォンの口は動かなくなった。
僕とラフィアの頭から手を離すと背を向ける。
魔法を使おうとするが気づけば城の外にいた。都市ローウェルをあまり見た記憶はないが綺麗な自然で溢れている。その自然の中をラフィアと二人で倒れていた。立ち上がろうと物音がする方向を見るとエリックがカンターレンと戦っている。彼はカンターレンの攻撃を避けながら魔法をぶつけていた。汗を流して戦うエリックと違い、カンターレンは涼しい顔をしてベルベットを見る。
「エリック! もういい!」
声を上げるがエリックには届かない。
カンターレンはエリックを片手で弾く。
壁に叩きつけられたエリックの魔力が小さくなった。
ラフィアが息を切らせて僕に抱きつく。
「なんで、誰も悪くないのに人が死んでいくの! こんなことなら人生をやり直そうと思わなければ良かった!」
泣いているラフィアの顔を見て女神の顔と重なる。
佐藤心愛が女神の姿に転生した。彼女と話していた当時は神としての仕事をしていただけで彼女への愛は自覚していなかった。
僕自身も世界の装置に過ぎなかった。
魔王を殺す為に神の仕事を間接介入から直接介入に切り替えたが、戦闘経験のない二人では戦いにならないのはわかっていた。まともな魔法すら扱えない魔王も命は無限にあった。世界の管理を任された僕たちがドラゴニアなどすべての生物を滅ぼす選択肢はない。
女神を世界から消すことになっても彼女なら自身の魂を他者に移すことも時間をかければ可能だろう。
結果的に僕は魔王に殺された。
気がつけば地球で佐藤星と名乗って生きていた。
魂の移動を伴う行為で記憶をなくしていたが僕は佐藤星と名乗る前は、宿命の神シュガースターと運命の女神シュガーココアから名を貰って世界の管理をしていた。
ドラゴニアたちに召喚された時の僕はもういない。
機械のように仕事をする僕は死んだ。
女神を殺したのは神の僕なのに慕っているのは不思議な気分だ。
きっと佐藤星が努力した結果だろうな。
僕は何者だろうか。
泣き喚くラフィアの頭を撫でる。
諦めて一緒に死んでもいい。
目を閉じてラフィアの声に耳を傾けるが聞こえてくるのはフランネルの声だった。
『今のあなたはかっこ悪いと思う』
聞こえる声はよく知るフランネルの声だ。
『わたしはかっこよくて可愛いから好きになった』
既にいない彼女の声は僕にはよく聞こえる。
『ここで死んだら許さない』
目を開けると抱きしめているラフィアがキスをしていた。
「あなたはわたしと死んでくれる?」
泣いているラフィアを見て僕は首を振る。
フランネルに守ってもらっているのに無責任なことはできない。
「一緒に生きよう」




