76:選択肢
サトウに支えられながら立ち上がる。目の前にはプリミティブに都市ローウェルが迫っていた。ベルベットはわたしとサトウ以外の人間には興味がない。全身から伝わる魔力が世界から消えていたことに震えが止まらなかった。
「わたしの責任だ。ベルベットを殺していれば状況は変わったかもしれない」
「それは僕にも責任がある。あいつは最初から僕とラフィア以外見えていなかった」
「ベルベットの元に行こう」
二人一緒にベルベットがいる場所に移動魔法を使うと足元にいるジュラに気づく。既に死んでいるようで魔力を感じられない。
「来たか。今から邪魔なフェイズを倒すところだ」
フェイズがわたしたちを見ているが動けない様子だ。側にいるベルベットがガリアノンを持ちフェイズに向ける。
「……先程ジュラを殺した時に言った話は本当か?」
「これから死ぬって時に嘘を言う必要があるか?」
二人の様子が変だ。
「お前がイブではなく、ベルベットというのはわかった。そんなのは今更どうでもいい。確かにカンターレンと俺たちでは違いはある。それは確かだが同じ遺伝子を持つ魔王なのは変わらないだろ」
「厳密に言えば他の大多数の人間はカンターレンの遺伝子を持つコピーだ。他の種族から分け与えられた遺伝子もあるが、カンターレンの気持ち次第で奴は何度でも蘇ることが可能さ。貴族は魔力が最初から多く持ち、平民は魔力が少なく魔法を満足に扱えない。そしてわたしたちローウェルの王族は分類するなら貴族なんだよ。理解したか?」
「俺が他の貴族と同等と言いたいのか? 俺は何度も生き返っているぞ?」
「それはカンターレンが自由に使える駒を必要としているからで別に王族じゃなくてもいいんだよ」
「前々から気に入らなかった……お前はなんでも知っている顔をしてカンターレンに敵意を向けていた。そして今我々を滅ぼそうとしている。理由はなんだ?」
ガリアノンが変形して剣になるとフェイズの首を切る。
「わたしはドラゴニアだった頃の記憶があるから敵対している。だが、この人間の体になれたことやサトウにラフィアと会えたことだけはカンターレンに感謝したいけどね」
動かなくなったフェイズを見ていたベルベットは近づいてくる兵士に向けガリアノンを突きつける。
「武器を構えるなら死ぬぞ。構えなくても殺すけど」
ベルベットは剣に変化したガリアノンで大勢の兵士を一気に両断する。
その表情に迷いはない。
「……ベルベットはカンターレンが嫌いなんだね」
「ラフィアは嫌いじゃないの?」
「嫌いだよ。でも、どうしてあなただけそう思うのか不思議で」
「あいつはわたしの両親や兄弟を殺したからだ。今となっては遠い記憶で名前も声も思い出せない。カンターレンもわたしを作った時はドラゴニアが目指す神や女神のような存在を望んでいた。奴に聞いた時『これからは貴様のように記憶を引き継ぐことのないように調整しよう』と言った。べフェールもわたしと似た記憶を持っていたが欲に溺れた」
近づくローウェル王国の兵士にわたしは片手を前に出す。
「攻撃するとあなたたち死ぬよ」
「遅いか早いかの違いだ」
ベルベットがガリアノンを正面の兵士に向けると驚いたように自分の腕を見る。そこにはサトウがベルベットの腕を掴んでいた。
「ちょっと待ってくれ、マルド・ピッター。ここにいる兵士を下がらせてログウェル・コスピアンに兵士を無駄死にさせる無能な上司になりたくなかったら魔王を連れてこいと伝えてほしい」
「なんでわたしの名前を……」
「僕も部下の名前を今になって思い出した無能な上司だったからさ。さあ! さっさと行動しろ!」
困惑していた兵士たちは何故かサトウの指示に従い去って行く。
「ねえ……これまで何度も人を殺しておいて今更怖くなったの?」
「そうかもな。ベルベットの合理性は理解できるよ、そうしなければ魔王を倒せないことも」
「なら何故?」
「神が、以前の僕がなんで魔王を殺せなかったのかわかったからさ。魔王を殺すには彼の遺伝子を持つ人間をすべて殺す必要がある。それに気づき結局は魔王を説得した……それも失敗に終わったが意味はあった」
「失敗は失敗だ」
「あの当時は君の存在を僕は知らなかった。そして女神の力も他の誰の力も借りずに戦い死んだ。神としての力なんて魔力程度しかない。それが今では僕には大勢仲間がいる」
「それってわたしも含んでいる?」
「当たり前だ。ベルベットは僕の仲間だよ」
「人殺しなのにか」
「罪を償うのと仲間なのは別物だ。他の方法を探そう」
「つまり、これ以上人は殺すなと言いたいの? 結局魔王カンターレンを殺しても別の誰かに奴の遺伝子が宿る限り蘇る」
サトウはガリアノンをベルベットから奪い取る。
「これが非常に危険なのは知っているが、兵器として扱ってきたのはドラゴニアがそういう使い方しかしなかったからだ」
「作戦があるの?」
「ある。だが、正直迷っているんだ。これには代価がいる……」
サトウがベルベットの耳元で何かを言うと彼女はわたしを見る。
「それでいいなら別に反対しないよ。わたしはね」
ベルベットがサトウから離れるとわたしは彼に近づく。
「今何を話していたの?」
「……ベルベット。僕はこの肉体に慣れていないんだ。誰か来たら追い返す程度で部屋には入れるなよ」
「わかった」
サトウはわたしの手を掴むと彼はドアを開ける。暗い室内の明かりをつけるとドアが閉まる音がして彼はわたしに近づく。何もない部屋で二人だけになった。彼のその表情は真剣で触れる手は震えているように感じる。
サトウは自分の顔を近づけていく。
わたしは彼のおでこを指で弾く。
「そういう状況じゃないでしょ。キスでもしたいの?」
「そういう気分になる時だってあるだろ」
「嘘を言わないで。サトウのことはよく知っているの。わたしに何かする時、あなた襲うつもりで……悪いけど怖い感じがしたのに。今のあなたは怖くない」
「サトウとして生きていた時やキュロットの時、実は怖かったのか」
「キュロットの時がね。女性に迫られると怖いのってわからない?」
「わからん」
「自分が今女性って自覚ないでしょ」
「ない」
「女性はわたしみたいな女性を見ると興奮すると知ったのはローウェル王国を出てからだったよ。それまではあまり広い世界を知らなかったからね。で、なんでわたしにキスしたいの?」
「……もう、台無しだ。わかった! 言うよ。ガリアノンは奇跡の代価をエネルギーにするから僕はガリアノンを使って魔王も世界も救う。その為に僕は命を捧げるつもりだった。ベルベットは僕とラフィアの子どもがみたいが、僕自身の命に対しては重要とは思っていない。魔王という性質上命に無頓着なのは知っていたからさ」
わたしはサトウの服を掴み壁に叩きつけた。
そうして彼にキスをする。
唇を離すと彼に背を向けドアを開ける。
「この話はこれで終わりね。すべて終わったら幸せになりましょ」
「なんだ。意外と早かったね」
「ベルベット……あなたね……サトウが死ぬのをわたしが許容できると思う?」
「思わない。神としての力があるならガリアノンも十分な性能を発揮するのは確かよ」
「世界が滅ぶなら子孫は多いほうがいいから作れるなら作る。それはサトウがいたらの話でいなかったら増えようがないじゃない」
「それもそうか。魔王と違って他の生物でコピーを作るのは無理だもんね」
「あなたが世界中の人間を殺すならわたしとサトウしかいなくなるの。そんな世界でわたしとサトウの子どもだけとか寂しいよ」
「わたしとしてもラフィアだけなら守るのは難しくないんだけどね」
ベルベットは廊下を歩くべフェールを見て笑う。
「困ったことにあの男は容赦がない」
「ベルベットでも勝てないの?」
「二人だと互角だよ」
突然ベルベットの姿が消えるとべフェールの背後に立ち彼の上半身を吹き飛ばしていた。
べフェールの下半身が倒れると同時にべフェールの上半身が元通りになる。
わたしは意味がわからず首を傾げる。
ベルベットは歩きながらべフェールの顔を覗き込む。
「死なないね」
「魔王が死ぬことはあり得ない」
「あなたはべフェールでカンターレンじゃない」
ベルベットがべフェールの首を掴むが彼の姿は廊下の先に移動する。
「過去改変魔法パイリッシュか。便利な魔法だ」
「お前も使えるだろ」
「得意な魔法じゃない。死ぬ瞬間に使うなんて芸当を使う奴の気がしれない」
「俺も死ぬ瞬間に再生魔法ルンパーダを使うことは理解できない」
「あら、結構似た者同士じゃない?」
「同じ遺伝子を持つのだから当然だ」
サトウがわたしに近づく。
「ベルベットはべフェールを倒せるのか?」
「わからない。それより反省した?」
「すみません……」
「いいよ」
二人の実力は拮抗していた。
「イブ! いや、ベルベット! いい加減にしろよ! 世界支配の邪魔をするんじゃない!」
「お前は昔から他種族を殺してきたが無駄ばかりだ。殺すなら有効利用しなければならない。できないなら始めから何もするな」
「他種族を殺すのに崇高な理由がいるとは思えない。すべて自分たちが生きる為にしたことだ。それには意味がある」
「わたしは魔王を殺す為に手段は選ばなかった! お前と違って無駄なことはしない!」
ベルベットの拳を掴むべフェールは彼女の頭を自分の頭で砕く。瞬時に再生するとベルベットは自分の腕を千切って距離を取ると腕を再生させる。
「ベルベットは自分を正義の味方とでも思っているのか? 自分は無駄な殺しをしなかったと」
「そう思いたいだけだ」
「立派な考えだ。上に立つなら重要かもしれんな、だが」
ベルベットの全身は基礎魔法で固定されていた。気づけば遠くにいる兵士が魔法を使っていた。べフェールが基礎魔法で剣を作り出すとベルベットの頭を切ると頭に手を触れて彼は微笑む。
「同じことの繰り返しだ」
べフェールはベルベットの頭を持ちながら基礎魔法で固定された肉体に触れると自然と崩れ始めた。
「……どうした? 頭だけでもお前は死なないはずだ」
「なんでもない……イブに感謝していただけだ」
べフェールはベルベットの頭を落とすと苦しみ始めた。
ベルベットが再生魔法を使用する。
「……ありがとう。イブ、ねえ……聞いているなら返事くらいしたら?」
べフェールの顔が歪み彼の声が女性のものに変わる。
「こんな姿で悪いね。わたしは動きを止めるぐらいしかできないよ」
「それでもいいよ」
サトウがベルベットに近づくと彼女の肩を掴む。
「イブを、自分の妹を利用して殺すのか」
「そう」
「イブは反対しないんだな」
「単純に従っているだけよ。それに……生物は十分壊してきたから満足したの」
歪んだ顔のべフェールがわたしを見る。
「ラフィアをよろしくね、サトウ」
「任せろ」
べフェールは自分の肉体に触れて震えている。
「イブ! ベルベット! お前……俺に何をした!」
「別に、何も……単純にお前はこれから死ぬだけだ」
「イブが俺の体で過去改変魔法を使うのを拒否している……それに……なんだか記憶が……本当に俺は死ぬのか?」
ベルベットはべフェールの体に触れる。
「笑える話だ。本気でカンターレンを信じていたんだな。あいつとわたしたちは同じじゃないぞ。所詮わたしもお前もコピー品だ。死ねないのは奴だけだ」
べフェールの肉体が崩れていくと彼の涙だけが残った。
「わたしの得意な崩壊魔法で簡単に死ぬ姿が見られるとは生きていて良かった」
「なあ、ベルベット。魔王カンターレンは死ぬことがないと聞くが本当か」
「試しに一度殺してみればいいさ。そうすれば人間すべてを殺しておけば良かったと気づくはずさ」
わたしもベルベットの元に行くとイブの顔をしていたベルベットが元の自分の顔になった。
「べフェールはわたしと同じでかなり昔から生きている。何度もカンターレンが死ぬ場面を目撃して、その度に自分も死んでいた。それでもお互い生き返ったから自分も同じだと思ったのだろうな。イブにはわたしの考えを話してあったから彼女を取り込んだべフェールが困惑するのはわかっていたよ」
「なんでベルベットは……」
彼女はわたしの顔を見つめる。
「わたしもラフィアのように誰かに守ってほしかった。自分の親に愛されている姿を見るのは羨ましかったの」
「どういう」
急な揺れで建物内が崩れかけたので外に出るとドラゴニアの姿でアーバンが空を飛んでいた。彼の背中にはシフォンやフェルトにエリックも乗ってわたしたちに手を振る。地面に降りるとアーバンとフェルトにエリックはサトウに話しかけてシフォンはわたしに抱きつく。
「無事で良かった……勝手に行かないでよ」
わたしもシフォンを抱きしめる。
「ごめんね」
ベルベットが空に浮かぶ都市ローウェルを見上げなら不気味に笑う。
「みんなで魔王を倒しに行こうか。もしかしたら倒せるかもしれないよ? どう思う?」
彼女の提案に誰も肯定も否定もしなかった。




