74:浮上する要塞都市ギャバジン
新鮮な空気を胸いっぱい吸い込みながら空を見上げていた。既にカンターレンはプリミティブ島から出ている。その証拠に普段移動しない都市ローウェルが空を自由に浮遊していた。まだ少しだけ暗いのは大きな大地が太陽を隠しているせいだ。
兵士たちが慌ただしく走り回る姿を見て移動を開始するのがわかる。食料がないのに兵士たちはやる気を失っていない。ベルベットの行動は理解できないことが多かった。末端の兵士に影響が出ることをしたところで魔王を倒さないと意味がない。手っ取り早く魔王カンターレン・ローウェルを倒すのが一番だがベルベットはサトウとわたしに奴を倒せとは言わない。他の魔王を順番に倒すのは大事だがわたしからすると魔王カンターレン・ローウェルは簡単に攻撃が通る相手だ。
強いのは確かだが自身の死に無関心のようで攻撃されても気にしない。
だが、一番の問題は魔王を完全に消滅させる方法があるのかどうかだ。
わたしたちは離れた位置にある木陰に座る。
「ベルベットはどうやって魔王を倒そうと考えているの?」
「魔王たちを順番に倒していくだけだよ」
「わたしは魔王カンターレンを直接倒そうとしたことがない。でも、一つだけ理解できることがある。それはたとえどの魔王を倒したとしても次の魔王が誕生するだけで、問題の解決にはならないと思う。何故ベルベットは仲間割れをしてまであいつらを倒す気持ちになったんだ?」
わたしの知る知識では人間とはドラゴニアで、貴族とはドラゴニアと魔王から派生した種族だ。唯一平民は魔王の遺伝子を持たない存在だが攻撃力はない。機械の力があっても小手先の技術だけで倒せるなら今頃ローウェル王国は残っていないはずだ。
「ラフィアだって魔王を殺すつもりで動いていたのに、まさか何も考えていないわけじゃないだろ」
「一応ガリアノンという古代に作られた武器がある。それを使用したら消し去ることができると考えていたけど、今はどこにあるかわからない。あの武器もリスクがあるから本当は使いたくないんだけど仕方ない」
一度使用した瞬間のエネルギーは単純な魔力や奇跡の代価だ。物事のきっかけを失う代わりに世界を滅ぼす。生命が誕生する可能性や死ぬ可能性。技術の発展や技術の衰退。その間にあるはずのものを根こそぎ奪い取ることで発生するイレギュラーがリスクとなる。
「ベルベットが魔王を倒したところで新たな魔王になると思う」
わたしの言葉を聞き彼女は笑う。
「新たな脅威が誕生するから、今ここで倒そうと?」
「そうは言ってない。あくまでも共闘するだけならいいという話だ。あなたがサトウのことを好きという気持ちに偽りがないなら共闘はしたい。でも、何を言っても信用できるとは思えない」
「まあ、あなたからしたら恋敵だもんね」
「嫉妬で言ってたら殺し合ってたよ。あなたは恋敵ですらない」
「強気だね」
「だってベルベットはサトウの正式な恋人じゃない」
「困ったな。勝てるところが見つからない」
この態度に違和感を持っている。
「あなたは魔王カンターレンが死んだら次の支配者になるつもりじゃないの?」
「わたしが? 冗談でしょ」
「サトウとわたしの子どもが見たいとかふざけた理由で家族を殺すわけない」
「生命の神秘がふざけた理由と思うのはカンターレンだけだと思ったけど、ラフィアもやっぱりこっち側だったんだね」
「もういいよ。どうせ何言っても無駄だから」
わたしはプリミティブ島に行こうと船を探し始める。後ろからついてきていたベルベットは王国所有のゴーストブラッドを指差す。
「あれはわたしが操作するよ。ラフィア、疲れてるでしょ」
「確かにそうだけど」
「何かあったら守るから大丈夫」
「調子狂うな」
二人で乗るようなものではないが強引に乗ろうと思えば拡張される。ベルベットから休息を提案されてわたしは魔力を使用せずにゴーストブラッドに乗る。彼女は明らかに何かを企んでいるのだが何もしようとしない。
まさか本気でわたしとサトウの子どもが見たいだけなわけがない。
「なんでそんなに子どもが見たいんだよ」
眠そうになりながらわたしが言うとベルベットは「魔王カンターレンから誕生した異物のラフィアと異世界の異物サトウ。どちらも本来はこの世に存在していなかった。しかも神と女神という膨大な力を持つ人間からどういったものが誕生するのか興味があるだけ」と言いながらわたしの頭を撫でる。
疲れのせいかベルベット相手に癒やされてしまった。彼女と他愛ない会話をしているだけで眠気が襲って夢を見た。幼い頃の懐かしい記憶でわたしは優しい女性の笑顔を思い出す。印象的な昔の記憶は彼女の笑顔だ。カンターレンから産まれてくる子どもはいるが苗床となった人間は簡単に死ぬ。それを聞かされなかったこともあって、親はカンターレン一人だと成長するまで思っていた。孤独に苛まれていた時も常にわたしを守ってくれていた優しい女性の名前は存在しない。
小さかったわたしには名前のない女性と遊んでいた記憶しかなかった。笑顔の女性は最後までカンターレンにわたしが生きることを頼んでいた。
目が覚めるとわたしはベルベットの背中で寝ていた。
「起きたか」
背中から降りると少々恥ずかしさから顔を背ける。
「なんで泣いてるの?」
「ベルベットにはわからないよ」
バーキン連邦のノルチェにある地下空間の更に下へ続く階段を下りていた。拾ったフルブローグを使いゴルアと連絡を取ると施設は未だに使用可能みたいだ。
小さなボタンを押すと自動でドアが開いた。乗り込むと移動開始を告げる自動音声が流れる。行き先は最深部のギャバジンだ。
ローウェル王国にはないものを見てベルベットは興奮している。目を輝かしていた姿はここに始めて来た人間なら誰でも一緒だった。魔王でも性格の違いから仲間割れするようにベルベットも他と違うから人間のような反応をするのだろうかと見つめていると到着した。
迎えてくれたゴルアはわたしの隣にいるベルベットを警戒していたが、一通り説明をすると納得はしていなかったが責任を持って対処してくれと言われた。
「何かあったらベルベットを殺せるか?」
「最善を尽くしますよ」
「できないと素直に言ったほうがいいぞ」
ゴルアは嫌そうな顔をしていたが許したくれた。ドラゴニアと戦った魔王のことは好きではないらしい。それでもギャバジンに入れてくれたのは女神への忠誠なのか。悩むゴルアと違って、今のわたしは不思議とベルベットに嫌悪感はない。
通された部屋にいたラインとわたしはベルベットについて話をした。室内にいたエリックとキャリバーはクロッグとインソールの手当てをしている。どちらも最近ギャバジンに来たようで問題が起きてまともに連絡を取り合うこともできなかったと聞く。最前線で指揮をしていたラインと支えるキャリバーに二人との橋渡し役となって他の平民たちと話を続けていたエリック。クロッグとインソールは怪我をしてしまっているが魔王と戦って無事なだけいい状況だ。
「……魔王がサトウじゃなくなったのは振り出しに戻った気分だ。気楽になったとは言えないかな」
疲れていたラインにわたしは話しかける。
「そんな気に病む必要ないよ。もう今更だ」
「そうだよ。ラインはもっと楽に考えるべきだ。これから行うのは魔王討伐で別に人を殺すとか物騒なことじゃないんだからさ」
「ベルベットは話に入らなくていいよ」
「ラフィアってわたしに冷たいよね。一応家族じゃない?」
「家族だからって仲良くないのはあなたも一緒だと思うけどな」
ラインはわたしに近寄る。
「こいつ本当に大丈夫なのか?」
「多分」
「俺は構わないが他の奴は結構気にする奴多いと思うぞ」
「ラインはなんで受け入れたのよ」
わたしが言うとラインは「サトウを助けてくれるなら魔王の力も借りたい」と言ってのけた。
「まあ、厳密には世界の為でサトウじゃないけどね」
「ラフィアはラインに対しても冷たいね」
ベルベットの口が減らないのでゴルアに甘いものでも持ってこさせた。そうして彼女の口に突っ込むと黙ってくれた。あまり食べる必要のない肉体をしているせいか美味しそうに口にする姿が見れた。どうにも彼女は舌が肥えていないようだ。
「俺じゃなくて自分で持ってこい」
ゴルアはやはりわたしよりサトウのほうが好きなのか注文をしても嫌がることが多い。彼からすると言い方の問題らしいが違いは不明だ。
「ラフィア、この施設も長く持つかわからない。製造拠点があるから当分は機械で製造された人間を増やせるが限度がある。俺ができることはギャバジンの運用だ。兵器の類があっても長く使われていないものばかり、それに肝心の使う者はまともなのが少ない。貴族は魔王が怖くて戦おうとしないし、平民はここにいる貴族を使って自分の私欲を満たすことしか考えない」
ゴルアは言った。
「魔王に滅ぼしてもらったほうがいいんじゃないのか?」
「一番簡単な方法だね」
ラインはため息をつく。
「俺は家族が生きているが、もし誰かが死ぬようなことになれば自分の不甲斐なさを恨むよ」
突然ゴルアが立ち上がる。
「侵入者だ」
わたしとラインはゴルアと一緒に現場を見に行くことにした。監視カメラにいたクラバットが複雑に入り組んだ地下空間を壊しながら魔力を探っているみたいだ。いずれこの場所がわかるなら早めに叩き潰すのが一番安心できる。
「あそこにいる」
見られないように背後から見ていたがクラバットはこちらを何故か見ている。声が聞こえる距離ではないと思い二人を見ていると顔だけ覗かせてクラバットが言った。
「その男の魔力でわかるぞ。隠れているつもりか? もうラフィアとイブが我々の敵になったのはムートンが殺された時点で理解した」
全員で魔力を巡らせて魔法をぶつけようとするも一瞬でクラバットは消えた。聞こえてきたのはラインとゴルアが地面に倒れる音だけだ。
足音だけで確認しようとするも足音は複数ある。魔力を感じても大きな魔力はラインだ。他の魔力を探っていると足を掴まれて転んでしまう。驚き目を見開くとわたしの足を掴んだシャトルがいた。彼女は手に持っていた黒い銃を何もない空間に放つ。そこには声を上げる二人のクラバットが倒れている。これは確かクラバットの透明になる魔法と分裂する魔法だろう。
「シャトルがなんでここに」
「ずっと探していたんだ」
シャトルは向かって魔法の位置を的確に判断してわたしを守っている。
「あの時殺し損ねた女ってのはどうにも気持ち悪くてね」
彼女は突然空中を蹴り上げた。
また別のクラバットが地面に倒れる。
「この世で一番恐れられた女が一人の女を恐れるとは思わなかった。だって今まで何人の人間を殺してきたかわからない。始めは親で次は兄弟だ。そして友人をも手にかけたが、誰一人殺し損ねたことはない。何故なら生きている人間ってのは気持ち悪いからだ」
彼女は透明なはずのクラバットを探し出して殴り飛ばす。
「あの呼吸音と汗の匂い……やっぱり人間は気持ち悪い……」
ラインがわたしの側に近づき腕を掴む。
「離れるぞ」
彼の言う通りに少し離れて様子を見る。
「あの充血した目と異常な嗅覚や聴覚はゴーストブラッドの副作用だな」
わたしはラインを見る。
「え? いやいや、ゴーストブラッドは兵器だよ」
「ん?」
どうやらお互い間違ったことを言っているわけではないらしい。ゴーストブラッドは内部の核を平民に与えると膨大な魔力を扱うことのできる薬だが、元々は魔力を使用する者が扱う兵器なのだが魔法の使えない一部の平民が薬物として扱った。
シャトルは襲いかかるクラバットを次々と殴り倒す。
「お前……平民の癖に!」
声を上げた瞬間シャトルは何もない空間を蹴り飛ばして現れたクラバットが壁に衝突した。血を流しているクラバットは一人だけで他に魔力があるようには感じられない。
「ここにいるのは強い平民だ。そしてお前は弱い貴族のようだな」
握り締めた拳が血で滲んでいくとクラバットは溢れ出た魔力を抑えられずにシャトルを見つめる。そして彼女に向かって手を伸ばそうとして「もう遊ぶのはやめだ」と言った。
わたしはその場にいたラインの腕を掴み全速力で逃げ出した。周囲にいたゴルアは遠くに倒れていたがシャトルだけがクラバットに向かっていた。
彼女はきっと魔王という存在を甘く見ている。
助けることもできずシャトルは首が曲げられて彼女は倒れた。地面に転がるシャトルを踏みつけてクラバットは見つめると次第に死体が溶け始めていく。彼が笑いながら溶けていく地面を見ていると、徐々にその目はわたしに向けられていった。
「ラフィアも……俺をそんな目で見るのか……俺は弱くない! 弱くないんだ!」
どんな魔法かわからないがラインを連れて逃げるにはゴルアを見捨てるしかない。今の段階だとわたしが狙われているようだからゴルアとの距離を稼ぐ。
地面や壁が溶けていることから溶かす魔法を使用しているのだろうか。
あまり人がいるところへ逃げると被害が拡大する。
ラインを強引に遠くに投げ飛ばすとクラバットと向き合う。一瞬で全身が溶けていく感覚がして交換魔法ポーミジュルダを使用した。クラバットとわたしの状態が交換されて彼は溶け始めていく。
「何故だ! 何故魔法が使えない!」
溶けていく彼はわたしと肉体を交換しようとするも拒絶されたのか絶望している。クラバットがわたしに使った魔法は古代魔法で魔力の消費量が違う。女神として効率的な魔法を扱えるわたしは交換する肉体の損傷部位だけを指定したがクラバットは全身を交換した。神なら可能だろうが全身まで交換するのは魔力が足りない。
溶けていくクラバットの声が聞こえなくなるとベルベットが遠くで手を振っていた。
「危なそうだったら助けようと思ったが無事だったな」
「見てたなら手を貸してくれよ」
「必要ないと思って」
「あいつが本気なら勝てなかった」
「あの劣等感とプライドの塊が本気を出すわけないよ」
ベルベットはわたしよりクラバットのことを知っている。彼女に話しかけようと思ったら急にベルベットがわたしの頭を押さえつけた。突然のことに思わず彼女の手を払いのけると力なくベルベットは倒れた。腰を抜かしたわたしは転がっているのは頭のないベルベットを見て悲鳴すら上げられなかった。
「二人同時は無理だったか」
ジュラとベゼルがわたしたちの魔力に気づき移動魔法を使ったみたいだ。
ジュラは持っていたガリアノンでベルベットの頭を消し飛ばしたようだ。その姿を眺めるベゼルは倒れているベルベットに笑いかける。
「どうだ? 痛いか、ベルベット?」
倒れたベルベットから頭が生え始める。立ち上がったベルベットが顔を触り「少しは痛いかな」と言ってわたしに向かい手を伸ばす。
「立てるか?」
「うん」
ジュラとベゼルを相手に戦うのも大変なのにガリアノンを持っているのは無理がある。たとえ逃げたとして追いつかれて殺されるのがわかる。
ベルベットはわたしを握っていない手にある丸い玉が震えているのを見る。
「何か聞こえる。浮上する?」
「貸して!」
ベルベットの持つフルブローグを奪い取る。
『繰り返す! ギャバジンは浮上を開始する!』
聞こえてきたゴルアの声を理解してわたしは浮遊魔法アイビーを使う。突然全体が揺れたジュラとベゼルは急激な上昇によって体が浮くと壁や地面に衝突する。
戸惑う二人を見て遠くでふらつくラインまで吸引魔法サクシェンで移動すると、移動魔法プラフティで近くに感じられた魔力の元に移動した。そこにはドラゴニアの姿になったアーバンと彼の背中に乗るシフォンとフェルトがいた。
三人を見るより先に浮かび上がるギャバジンがわたしたちを驚かせる。流れ落ちる砂粒が舞い上がりながらギャバジンの姿を徐々に現していく。黄金に輝く古代都市は色褪せることなく、太陽の元に顔を出すと轟音を立てて浮上していた。




