72:夢の中
イブとなったベルベットは魔王たちの前でサトウを殺したことを伝えた。意外にも簡単に受け入れられたようだ。ベルベットからしてもたとえ嘘がバレたとしても自身の一部が死んだ程度しか思わない。その程度の関係と言っていたのもある。だが、ルージュに関していえばあからさまにショックを受けているようで戦いに興味がない。人間を魔王たちが殺していても彼女は何もしなかった。
「ねえ、イブはなんでベルベットを復活させないの?」
わたしの疑問にベルベットは一瞬困惑していたがすぐに笑顔になり手を掴む。
「ベルベットって案外みんなから恐れられているからかな」
「なんで楽しそうなのさ」
「あの人が本気になったらべフェールかカンターレンしか敵わないからだよ」
「まだ敵対すると思ってるんだ」
「自分のことは自分が一番理解してる」
わたしは彼女が何を思って行動しているのか理解できない。
「ベルベットってそんな強かったのにサトウに負けたんだ」
「油断したんだろうな」
わたしはイブのことを知らないが人が入れ替わればわかりそうなものだ。ここにいる全員がわたしのことを信頼しているとは思わない。だが、サトウがイブに殺されたという話を聞かされたのにわたしが一切動揺していない姿を見られてカンターレンが「ようやく、馴染んだか」と言われた時に始めて彼は笑顔になった。
こんな形で家族と仲良くなっても嬉しくはない。
それでもまともに話せることは素直に嬉しかった。
みんなに嘘をついている罪の意識を抱えながら空を見上げる。空には複数のゴーストブラッドが忙しく飛んでいた。現在はバーキン連邦にある製造拠点を破壊しようとしているみたいだ。平民の魔力は探しにくいようでローウェル王国は戦いに苦戦している。魔王個人による歪な世界平和をローウェル王国に住む国民すべてが望んでいるわけではない。
「ラフィア、移動するぞ」
ベルベットに手を掴まれて何度か移動すると見慣れない建物に囲まれた場所に来た。先を歩いていたのはべフェールにルージュとフェイズで他には誰もいなかった。植物が一つも見えない灰色の町並みを眺めているとベルベットが歩き出す。
「ここは?」
「わからん。わたしも魔力しか感じられないから」
ローウェル王国にしては建物が新しくて非常に綺麗だ。それでいてやけに武器らしきものが置かれているのが目につく。窓や出入口付近からいつ取り出してもいいかのように見たことのないものが見える。
不意に海の匂いがして立ち止まる。そして空に浮かぶ雲が流れていく様子を見ていると足が動き出した。新しい建物の隙間に見える古い建物。どこか懐かしい感じのする風景と海の匂いに誘われて砂浜へと辿り着く。遠くには建物が見えたと思ったが遠すぎてわからない。
「どうしたのさ」
ベルベットが走ってきた。
「いや」
彼女と一緒に砂浜を歩く。
「ねえ、魔王たちはなんでここに来たの?」
「魔力の感じからしてローウェル王国に戻ったようだけど、兵力でも集めてもう一度バーキン連邦に行こうとかじゃないかな」
「ここにいる貴族か。そういえば何人か見たことあるけど、海が見える都市ってエンバイとモカシンの他に」
エンバイは桟橋などはあったがこんな大きな砂浜があっただろうか。モカシンもエンバイと同じようなものだったと思う。それに海を挟んだところに建物が見える場所はプリミティブ島しかない。
「ここがプリミティブ……」
わたしは海の近くに壊れている建物を見に行く。当時の面影を残したまま徐々に風化している。よくキュロットを連れて遊びに行ったカフェも残されていた。破壊された店内を覗きながら当時の記憶を思い出す。あの頃はキュロットがサトウとは知らなかったから意気消沈していた。あの可愛らしい笑顔に癒やされていた当時は不思議と何もかも忘れて過ごしていた。壊された建物や地面の先には新しく作られたローウェル王国の建物が見える。
「ラフィアはさっきから突然何がしたいんだよ」
「……あなたに言ってもわからないから」
「随分と嫌な言い方するね。仲間なのに」
「あなたとわたしが仲間? 冗談もいい加減にしてよ。あなたと一緒にされたくない」
「なんで怒ってるの?」
「このプリミティブ島は昔わたしとサトウが暮らしていた島なんだよ。そこにローウェル王国が攻めてきて台無しにした」
「だから変だったんだ。でも、過去のことでしょ」
「過去のことを忘れるほうが変だよ。ここではわたしの好きな人が大勢死んだ」
「人なんて簡単に死ぬものよ」
「やっぱりあなたはあいつらと一緒で人間を理解することなんてできない。サトウが好きとかも神の力とか利用できるから言っただけで本気じゃないのね」
「決めつけないでよ」
わたしはベルベットを睨みつける。
「何?」
「もういい」
「は? ちょっと」
わたしが歩き出すとベルベットが隣に並んで歩き始めた。
「わたしは確かに魔王だ。でも、サトウが好きという気持ちは他の魔王たちとは違う」
「一緒だよ」
「全然違うから」
ベルベットはわたしの腕を掴む。
「聞いて。始めて彼と出会った時に運命を感じたの、その時は彼とても冷たい目をしていて一目惚れというのか……本気で殺そうとしてきたのを肌で感じてね……とても……とても」
ベルベットの掴む力が強くなる。
「かっこよかった」
「それ本当に愛?」
「愛はどんな形でもいいと思うの」
「魔王ってすべて同じだと思ったけど、違う人間だったりするのかな」
「厳密には人間とは言っていいのか……とにかく同じ個体だけど産まれてくる子はどこか性格が違うことがある。それは元々母体となった人間の性格が影響されていることがある。わたしとべフェールは初期だから特に違っているような気がする」
「同じ遺伝子を持つコピー品だけど、性格とか中身が違うなんてあるの?」
「事実そうだからね。似てる性格だと思っても話をしていると微妙に違うことがある兄弟のようなものが魔王カンターレンから派生した子どもたちかな。あなたを除いて」
それは子どもと言えるのだろうか。
「わたしはなんで他と違うんだろ」
「一つ目は平民だからと二つ目は母体となった平民の女性が簡単に死ななかったからかな。普通は魔王の苗床になった人間って腹を食い破って出てくるの。だけどあなたは非常に長い間産まれなかった。他の平民でも試そうと思ったらしいけど、カンターレンは子どもから感じる魔力が小さくて二度と平民を使おうなんて思わなくなった」
「あいつわたしを殺さなかったんだ」
「感情としては殺しても良かったと考えていたと思う。でも、どこか期待してたらしいね」
「あなたはカンターレンの記憶があるんだ」
「あいつらが一番感情的になった場面を覚えているだけで、日常の些細なことまでは覚えてない。たださ、長い間産まれなかったこともあるが弱いはずの平民を殺せずに苛ついていたのは確かね。そういう怒りとかわかりやすい記憶は覚えているよ」
話をしていると普通の女性に感じるが時々魔王らしさを見せる。
「こうしてイブと話をするわたしって魔王たちから見たら奇妙な関係に見られると思うけど」
「監視する為に会話をしていて不思議なことあるのかな」
「魔王たちから距離離れてるから言うけど。多分、イブとは違う話し方じゃないかな。わたしも彼女とはあまり話したことないけど」
「わたしがイブと微妙に違っても気にする魔王はいないよ。ルージュを除いてだけどね。若干だけどイブはわたしと似てるかな。そしてべフェールはフェイズと似てる。でも、こんなのはわたしだからわかるような話で誰に言ってもわかる話じゃない」
「具体的には?」
「匂いかな」
「そりゃわからない」
歩いていると大きな建物が見えてくる。外からでも感じられる複数の大きな魔力に圧倒されながら室内に入ると貴族たちが優雅にくつろぎながら紅茶を飲んでいた。魔王たちは奥の部屋にいるようで躊躇しているとベルベットが先を歩く。
「魔王をどうするか決めてるの?」
ベルベットに聞くと頷く。
彼女に任せてもいいのだろうか。
室内に入ると部下らしき人物がわたしたちを見て動きが止まる。
カンターレンが命令すると何人かに案内されて室内に入ってバーキン連邦への作戦を聞く。基本的にはローウェル王国の兵士が中心となって戦うが魔王も参加する。アニリンとギャバジンに分かれて行動して戦力を減らしつつ魔王たちも攻撃を行う。今更だが兵士に魔王が複数人いるなんて話をして困惑されるかと思ったが案外簡単に受け入れられていた。表情からして怖がっているのがわかる。わざわざ聞き返す勇気のある奴は生き残っていない。
散っていく人たちの中にルージュを見つけたベルベットが彼女の手を掴み連れて行く。ベルベットがわたしの手を掴むとまた景色が変わった。海が近いことからエンバイかモカシンだ。ほとんど壊れかけの建物が並ぶ中に立ち尽くしているとベルベットがルージュの頭に触れると突然顔が崩れ落ちる。
悲鳴を上げそうになるがすぐにルージュの顔は元通りになる。
「まさかベルベットお姉様?」
今のでなんでわかったんだろうか。
「今はイブの体を使っているんだ」
「何故そんなことを」
「あんまり人に気づかれたくないんだよ。ルージュにはやって欲しいことがあるから手伝ってね」
「え? いいけど」
ルージュの耳元でベルベットが喋ると嬉しそうに頷きルージュがどこかに消えた。
「なんでルージュはイブがベルベットだってわかったの?」
「例外はあるけど、わたしたちにも序列関係ってのがある。今となっては意味のないことだが余計な争いを避ける為に年齢が上の人には逆らわないようにしていたの。後は、よくルージュにやっていた魔法で顔を崩しては再生してを繰り返す遊びをしたからかな」
「普通はそんなことしないよ」
「そうなの?」
「わたしとかサトウにやったら死ぬからね」
「知らなかった」
わたしたちが話をしていると横を荷物を持った機械が通り過ぎていく。この二足歩行で歩く機械が頻繁に行き来して荷物をプリミティブ島に運ぶ手伝いをしている。町並みを見ながら海を眺めると景色の不自然さに気づく。ここから見える景色はプリミティブ島だがエンバイにしてはサチグ山脈が見えない。大地を浮かせて本来ある位置から移動させてモカシンにしていた。港は三つほどあるがカモジアはもっと雪がある。エンバイは山が見えるがモカシンは見えない。
「ここはモカシンか。こんなにもローウェル王国をごちゃごちゃにしたらわたしでもわからないよ」
「大丈夫だ。わたしの頭に入ってる」
町中を進むと兵士たちの騒ぎが聞こえてくる。バーキン連邦に行っている部隊から連絡が取れないという話だ。
「ルージュがやってるの?」
「わからん。あいつにはサトウを助けてやれとか命令しただけだ。案外サトウがローウェル王国を潰しているのかもな」
ベルベットは建物内を見回すと廊下を出て一際大きな部屋に到着する。彼女はドアを少し開けてわたしも覗くよう言われて暗闇の中、室内を見ると水や食料が入っていた。ベルベットはわたしにドアから離れるように言ってから壁を破壊すると外に出た。彼女は建物の壁に触れると一瞬にして建物全体が崩れ始めた。
「食べるものがないと流石に普通の兵士は戦えない。魔王はあまり効果がないけどね」
慌てる兵士たちを横目にベルベットは言った。
「こいつらの話だと兵士たちが寝返って味方同士で争ってるらしいね。第六部隊がバーキン連邦の味方になって第五部隊と戦っているが、ここにいる第四部隊は他の部隊へ補給を行う目的みたいだよ。それも意味ないけどさ」
楽しそうに話すベルベットの顔が急に険しくなる。
「見てよ」
ベルベットが指差す方向を見るとプリミティブ島が空に浮かんでいる。そればかりか都市ローウェルも空を移動しているようだ。
「サトウとルージュだけで戦いになるとは思えないな。ラフィアは魔王で誰が嫌い?」
「誰って別にみんな好きじゃない」
「それってわたしも含めてる?」
「今は違うよ」
「じゃあ、言い方を変えるよ。魔王で始めに殺したい奴は誰?」
「誰も殺したい人なんていないよ」
「こっちは別に正義感で動いているわけじゃない。私情でいいんだよ」
「いないってば」
「それが本心ならなんで昔わたしたちを殺そうと考えたのさ」
「ただの私情だよ。もうサトウが生きていたからいいんだ」
「それならここで殺さないとサトウは死ぬね」
「嫌な奴」
わたしは崩壊する建物を眺めていたムートンが殺意を向けていたことに気づいた。彼が自分の腕を千切ると同時にわたしの腕も千切れた。
「これをやったのはお前かラフィア」
痛みはなかったが血は止まらない腕を支えながら戸惑っているとムートンが鼻で笑う。
「無駄な足掻きをしたところでお前に残されたのは故郷だけだ。お前の味方のサトウも既に死んでお前を慕う奴は全員俺たちが殺す」
ムートンの足がわたしの頭を踏みつける。
「どうした? 抵抗もしないのか!」
「……相変わらず口だけは立派だな。自分より弱い奴にしか戦いを挑まない卑怯者が」
「そうか、今から俺自身の舌を引っこ抜いて歯も取って二度と喋れない体にしてやる」
ムートンが実行に移すとわたしは目を塞いで痛みに怯えたが聞こえたのはムートンが倒れる音だった。彼は地面を転がりながら口から血を流してわたしを見ている。そして近づいてくるベルベットを見て状況を飲み込めない様子だ。
「無様な姿ね。ムートン」
ベルベットはわたしに見て言った。
「こいつは一番危険だから早めに処理しとかないといけない」
ムートンは自分の口から流れる血を止めようとするが止まらない。
「自分でやったのに傷を治せないんだ」
喋れないムートンがベルベットに近寄るも突然両足が切られて地面に倒れる。
「ラフィア、わたしたち魔王は他の魔王が使う魔法も使えるけど、基本的には自分が元々得意な魔法を好んで使う。それがムートンの交換魔法ルンパーダ。どんな傷や病気でも使い方によっては人を犠牲にして自分を助けることが可能な魔法よ。あの魔法をこっちが気づく前に使われたら危ういことぐらいわかっていたでしょ」
「ベルベットはムートンに気づいていたんだ」
ムートンは地面に倒れながらベルベットの顔を睨みつける。
「ラフィアからわたしの名前を言うなんて駄目だよ。今度は気をつけてね」
「あ、ごめん」
「いいよ。どうせ彼は死ぬ」
ベルベットはムートンの顔を覗き込む。
「イブの顔をしてるけど、わたしはベルベット。そしてここはわたしの夢の中。わたしとラフィアにムートンを連れ込んでいるわけ。偉そうな態度をしていたあなたを見るのは愉快だったな」
歯も舌もないムートンは次第に魔力を高めていく。彼の表情からは未だに余裕が見られたがベルベットはわたしに向き直る。
「ムートンに睡眠魔法を使うのは簡単だった。まさかわたしが裏切るとは思っていなかったからね。それにわざわざルージュの魔法を使うとは思わない」
「大丈夫なの? ムートンの魔力が……」
「気にしないでいいよ。夢の中でのコントロールはわたしがしてるから」
魔力が上がるばかりで彼は変化が起こらないと思っていたら全身から汗が出始めていた。体が干からびたように枯れていく。
「ムートン、ラフィアに残されたのは故郷だけと言ったけどさ。結局あなたに残っていたものが故郷だけで、その故郷にいるのもあなたを慕う人ではない。ただのご機嫌取りだけだったね」
見つめていた目は塵となって消えていった。
「何が起きたの?」
「わたしたちは基本的には自分が得意な魔法を使うって言ったじゃない? ムートンは自分の魔法を使って自滅した」
「そんな馬鹿なことやるの?」
「わたしの夢なら愚者魔法ルノンを制御不能にさせることも可能だよ。単純な魔力を上げるだけの魔法だが魔力暴走にさせる可能性もある欠陥魔法だからね。それを現実世界と繋げて死亡させることもできる。当然、ラフィアは無事だから安心していいよ」
気づけば腕の血は流れなくなっている。
「怖い魔法だよ。仲間で良かった」
「ようやく、仲間と思ってくれたね。怖い思いさせた甲斐があった」
目を開くと目の前にはイブの姿で立つベルベットがいて、地面には夢と同じように塵が舞っていた。自然と塵は消えて辺りには何もなくなった。
「その魔法ってベルベットが得意な魔法だっけ?」
「全然」
「不得意でも使えるなら脅威なんじゃないの?」
「魔王がわざわざ子どもたちに自分の魔法を与えた理由は全部を扱えるのが困難だからだ。魔法ってのは本来数十年数万年の末に編み出すもので、簡単に扱える人を才能という言葉で終わらせるのは才能がないから言える言葉なんだよ。才能があれば努力の難しさは痛いほどわかる。覚えるのと扱うのは簡単なようで難しいから自分の得意不得意な魔法を子どもたちに任せた。咄嗟に使うのは基本的には得意な魔法だから対処方法を考えていれば致命傷にはならない」
「努力か……わたしも女神の力なんて使わず覚えられたら良かったんだけどね」
「カンターレンだって一度神を殺して魔法を覚えたんだから、別に始まりのすべてを卑怯だと思う必要はないよ。魔法は自由だと思うからさ」
そういえばカンターレンはどうやって神を殺したのだろうか。魔法も覚えずに殺すことが可能なのだろうかと疑問に思っているとベルベットが顔を上げた。
「これでムートンの肉体は残っていない。一人厄介な奴を片付けたことで魔王を倒す時に後ろを気にする必要がなくなった」
わたしとベルベットは浮かび上がる都市ローウェルを見ていた。




