71:反乱
ギャバジンに行く途中には飢えに苦しむ人間が大勢いた。ローウェル王国との戦争で疲弊した人間を助ける責任があると僕は思った。ゴルアからすると現状は魔王の対処で精一杯で反対するかと思ったが「この世界に安全な場所は存在しないが、少なくとも地上よりも地下のほうが比較的安全だ」と言って地上にいる人間を自動で動く機械たちを使い誘導する。
ゴルアと僕が地下に行こうとすると彼は僕の手を掴む。
「ちょっと貴族の数が多くないか?」
「他国にいた貴族をバーキン連邦に連れてきたことも影響しているんじゃないか」
「いや、前に来た貴族たちは首輪をつけて魔力を制限されていたように見えたが」
地下に行く人たちすべてをチェックしているわけではないが魔力を制限されていない者も多い。
「まさかローウェル王国の者か?」
「念の為に魔力のある者は別の場所に移動させておくか」
ゴルアが誘導する機械に命令する。
自分の手を見ると体が小さいことに今更気づく。死にそうなフランネルの肉体で魂の移植をしたがフランネルの体を一度も見たことがなかった。服を少しめくりお腹を確認すると胸から下が機械だった。技術力のおかげで体の違和感がない。
「ゴルアはフランネルを見つけた時、彼女は本当に生きていたのか?」
「……生きてはいたが奇跡としか思えなかった。俺が来るのが遅くて、彼らがもっと入念にチェックしていればフランネルは死んでいた」
「元々平民にしては魔法の才能があった。肉体を魔力で強化したことで死ななかったのかもしれない。彼女とは一番長い付き合いだから僕の魔力と魔法の教えを楽しそうにして学んでいた」
落ち着いて話をしていたが僅かに残っていた怒りがあった。
息を吐き目を閉じると地下施設に移動する人間で誘導に従わない者もいる。
「あれは平民か。いや、貴族に近い」
ここから離れた位置にもローウェル王国の者がいるように感じる。空に浮かぶ大地が見えることから未だにバーキン連邦を襲うつもりらしい。
「魔王たちからは離れているな。まずは地下を確認してくる」
「大丈夫か?」
「問題ない」
心配そうなゴルアに笑顔を見せる。
「少し感覚を取り戻したいだけだ」
歩きながら体の状態を確認する。この体に残っている魔力は少ない。消えかけた生命の灯火を機械の体で維持させている。神としての力は世界との繋がりだ。世界に溢れる魔力を無限に供給できる。死ぬ前は神の力を不完全な形でしか使えなかった。今では自由に扱える。これは一度死んで世界と馴染んでいる体に転生したことや魔王という体に入ったことも関係していた。
転生しなければ魔王の遺伝子が入った肉体を手に入れることができなかった。魔王の力がなければ神と魔王の知識や経験も自分のものにするのは難しかったはずだ。
地下にいる兵士の数は非常に多く感じるが今なら正確な場所を把握できる。目から見える魔力の位置を確認して方向を決めて順番に潰していく。
魔王の時使用していた魔法は元々神のものだ。魔王に支配されて知識を持ち出されたが表面的な部分しか扱えていない。魔力の見え方は色で識別が可能で白や黒に紫など人間は色を分類できない。比較的他の動物のほうが青や赤とはっきりしているが、一般的には魔力を感じることはできるが魔力を見ることは集中力がいる。
魔王の肉体よりもフランネルの肉体のほうが集中力を研ぎ澄ますことができた。
この肉体の魔力は透明だが僕の場合は特殊だ。他の人間は僕のように透明ではない。それぞれ人間は違った魔力の色をしているが、魔王に近づくほど色は消える。
廊下を挟んで向こうの部屋に色の薄い魔力を感じる。
移動魔法プラフティ。
移動した先は人の少ない倉庫だった。
僕が突然現れたことに驚く中に黒色のクルタ・ドルオーガでローウェル王国に所属する貴族がいた。他にも見たことのある第一部隊の貴族が見えることから地下に何人か入り込んでいるかもしれない。
今の行動で警戒されているのか視線を感じる。
魔王は勝手に知っている魔力を感じて移動すると思い込んでいたが、移動魔法は色を識別して移動も可能な魔法だ。
魔王自身が独学で学んだせいで魔法は簡単な操作しかできなくなっていた。魔法を殺しに限定することで単純化させた魔法は複雑な操作は難しくなっている。
支配魔法ベリツラーマ。
目視できる範囲にいる兵士たちの脳に直接働きかけて全員の行動をコントロールする。彼らは僕の考えに従って廊下に出て行くがあくまでも誘導をしているだけで強制はしていない。魔王に敵対心のない人間なんてほぼ存在しないのは知っている。敵をバーキン連邦や平民から魔王個人やローウェル王国にするだけで元々他国の貴族だった人間は簡単に従う。
こんな魔法が使えるのも肉体に供給される無限に等しい魔力がある僕の魂が関係している。
魔王が使っていた魔法より脳に負担がないように制御しているが、この敵対心は彼ら貴族の本心で本当は魔王もローウェル王国も嫌いなんだ。
僕は彼らと一緒に地上に出るとゴルアが背後にいる人間を指差す。
「そいつらは」
「僕たちの手助けをしてくれる貴族だ。ツキヨはまだマキシギャにいるのか?」
「いると思う」
「フルブローグで連絡を取って欲しい。ローウェル王国にいる貴族連中を魔王と敵対させる。その為には幾つか方法があるがツキヨに手伝ってもらいたい」
「俺じゃ駄目か」
「お前はここから離れるわけにはいかないだろ。平民だって問題のある奴は多い」
「それもそうか」
僕は一度貴族たちを戦艦に乗せてマキシギャに移動させる。戦力として数えるつもりだがあまり強くコントロールをしていないので行動予測ができない。ローウェル王国以外には敵対しないと思うが本人の感情によってはまったく異なる行動を取る可能性もある。
「クルタ、魔王と敵対するが構わないか?」
「構うも何も元々俺はローウェル王国が好きじゃない」
こいつも他国の貴族でローウェル王国とは関係がない。他にいる貴族もほとんどは魔王を嫌っているが仕方なく従っているだけの奴が多い。
「今も恐怖心はあるがみんなが魔王を倒そうという気持ちがあったから今の俺がいる」
「クルタは魔王が好きだと思ってたから意外だったからさ」
「好きか……俺もそう思っていたんだが他の奴から聞く印象だと部下を道具のように扱っていたらしい。俺は比較的近くにいたから気づかなかったが、バーキン連邦に攻める時も魔力が減ってもゴーストブラッドに乗らせて最終的には死んでしまった奴もいたんだ。魔王ならゴーストブラッドの危険性にも気づいていたはずだろ? 魔力消費が大きい兵器だと知っていたのに、使えないと思った兵士に乗らせていた」
「あれは魔力を多く持っている貴族でも限度がある兵器で短期決戦向きなんだ。こんなにもバーキン連邦との戦いが長引くとは思わなかったよ」
「俺も同じ気持ちだ。上の奴らにも考えがあるのだと思ってバーキン連邦に潜入した。それも限界だったから反旗を翻す」
「ありがとう。それでミュールは?」
彼の姿が見えない。
「今から向かう場所にいると思う。戦闘が始まる時に彼の頼みで第六部隊に置いてきた」
クルタたち貴族にローウェル王国と敵対する気持ちがなければ魔法は効かなかった。他の貴族にも使えるかわからないが試すしかない。
強力な魔法を味方に使うのは気分の良いものじゃない。
マキシギャに到着すると僕を捕虜にしてローウェル王国に入る。到着した僕を見てミュールが近づいてきた。
「彼女は……」
「バーキン連邦にいたから連れてきた」
「そうか。わかった」
ここにいる連中にも到着した時に同じ支配魔法を使用してみたが反応は様々だ。戸惑う奴や感情を抑えきれずに暴れる奴。ほとんどは無反応でミュールも同じく何も反応がない。僕が声をかけなくても敵対する気持ちがあれば自然と集団行動をするはずだ。今も何人かはクルタの近くに来て目を合わせて頷く連中がいる。
ミュールは僕を見て部屋に案内する。クルタと離れたのはミュールと話をしたかったからもあるが、ツキヨが近くまで来ているはずなので彼女を待つ必要がある。彼女には僕の容姿や居場所を伝えてあるから地下施設を通って近づいてきているだろう。
「君はフランネルだろ? 前に会ったがあの時よりも背が伸びたか?」
「かもしれない」
「みんな無事なのか?」
「何人かは死んだよ」
「……悪かった」
僕が魔王となった時を知っていることもあって魔王を裏切れないのか。魔王というよりは僕を慕っていると思えばいいのかな。
「今の魔王はあなたが知ってる魔王じゃない。佐藤星は魔王じゃなくなった。そして今ここにいる」
発言の意味がわからないのか彼は首を傾げる。
「僕は確かにフランネルだが同時にミュールの知る佐藤星でもあるんだよ」
彼は壁に手をつきため息をつく。
「クルタが任務を放棄して帰ってきた時に違和感はあったが、フランネルを連れてきた時に妙な気持ちになったからおかしいと思ったんだ」
「僕が誰か気づいていたんだね」
「いや、気づいていなかったよ。フランネルを可愛いと思ったから変だとは思っただけだ。俺は昔からお前が好きだった。それは敵わない夢だと思って諦めていた……自分がやってきたことを償う気持ちで生きてきたが家族も死にお前も死んだ。それなのにお前は何故か生きていた。そして気づいたらお前は魔王になって世界を支配しようとしていた」
「魔王に体を乗っ取られていたんだ」
「やはりか。薄々気づきながらお前だとわかると無理に止められなかった。そんなお前が魔王じゃなくなりフランネルとなっていた。わかるか? 姿形が変わってもお前が好きな気持ちは変わらない。俺の本当の愛はお前に注ぐべきだった。今更ラインが羨ましくなったよ。なあ、俺と付き合わないか。三番目でもいいからさ」
「そんなことしないよ。僕は今でも変わらずラフィアが好きだし、彼女が認めてくれたラインも好きだ。昔のお前みたいなこと僕はしない」
「痛いところつくな。でも、真面目に叱ってくれたのはお前だった。俺はそんなお前だからこそ好きになったんだ」
ミュールに案内されて到着したところは牢屋だった。
「これから魔王と戦う。今の魔王はミュールが知るどの魔王でもない。十一人の魔王だ。魔王カンターレン・ローウェルの他にいたラフィア以外の王族全員が魔王となった。厳しいと思うが仲間は多いほうがいい」
「わかりやすいな。敵はローウェル王国じゃなくて、あの王族なんだろ。それなら反対する連中は少ない。王国の生活が好きでも王族が嫌いな奴は大勢いるからな」
牢屋にいた人たちにも支配魔法を使うとマキシギャの近くにいる兵士たちの半数は反乱軍となった。
僕はミュールに指示を出してクルタと合流するように言って地上に出た。バーキン連邦の砂漠地帯付近にいるせいかマキシギャ付近にいても寒くない。
ツキヨと会ったのはすぐだった。彼女には宇宙まで行って全体の様子を確認してほしかった。話を聞いていた彼女はお腹を開き端末を取り出して手渡す。画面を見ると僕が映っていた。これで彼女が見たものを僕が見ることができるようになる。端末の状態を確認すると彼女は嬉しそうに手を振って去る。
フルブローグでの連絡を最小限にするのは通信を傍受されるからだ。ツキヨには散々面倒なことをしてもらっている。彼女とゴルアにも何かお礼をしないといけないな。
ツキヨと別れてからしばらくして爆発が起きた。建物が燃えていることや兵士同士での戦いが始まったことを見るに争いが始まったらしい。
想像以上に早く始まってしまった。予定ではツキヨに宇宙からローウェル王国の進行具合を確認してもらうはずだが動かなければならなくなった。
クルタとミュールを探すも見つからない。
「動くな!」
声のする方向を見るとベリタがいた。彼女の部隊がクルタ率いる数人の反乱軍を捕らえている。
「指揮官はクルタか? こいつを殺されたくなければ素直に従うんだな」
「悪いが俺は指揮官と思ったことない。殺すなら殺せ、それで気がすむならな」
「お前は今までずっとローウェル王国の為に行動してきただろ。何故今更」
「この国の為? 自分の為だよ。生きる為には誰かに依存して生きるしかない。それがローウェル王国に依存することだった」
「ベリタ、クルタを離せ」
「フォブレイ! 何をしている。連中を捕らえるんだ!」
「ミュールから話は聞いた。ようやく、納得できたよ。何故サトウが魔王になったのか。そして彼がラフィアを目的として国を動かしていたことにも。支配されたけど、あれは抗っていたんだね」
僕はミュールが見ていることに気づく。
「フォブレイ? 聞いていないのか?」
「ベリタは以前の魔王しか知らないようだが、俺は元々魔王に体を乗っ取られたサトウにしか従うつもりはない。本来ならどんな魔王にも従いたくはなかったが勇気が出なかった」
「僕はほんの少し勇気が出るように動かしただけだ。しかも、卑怯な魔法でな」
「魔法で卑怯なら、貴族は死ねと言われたようなもんだよ」
笑うフォブレイにベリタがクルタの喉元に剣を突きつける。
「お前も敵になったのか……やはり他国から来た連中は信用するなというのは本当だったな。これ以上話をする気はない。指揮官がクルタではないなら、こいつにも用ははない。さよならだ、クルタ」
そう言って剣を動かしたが突然ベリタの前に現れたミュールが剣を掴んだ。ベリタの周囲にいた部隊は反乱軍が隙をついて一斉に攻撃をして倒れた。
「安心しろ。一度は仲間だった奴を殺すことはしない」
「甘いことを言って……魔王様に逆らう意味がわからないお前じゃないだろ!」
ミュールはベリタの持っていた剣を粉々に砕く。
「俺はただ恐れていただけだ。家族も仲間も国も失い、何もかも自分ではできないと思い込んで塞ぎ込んでいた。それも終わりだ」
ベリタは後ずさる。
「大丈夫か、クルタ?」
「ああ」
「魔王様の強さは誰もが認めていることだ。あの方は死なない」
「だからって勝てないわけではない」
「無謀だ!」
「ベリタは優しいな。でも、敵対するなら俺も容赦はしない」
ミュールが詰め寄るとベリタは後ろに下がりながら基礎魔法と音波攻撃でしかける。寸前で魔法を避けながら当たりそうになると魔法の塊に手や足で触れて移動速度を上げていく。ミュールを目で追える者は少なく、ベリタのような元々強い相手でないと難しい。音波攻撃も耳を基礎魔法で塞げば攻撃を浴びても問題ないことをミュールは知っているようだ。逃げることもできずに彼女はミュールに頭を押さえつけられて地面に倒れる。
「侮っていた……第一部隊にいただけはある、殺せ」
「わかってる」
ミュールの手が魔力を込める瞬間僕は移動魔法で近づき彼の手を掴んだ。
「もういいよ」
「駄目だ。今敵対する相手を捕虜にする余裕がない。ここで殺さないとまた同じことが起きる。サトウは黙っていろ」
「サトウ……あなたサトウ? 待ってよ。新しくなった魔王様が佐藤星だって……あれ? おかしい。わたしの聞き間違いかな」
「おかしくはない。サトウはお前の知る魔王でもあったが、今は魔王ではなくなった」
「頭が混乱しそう。魔王様はローウェル王国の敵? いや、魔王様は元々サトウじゃないのか? ちょっと説明してよ!」
「僕は君と始めて出会ったルージュだ。魔王としてローウェル王国で過ごしていたのも僕で間違いない。そしてベリタと今話をしている女性も君の知るサトウなんだよ」
「そんなわけない」
僕はベリタが耳につけていた音波攻撃の兵器を彼女から外す。
「これもカモジアで君にプレゼントしたものだ」
ベリタが険しい表情から徐々に変化していく。
「確かにあなたは顔を変えることができた。そんなあなたが魔王になったことを聞いた時は、色々と驚いたけどあなたを殺す必要がなくなって安心した。わたしもあなたが好きだったから。それにわたしは家族というものを色々と失う機会が多かったからすごく寂しかったの」
ミュールはベリタを押さえつけていた手を離す。
「声も顔も違うのに、どんなあなたも素敵に思えるのは不思議ね」
「僕は神の力で誰でも魅力的だと思える力を使う卑怯者だからだよ」
「そうなの?」
「神の力はそういう力があるんだ」
「それって強制的なものなの?」
「わからないけど、多分ね。自分じゃ制御できない」
「単に魅力的に思えるだけなのを悪用しないならいいでしょ。だって、あなたアンボラの時もわたしたちに敵対してまでも誰かを助けようとしていたし。そういう性格の人が魅力的に思える力があるって神様なのと関係あるの? まあ、それがサトウなら問題ないよ。大事なのは力の使い方だからね」
「責任重大だから嫌なんだよ」
「嫌なんだ」
「他人の人生を変えてしまう力を持つのを怖いと思わない人はいないよ」
「怖いと思えるならサトウは大丈夫だよ。ずっとラフィアしか見てないじゃん。普通は気持ちよくなってハーレム作ると思うけど」
「ベリタなら作るの?」
「わたしなら色んな女性と……」
「妄想だけにしとけよ」
「サトウ、第六部隊にいる大地は制圧したぞ」
フォブレイが言うとミュールとクルタが部隊を整えている。
「待ってくれ。そろそろだ」
空を見ていると打ち上がっていく物体が見える。遥か彼方まで飛んでいくのを見て端末を確認すると画面には宇宙空間に出る瞬間のようだった。画面には惑星ローウェル全体が見えていた。ツキヨが見る宇宙には輝く星が遠くまで見えて綺麗だ。
『聞こえますか?』
「聞こえるよ」
『どうですか?』
「全部映っているよ」
『わたしはここで状況を報告しますね』
「頼むよ」
第三部隊はほとんど崩壊しているが、それ以外だと動いているのは第四部隊と第五部隊か。第一と第二は相変わらず動かないが時間の問題かもしれない。




