70:魂
ベルベットが消えてからしばらくするとイブとクラバットが目の前に現れた。魔力が接近してくる気配がなかった。クラバットは容赦なく殺すつもりでいたが、イブが何を思ったのか彼の攻撃を止めた。
「何故止める?」
「今はラフィアを連れて行くことが重要で他の人間を殺す必要はない」
「俺に命令する権利はない」
「あなたにもわたしに命令する権利はない。ラフィアを連れ戻すこと以外は無駄」
イブはキャリバーまで距離を詰めて彼の頭に触れる。
「キャリバー、言い残すことはない?」
「待って!」
「ラフィアはどうしたいの?」
「今更わたしを欲しがる理由がわからない」
「以前は実力がなかったけど、今は違うから認めてあげる」
「サトウはどうしたの?」
「彼なら生きてる。そしてすべてはあなた次第。わたしたちと来ないならここにいるすべての人間を殺す。そしてあなたは一生彼と会えずに死ぬことになる。ベルベットの中にいるサトウも殺す必要があるかもね」
意図がわからないが拒否する理由がなかった。
「わかった。行く」
イブがキャリバーから離れるとわたしはキャリバーに近づく。
「ごめんね。後はよろしく」
「そんな俺がもっと上手にローウェル王国を変えていれば」
「十分だよ」
イブがわたしに触れると景色が変わった。空が見えることから地上なのは確かだ。破壊されているが町並みはノルチェのようだ。
壊れかけの建物に入るとローウェルの王族が揃っていた。僅かな魔力の変化からベルベットがサトウだとわかるが未だに慣れない。
「ラフィアが何故」
べフェールは近づき髪の毛を掴む。
「お前が持つ女神の力を頂こうと思ったが、考えてみればお前も我々王族だったな」
「卑怯者……」
「卑怯か、俺たちは間違ったことを言ったか?」
「何もかも間違ってる! わたしが行かないとバーキン連邦を滅ぼすと言われて、更にはあなたたちはベルベット共々サトウを殺すとも言った。みんなを人質にして何かを手に入れる方法は正真正銘の魔王らしくてうんざりよ!」
「今までは力を分けなければ適応した魔法しか扱えなかった。それが佐藤星のおかげで家族同士がいがみ合わずに互いの魔法を使用できる。これこそが世界平和だ」
「それは王族で争わないことで平和とは言わない!」
「平和だろ。世界には我々しかいらない。なあ、ベルベット……そうだろ? 佐藤星」
「ベルベットと違って貴様は利口だと信じてる。だってラフィアをお前は見捨てられない」
「じゃあ、本当に……ベルベット姉様はわたしたちを見捨てたの……」
「ルージュよ。あいつは昔から俺たちが嫌いだった」
「そんなことない!」
ルージュとベルベットが仲が良かったのは知っている。どの程度かは知らない。今まではローウェル王国に属している感覚が血の繋がりと共にあった。現在は血も繋がっていなければ何も縁がない。
「ベルベットが実験していたのは不老不死と言われているが、実態はローウェル王国を脅かす軍隊を作ることだ。あの時一つになったことでお前もわかったことだろ」
ルージュが流す涙もわたしはあまり信じていない。
「僕が佐藤星だと知っていて、何故俺とラフィアを殺さないんだ?」
「力のある者を昔から俺たちは好んで使ってきた。それにお前たち好きなんだろ? 世界平和とやらが」
べフェールは言った。
「作ってやるよ。すべての人間が幸福で暮らせる世界を……俺たち魔王の力で!」
壁が崩れ落ちて室内からカンターレンが顔を見せるとわたしとサトウ以外の人間が片膝をついた。
「こうして佐藤星と直接話すのは久しぶりだな。もう十年も前になるか、始めて出会った頃から長い年月が過ぎた」
カンターレンが言うとべフェールは立ち上がる。
「これは昔の癖だな」
べフェールが笑い出すと彼を見ていたルージュも笑い始めた。
「カンターレン、何を偉そうにしてんだよ」
「そう言うな。べフェールだって歳で言えば変わらないだろ、少しは偉そうにしてもいいだろうに」
「俺たちの間でもう争うことはやめたんだ。もう同じ魔王だ」
争わないという言葉や表情は非常に違和感のある光景だった。
「わたしの価値観は変化してないのは性格的な問題か。あまり気にしたことはなかったが、何故我々は産まれたのだろうか」
「さあ? カンターレンも覚えていないのか」
「随分と昔の記憶だからな」
「それよりも今後どうする? 神も女神も手に入れた。目標はあるのか?」
「何を言ってるんだ。べフェールが始めたことなのに忘れたようだな……我々の支配に抵抗する者がいる限り世界支配を続ける。それには平民が邪魔なのはラフィアが証明してくれた。平民は我々の血を受け継ぐ可能性が低い」
「極力平民を殺すんだろ。それで貴族だけの社会にすれば平和か」
二人が話しながら壁の向こうに歩き出す。その後ろをクラバットとジュラがついていくとムートンが振り向く。
「ベルベット! どうせ、聞いているんだろ? 今から散々お前とラフィアを使って平民を殺してやる。そしてお前の望みは敵わない。たとえ中身はどうであれ外見はベルベットだ。そしてお前は魔王だ。魔王からは魔王しか産まれない。貴様のように無駄に反抗するのは時間の無駄だからいい加減出てこい」
ムートンが外見がベルベットになったサトウを見つめていると舌打ちをする。
「無理に引き剥がしたせいか、何も感じない……お前佐藤星と言ったな?」
「ああ」
「俺を昔殺したことは恨んでいないから魔力を流すのを止めろ。どれだけ体を強化しようと俺の魔法には敵わないぞ。俺は自分の体の状態を交換できる魔法を持つ。無防備な状態の俺に攻撃をした瞬間、魔法を使えばダメージを受けるのはお前だ。それに……ラフィアはベルベットと違って重要度は高くない。殺そうと思えば殺せる」
ムートンは嘘をついている。ここにいる全員と仲は良くなかったが誰もが自分のことを重要視していた。
ムートンは満足したのか去って行く。フェイズとベゼルはこちらを気にする様子もなく歩き始める。ルージュはベルベットをしばらく見ていたがエポールと一緒に壁の向こうに行った。
残されたイブは去って行くみんなの後ろ姿を見ていたが突然わたしの耳元に囁いた。
「え?」
「じゃあね」
イブが手を振り辺り一帯は静かになる。
「ねえ、イブはどんなことを言ったの?」
やはりベルベットから言われると違和感はあるが慣れるしかない。
「イブは『わたしは今でもあなたたちに興味を持ってる。安心して、わたしはあなたたちの味方よ』って……なんで、そんなこと……」
「どういうこと?」
「わからない」
「このままだとバーキン連邦にいる人たちが襲われる」
「でも、わたしたちは動けない。魔力のある人間は簡単に探知されちゃう」
「困ってるようだな」
壁からゴルアの声が聞こえてくる。
「え? ゴルア?」
「あまり大声出すなよ」
「どうしてここにいるの?」
「さっきからずっとここにいたがやはり気づかなかったようだな」
「そうか。ゴルアは魔力がないんだ」
「俺は生きてるとは言えない体をしているからな。ここで聞いたことは他の人に話すなよ。ラフィアは魔王たちと行動して可能な限り奴らの妨害を頼む。サトウはこっちでローウェル王国と戦ってほしい」
「僕が行くと怪しまれないか?」
「問題はない。その話もする。ラフィアとサトウ、覚悟ができたら壁の向こうに来て欲しい」
わたしたちは顔を見合わせていたがとりあえずゴルアの顔でも見ようと建物を出る。そこにはゴルアと目を閉じているフランネルがいた。彼女の側に近づくと様子がおかしいことにわたしたちは気づく。
「フランネルからほとんど魔力を感じない」
「今彼女は俺と同じ機械の体になっている。どうにもジュラとベゼルにやられたようだな。フランネルからは聞く暇がなかったが、今の彼らの会話を聞いて理解した」
「無事なの?」
「この状態で無事とは言えないが」
ゴルアの肩を掴みフランネルが立ち上がる。
「おかえりなさい、サトウ。何度目かな……サトウが顔を変えるのは」
「好きでやっていたわけじゃない」
「いいよ。どんな姿もわたしにとっては変わらずサトウだ。それでわたしから提案があるんだ。わたしをサトウにあげたい」
沈黙が続いてからフランネルは照れながら言った。
「こんな形で告白するつもりはなかったけど、この際だから言うね。わたしあなたのこと好き。だから……お願いわたしにあなたを守らせて」
フランネルはサトウに抱きつく。
「ゴルアに聞いたの。神の力なら魂さえも扱えるって。それならわたしの体を使って世界平和を目指してほしい。この魔力の少ない体なら感づかれる可能性は低いし、魔王が体を乗っ取ろうとしても平民なら難しいと聞いたよ。どういう形でも構わないから魔王にだけは渡さないで」
考えていたサトウはフランネルの頭を撫でる。
「不可能ではないがフランネルは死ぬぞ。確かに神の力なら可能だ。世界にある魔力を引っ張ることができる能力が神にはあるから、魔王たちに対して平民の体と神の力なら誰にも気づかれずに倒せるかもしれないが……」
魔王の遺伝子がない平民なら前のように肉体を乗っ取る可能性は低くなる。
「それよりもわたし返事聞いてないよ? さっきも告白したし、前にも告白したよね? わたしのこと好き?」
サトウは空を見上げる。
「……こんなこと言う人は嫌いだよ」
「良かった……」
フランネルは地面に倒れてサトウが倒れそうになったのでわたしが支える。
「今何を」
フランネルが地面から起き上がると顔を覆って泣き始めた。
理解できずにいるとフランネルがわたしを見つめる。
「今言った通りに僕は今フランネルの体にいる。元々世界の管理をしていたから少しは強引な手段が扱える。本当はこんなことしたくなかったがベルベットの体だと不都合も多い。もしも魔王に支配されても抵抗できるかわからない」
こんなにもあっさりと彼が決めたことに驚いた。
「フランネルは戻ってくるんだよね?」
「いや、戻らない」
わたしはサトウの肩を掴む。
「サトウは人が死ぬのが嫌だって思っていたじゃない。それなのにどうして……」
「考えた結果だ。これはフランネルが望んだことだよ」
「だからって簡単に決めないでよ」
「簡単なわけないだろ……」
サトウはわたしを睨んだ。
「自分が死ぬのをわかって訴えかける人の気持ちに偽りはない。ゴルアから聞かされてずっと考えていたことなんだろう。この魂の移植は綱渡りだ。フランネルだけじゃなく、僕が死ぬ可能性もある。別の肉体に行くだけでも危険な行為で、こうして記憶があることさえも普通はあり得ないことだ」
「そこまでは知らないけど」
「俺はフランネルにサトウが死ぬ可能性は伝えていない。神は魂を操れるということだけしか知らなかった。あくまでも選択肢の一つだ。人間は機械と違って命があるからと言っただけで……」
「別にゴルアを責めるつもりはないよ。あなただって機械だけど命はあるとわたしたちは思っている」
「……命ね。そんなにラフィアが怒るとは思わなかった。俺の判断は軽率だったか?」
「違うよ。僕が決めたことだ」
ゴルアは何も言わずにうつむく。
「ラフィアはベルベットと一緒に行動をして、多分イブも助けてくれるはずだから」
「でも、ベルベット動かないけど」
体に触れているが一向に動く気配がない。
ゴルアは首を傾げる。
「死んでないよな?」
「今ベルベットの肉体には何も感じない。僕の魂をフランネルに移植させると普通はベルベットも死ぬが彼女の魂は元々異質だ。死んでないと思うがどうだろ」
「もう行かないといけない……それじゃあ……ラフィア。後は頼む」
ゴルアがフランネルの顔をしたサトウの腕を掴む。
「魔王に気づかれる前に行くぞ!」
サトウたちが去ってからわたしはベルベットを背負ってイブの後を追った。彼女に追いつくのは意外と簡単だった。周りにいた人間がすべてバーキン連邦に住む人で、それらを玩具でも扱うかのようにもてあそぶ姿が見えた。悲鳴が聞こえてくるので魔力を探す必要もない。
「来たんだ。あれ?」
イブは不思議そうにわたしの背中にいるベルベットを見る。
「えっと、サトウならもういない。今ここにいるベルベットは抜け殻よ」
「まあ、それなら都合いいか」
イブはベルベットの体に触れると吸い込まれていった。彼女を背中から降ろすと腕を上に大きく伸ばして笑う。
「やはり自分の体はいい」
「まさか、イブの中身ってベルベットなの?」
「誰にもわからないか。イブってあまり他の人と関わりがなかったからね」
「わたし元々王族なのに誰のことも知らない」
「別に気に病む必要はないでしょ。それでサトウと出会えたんだからさ」
「なんでベルベットはわたしたちを応援するの?」
「二人が愛し合ったら子どもができるか見たいだけ」
「でも、サトウはもう死んでいる。それに今はちょっと特殊な事情でサトウとは呼べないかも」
「彼生きてるってことでいいの?」
「生きてるよ」
「それならいいかな。わたしにとって彼はとても魅力的だからさ」
「理由は?」
「……理由なんて野暮なこと聞かないでよ」
「ごめん」
「あなただって好きな理由聞かれても困るでしょ」
「それはそうだけど」
ベルベットは笑みを浮かべながら日が傾きつつある景色を眺めていた。




