68:裏切りのベルベット
一目見た時から好きだった彼は変わり果てた姿となって現れた。それでも溢れ出た感情は喜びだった。魔力のどこを見てもサトウはいない。言動からして彼とは思えなかった。思わず抱きしめたい気持ちを抑えて地下空間に飛び降りる。
煙が立ち込める空間を一気に抜けていく。息を吸う間もなく走り抜けると背後から大きな音が聞こえて振り返る。今は右腕を元に戻すことが先決とを考え先を急ぐ。以前ゴルアと行った場所に向かう。何度か移動魔法を試みようという気配がしたので誤認魔法リミスゲインで姿を見えなくさせる。姿だけでも見えないと随分逃げやすくなった。度々魔法による妨害が行われたが魔王の使う魔法は熟知している。それは古代魔法と使い方は同じだ。
逃げながらモッズのいる部屋に入る。
「ラフィア?」
「急いでいるんだ! わたしの右腕どこ!」
「あ、そうだな。あそこだよ」
「もう! 魔王来てるんだよ!」
「え? それは大変だ」
彼は速くない足で廊下を歩き始める。
「場所さえ教えてもらえれば行くから」
「ラフィアだけじゃ右腕をつけることは不可能だ。それに切れ目がないように体を付け替える技術力を舐めないでほしい」
「今はそれどころじゃないから口より足動かして!」
わたしはモッズを背負って走り出した。倍以上ある体格のモッズを抱えるのは重かった。息を切らせながら到着するとすぐにモッズがケースに入れてあった元の右腕を付けてくれる。作業でいえば数分程度はかかったが魔王の姿はない。彼にお礼を言って走り出すと見慣れた景色になってきた。この辺りからギャバジンが近くなってきたみたいだ。
近くにいる他の魔力には見覚えがあった。
ドアを開けるとラインが倒れていた。苦しみながら何かを言っている。そこにいたサテンとリングは心配そうな表情で見つめている。
「ラインに何があった?」
「さっき魔王と話していて急にラインが苦しみだしたらしいんだ。それで今クロッグとインソールが廊下に出て行って……」
サテンは困ったようにリングを見る。
「俺を見るな。お前だって何もできなかったじゃないか」
「ラフィア……二人共魔王のところに行ったみたい」
「危険すぎる」
二人を止めようとするとサテンがわたしの手を掴む。
「今からじゃ間に合わない。出会わなかったなら、どこかで行き違いになったんだよ」
「でも」
「わたし今でも少し疑問なんだ。いくら魔王になったからといっても元はあなたが好きな人でしょ? それをなんで積極的に殺そうとするの?」
「それは……」
「たとえ乗っ取られていたとしても簡単に割り切れるものじゃないでしょ」
「言っても信じないと思うから言わない」
「なんでよ!」
魔王は死んでも死なない。
そして魔王になった人間がバロック王国の国王カンターレンが元に戻ったことはない。
「無駄だとわかっても殺す必要がある」
ガリアノンを両手で持ち集中しようと息を整える。世界のエネルギーは単純に魔力だけではない。これを動かすのは生命が誕生する為の因果だ。どんなものでも誕生するのには複雑化された因果がある。それらを動かす為の奇跡の代価をエネルギーにして兵器として使う。
「言ってくれなきゃわかんないよ!」
「いいから任せて」
この古代の兵器を使う為に集中していると別のドアからバレルやマリンがラインの様子を見に来た。二人も色々とローウェル王国との戦いに向かっていたようだ。魔王が向かっていることを伝えると二人は顔を見合わせて銃を構えて準備をする。幸いにもクロッグとインソールの魔力はまだ感じる。だが、二人共魔力はあるが動けていないことから怪我でもしているのだろうか。
ドアが開かれると魔王がいた。魔王に向かいバレルとマリンは銃を撃った。魔力の込められていない弾丸だが牽制程度にはなる。集中していると二人が魔王に捕まったようで手を剥がそうとしていた。呼吸を続けてガリアノンは透明な姿になる。ステッキが剣に近い姿になった。凝縮されたエネルギーを抱えたまま魔王に斬りかかった。魔王は真っ二つになり、地面に倒れた。目を開いたまま倒れる魔王の姿を見て涙と共に自分への怒りが湧き上がってくる。
「ラフィア……」
わたしの背中に触れるサテンを見ているとリングが声を上げる。何事かと思ってリングを見るとバレルとマリンの様子が変だ。二人のお腹に触れていた魔王の手が離れていない。そればかりかお腹の付近が徐々に膨らんでいるようにも見える。急いで二人のお腹にある魔王の手を離そうとするも既に手は皮だけになっていた。
苦しみながら叫び声を上げる二人のお腹から血を吹き出して現れるのは二人の魔王だった。
わたしはバレルとマリンを見るも腹部をぐちゃぐちゃにされた状態では回復魔法でも効果がない。助けようと一歩踏み出すが二人からは魔力が感じられなかった。それを見ていたリングが地面を思いっきり両手の力で叩きつけるとサテンを一目見る。
「ラフィア、悪い」
リングはサテンを基礎魔法で拘束して逃げ出した。
「ふざけるな! リング!」
暴れるサテンをリングは強引に連れ出して別方向のドアから出て行く。逃げる二人に興味がないのか立ち尽くす魔王二人は黙ってわたしを見ていた。
逃げてくれて良かったと安心する。
下手に他の人間がいると同じことが起きる可能性がある。わたしも半信半疑だった。あの時バロック王国で見た映像でも魔王が子孫を繁栄させる方法を見たことはあるが、本当に同じ状況になるとは思ってもみなかった。
魔王は他者を対象に自身のコピーを作り出す。それが可能なのは比較的魔力の大きい貴族で平民にはあまり効果がない。平民だと魔王のコピーじゃなく、平民のコピーになる確率が高まる。そのせいでわたしという失敗作を作り出してしまったが、魔王としても別にわたしの生死には興味がなかった。生きていればまた使える、死んでいれば運命と思って放置していた。
この世界に貴族や平民など数え切れないほどいる。しかも、魔王からすると別に人間である必要はないという馬鹿馬鹿しいものだ。生物であれば魔力があるから同じようなもので、平民は比較的自身の器になるに相応しくないだけで必要なら使うのが魔王だ。
起きることのないラインを置いて立ち去ることができない。せめて、他の誰かがいてくれたら手伝ってくれるかもしれない。ここには魔王以外にもローウェル王国の兵士がいる。敵に見つかるとラインでも無事では済まないはずだ。
透明な剣で二人のどちらかを狙おうと思っていると足音が聞こえる。クロッグを抱えるキャリバーとインソールが廊下を通り過ぎようとしていた。その瞬間二人は思考停止していたようにも見える。
「魔王が二人……え? 何が……」
インソールが魔王の姿を見るとキャリバーが焦りながら魔王から距離を取る。
「魔王……」
「キャリバー、別に裏切ったことは責めない」
魔王のどっちから発せられる声かわからないが聞こえてくる。
「君にも家族がいるからね。俺にも昔家族がいたから気持ちはわかるよ」
二人の魔王は同時に動くと形が変わっていく。男性と女性に変化した姿は妙なことにべフェールとベルベットの姿と瓜二つだ。二人は同時に顔を見合わせて自分の体を見る。変化に気づいて笑い始めたのはべフェールで彼を見つめるベルベットの目は冷たい。
「楽しそうだな。べフェール」
「久しぶりに会ったな。ベルベット……そういえばこんなことは前にもあったが、自分自身の記憶というのは曖昧なものだ。今まで忘れていたが表では家族と言っていたな」
言葉の意味がわからずに見ていたわたしにべフェールは言った。
「ラフィア、お前以外は俺との血の繋がりが確かにあった。お前は出来損ないだ。折角血を分けてもらったのに魔王の遺伝子が混ざらなかった。平民というのは実に嫌な生物だ」
「平民は魔王に対抗する為の防御反応のようなものだ」
「ラフィア……いつから生意気なことを言うようなになったんだ? 俺たち家族の一員として加えてやったのは出来損ないが一人いたほうが生活の質が上がると思ったからだ」
そうはっきり言われると悲しい気持ちになる。
「なあ……べフェール」
「ん? どうした。さっきから口数が少ないぞ。前はもっと饒舌だっただろ」
「わたしは自分が魔王だというのをサトウと一つになって始めて知った。曖昧だった記憶も若干思い出したが何故べフェールだけが魔王という自覚があるんだ? お前とサトウが混ざりあった時にわたしはすべてのローウェル王族が行った経験を手に入れた。それらは確かな記憶となって今のわたしに備わっているが、べフェールだけが以前からカンターレン・ローウェルの記憶があった」
「俺はローウェル王国の国王で魔王のカンターレン・ローウェルを取り込んだからだ。魔王がどうして誕生するのか理解している奴は少ない。それこそ魔王と呼ばれる前からいた俺のような一番古く、より濃い魔王の遺伝子を受け継いでいる俺以外には知る由もない。魔王とは昔から変わらず、複数に分かれた自分自身からより強い戦闘力を持つ者が魔王になれるようになっている」
「理解はしていたが確認したいことがある。べフェールはサトウを殺したのか?」
「ある意味だとそう言えるかもな。相手を取り込むというのは永遠に自分のものにすることでもあるから、姿形はこの世から消滅する」
「彼は魔王の遺伝子を持っていないが」
「神の器だったからだ。前々から欲しかったものが目の前にいることに、殺した後に始めて気づいたんだ。あの時は酷く後悔したが結局生きていたことがわかって安心したよ」
「わたしがあまりそういったことについて記憶がない。以前もあったと言ったが」
「以前も戦って俺が勝ったからだ。今は二つに分かれてしまったが、今の状況で二つになる意味はない。もう神の器は手に入れた。以前のような自分同士で殺し合いことにも意味はない。さあ、俺の手を取れ」
べフェールがベルベットに向けて手を向ける。
「そうやって今までわたしたちは生きてきたんだな」
彼女はべフェールに近づくと手を握った。
ベルベットの握られた手に魔力が込められてべフェールが手を離す。
「貴様!」
「わたしは死ぬのが怖かった。色々な生物で実験を繰り返して、自分さえも研究対象としたが研究というのは無駄だったんだな」
「ここでまた俺と戦いたいらしいな」
「だって今取り込まれると偶然戻った記憶も失うらしいからな。それにさ……わたしはサトウを一度までも二度も殺したのを許したわけじゃない。あいつはわたしのものだった」
ベルベットが手を上げると頭上に広がる火の塊がべフェールに降り注ぐ。彼はそれらを避けながら舌打ちをする。
「おい! お前までもが古代魔法を使えるなんて始めてのことだぞ! ふざけてないで俺の言うことを聞け!」
「別にわたしとしてはラフィアの味方をしてもいいんだけどね。だって、わたしは子どもが産まれないはずのラフィアとサトウが子どもを作るのを見てみたいもの」
次々と放たれる火の塊を避けていたべフェールは立ち止まると火の塊を見つめる。突然頭上にあった火や壁などに燃え移っていた火も消えてしまう。
「サトウは死んだ。もうこの世にはいない!」
「いるさ。ここに」
彼女は自分のお腹に触れながら微笑む。
「貴様……俺から奪ったな!」
「好きな男を宿すなんて素晴らしいだろ」
そのやり取りに目を奪われていたわたしの服を掴むラインに気づく。
「ラ、ラフィアは今何が起きているかわかるか?」
「魔王が二つに分かれて、べフェールとベルベットになって喧嘩を始めた。そうして何故かベルベットがサトウをお腹に宿しているとか言ってる」
「彼女のお腹は膨らんでいないがそうなのか?」
「重要なのはそこじゃない。なんでサトウがベルベットのお腹にいるかだ」
そして今わたしはベルベットに聞きたいことができた。
透明な剣を構えるとステッキの姿に戻すように集中する。
「ラインは今すぐ逃げる準備をして」
ステッキの姿に戻すとべフェールに向けて魔法を撃った。彼は避けようとするも上半身が弾け飛んでしまう。
「ベルベット!」
「へえ、やるね」
ベルベットはわたしとラインの手を掴むと倒れているべフェールの下半身の横を抜ける。その後ろをキャリバーとインソールが追いかける。
「あれで死んだ?」
インソールの言葉にキャリバーは頷くが「魔王は死なない」とわたしが言う。
「あれはべフェールに隙があったからで二度同じことができるかわからない」
「まったく原型を留めていないとしてもわたしたちは簡単には死なないからね」
ベルベットの手をわたしは離す。
「わたしはあなたのことよく思ってない」
「ラフィアをいじめていたのってわたしだっけ?」
「そこまでのことはしてないけど、あなただって王族で魔王の一人でしょ」
「それならラフィアもそうだよ」
「魔王の遺伝子を受け継いでいないって言ってた」
「それは完全にという意味。そこらにいる貴族や平民程度なら持っている魔王の遺伝子と同程度のものしかないから、あなたはほぼ他人で魔法も使えないの。でも、そのおかげでサトウと会えたから良かったじゃん」
「ベルベットってよくわかんない」
「あまり会ったことなかったから知らなくても無理ない。わたしだってラフィアのことは知らないよ。でも、これだけは確かなことがある。サトウのこと好きってこと、そこだけは一緒」
「それがわかんないの! サトウとどういう関係なの?」
「それはね……もう追いつかれたみたい」
廊下を歩くべフェールが見える。
「好きな人を手に入れたい独占欲もない人にはわからないよ」
「それでお腹にいるとか何がしたいわけ」
「そういう表現であって、腕や頭かもしれないよ? そのほうがわかりやすいから言ってみただけ。実際にサトウはいるけど、彼を奪われるとまた厄介なことになるから気を付けてね」
べフェールは手に持っていた銃剣を向けて弾丸を撃つがベルベットが弾を吸収する。
「あいつ厄介ね」
「サトウとの繋がりが切れているといっても元が強いせいで意味ないの。手に入れたのは彼の純粋な魔力で神としての力はべフェールに残っている。しかも、古代魔法のやり方まで学んだから多分余裕がなくなったら使ってくる」
「なんでわかるのよ」
「自分のことは自分がよく知ってる。ラフィアはわたしのこと本当にわからないの?」
「わかるわけないでしょ」
「じゃ、本当に他人だ」
「逃げても場所はわかる」
べフェールは言った。
「偶然の出来事を喜んでいるところ悪いが、あまり賢い手段とは思えないな」
「本当に偶然だと思うの? 二つに分かれるのもサトウをわたしが奪ったのも」
ベルベットの顔を見てべフェールが自身の体に魔力を流し込む。
「お前……魔王でありながら奴の味方をしたな!」
ベルベットは握っていたネックレスに通された指輪を見る。
「強いほうの味方をするのは当然でしょ。強くてかっこよくて好みの男なら寝返るのも仕方ない」
「この尻軽が!」
ベルベットはわたしが見ていることに気づくと彼女は微笑んだ。
「ラフィア、ごめんね。僕の心が弱いせいで君を傷つけてしまった」
「え……」
彼女はわたしにキスをした。
その魔力は確かにサトウのものだった。そして穏やかな表情も口調も彼のものだ。どこまでも遠い存在のようで近づけなかった彼がベルベットの姿で存在している。
「もう一度僕に好きと言ってほしい」
わたしは彼を敵と認識して殺してしまった。顔も彼と違うのに何度も見た表情に見えてしまう。わたしが彼の耳元で呟いた好きという言葉を噛みしめるようにわたしを抱きしめた。




