66:現れる魔王
いつからかわたしは魔王という存在を親と認めなくなっていた。同じ王族だというのに何故か軟禁状態で家族から虐げられていた日々を思い出す。魔王の血を引いているというのに特別な魔法を扱えずに身内からの暴行。耐えきれなくなったことさえも自覚できずに空から落とされ殺された。そうして出会ったサトウが今では魔王を名乗っている。彼が魔王になった瞬間から違和感はあった。国王カンターレン・ローウェルの魔力を間近に感じたが、それでもサトウの優しさだけは残っていたから殺せないと思っていた。
わたしは判断を誤った。
サトウが魔王になった瞬間に殺しておくべきだった。それがたとえ難しかったとしても無防備な時はあった。
空を飛びながらバーキン連邦に入る。
召喚の時を思い出す。わたしたちが召喚されたのは何もない空間でドラゴニアたちが住む世界ではなかった。記憶は曖昧で人間のはずなのに名前がない存在で知識だけあった。そこに転生して女神という形で過ごした。一方の神は人形のようなもので与えられた知識で世界を動かす装置のようにしか思えなかった。始めは違和感のあった神と女神いう名前もドラゴニアが望んでいたことだ。彼とわたしは二人で一つの存在で日々起こる出来事を記録したり介入したりして、世界平和に役立てようと努力するだけの装置でわたしには圧倒的な力を持つ者という自覚がなかった。
神と女神はドラゴニアから召喚された。だが、召喚はバロック王国が行ったことではないと決して首を縦に振らなかった。
話の流れから察するに魔王もわたしたち二人もバロック王国が行ったことかもしれない。
国王は神と女神の召喚を望まず、責任者を糾弾していた。
以前神は女神としてのわたしに言ったことがある。
「あの魔王も僕たちと同じかもしれない。あいつも召喚された可能性がある」
召喚された当時ドラゴニアたちが言えずにいた真実があると二人で考えていたことがある。
バロック王国は魔王を召喚した後に、神と女神を召喚したと考えれば納得できる。
ラフィアとして生きてきた歴史で当時のバロック王国の上空から落ちてきたものがある。それが国を滅ぼしたと言われているが、実際は黒い塊が落ちてきた以降も国は存在していた。
わたしたちが世界の管理をしていた時は黒い塊などなく、ただ災害の復興をしているだけという形でバロック王国が動いていた。
わたしにも責任がある。あの当時に起きていたことを見ていた神が語っていた話はよく覚えている。
「君はもっと女神としての自覚を持つべきだ」
「望んで召喚されたわけじゃない。あなたはもっと自分のことを考えたほうがいい」
「世界平和の為には誰かの犠牲は必要だ。そんな目的の為に生きているわけじゃない」
「こんなにも世界は平和なのに?」
「君は違和感がなかったようだけど……僕は違うよ。ドラゴニアが僕たちを呼んだ理由は世界の管理だが、管理だけならこんな魔力も魔法も必要ない」
「魔力と魔法か……あんまりよくわかんないや。まあ、必要だから持っているんじゃない?」
「そうじゃなきゃおかしい。ドラゴニアは僕たちを召喚したが目的は曖昧だ。そして今世界はどうなっているかわかるか?」
「平和なのは変わらないんじゃない?」
「僕と話すのに夢中で何も見ていないんだな」
「……だって変わらない景色を永遠に眺める作業を無報酬でして苦痛じゃないほうがおかしいでしょ」
「僕はあまり娯楽は必要ないが、君にとっては退屈なようだな」
「わたしも退屈ってわけじゃないよ。誰かとの会話がないと退屈だったけど」
「それなら良かった。今の世界は退屈とはほど遠いぞ。魔王が世界を支配している」
バロック王国の崩壊とローウェル王国の侵略行為を見たのは随分遅くなってからだ。
「なんで、わたしに言わなかったの?」
「こんな行為を見せて平常心を保っていられるかわからなかった」
ローウェル王国が行うことはドラゴニアという種族自体を滅ぼす行為だ。彼らが行う数々の行為はまるで人間の世界で行われている残虐行為に近い。
「見せないほうが正しいと思うだろ?」
思わず吐きそうになったが吐けなかった。
「僕は世界に呼びかけたが思ったより魔王の力は強い。僅かな魔力を与えても対抗できる者は限られてしまう。もう直接倒すしかない」
「それならわたしも行くよ」
「無理しないほうがいい」
「いや、行く。こんなところで永遠に暮らすなんて耐えられない」
「君は状況がわかってないな」
「わたしたちは神なんだから死ぬことはないからさ」
「そんなの肩書でしかないよ」
あの嬉しそうな悲しそうな笑いを今も覚えている。
ドラゴニアたちは事実を伝えることはなかったが結論はバロック王国が魔王を召喚したと思う。他の国に対抗する為など理由があったかもしれないが、結局制御できずに魔王の支配を許してしまった。バロック王国の国王という存在を乗っ取る形で自らの力を世界に示したのだ。
空から見下ろす形で世界の管理を行っていた時は様々な争いもあったが、今ほど混乱した形にはならずに小規模なものだけに限られていた。
召喚当時の国王カンターレンは人が変わったように威厳というものがなくなったと聞く。王座に座ることもせずに一日中寝て過ごしていた国王を遥か彼方から見たことがある。彼は魔王に支配されたバロック王国を立て直そうと言っていたのにすべてを部下に任せて日々を送っていた。
当初は自ら動くことはせずに神と共に傍観していたが国王に変化が起きる。
そんな国王カンターレンは徐々にバロック王国を立て直していく。彼は復興の為に行う平和的なインフラ整備や教育の充実などに力を入れていた。変化したのは王妃が死亡してからだった。元々衰え知らずの肉体は更に若返っていき、慕っていた部下の声も聞こえなくなっていた。ドラゴニアという種族でも寿命があるはずなのに一向に老けることのない国王を気味悪く思う者も出てきた。バロック王国が衰退する頃になると国が分裂を始めた。
我々の介入も虚しくバロック王国が滅ぶと国王は姿を消した。
その後に現れたのがローウェル王国だ。
そこに魔王と呼ばれる者が現れた。
しばらくしてから滅んだバロック王国に残された者が最後の抵抗として我々の力を借りたいと願った。彼らは過去の争いを反省していた。それでも魔王だけは世界から消して欲しいと願いながら、世界の運命をわたしたちに託した。
間接的に行っていた介入を直接行うことは始めてだった。魔王という脅威を取り除く為には仕方ないことだとして侵略を繰り返すローウェル王国というものを何度も破壊してきた。
魔王はドラゴニアたちの肉体を取り込む度に自身の子孫を作り出しては、その圧倒的な武力でドラゴニアという種族を遺伝子から変化させた。それは結果的に魔王の遺伝子が人間という種族を作り出すことを意味していた。
魔王に肉体を取られた時点でサトウの意識は風前の灯火だ。たとえ自覚がなくても魔王の力は自分の意識を蝕んでいく。
国王カンターレンも部下には優しかったが、他の親しくない者には決して優しくなかった。
何をするかわからない彼を放置するわけにはいかない。
バーキン連邦に入ってしばらくするとフルブローグに通信が入った。
『ラフィアか?』
『ラインからなんて珍しい』
『反対するかもしれないが、伝えておこうと思ってさ。俺は君の好きな人を殺すことに決めた』
『そうか。ラインも』
『ラフィアも? 君は反対すると思っていた』
『本当はそう思っていたけど、完全に魔王となってしまったのならサトウの意識があるとは思わない』
『意外だ』
『もういいかな?』
『ああ』
通信を切って天を仰ぐ。
頼もしい気持ちよりも罪悪感のほうが強い。ラインまでもがサトウを殺すことを決意するなんて思わなかった。彼だって本気で殺意があるわけではない。きっと他に理由があるのだろうけど、そんな気持ちにさせてしまった。わたしがもっと早い段階で魔王を倒していればラインが苦しまずに済んだ。
ため息をつくと急に警告音が聞こえてゴーストブラッドが形を変えて元に戻る。右腕が突然外れて地面に真っ逆さまに落ちていく。途中に見えたのは同じゴーストブラッド機がこちらに武器を構えているところだった。咄嗟に全身に魔力を込める。だが、何もされずに地面に叩き落される。地面から起き上がると上空にいる機体が去って行くのが見えた。
落ちた先は見覚えのない山の中だった。右腕を失ってしまっているので以前のように武器などを使用することはできない。地面に落ちたガリアノンを持ち歩き始める。右腕がないと少々歩きにくいが先を急ぐしかない。失った右腕を探して森の中を歩くと町並みが見えてきた。巨大なロボットや大きな建物が倒れている。子どもや大人は瓦礫を掘り起こしていたりしながら会話をしていたが表情が暗く、わたしの顔を見て一瞬目配せをする素振りをしていたが右腕を見ると目を逸らした。
誰も話しかけにこないと場所がわからない。こちらから遠慮がちに話しかけると場所を教えてくれた。ここはノルチェのようだが様子がおかしい。以前も来たことはあるが露骨に嫌がる表情はされたことがない。妙に思って肉体の魔力を探ると以前とは段違いに魔力が溢れている。これでは警戒されると思って少し抑えようと思うが強制的に制御してくれる右腕がないことで逆に難しくなっていた。
危険性はあるがギャバジンまで行ければ問題はない。
襲われないことを祈りながら砂漠地帯に行くことを考えるも迷ってしまった。目印となる建物も壊されてギャバジンへの道がわからない。他の人に聞いてもギャバジンなど知らないと言われてしまう。ラインのような味方もいるが基本的には貴族は敵という認識なのだろう。
夕方になってきて空腹で倒れていると男性の声が聞こえた。
「生きているか?」
「生きてる」
わたしの顔や体を眺めていた男性は腕を掴むと空中に投げた。柔らかい感触がした後、気づくとわたしは空を見ていた。
「基礎魔法か」
彼は貴族なのだろうかと思っていたが会話をする気配がない。彼に連れられてどこかの建物に放り投げられる。別に痛くはないが多少乱暴すぎると思い周囲を見ると肩を震わせる女性の姿が見えた。他にも死体となった男性の姿も確認できる。
「あの……ここは」
その女性に話しかけるも返事がない。
先程の男性が戻ってくると怯えている女性に近づく。
誤認魔法リミスゲイン。
男性が一瞬驚いたようにこちらを向いた。混乱したようにわたしの腕を掴むと立ち上がらせる。不思議そうに首を傾げてわたしを見て「来い」と呟く。
素直に従って歩くと階段が見えてきた。
「ねえ、あなたは何をする人なの?」
相変わらず何も答えようとしない。そればかりかわたしの態度を見て掴んでいた腕を強く握りしめる。
「俺たちの邪魔ばかりして!」
舌打ちをして顔面を殴られるも血は出なかった。魔力で強化された肉体は丈夫だった。殴った拳を見て男性は血が流れていることに気づき距離を取ると逃げ出した。
ギャバジンまでの道も食べ物もない。
先程の階段を下りるとほとんど死体だらけの中に生きている女性が見えた。彼女に魔力を流し傷を癒やすと涙を流しながら抱きついてきた。どうやらローウェル王国とバーキン連邦との争いに巻き込まれた人のようだった。彼女を背中に乗せて先程の女性の元に行く。怯えていた女性はわたしたちを見ると笑顔になってくれた。離れた場所に移動してから情報を聞き出すと二人は怪しい男性に連れられていたようで、死にかけていた女性はモネルと言ってノルチェで暮らしていたらしい。シャトルという女性もノルチェで暮らしていたが、突然戦争になって逃げ延びてきたが捕まったみたいだ。
「そうなんだ。あの人死刑囚なのか」
「そう。彼のような人は死刑囚で元々バーキン連邦では使い捨ての駒のような存在で、生きている価値がないから出会ったら気をつけてね」
シャトルはわたしたち二人にそう言って立ち上がる。
「二人共、もう十分休んだよね? あまりゆっくりしているとさっきの人が戻ってくるかもだから急ごうか」
彼女の言葉で崩れた建物の中を歩いていく。
「ギャバジンという都市の場所知っている?」
「聞いたことはあるけど、詳しくは知らないな」
シャトルは言った。
「あなたはなんでノルチェに来たの?」
「知り合いに会いに来たの」
「こんな時なのにすごいね」
あまり話しかけられると困るが無言でいるわけにもいかない。
「じゃあ、モネルは?」
シャトルが話しかけると「家族と一緒に暮らしていて」と言いながら泣き始めた。彼女を抱きしめて頭を優しく撫でるとシャトルは何も言わず一緒に泣き始める。
比較的綺麗な建物を見つけるとシャトルは食べ物を確保する。彼女を褒めるとシャトルは嬉しそうに照れていた。
夜になると物音で目が覚める。女性の泣き声と激しく叩く音を暗闇で探していると首輪がつけられていた。どうやら魔力を制御するものだが前につけられたものと比べても効果に違いはなかった。目に魔力を注いで暗闇の中見るとシャトルとモネルの姿が見えて声をかけようとするが、二人の姿に頭がついていけずに混乱して躊躇してしまった。
シャトルがモネルの背中を蹴っているように見える。シャトルは持っているナイフでモネルを斬りつけると少しだけ笑顔を見せていた。声を出そうとした瞬間だった。シャトルのナイフはモネルの胸や背中を突き刺した。
静寂が続いたがシャトルはわたしが見ていることに気づいた。
「起きたんだ。どっちが先に起きるかなと思ったけど、先に起きたのはモネルだったね。正直言ってどっちも良かったけどさ。どっちを選ぶか決めるなら貴族のほうが楽ではあるからね」
「わたしを貴族として見ているんだ」
「モネルがあなたに魔法を使って助けてもらったと聞いてね」
「シャトルはどうしてこんなことを?」
「言ったでしょ。死刑囚は使い捨ての駒のような存在で、出会ったら気をつけてねと。わたしはシャトル・セルビッジでノルチェだと有名だと思ったんだけど……モネルは若い世代だから知らないみたいで驚いたよ。ラフィアは貴族だから当然知らないか」
「死刑囚って男性ばかりだと思ってた」
「あなた相変わらず意味不明なことばかり言うね。人間に区別なんてないでしょ」
「でも、あなた酷く怯えていたように見えたけど」
「演技だよ。捕まったようにして恐怖を増幅させる為にね……」
「聞きたいことがあるんだけど、ギャバジンという古代都市を知らない? 多分、ここにいる人で知っている人がいるかもしれないんだけど」
「そんなの知らない」
「地下にあるんだよ」
「地下? 前に爆発事故が起きたけど」
ギャバジンは地下空間に大きく広がっている。どこかにノルチェとギャバジンで繋がっている場所があるかもしれない。
わたしは立ち上がって首輪に手をかけて強引に引き千切った。そうしてシャトルの頭を掴むと壁に叩きつけた。
「もう一つ聞きたいことがあるの。あなたはどうしてこんなことをするのかだけ聞かせて」
「……理由なんて忘れちゃったよ……この怪物が」
「そう。爆発事故の起きた場所まで案内してくれる?」
ノルチェで起きた爆発事故の現場を見に来るが煙が多くて見えない。
「もう何日も前から使われていない。本当はみんなここで暮らすつもりだったのに爆発事故のせいで暮らせなくなったんだ」
「へえ」
「もういいか?」
彼女が妙にそわそわしている様子に気づいたがわたしを恐れているのだろうか。
「ああ」
彼女を女神だからと言って殺す権限はない。
あくまでもわたしは世界にとって部外者のような立場だ。
もしも、今後この世界で生きるのならルールの上で彼女を裁こう。
去って行くシャトルを見送りながら不意に彼女の真上に魔王の姿が見えた。彼は真下にいる彼女を見ようともしない。その目は真っ直ぐわたしを見ていた。両隣にいる大きく黒い機体はゴーストブラッドのようで辺りを飛び回っている。魔王は手を広げて基礎魔法を使うと階段のような足場を作り出す。ゆっくりと進み始める。
「こんにちは。お嬢さん」
好きな人は正真正銘の魔王になってしまっていた。




