65:魔王の声
ベリタとは緊張感のない会話を続けながら建物に入る。年齢に似合わぬ胸元を見せびらかしながら腕を組んでくる彼女を離すこともせず、黙って世間話に付き合っていた。争いの最中だというのにお菓子や音楽の話を長々としている。
「聞いていますか?」
「シューパルの話だろ? あのお菓子を作っていたなんてすごいな」
フェザー連邦で売っていたボール状のお菓子で上にかかった粉砂糖と中身の食感が人気だ。一度食べたことはあるがローウェル王国では売っていなかった。
「ベリタはわざわざローウェル王国で作ろうとしたんだな」
「フェザー連邦で作れるものならローウェル王国でも作れますから」
「別にお菓子欲しさにフェザー連邦を手に入れようと動いていたわけじゃない」
「さっきも言いましたけど、わたしフェザー連邦の音楽も好きなんですよ」
「へえ」
「あんまり興味ないみたいですね。じゃあ、わたしが好きな曲覚えていますか?」
「……ジャズとか?」
「やっぱり聞いてなかった! ロックですよ。有名なバンドがいますけど……それをわたしたち壊しちゃったんですね」
「俺が選んだことだからな。気に病むことはない」
「それでも誰かを傷つけたことは変わらない」
以前のローウェル王国と異なるところは魔王が他の人間と喋るところだ。目的の為に力や知識など分散していたことは誰にも喋っていない。魔王という存在が入れ替わったように思われているが、実際は以前と中身はあまり変わっていないことに気づく者はいなかった。
「よう、フォブレイ」
「魔王様」
フォブレイは他の部下と情報を共有しているようだ。フルブローグを使わないことを決めてから面倒なことになったが仕方ない。
「サトウでいいよ」
「そんなこと言えません」
「それよりベリタはそろそろ魔王様を離してやれ」
「え……わかった」
「それじゃもう一度外に出るよ。またバーキン連邦の戦艦を落としてくる」
「またですか?」
フォブレイが言った。
「あなた一人が行かなくても数は減っていますから大丈夫ですよ」
「流石に兵士たちには荷が重い。みんなには地上にいる人間を頼みたいからね」
「わかりました」
建物から外に出ると雲間から光が見えた。結構低い位置で浮かんでいるせいか雲が遠くに見えていた。その雲を突き抜けて大きな光を放つものは太陽に輝きを増す。凝縮された魔力に圧倒されて誰もが声を出せずに立ち尽くす。
まるで太陽が突撃してくるかのような輝きで辺り一帯は明るくなる。数秒もかからず地面に当たるのを予想して考えた結果手を伸ばした。
「アーゲレナ」
魔力の塊は一瞬にして吸い込まれていく。自分の手を見ていると周りの地面が割れていた。感覚としては一瞬だったが完全に魔力を吸収するのに時間がかかったようだ。気づくと周囲の建物や木がなぎ倒されている。兵士たちは大慌てで怪我人の手当てをしていた。
光は俺を目指して向かっていた。そしてこの魔力は女神のもので俺が知っているものだ。喜ぶ暇もなく周りの様子を見る。大きな怪我はないが巻き込まれている人間を考慮に入れていない。そしてラフィアが俺という存在を殺そうとしたことにも少なからずショックを受けていた。
この手加減する余裕のなさは何故だ。
『恐れてているんだよ。魔王の力に』
なんで恐れているんだ。
俺は佐藤星なのに。
『他に好きな奴でもできたのかもな』
何をふざけたことを考えているんだよ。ラフィアは俺以外の男性と付き合うなんてない。
『俺は他の人を好きになったことがあるのに、そんな虫のいい話あると思うか?』
そんなわけないだろ。
『じゃあ、何故ラインと子どもを作った?』
それは向こうから誘われてやったことだ。それにラフィアはラインならいいと言われて仕方なくそうなっただけだよ。
『ラフィアと同じことを俺は言えるか?』
言えないが、なんでそんなことを考え始めるんだ。
頭がおかしくなりそうだ。
今頭の中で勝手に喋っているのはなんだ。
『それならフリルはどうなる? ミュールは? フランネルは? ナージャは? サシェは? 他にもまだまだいるぞ。自分は別に好きじゃないが魔力のせいだからと言って拒まなかった。なら……ラフィアだって拒むことなく受け入れる可能性がある』
なんでラフィアが俺以外とかいう話になるんだ。
いい加減な話をするな。
俺は立ち上がれなくなり、地面に手をついた。
『今まで好き勝手に生きてきた報いだ』
汗が地面に落ちる光景を見ている。
『ラフィアが好きそうな男は誰だと思う?』
そんなこと知らない。
『好みの男は?』
この世界では女性が女性を好きになる。
『なら、お前は好きじゃないな』
俺はキュロットだ。
『都合が悪くなると女性か』
心が二つあるかのようで気持ち悪い。
『考えてみようか、ラフィアが好きな男性を。女性だと逃げやすいからな。俺にとって一番逃げ道がない方法は他の男性に取られることだからさ。心は男性だから余計に怖いよね。後は俺は根本的に自分が好きじゃない。そんな俺のことを何故ラフィアが好きか不思議に思わなかったか?』
周囲から聞こえる兵士たちの声が聞こえない。
『魔力だろ? そして自分を受け入れてくれた存在。笑えるほど単純で他にもいそうな理由だ。きっと俺がいない間に好き男ができたんだよ』
自分の声がはっきりと聞こえてくる。
『今まで恨んでいたローウェル王国が攻めてきて、彼女が隠れていたのはバーキン連邦だ。本来なら彼女だって恨んでも不思議じゃない。だが、何故か彼女は平民たちが暮らす国を守ろうと俺へと攻撃してきた。理由は当然だ。バーキン連邦で新しい男ができたんだよ。平民の男がいる国を守れるだけの力を持った女神様がいるんだから当然守るだろうね』
俺を心配そうに見てくるベリタの顔が見えた。
『そしてラインも加担している。彼もきっと本気で愛してなんていないんだ。その証拠に俺を本気で殺そうとして攻撃をしていた。二人は揃って俺を邪魔者だと思っているのかもな。そうか、もしかしたらラインとラフィアは付き合っているのかもしれないな』
あり得ない。
アルベール王国の元王子とローウェル王国の元王女はゲーム内でも付き合う様子はない。
『ゲーム内の話をしているのか? すまないが今は現実の話をしているんだ。そして俺の考える通りだとしても二人は主人公がいなければ付き合っていた可能性がある。今言っているのはすべてゲームという都合のいい状況を前提とした答えだ。もしも、俺にとって都合が悪いような状況だったら? 二人は俺に隠れて愛し合っていたら?』
フォブレイとベリタの顔が見える。
二人は何かを言っているが聞こえない。
『俺を愛しているという証拠は存在しない』
そうだとしてもラインは俺を。
『何度同じ話をすればわかるんだ? ラインほどのかっこいい男ならラフィアのような綺麗な女を好きになって当然だろ。ラフィアが俺を好きという証拠がないから、都合がいいラインを出したのか?』
ラインは俺との子どもを作ってくれた。
『それが偽りだとしたら? 血液検査でもしたか? キュロットも佐藤星と似てなかっただろ』
それならラフィアは。
『ラフィアは論外だ。彼女は俺との子どもを作ってくれなかった』
待ってよ。
今の俺は、僕はなんなんだ。
『恐怖の対象で魔王だ。俺は』
魔王の僕を嫌うのか。
『始めから好きじゃなかったかもな』
なんで、そんなことを言うんだ。
『昔ラインがキュロットをラフィアに渡す時、あれは好きな女性に自分の大切な子どもを渡すことだったのかもしれないな』
考えるのが嫌になってきたな。
『あのアルベール王国で始めてラフィアとキスをした時、エメラルドグリーンの湖だったな。あれも偽りなんだろうな。そしてクロッグハウスでの楽しい会話も独りよがりというわけか』
僕は深く息を吸い込んで目を閉じた。




