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6:ハッピーエンドは簡単じゃない

 この数日間ずっとフリルが僕を相変わらず小さな女の子として見ている。背丈もフリルよりあるのに可愛いと思っているようだった。この世界に住む人からしたら外見は重要ではないのかもしれない。同性愛でも子どもを作れることを推測すると、元の世界の男性とも女性とも異なる可能性がある。


 僕自身の体は地球生まれの地球育ちの人間だが、ここは異なる世界の動植物がいる。すべて同じものと考えても混乱するだけだ。


 自分より年下の女性に頭を撫でられてもいい気分はしない。嬉しい気持ちはするが男性として見られていないようで納得いかないが慣れないと駄目かもしれない。


 わざわざ思い出そうとしなければゲームだと気づかないほどに、ここ数ヶ月で乙女ゲームの世界にも慣れてきた。


 僕がそう考えているだけで全然別の世界という可能性もある。


 窓を拭きながら先生たちの声を耳にする。


「最近はよくボイス・マジェンタ公爵が来ますね」


「そうですね。なんで学園なんかに……」


 磨き終わった窓を角度を変えて見る。廊下を水拭きすると汚れが綺麗に落ちる。見た目は綺麗な学園でも泥や埃で汚れている。この学園には掃除の時間がない。朝や夕方に僕が掃除をしていると奇妙な目で見られるが気にしたことはない。


 正面玄関の掃除をしているとボイスが現れる。


「何をしているんだ?」


「掃除だが」


「他の者に任せればいいだろ」


「気になるんですよ」


「変な奴だな……」


 そう呟くと付近を見回している。ボイスは先生に声をかけているようだ。真剣な顔をしていたので話を聞くのを悪い気がした。


 翌日は授業の前に先生から呼び出された。教室に入るとフリルとラインがいた。お互い何故ここにいるのかわからない様子で僕を見る。三人で怒られることをした覚えはなかった。しばらくするとエリックとミュールとフォブレイが現れた。誰も呼ばれた理由を知らず、ここで待つようにとだけ言われている。


 お喋りをしながら過ぎる時間は思った以上に短い。ドアが開くとボイス・マジェンタ公爵が顔を見せた。僕たちは顔を見合わせてボイスがいる理由を知りたかった。


「これから君たちはローウェル王国に行ってもらう」


 ボイスの言葉に驚いたフォブレイが言った。


「それは本当ですか?」

  

「本当だ」


「何故です?」


 フォブレイにボイスが答える。


「この状況で嘘はつけない。わたしはローウェル王国のボイス・マジェンタ公爵だ。今まで君たちには嘘をついていた。すまないね」


 言葉を失う僕たちを見てボイスは窓の外を指差す。


「君たちは魔王様から呼ばれている。大丈夫、悪いようにはしない。君たちが失礼なことをしなければだけどね」


 うつむくフォブレイが叫んだ。


「あなたがローウェル王国の公爵なんて嘘だ! アルベール王国にずっといたじゃないか。突然冗談を言って俺たちを驚かせようとしている。そうなんでしょ?」


「残念ながら冗談ではないんだ。元々ローウェル王国で暮らしていた。アルベール王国に来たのはこの国が侵略される前だ」


「俺はあなたが好きだったから色々と調べたが、死んだ仲間や家族もいた。性格も知っている。あなたはお墓の前で悲しそうにしていたじゃないか!」


「長年連れ添ったパートナーも大切な仲間もアルベール王国にいた。そのどちらもアルベール王国が侵略された時亡くなってしまった。悲しい気持ちでお墓に向かっていたのも事実。そしてわたしが魔王様の部下なのも事実だ」


 誰もが押し黙る中、突然ドアが開いた。


「ラフィア?」


 僕を見つけるとラフィアは抱きついてきた。


「サトウ……」


「なんでここに?」


「嫌な予感がして来てみたら話し声が聞こえた。詳しい内容までは聞こえなかった。でも、ボイス・マジェンタ公爵がローウェル王国のものだというのは理解した。でも、わたしはお前を知らない」


「あなたが生まれる前ですから」


「アルベール王国に用があるんだな」


「この国に残る理由は優秀な人材をローウェル王国に連れて行く為です。今日ここにいるのは魔王様直々の命令でサトウを含む学園の者を連れて行けと言われたからですよ」


「それならわたしも連れて行け。わたしも命令通りの学園の者だ」


 ボイスはラフィアを見て考えていたが「わかりました。あなたもアルベール王国基準で言えば優秀ですからね」と言ってドアを開ける。


「ローウェル王国に呼んでおいてどうかと思うが、魔王様はあまり人間に興味がない。ここにいる者を連れても、どんな結果になるかわからない」


 ボイスに連れられて学園を出ると周囲を確認して手を広げる。突然周囲の景色が動き出した。そう思って地面を見ると僕たちが浮いていた。


「今からローウェル王国に行きます。わたしの側を離れないでください。落ちますよ」


 ゆっくりと空まで浮かぶ。上昇したかと思えば横に移動する。どうやら便利に空を飛ぶ魔法というわけではない。これも初歩の魔法で乗り物の上を乗っている感覚だった。


 どこまでも続く大きな大地に降り立つと豊かな草原が広がっている。果てしなく遠い山々と近くの村や町見える。移動中はボイスの話を聞いた。ローウェル王国の動植物や美味しい食べ物。楽しそうに話す姿からは想像できない状況が村や町には広がっていた。朽ち果てた建物には汚い衣服の子どもや大人が僕たちを見ていた。道を歩いて行くと綺麗な町が見えてきた。ボイスに挨拶をする兵士はまるで偉い人にでも会ったかのような反応をしていた。


 ここまで僕たちはボイス以外誰も喋っていなかった。


 綺麗な町を歩くもアルベール王国とは華やかさが違った。不思議に思っていた。ゲーム内だと綺麗に見えた光景が現実だとそうでもないように見えてしまう。画像処理の問題や演出で綺麗に見えただけだと理解したのはローウェル王国を見てからだった。田舎町が輝いて見える。道行く人たちはボイスを見ると頭を下げたり笑顔で挨拶をしたりしている。ここには明確な貴族と平民の違いがあった。


 貴族社会としてのアルベール王国は国として破綻していた。


「さて、こんな町でもアルベール王国よりも栄えているだろ。ローウェル王国がどういう国なのか、これから見ることになる」


 ボイスは後ろを振り向くと「上昇するぞ」と言って空に浮かんだ。


 足元に広がる光景に誰もが目を奪われていた。荒れ地ばかりのアルベール王国と違い、豊かな自然とどこまでも続くとすら思われる城下町が見えてきた。比べるのもおこがましいほどの大地と巨大な城と城下町が果てしなく光景は、流石のラインも国の復興など諦めざるを得ない様子でうつむく。ただ一人僕を見つめるラフィアはどことなく悲しそうな表情をしていた。


 城下町の中央に降りると一人の兵士がボイスに声をかける。


「ボイス・マジェンタ公爵、お戻りになりましたか」


「アルベール王国も楽しかったよ」


「相変わらずお優しい。もうアルベール王国じゃないですよ」


「彼らがそう望んでいるんだ。わたしが否定したところで変えない」


 兵士もボイスとは軽口を叩ける良好な関係のようだ。

 兵士に囲まれて城まで案内をされる。ゲーム内で見た光景と似ているがローウェル王国へは自分たちの力で行く。どの時期にイベントが発生するかはわからない。少なくとも一年も経っていないのにローウェル王国に行くことはない。もちろん、ボイスが連れて行くイベントもない。そもそもボイスなんて見たことも聞いたこともない登場人物だ。

 事態が飲み込めずに時間だけが過ぎていく。

 城内は複数の兵士がいたが誰も僕たちを見ていなかった。


 玉座に通されると高い天井と広い床に整列した貴族たちが集まっていた。その中央に魔王カンターレン・ローウェルが座っている。ゲームで見た時よりも背丈も大きく、二メートル以上はあるように見えた。そこで僕は貴族の中にリング・テラード第三王子がいることに驚いた。彼は「運命の女神様のルール失意の王子」で二作目の攻略対象キャラでローウェル王国にいるはずがない。


 突然立ち止まる僕をボイスが注意する。


「何をしている。魔王様に挨拶しなさい」


 リングは想像以上やつれていて婚約破棄を言い渡す時の勇ましさは見られない。


 僕は「ええと、始めまして」とだけ言って貴族の中に目を走らせる。リングから少し離れたところにサテン・ジャカードもいる。彼女は婚約破棄を言われて国を追放されたはずだ。今貴族を注意深く見たところ二作目の王子と悪役令嬢の二人が一作目の舞台のローウェル王国にいる。続編を僕はやったが彼らの話の中でローウェル王国の話はない。当然アルベール王国もない。


「貴様がサトウ・セイだな。何故目が泳いでいるんだ?」


「いや、緊張してまして」


「……ずっと見ていた。貴様は何者なのかと。突然地上に現れた奇妙な風貌な人物。そして一番の疑念は神であるシュガースターに似ていることだ。わたしはその神を殺しているはずなのにだ」


 魔王は僕のハンドルネームの話をしている。この名前が神様と似ていると言われても自分の名前から作ったとしか言えず、どんな話をしても嘘をついていると思われそうだった。


「そう警戒するな。いきなり取って食うつもりはない。話をしてみたかっただけだ。貴様という人物とゆっくりな。なにせ、貴様は他の人間と違う。サトウ・セイという名前もアルベール王国にはいない。もちろん、ローウェル王国にも。他の国も同様だ。わざわざ部下を使って調べさせた。その黒髪はいるが目の色が黒ずんだ茶色の人間は中々見ない、肌は少し色白で手も綺麗だ。細かな仕草と若干幼さの残る顔立ちの少年からは裕福な家庭に生まれたと思われる教養が見られる」


 魔王は立ち上がると僕に近づきながら話しかける。


「それなのに貴族としての知識がまるでない。言葉は理解できるが常識が理解できないようだった」


 ずっと何ヶ月も空から僕の行動を見ていたのか。


「わたしもこの世界の常識に疎いから、貴様の行動は理解できてしまう。どこから来た?」


 握った手から汗が出てくる。

 喉が渇く。

 沈黙が流れる。


「貴様はわたしの部下にならないか?」


 イベントによっては魔王スカウトされることもある。ゲームで聞いた内容が出てきて安心する。ここはどう切り抜ければいいかと考える僕に向かって声が上がる。


「魔王様! そんな奴を部下にする必要ないですよ! 俺が試してあげますよ」


 確か選民思想が強い人だった。あまり重要なキャラではなかったから気が付かなかった。


「クラバット。頼めるか?」


 また知らない展開の連続だ。勧誘されても選択肢が出てない。拒否してクリティカルを出せば好感度の高いキャラのセリフが聞ける。この城での戦いなんて運さえ良ければバッドエンドにならない。


「ローウェルの民は優秀ではなくてはならない。俺はクラバット・ローウェル第五王子として戦いを申し出る」


「いいだろう」


 僕は自分の情なさに呆れる。そもそもゲーム内と展開が違うなんて最初からなのに、今更焦って何を考えているのだろう。


「魔王様いいですか?」


「ムートンか。どうした?」


 名前と性格は聞いたことがある。卑劣な貴族と短く書かれていた。


「クラバットが勝ったらあそこの連中を好きにしてもいい?」


 指を差す方向には僕の仲間たちがいた。


「好きにしろ」


「このムートン・ローウェル第六王子が命令する。兵士たちよ、アルベール王国の民を拘束せよ!」


 僕は次々と拘束される仲間を見て咄嗟に動けなかった。そして兵士が僕の両手と両足にも同様の鎖を繋いでいく。


「待ってくれ! 正式な決闘ではないのか!」


 僕の叫びを聞きムートンが言った。


「クラバットは一度も決闘とは言ってないだろ。それに我々が下民と対等に戦うわけがないのがわからないのか?」


 この場にいる全員否定をしない。


 この鎖には魔力の流れを阻害して上手に魔法が使えなくなるものだ。


 気づけばクラバットは僕のお腹を蹴り上げていた。


「さあ、戦おうか」


「……卑怯だろ」


「俺は何もしていない。ムートンは卑怯だけどな」


「王族としてそれが正しいのか!」


「お前本当に常識がないな。ローウェル王国の王族に間違った行動などない。そしてこの世界では力さえあればいいんだ」


 本当はおかしいことがわかっていた。アルベール王国の王族の格好は質素で平民と変わらない人が多かった。ローウェル王国の王族は派手な格好で横暴で想像以上の酷さだった。いつか元の世界に帰れたらいいと思い「運命の女神様のルール」として目の前の現実を見ていなかった。


 今ゲームとして味わった痛みは、現実と変わらないお腹の痛みだった。


 クラバットは魔法を使い僕を吹き飛ばした。基礎魔法だが強力で壁に叩きつけられた。ゲームだと簡単にクリアできた場面なのに何もできない。魔法が鎖のせいで発動しない。受け身も取らず何度も床を転がると、僕の血が床全体に広まっていた。


「魔王様はこんな奴を部下にしたいのですか?」


 魔王は床に転がる僕を見ると小さく「鎖も壊せないか」と呟く。


「この城に呼んだ連中はボイスの推薦だったな」


「そうです。申し訳ありません」


 頭を下げるボイスに魔王は笑った。


「アルベール王国に期待なんてしていない。わたしは珍しい存在に興味を持ったんだ。どの程度かと思ったが鎖すら壊せないなら興味はない。ボイス、その働きに感謝する」


「この城がお前の汚い血で染まったじゃないか。これは掃除が大変だな」


「クラバットがやったんだろ」


「それよりムートン、そいつらどうするんだ?」


「このサトウに興味はない。もう壊れているし、他の奴を貰う。なんなら他の貴族連中にあげてもいいかな」


 クラバットを見ていたムートンは他の兵士に命令をしていた。僕の友達がどこかに連れて行かれるのを見て声を出そうとしたがうまく喋れない。


「おい、こいつを処刑しろ。方法はいつものやつでいい」


 クラバットの声にラフィアが何かを言っていたが、耳も目も手足も言うことを聞かない。

 気づけば意識を失っていたようで、荷物のように引きずられどこかに運ばれていた。

 数人の兵士が会話をしている。


「毎回こんな方法で処刑するけど、さっさと首落としたほうが早くないか?」


「お前別の地域からきたからわからないんだろ。死体を掃除するのは大変なんだよ、放置すると匂いもするし。ローウェルの地に埋めるのも動物の餌になるかもしれない。後は、ローウェルの王族が単純に綺麗好きってだけだな。ここから落とせば処理は自然がやってくれる」


 兵士たちは躊躇いもなく僕を落とした。


 空に投げ出されても恐怖はなかった。落ちる感覚はバンジージャンプのようで落下して地面に叩きつける衝撃も感じない。紐なしで落ちていく遊具と考えれば気が晴れた。目を閉じて死を待つだけの時間は長く続かない。紐などないはずなのに落下は唐突に終わった。傷だらけで意識を失いかけていた僕は目を疑う光景に、心臓が爆発しそうなほどの恐怖を感じた。


 空を飛ぶ巨大な物体が僕の腹を咥えている。頭部から見える牙が腹を貫きそうだ。大きな翼や尻尾は時折細かく動いて、前脚には鋭い爪が見えた。目玉は時折僕を見ているようにも感じた。


 死を覚悟したのと同時に疲れと痛みで意識を失ってしまった。


 起きた時には暗い空間で寝ていた。寒くも暑くもない柔らかいものに包まれている。自然と目を閉じると鼓動のようなものと温かさを感じて、周囲を確認すると先程の大きな生物のようなものが側にいた。手足を動かそうとすると鎖は既になかった。


 巨大な生物の腹の近くで寝ていたようだ。

 血は止まっていたが動ける状態ではなかった。


 しばらくすると足音が聞こえてきた。動物ではない人間の靴の音だ。助けがきたのかと思ったが下手に期待して裏切られるのは嫌だった。それに起き上がろうとするも体は動かない。この状態では何もできないと諦めるしかない。


 近くにいた人間は目覚めていることに気づいたのは声をかけてきた。


「もう痛みはないですか?」


「はい……」


 女性のようだが暗くてよく見えない。


「この子たちがあなたを助けてくれたんですよ」


 僕は魔力を目に注ぐと周囲が明るくなる。彼女の姿に驚きを隠せなかった。目は布で巻かれて、服も体もぼろぼろで綺麗な靴も汚れていた。


「あなたは誰ですか?」


「わたしですか。それが覚えていなくて……この子たちがあなたと同じようにわたしを助けてくれたみたいなんですけど」


「この生物はなんです?」


「本人が言うにはドラゴンというものらしいですね」


 聞いたことのある生物だ。


「人間を襲わないのか?」


「食べる気にならないのか、襲わないみたいですね」


 僕たちの声が聞こえたのかドラゴンが動いた。


『起きたか』


「頭の中に声が聞こえる!」


「ドラゴンは魔法で喋るみたいですよ」


『怪我は治ったみたいだな』


「あなたが治してくれたんですか?」


『そうだ』


「ありがとうございます」


 このゲームでドラゴンか。そして記憶のない女性。思い浮かんだのは「運命の女神様のルール憂国の歴史改変」で出てくるシフォン・プロートの王女だ。プロート王国の王女が主人公の三作目で、国の未来を変える為に攻略対象たちと愛を育みながら歴史改変をしながら挑む話だ。彼女はイベントでドラゴンと仲良く話すシーンがあった。単純に空を飛ぶ為のものなだけで、そこまでドラゴンについて深く掘り下げた記憶はない。


 ここで一番重要なのは彼女が記憶喪失と目に布が巻かれてるということだ。これは歴史改変をする中で失敗をすると、両目をナイフで切られるバッドエンドがある。更に別のバッドエンドでは記憶喪失となって王国を去るイベントが存在する。本来は一つだけのものが二つのバッドエンドが両立している。


 だが、ゲームと同じとは限らない。


「あなたはもしかしてプロート王国の王女ですか?」


「ドラゴンさん、そうなんですか?」


『さあ』


「その目は見えないのですか?」


「これはドラゴンさんが巻いたほうがいいと言われたもので、どうやら目は見えないようですね。たまに転ぶことがあるので歩くのに不便ですが、魔力で位置はわかるので」


『君の名前は?』


佐藤星(さとうせい)です。みんなはサトウと呼んでいます」


『我々に名前などないから彼女のようにドラゴンさんとでも呼ぶといい』


「わかりました。何故僕をここに連れてきたのですか?」


『別に意味などない。なんとなく』


「ドラゴンさんはわたしたちを助けてくれたんですよ」


「助けるメリットなんてあるように思えないけど」


「あなたは損得で物事を考えているんですか?」


「人間はそんなものだ」


『我々も同じだ』


「そうは見えないですよ。ドラゴンさん」


 ドラゴンと彼女は親しげに話している。やはり三作目の主人公のようにしか思えない。


「それでドラゴンさんは彼女をどこで拾ってきたんですか?」


『プロート王国付近だ』


「やはり王女様なのではないか?」


『そこまでは知らないが困っていたようだったので』


「やっぱりドラゴンさんは優しいです」


「悪いが僕は空に戻らないといけない。僕はローウェル王国に用があるんだ」


『もう動けるのか?』


「大丈夫だ。助けてくれてありがとう、僕には助けなければならない人たちがいる」


『やめておけ。もう少し休んでいろ』


「ドラゴンさん。お気遣い感謝します。でも、僕はローウェル王国の魔王を倒さないといけない」


 その時彼女は頭を抱えながら膝から崩れ落ちた。


「魔王……」


『あの空にある大地。そこにいるのが魔王と聞いたことはある。どれほどの力があるかわからないが少なくとも王国一つを滅ぼしたのだ。君に何ができる』


「滅ぼした? まさかプロート王国を?」


『間違いない』


 彼女のバッドエンドは複数あるが、攻略対象が原因のものがほとんどだ。原因はわからないが魔王が直接的に関わっているのなら、あの時見た二作目の王子や悪役令嬢が住む国も滅びているはずだ。


「じゃあ、僕は一生逃げ続けろと言いたいのか?」


『そうだ』


「ふざけるな。あそこには仲間もいる、好きな人もいる。何もかも捨てて諦めるなんてできない」


『二人共背中に乗れ』


 ドラゴンに言われ背中に乗ると暗い空間から出る。洞窟のようで周囲は深い霧に覆われていた。肌寒さを感じながら前に進むと木々に飲み込まれた大きな城が見えた。石で作られた城で随分前に滅んだようだ。人が住んでいた形跡など残っていなかった。


「この城は?」


『名をバロック城と呼ぶ。ほとんどが森と霧に覆われているが、この地域全体がバロック王国と呼ばれていたと聞く。我々もよくは知らない』


「知らないんだ」


『我々が生まれる前のものとしか聞かされていないからな』


 こんなことなら詳しく設定資料を読めば良かった。


『ドラゴンという名前も我々の親世代から伝わるもので、人間と話す時にそう言えば襲われないとしか聞かされていない』


「他の仲間は?」


『たくさんいるぞ。この地域は霧に覆われていて隠れるのに最適だからな』


「ということはドラゴンさんは彼女に呼ばれるまで名前がなかったと」


『名前なんて必要なかった。あの食べ物と交換しよう、あの寝床はどうだ。どの会話でも必要になる機会がない。我々に人間ほどの高度な文明は必要ない』


「不便に思えるけどな」


『それはすべてが人間基準だからだ』


「それでどこに行くんだよ」


 ドラゴンは何も言わず城を見上げた。このドラゴンよりも遥かに大きな城は年月が経過して森と一体化してしまっている。扉の前に到着すると背中から降りるように言われた。大きな扉だ。城門よりは小さいようだ。城内を覗くと草木でほぼすべてが城の原形を留めていない。遠くに見える大きな扉も歪んでしまっている。そのどれもが巨大で本当に人間が住んでいたのか疑わしい。


『昔から我々に聞かされていた話がある。この巨大な王国は一夜にして滅びを迎えた。それがなんなのかわからないが、我々は無力だということだ。心配するな、君が思うよりも仲間というのは強い』


「何もわからないのに偉そうだな」


『偉そうなことを言っても様になるだろ』


「……わかったよ。どちらにしても僕には打つ手がない」


 ドラゴンと話をしていると別のドラゴンが近寄ってきた。またそうしていると別のドラゴンが近寄ってきて、永遠と僕と話そうとしてくる。その連鎖の中、一人だけ暗い表情をしている彼女を見る。

 僕は彼女をシフォン・プロートだと確信している。こんな偶然の一致があるわけがない。まずは彼女ともっと話をしなければならない。


 ドラゴンの話を詳しく聞くと数日前に来たばかりだという。

 魔王の話をしてから何も話さない。記憶でも思い出したのかと思ったが、その言葉に震えていただけで記憶は戻っていないみたいだ。


 体力を回復することに専念している間、ドラゴンに回復の魔法を教えてもらった。体内の回復力を向上させるもので傷の治りが早くなる。他にも念話を教えてもらったが、使い道に困るものだ。攻撃に使える魔法はないかと尋ねたが、魔法というものは生きる為に使うもので攻撃の為に使うものはないと言われてしまった。


 シフォンの目を確認してみたがやはりナイフで傷つけられていた。ドラゴンの話では治すことには限度があるとのことだ。記憶に関しても同様だ。


 しばらくしてから僕たちはドラゴンたちと会話をした。どのドラゴンが僕を助けたのかわからなかったが共同体として重要なことではないらしく、あまりにも個人より集団を意識しているドラゴンたちは僕たちを助けたことはドラゴン全体の考えというのを曲げなかった。


 まるで温かな家族に迎え入れられたようで嬉しかった。

 僕たちはドラゴンからバロック王国から南のドラゴンの里に行かないかと誘われていた。


「シフォンはどうする?」


「どうしますか」


 その頃になるとシフォンという名前が自分のものという気持ちで僕たちと話をしていた。


「ドラゴンの里でゆっくりしたほうがいいのかもしれません。でも、自分の記憶が戻らないのは不安です」


「そうだよな。僕もこのままお世話になるわけにいかないし」


 すべてを諦めるしかないのかと思っていると「君たちの願いが叶うかわからんが、ここから北東方向に行くとホードボアという地域がある。そこには古代文明が眠っていると聞いたことがある。何かの役に立つ可能性もあるから参考程度に」などと言われて僕とシフォンはホードボアに行くことに決めた。


 途中までドラゴンは背中に乗せて運んでくれたが霧を抜ける寸前で降ろした。

 彼らはあまり外界と関わることがない。

 人間とも交流はあるみたいだが適度な距離感を保っている。稀に食材調達なども含めて空を旅することがあるようで、そこで僕たちみたいな人間と交流して現在の状況を確認する程度らしい。


 僕はまた会える日を心待ちにしてドラゴンたちと別れを告げた。

 森の中に入ると昼間なのに暗くて魔法を使わなければ足元が見えなかった。彼女の魔法でも使えなくなった目で暗闇まで見えることがないので手を引いて歩くしかない。


 時には現れた動物を魔法で捕まえたり川にいる魚を捕まえたりして先を急いだ。何日も歩いていたが時間の経過がわからない。僕一人ならもっと移動できるがシフォンは目が見えないだけでなく、元々体力もないのか頻繁に休憩を取った。


「何から何までやってもらってすみません」


「王女様なんだから気にしなくてもいいよ」


「関係ないですよ。そんな時の記憶もないですし、今は急ぎたい時でしょ?」


「そうだけど、下手に怪我したら面倒で」


「わたしだってやればできるんだからね!」


「そんな怒るなよ。もう王女様扱いしないから、今度は魚捕まえるの手伝ってみるか」


「わーい」


 元々の性格なのか知らないがやけに子どもらしさが残っている。ゲーム内よりも幼いと思うのは記憶喪失なせいだろう。

 笑う時は笑って泣く時は泣く。たまに大袈裟に怒ることもあるが、不機嫌になるのは一瞬でわがままを言いたいだけなのかもしれない。

 そんな感情豊かな彼女と過ごすうち、次第に過去のことを嫌な思い出として忘れようとしていることに気づいた。


 このまま幸せに旅でもするのもいいかと思うこともあった。

 だが、こんな状態の王女様相手に何をしようとしているのかと思うと嫌になった。

 ラフィアは最後何を言いたかったのだろうか。

 そんな僕の考えは旅をする時間と共に薄れていく。


 日々生きるのに精一杯な僕たちは魔王の話もしなかった。分担して果物や動物などを手にするのもできなかった。シフォンには悪かったがほぼすべて僕一人でこなした。雨の日などでも関係なく、外に出かけて食べれそうな肉を捕まえた。厄介だったのはどんな動物でも魔力があったので攻撃される危険性があったことだ。植物などで食べれそうなものもあったら自分で毒見をしてからシフォンにあげていた。


「わたしそんなに子どもじゃない」


 そんな風に怒られるのでサバイバル技術を学んでもらった。素人のサバイバル技術なんて覚えても役に立たないがないよりはいいだろう。


 どこまで歩いてもホードボアに辿り着いたかわからない。

 

 ドラゴンが嘘を言っているようにも思えないが、彼らも目印になるようなものなどないようなことを言っていた。なんとなく古代文明があって、なんとなくすごい技術があるから行ってみたらと。あんな話を真に受けてきたが無駄足だったらどうしよう。


「あのドラゴンたちはなんでもっと運んでくれなかったんだ」


「サトウはドラゴンを頼りすぎよ。すべて善意でやっているわけでもないのに」


「人間と交流するって目的か」


「優しいだけじゃ人をやってられないのね」


「優しいドラゴンだけどな」


 何日経過したかわからない。もしかしたら数ヶ月経っていたかもしれない。広大な森を歩き続けて一年は経ったのかと思うほどだ。

 正確な方向も合っているかわからない。森の中で一生迷子になっていた。動物や植物に水は豊富だったが気が狂いそうだった。

 二人だからなんとかやってこれたが一人なら正気でいられなかった。


 最近ではシフォンは自分で魚を捕まえるようになった。魔力の扱い方も上手になってきた。植物などにも魔力が流れているので、食べられる植物もわかるようになってきた。魔力の流れが良いものを積極的に捕まえるようにして過ごすのも慣れてきた。


 彼女は目が見えない分、僕よりも獲物を捕まえるのが上手になった。まるで子どもが巣立つ時を見るようで微笑ましいが、そんな類の話をすると怒られてしまった。


 ようやく建物らしきものに到着した頃には、この森で生き抜くのも苦労しなくなっていた。


「あれがホードボア?」


「見えないけど」


 建物には魔力が流れていないので仕方ない。


 複雑な形をした建物は叩いても崩れる様子がない。あのバロック王国の城と違って森と一体化しているわけではないのが奇妙だ。真新しい建物のようにも見える。入る場所が見当たらない。空から見ても入口ないので諦めようかと壁に手を触れると「クリティカル」という機械音声が聞こえた。久々に聞こえた声に僕は自分の運の無さに嫌気が差した。


 本当に大事な時には何も起きなかったのに嫌な世界だ。


 壁はどこからともなく消えて階段が下まで続いている。

 暗闇を彼女の手を引きながら階段を下りていく。


 そこからは複雑に入り組んだ場所もなく、まっすぐ広い場所に着いた。部屋はいくつかに分かれていたから順番に探してみる。ほとんどが空っぽの部屋で何もなかった。その中の一つに大きな箱が置かれている部屋があった。触ってもどんな素材をしているのかわからない大きな箱を、何度か触れてみるが反応はしなかった。


「ねえ、この中に何かいるよ。魔力があるもの」


 魔力があるとは生き物がいるということだ。こんな場所に生き物が生きているとは思えないが、古代文明云々は本当だったのかもしれない。


 魔力の存在を確認できたなら魔力を流してみる。どんな生き物も別の生き物から魔力を流されると反応が起きる。手の先から大きな箱の中の存在へと魔力を注ぐと不思議な感覚がした。今まで生き物を調理している時に魔力の反応を感じたが、死ぬ時は消えてしまう。ここにいる存在は確かな鼓動を感じる。そして他の生き物と違って魔力と魔力が溶け合う感覚がして、突然大きな箱が消えた。


 驚いたシフォンが腰を抜かした。


 そこには光に包まれた鱗や牙などが生えた巨人が浮いていた。見た目はどことなくドラゴンに近かったが手足の生え方が人間に近い、それでいてドラゴンほど大きくはなかった。


 次第に光が消えて巨人は目を開いた。


「……誰だ?」


 とても恐ろしくて友好的に接しないと何をされるかわからないと感じた。


「始めまして、僕はサトウ。こちらはシフォン」


「見たことのない種族だな。わたしはアーバン、バロック王国の戦士だ」


 男性なのか女性なのか判断ができない。あまり不快な気分にさせるのも失礼なので勝手に決めつけるわけにはいかない。


「人間ですよ。見たことありませんか?」


「ない。わたしたちドラゴニア以外に高い知性を持つ者はいなかった」


「聞いたことないですね」


「どの程度時間が経っているんだろうか。お互いの情報を交換してくれないか?」



 彼らはドラゴニアといって惑星ローウェルを支配していた種族だったが、ある時空から来た物体にバロック王国を滅ぼされ一人ここで復活の時を待っていたと言った。僕は転移者なので詳しい話はできなかったがゲーム内知識を駆使して少ない情報を喋った。


「人間がこの世界を支配したのか。それにしてもわたしたちに似ているな」


「そうなんですか?」


「ああ、魔力の質がな」


「そっちですか」


「わたしたちにこんな小さい者はいなかった。匂いや感触はどうだろうか、触ってもいいか?」


「ええ」


 あまり拒否するのも怖いので両手を上げて触らせる。髪の毛や鼻に触れて、口の中を確認される。手や足に触れて首を傾げる。脇や首元の匂いまで嗅がれてようやく終わった。


「なるほど」


 以前見た魔王よりアーバンは全体的に大きい。

 食われたりしないだろうか。


「人間といったがドラゴニアと似ているな」


「……そうですか」


「うん、体の形は似ていないが匂いは似ている」


 話についていけない。これをゲーム内の情報だと仮定しても、乙女ゲームにこんな設定があるとは思えない。勝手に話を進めないでほしい。


「今の時代がわからないな。ドラゴニアはどのくらい生き残っているのか確認したい」


 アーバンは僕たちを置いてどこかに行ってしまった。

 二人で顔を見合わせてとりあえずアーバンの後を追う。

 地上に出ると空を飛んで周囲を見ているようだ。背中から翼が出ているが、ドラゴンの翼と微妙に似ている。

 地面まで降りてくるとアーバンはうなだれた。


「何も残っていない……」


 落ち込んでいるのに自分たちの目的を聞く気分にもなれず、しばらくの間沈黙が続いた。


「それで君たちはどんな目的があって、わたしを訪ねたんだ?」


 僕たちはそれぞれの目的を話した。


「魔王はわからんが、シフォンの体なら治せるかもしれない。まあ、国は滅んだがな」


「そうですか」


 あまり期待していなかったのかシフォンは驚いた様子がない。魔王の話をした以前ほどの動揺は見られない。一緒に過ごして感じたが彼女は諦めている。自分の置かれている状況を冷静に分析した結果、この旅で成果がなければ死んだも同じだと思っていたように見える。


「仕方ないことです」


 彼女は頭が良い。僕なんかよりも。


「アーバンさん。シフォンの願い、それらすべてとは言いません。僕と二人でお手伝いをしてください。そしたら僕もあなたのお手伝いをします。お願いできますか?」


「わかった。ここで何もしないよりも誰かと話していたほうが気が晴れる」


 アーバンが空を飛ぼうとするので一緒に背中に乗せてもらう。


「人間は空を飛べないのか、なんとも不便だ」


「ドラゴニアが特別なんですよ」


「そうでもない。わたしのいた時代では特別な存在なんていなかった。強いて言うならあの黒い物体を特別と言ってもいいかもしれないな」


「その黒い物体というのは」


「バロック王国を滅ぼした生命体だ。奴は突然空から降ってきて、我々ドラゴニアの体に入り込み操った。それだけではない。操った体から離れたと思ったらドラゴニアそっくりの体になって周囲を暴れ回って、地域一帯を破壊した」


 そういうエイリアンの映画を見た気がするな。


「ここホードボアはドラゴニアの墓だ。後世にどう伝えられているか不明だったが、正確な伝えられ方はされていなかったようだな」


 しばらく空を飛んでいると小さな村が見えてきた。大きな石碑が森の近くに見える。海には小さな船があるようだ。


「おお、ここはカメリアじゃないか!」


 アーバンは嬉しそうに叫ぶと地上に降り立つ。

 背中を降りてから「カメリア?」と聞くも耳に入っていないようで先に行ってしまう。

 大きな石碑に触れると悲しそうに呟く。


「もうわたしの友人は死んでしまったのか」


 何人かの村人がこちらを見て家に隠れてしまった。

 ほとんどの村人は家の中から出てこない。だが、遠くから声が聞こえる。


「まさか……ドラゴニア?」


 歩いてきたのは少し歳を重ねた男性だった。


「バロック王国の戦士アーバン。ドラゴニアだ」


「本物か? いや、この姿は伝えられている通りだ。わたしはカメリアの代表ボルド」


「ありがとう、ボルド。わたしはカメリアに行った友人に会いに来た。残念ながら死んでいるようだが」


「それも仕方ありません。ドラゴニアの半数以上は数千年前に滅んでいることが確認されています。わたしたちはその子孫で、こうして昔話を知っているのも古代の技術あってこそだ」


 手足からは人間ではない機械部品が見える。


「わたしの文明は滅んでも生き残ったものはいたんだな」


「古代文明の継承者は複数の国に分かれてしまっています。ここから西のフェザー連邦と東のローデン連邦。後はレルメッチ共和国もありますが、あそこはここより魔王の影響力が強いです。他の国も古代文明を残していますが、その二国に比べれば非常に無知でドラゴニアのことは何も知りません」


 アーバンは後ろにいる僕たちを見ながら言った。


「ここにいるサトウやシフォンからも魔王の話を聞いた。どんな奴だ?」


「バロック王国が滅ぶとほぼ同時期に現れた人物で、彼が現れた地域は人がいなくなるとも言われています。わたしが知る限りだとあまり自分では戦わず、他の人間に任せて戦争を行っているようです」


「魔王は長生きなのか」


「わたしたちのように機械の体なのかもしれません。脅威なのは確かです。興味本位で国を滅ぼし、興味本位で国を再興する。まるで化け物が人間を使って実験をしているようで不気味です」


 ボルドは言った。


「皆様、お疲れでしょう。話はあちらの建物で」


 アーバンが困っているので僕が言った。


「魔法で体を縮めることはできないの?」


「そういえばそんなのがあったな」


 体が人間サイズまで小さくなるとほぼ全裸の男性が現れた。


「アーバンさん、なんで人間になれるの?」


「ドラゴニアは人間ではないが……近縁種みたいなものだから同じか」


「とにかく服を着てください。誰か服を!」


 その夜は久しぶりの食事と寝床に僕たちは昼まで寝てしまった。起きると誰もいなかったがシフォンが食べ物を持ってきてくれた。


 アーバンとボルドはお互い笑顔で喋っている。とても微笑ましい光景に僕とシフォンは食べ物を口に入れながら眺めていたが、僕は久しぶりに会った人間に聞かなければならないことがあることを思い出した。


「ボルドさん! 話をしているところすみません!」


 僕はローウェル王国に仲間が捕まっていることを伝えて助けに行きたいことを伝えたが、ローウェル王国は強力な国で一筋縄ではいかないらしい。


「さっきも言いましたが魔王というのは何千年も前から生きている可能性があります。全然別人ということも考えられますが、もしもわたしたちと同じ機械の体なら脅威です」


 ボルドは自分のお腹を開いて剣を取り出した。


「こんなところからも武器を取り出せます。しかも、下手な魔法より強力です。そして機械さえ取り替えれば何千年と生き長らえることができます。わたしたちは平民ですが、魔王は魔法が使えるので貴族なのだと思います。その貴族が平民側の力を持つのは恐ろしいですよ」


「でも、大切な人もいるんだ」


「ローウェル王国も元々空に浮かんでいたわけじゃない。大陸の半分を支配する巨大な国です。その国の一部が魔王の力でアルベール王国付近まで来た。本来はフェザー連邦の下にあった大きな島が、都市ローウェルとして移動する要塞となっているのです。そんな強い国なのに力さえあれば誰だろうと迎え入れる度量がある。何より、魔王は得体が知れない」


「諦めたほうがいいと?」


「そうです。あなたが生きて敵対しようとしていることも知っているかもしれません。ですが、魔王はそんなこと気にしないはず」


「何故?」


「そういう歴史があるからです。今まで何度も国が滅びていますが、その度に敵意がある人間をわざと放置してきました。魔王は人の生き死にを気にしている様子がなく、あのローウェル王国すら何度も滅んでいますが気にせずにまた国を作っています。これは彼の余裕からだと思います。この数千年魔王は一度も死んだことがないのですよ」


「そんなことがあるわけない!」


「カメリア村は規模も小さく争いの火種になることもありませんでした。そんな我々も不死であって、不死身じゃない。死ぬ時は死にます。魔王に攻撃した兵士は何度も生き延びていますが、結局は魔王の部下に殺されました。怖いのは魔王ばかり敵視して部下にやられることです」


 僕は肩を落とした。


 そんな僕の近くで寄り添うようにシフォンが言った。


「わたしも記憶はないですが、その気持ちわかりたいです。わたしも同じく魔王に何もかも奪われた、だからわかってあげますと偉そうなことを口にはできません。それでも少しは助けてあげたい。いつも助けられてばかりな不甲斐ないわたしにチャンスをください」


 僕よりも重症な彼女に言われると心の弱さを自覚する。


「何もかも諦めて生きるならどうしたらいいですか?」


 ボルドは背を伸ばす。


「好き人を見つけて子どもでも作れば忘れる」


「何を言って」


「わたしたちは平民だ。本来は子どもを作れない、それで最近の若い世代はフェザー連邦に行く。その理由は機械で子どもを作れる工場があるからだ」


「魔法の使える君たちには未来がある。無闇に戦いを挑んで死んだ若者を何人も見てきた。たとえ貴族だろうと誰だろうと見たくない」


 僕は何も言えずに黙った。


 どんどん僕の知らない話になってくる。


 続編をプレイしても世界観の話はゲーム内に詳しく出てこない。恋愛をしてハッピーエンドになるなら僕は今頃ラフィアと幸せに暮らして終わりだった。たとえゲームと似た展開になっても、必ずしもいい結果になるとは限らない。ここが選択肢もあるゲームと同じ世界なら簡単だった。痛みも空腹も本物で友達や恋人と離れる苦しみも本物だ。

 

 ずっと男性と恋に落ちる話をして僕はそれで女性を知ろうとしていた。

 今では僕は自分自身を知ることになっている。

 他人を知る前に自分を知らないとモテない。

 モテる為には他人の為に行動しなければならない。

 終わりがない。

 好きな人と結ばれて終わりなら楽しいゲームだった。

 残念ながら現実だったけど。



 翌日には考えをまとめてシフォンとアーバンに相談した。すべてを諦めることはできなかったが、せめてシフォンの目や記憶は元に戻したかった。フェザー連邦には古代文明の技術が残っている。アーバンの言葉通りなら彼女を治すことは可能なはずだ。


 そんな僕は魔王に知られるよりもローウェル王国に生きていることを知られるわけにはいかない。


 海風に当てられながら遠くの陸地を見る。少しのお金と女性が着る服などをボルドから貰い、僕とシフォンとアーバンはフェザー連邦に行くことになった。

 ボルドには怪しまれたが、まさか自分で着る服だとは思われなかった。


 アーバンは僕の肩を叩く。


「さあ、女性になってみろ」


 体を縮めると一回り以上も小さくなる。あまりこの体の動きに慣れたくはないが、姿形は全然別人だからしばらくは女性でいようと思う。


「多少変わったな」


 この世界の人は大きく変わってもあまり気にしない人が多いように見える。


 ボルドには僕は別の場所で生きていくことを伝えて名前をサトウからセイと名乗ることにする。


「では、そちらもお元気で」


 僕たちはアーバンや村人たちに手を振って空に浮かぶ。人間の姿のアーバンの背中に乗るわけにもいかず、魔法で移動することにした。この距離なら魔法で移動しても疲れることはないだろう。

 天気は穏やかなものだ。雨風に晒されながらの移動は非常に体力を使う。アーバンやドラゴンの背中に乗るのは快適とまではいかなくても、自分の魔力を使わない分休憩ができるが目立ってしまう。


「魚が泳いでいますよ!」


 シフォンは海中にいる魚に手を伸ばす。


「あまり乗り出すと落ちるぞ」


 フェザー連邦は大きな島というより大陸だ。ボルドから聞いた話ではフェザー連邦とカメリア村で定期的なやり取りがある。フェザー連邦で採取できないものを取り寄せて、この地域一体の情勢を取り込む。

 ボルドたちが何千年と生きられるのも逞しい生存能力のおかげだろう。


 陸地が見えてきた。

 兵士のような人物がこちらを見てきたので「カメリア村から来たんですが」と言うと手招きをされた。


「君たちが魔法で飛んできたから何事かと思ったよ」


「ボルドさんと話をしたんですが、入国っていいですか?」


 事前に渡された手紙を渡すと兵士は「どうぞ」と笑顔で言った。


「ありがとうございます。兵士さん」


「貴族には見えないね」


「別に僕貴族ってわけじゃないけど」


「魔法使えるなら貴族でしょ」


「まあ、立場的には違うってだけだよ。お仕事頑張ってください」


 兵士を横目に地上に降りる。


「結構兵士が巡回しているですね」


 シフォンは辺りにいる兵士を見ている。


「平民が多いとも聞くから魔法に対抗する為に兵士が多いのかもね」


 僕は兵士の腰に銃のようなものがぶら下がっていることに気づく。よく見ると兵士だけではない。武器を持たないような服装の人や子どもまでもが銃を持っている。


「みんなが腰にぶら下げているもの、あれってなんだろ」


「あれは我々の技術だな。体内の魔力を吸収して攻撃できる武器だ」


 アーバンは「古代文明の後継者か、わたしは今を生きているんだが」とため息をつく。


 町中を見て回るが近代的な建物が多い。

 地球のものとも違う異質な物体で作られている。壁に触れると魔力に反応してドアのように開閉可能になる。貴族以外の平民も機械でできているのか触れるだけでドアが開くみたいだ。


 レストランで食事を取っていると見知った顔に会った。

 ミュールは僕に気づかない。

 この姿を知っているのはラフィアとフリルだけだ。

 少し迷ってから、僕は近づき話しかけた。


「ミュール・ハインドだな」


「誰だ」


「セイと呼ばれている。アルベール王国にいたよな」


「……今はローウェル王国に住んでいるよ。お前何者だよ」


「昔アルベール王国に住んでいたから声をかけたくなった。聞きたいことがある。あの国にラフィア・ローウェルという者はいるか?」


「第四王女のことか。あまり親しくないから知らない」


「ライン・アルベールは?」


「知らないよ」


「じゃあ、エリック・アルベールは?」


「知らない」


「フォブレイ・エクレールやマイケル・モンブランにコーラル・モンブラン。彼らの状況は?」


「……昔住んでいたらしいが俺は敵国の人間だぜ」


「今聞いているのは昔のミュールだよ。君はたとえ敵国の人間だとしても優しい人間なのは変わらない」


「いい加減にしろよ。俺はお前みたいな女が嫌いなんだ。何でもかんでもわかったように言いやがって」


「殴り合ったじゃないか」


「え?」


 ミュールは僕の体中を隅々まで見て抱きついてきた。


「お前サトウだったのかよ!」


「……おい、あまり騒ぐなよ。ここではセイにしてくれ」


「心配したよ、生きてたのか!」


「鼻水が汚いな」


「魔力でよく見ないとわからなかったよ」


「さっきの続きだがフリル・ベルマーズは?」


 その瞬間笑顔が消えた。


「ミュール?」


「ベルベット・ローウェル第一王女の元に連れて行かれたとしか知らない。彼女は人体実験が好きなことで有名だったから」


 僕はミュールの肩を掴んだ。


「そんなに危ないのか?」


「知らないよ。俺はみんながどうなったかほとんど知らない。風の噂で聞いたのが、その程度の話で何も知らないんだ。嘘をついていない!」


「信じる。ミュールはいい奴だ」


「今までの俺にそんな要素ないだろ」


「あるよ。自分が悪いと思ったことを反省したじゃないか」


「過去は変わらない」


「誰かが許してあげないといけないだろ」


「お前はやられていないから、そんなことが言えるんだ。俺が男性にしたことを誰も許していないさ」


 僕はミュールを抱きしめて頭を撫でる。


「ずっと責め続けるなんて酷なことしても僕はしない」


「甘いな。俺も協力したい……だけど」


「大丈夫だ。心配するな、すべてうまくいく」


「サトウ……」


 その時ミュールが僕の唇にキスをした。


「は? 何するんだよ」


 機械音声が遠くで聞こえたが頭が痛くて何を言っているかわからない。


「いや……思わず」


 ミュールが何かを言っているが、僕の体は徐々に熱くなる。


 また僕は男性にキスをされた。


「セイ!」


 体を支えてくれたシフォンの声が遠くなる。


「今何されたの!」


 彼女の目が見えてなくて良かった。

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