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空から落ちる悪役令嬢の願いは叶いますか?  作者: 福与詩檻
第四章 魔王編

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54:近づく気配

 彼の気持ちに偽りがあったのだろうか。愛を誓ったわたしと彼には大きな隔たりがある。実際に対面して心変わりは見られなかった。深く踏み入ったら命取りになりそうな予感はあった。彼の体に触れて魔力を探ると確かに魔王の魔力を感じた。


 ローウェル王国で長年暮らしてきても魔王のことは何も知らない。


 あの時失った魔力の代わりとして手に入れたのがフリルだった。サトウに抱きついた時に彼の中にある魔力に反応して自然と体に流れ込んできた。彼女の魔力は自然と体に馴染んだ。受け取ったはずの魔力は使えなかったが記憶などと混ざってわたしのものになった。肉体を失い魂だけとなったものがわたしに強烈な不愉快な気持ちと共に一つとなる。


 時間が経つほどに他人と混ざり合うことの怖さを実感した。こんなことをサトウが感じているなら魔王をどうにかして取り除かないといけない。


 ギャバジンに帰り他のみんなに詳しい説明をして戦いが終わったことを伝えた。それと同時に今後も別の形で戦いが続く可能性を言った。サトウが魔王になってローウェル王国を作り直すなんて話は到底受け入れられるものではなかった。


「……ラフィアはそれで良かったのか?」


 立ち上がれるようになったラインがわたしの目を真っ直ぐ見る。


「俺には理解できないがサトウ自身が決めたことなら問題はないと思う」


 ラインはあまり詮索しようとしなかった。彼の表情からすべてを読み取れるわけじゃないが、何かを決意したような気がした。


 誰から事情を聞かれても「仕方なかった」としか言えない。時にはナージャやフランネルなどから納得いかない様子で問い詰められることが何度もあった。


「なんで止めなかったの?」


 ナージャはわたしの腕を掴んだ。


「魔王と融合した彼にわたしが敵うわけないだろ」


「あなたはローウェル王国の王族で、しかもサトウが一番好きな人。なんでも手に入っている人が簡単に諦めたらわたしは……」


 掴まれた手の力が抜けていくとナージャは涙を流す。


「サトウのこと好きだったんだな」


「わたしもナージャと同意見だよ」


「フランネル……」


「わたし何度も戻ろうと言ったよね? サトウともっと話そうと言ったし。ローウェル王国がたとえ恐ろしいものだとしてもサトウが一緒なら大丈夫かもしれない。それなのにラフィアは止めた」


 フランネルはここに帰るまでの間で一番話したが溝が深くなった気がする。元々あまり話す関係ではなかったがここにきて考え方の違いが出ている。


「サトウは魔王と融合した。それが意味するのは過去の歴史が物語っている」


「まさかラフィアはサトウがわたしたちを殺そうと考えているとか思っているの? あなたサトウのことが好きなのに疑っているの?」


「好きだから、その人のことをすべて認める。そんなの本気で愛しているとは言えない。間違っていたら間違っていると考えないとその人の為にならない」


「……わたしはそんな強くない」


 フランネルもナージャと同じく泣いている。


 サテンが泣いている二人を見ながら肩を叩く。


「あんまり泣かせるなよ」


「わたしが悪いわけじゃない」


「そう、ラフィアは悪くない。だから気にするな」


「それで戦争は終わったのなら牢屋にいる奴らはどうするんだ?」


「ローウェル王国に引き渡す。既にゴルアとシャギーで話はついてある」


「サテンもローウェル王国に行くか?」


「まさか」


「だよね」


「バーキン連邦に居場所がない人はみんなローウェル王国に行くことになった。ローウェル王国はラフィアをどうするのかな」


「どうもしないよ。サトウが魔王になったからって何かが変わるわけでもない」


「そうかな。俺はサトウのことをよく見てきた。あいつがラフィアに興味がないとは思えない」


 体調が良くなかったのかラインは頻繁にわたしと話すようになった。昔のようにローウェル王国だけを恨む彼ではない。


 ラインは荷物を持ちながらわたしを見る。


「ラフィア、俺もクロッグもローウェル王国に行く。向こうにはエリックもキャリバーもいる。インソールも生きていることがわかった。ギャバジンにいる意味はない」


「そうだよね」


 ここにいるのはみんなサトウが連れてきた人だ。わたしには誰もいない。サテンやリングもいるがローウェル王国に二人が帰ろうと考えても止める権利はなかった。


 そう言って去って行くラインに何も言えなかった。


「わたしって弱いな」


「そんなことないよ。ラフィアはよくやっている」


「サテンはどうしてそんなにも優しいの?」


「そりゃ好きだもん」


「ありがとう」


 サテンと抱き合っていると気配を感じて真横を見るとマリン・ラグランが立っていた。


「最後に挨拶でもしようと思ったけど気が変わった。わたしもここに残る」


 バレルは荷物を地面に落とす。


「え? もう行く準備は整っているんだぞ」


「そもそもあの国はわたしの国を滅ぼした敵国だ」


「急にどうした?」


「なんでみんな自分の故郷を滅ぼした国に行こうなんて考えられるのかわからない」


「居場所がないから、魔王が死んでサトウがローウェル王国を統治しようとしているから。それだけじゃ不満?」


「不満だよ。人は簡単に考えを変えられない」


「……もう、わかった。わたしも残る」


 知り合いとの話を終えてゴルアに会いに行く。ツキヨとの話に進展がないかの確認だ。彼はツキヨと定期的に話をしてアーバンとフェルトをギャバジンに移動させるかの相談をしていた。設備の整ったギャバジンのほうが人間は住みやすいと考えて来月にも移住するようだ。既にマキシギャとギャバジンで相互に移動できるように地下道を完成させた。近い将来もっと広範囲で繋げるらしいが地上での暮らしができない人専用というのは、まるで犯罪者を囲う施設のようで良い気分ではないが現状は仕方ない。


「それでゴルアに聞きたいんだけど、魔王が始めて来たのって空からなんだよね」


「バロック王国の空から落ちてきたのが始まりだ。以後各地で争いを起こしては人間を苦しめてきた」


「そのバロック王国に行けば魔王についてわかるかな」


 サトウのこともだが自分自身について知るべきだと思った。


「もう何も残っていないと思うが……そういえば」


 ゴルアは自分の頭を開けて小さな板のようなものを取り出す。


「バロック王国には誰も知らない地下施設がある。これを使えばそこに行ける。多分、そこはまだ使えるはずだ」


「なんでわたしにそれを」


「ラフィアは魔王の子どもみたいだが、どうにも魔王らしさがない。魔王の血が混じっていると本来気性が荒くなるがラフィアには穏やかな感情が見える」


 手渡された小さな板は落としたら壊れてしまいそうなほど薄い。


「ありがとう。いつもあなたには感謝している」


「気にしないでいい。好きでやっていることだ」


「それでも感謝したい」


「それとフルブローグと小型ゴーストブラッド機だ」


 手渡されたフルブローグと小型ゴーストブラッド機というのは腕のような形をしていた。


「腕にしか見えないが」


「これを腕につけてもらう」


「つけるとは」


「腕を取り外して装着すれば通信もできる。腕から様々な武装を出現させることが可能だ」


「わたしはあなたのように機械ではないんだけど」


「気にしなくても大丈夫。痛くない」


「そういう問題じゃないんだが……」


 ゴルアから目を逸らすとフランネルがいた。彼女はゴルアの手にあるものを見てからもう一度わたしを見つめて嬉しそうに手を引く。


「じゃあ、手術だね」


「待ってよ。フェザー連邦でもあったけど……怖い」


「モッズが優しく腕を切ってくれるよ」


「なんでそんなことをしないといけないんだよ」


「バーキン連邦なら普通のことだよ。フェザー連邦でもそういう人いたでしょ」


「いたけどわたしは自分の体を傷つけるのは嫌」


「バーキン連邦で過ごすなら必要なことだよ。心配しなくても元の腕は保管してあるからいつでも元に戻せる」


 サテンやリングを見ると二人の片腕は機械へと変わっていた。わたしは仕方なくゴルアに従うことにして部屋を出て手術を受けた。


 数十分で右腕を機械に変えると数日の間は慣れない腕で魔力を流す訓練に費やした。


 その間にギャバジンで過ごしていたバーキン連邦から連れてこられた貴族の数は減っていたが、ローウェル王国もバーキン連邦も選べない貴族や平民の数は増えた。ローウェル王国に滅ぼされたプロートやリムレスにアルベールやテラードの住民を含んでいる。その国で暮らしていた貴族や平民にはローウェルとバーキンの両国にも所属しないことを条件に魔力を制限させる機械部品を装着しての移住だ。労働に応じて賃金やその他の報酬を与えることも約束してある。


 ゴルアやツキヨも人の移動に関しては前よりは柔軟な考えになっていた。ヨークドの提案でバーキン連邦を説得して地下で生産したものを売れるようにしたようだ。ヨークドは過去のことで腹を立てていたが、ギャバジンの豊富な武器の数々からバーキン連邦は手を出すことは不可能だと考えた。クライン・カモージュという人物との通信ではヨークドもピロトグルも笑顔だった。クラインは話に聞くほど過激派ではなく、意外と柔軟に対応できる人物でわたしや他の貴族の移住も許可した。元々ギャバジンが治外法権のような場所というのもあるし、わたしたちが魔力を制限させる機械を装着していたことも許す理由に含まれている。


 ヨークドもピロトグルもギャバジンの生活向上に貢献して古代都市ギャバジンを元に戻すことを目指すつもりみたいだ。


「そのクラインって人信用してもいいの?」


 ヨークドとピロトグルはわたしを向いて少し悩んでから「ヨークドはあいつをどう見る」とピロトグルは言った。


「ここ俺が国を飛び出してきたのはあいつも知っている。フェザー連邦やローデン連邦のことで頭を悩ますバーキン連邦に今の俺たちを構う余裕はない。むしろ手を貸してくれと頼まれたよ」


「お互い苦労しているからな。主に金の問題で」


「バーキン連邦は人の命は軽いが、金の価値は命より重い。昔から作物が育ちにくい環境で動物も飼育するのも人手が足りない。更にはバーキン連邦の技術で他の国が大きくなったから金が流れてこない。いいところがないからギャバジンに頼るしかない」


「ここは古代技術が多く残っている。貴族だからと拒否もしていないから同じ価値観の者が揃って暮らしているから、余計な争いで効率の悪いことも起こらない」


 地下なのに太陽光が届いていたり川が流れていたりして自然豊かな環境が整っている。自動的に雨や風が吹き植物が育つよう機械でプログラムされていて、動物を育てるのも人の手と機械の力も借りて様々なものを育てているようだ。ゴルアとツキヨが常に働いているのも関係しているので二人には感謝するようみんなに伝えている。


「昔はここに来た時は何もなかった。ローウェル王国と戦う為だけの国だったのが、人間が暮らす為の最低限の食事の改良から始まり、次は娯楽施設の建設に都市間のインフラまでした。太陽を浴びないと嫌だったが疑似的な太陽光など地上で暮らすのと変わらなくなっている。地上の砂漠を取り払って古代文明を復活させることを提案したが、その日も近いな」


 ピロトグルは腕を組み長々と語るとヨークドの隣に座る。


「それでラフィアはギャバジンを出て行くのか?」


「バロック王国に用事ができたから魔王について調べてくる」


「それならついでにエドワルドまで行ってクラインに渡してほしいものがある」


 ピロトグルはポケットから紙切れを出す。小さな女の子と男の子が写ってあるものを手渡されて眺めていると「それはクラインの家族の写真だ。結構前のもので以前渡すことができなかったものだ」彼はそう言いながらカップを手に取る。


「その後ろに文字が書いてあるだろ。ユードとラキュスって書いてあるから、その文字を見せればクラインが察してくれるはずだ」


 コーヒーを飲むピロトグルは天井を見ている。


「これを渡すだけでいいの?」


「……それともうあの時は守れなくてすまなかったと伝えてくれ」


「わかった」


 二人共何か思うところがあるようだがクラインと会うつもりがない。何故直接話そうとしないのか聞きたかったがフルブローグから通信がきたので急いで部屋を出る。想像以上に早くアーバンとフェルトが帰ってきた。二人を出迎える早速とツキヨから聞かされてあったサトウが魔王になった話を聞かれることになる。アーバンもフェルトもわたしから聞かされると信じるしかないようで悲しそうな表情をしていた。


「それでラフィアはどうするんだ?」


「アーバンに言われるまでもない。取り戻す、でも……それには時間が必要なんだ。一度バロック王国に行こうと思う。そこで魔王のことについて調べることでサトウを取り戻す手段を見つけたい」


「それならわたしも行きたい」


「え? シフォン?」


 突然横から話しかけられて驚いてしまう。


「わたしは魔王と血が繋がっているみたいなの。だから知りたい」


 それを聞いていたフェルトが「ねえ、ラフィア……わたしも役に立つと思うの。昔よりも魔法の勉強をしたから何かあったら助けられる」と言った。


「あなたも魔王のことが気になるんだ」


「わたしも国がなくなったから他にすることがないんだよ」


「わかったよ。一緒に行こう」


 準備を整えてギャバジンを出発した。ギャバジンについてはサテンやリングに任せてある。二人共昔よりも仲良くなっているようで稀に二人で仲良く部屋で談笑しているようだ。わたしが突然部屋に入ると普段読書をしないサテンが本を読む姿や口笛を吹くリングを見たことがある。声が聞こえていたのにわたしが来ると話さなくなる。そして突然喧嘩を始めるのだからまだ仲が良いとは呼べないのかもしれないと思って立ち去る。


 ナージャとフランネルに旅立つことを話すも二人は抱き合ったまま睨む。なんとも可愛い二人だが嫌われているようなのであまり話すことがない。


 バレルとマリンにはギャバジンの運営を少しだけ話して経験させている。本当はシフォンと一緒に行きたいらしいが、よくわからないが二人共シフォンと何かあったのか気まずい空気が流れている。あまり深く詮索しなかったがシフォンの無事を祈っていた。


 わたしたちはギャバジンを出てから話す機会が増えた。砂漠の途中で休憩しながら夜を過ごしているとアーバンとフェルトが付き合っているという話をシフォンが言い出す。


「そうなの?」


「そうらしいよ。将来の話までしたんだってさ」


「意外ね」


「わたしもアーバンとはよく話すけど、まさか女性と付き合う気持ちがあるとは思わなかったな。バロック王国の戦士だとか言って恋愛には興味がなさそうだけど」


 わたしたちはドアを開けて真横に建物を見る。移動式の建物でどこでも寝泊まりできるものを二つ用意してもらった。事前の話だと一つだけ頼んだのが、わたしにフェルトが頼んできて二つになった。


「なんで別々なんだろうと思ったけど、そういうことか」


 シフォンはドアを閉めると困ったように笑う。


「みんな受け入れるのが早いな。わたしは男女で付き合うのは慣れないな」


「わたしはサトウがいるからさ」


「だからかな。ギャバジンだとラフィアの影響か男女で付き合う人をよく見るんだ」


「あんまり見たことないけど」


「そういう目で見ていないからだよ。サテンとリングだって付き合っているよ」


「……いやいや、そんなわけない。あの二人結構仲悪いよ?」


「まあ、手を繋ぐのも恥ずかしがっていたからね」


「え? わたしに何も相談してないのにシフォンには話してるの?」


「前に一度サテンのほうから話があったの。ラフィアは忙しそうだったのもあるけど」


「そんなことになっていたとは……」


「でも、サテンもラフィアが魅力的で浮気しそうと言っていたからリングは大変そうだな」


「そんなこと思っているのか……」


 距離を取ったほうがいいのだろうか。


「そのリングもサトウを好きになりそうとか言っていたからな」


「わたしにそんな話してくれないのにシフォンにはするんだ」


 わたしはシフォンに背を向けてベッドに入る。


「誰もわたしの友達になってくれないんだ……」


「そんなこと言ってないでしょ! わたしもみんなも友達だからね!」


 エドワルドに到着後、猛烈な日差しを肌に感じながら赤や白を基調とした外観の建物を見ていく。ここには戦火が迫っていなかったのか、賑やかな人たちが笑顔で路上を歩く姿が見える。他のみんなは前にエドワルドに来ていたようで懐かしい様子で町中を見て回っていた。水路に沿って並ぶ建築物を横目に先導するシフォンと一緒になって話す。


「こんなにも混み合っているのは前も見たけどさ。すごい活気だよね」


 わたしは頷き周辺の建物を眺める。


「綺麗なところね。争いなんてなかったかのような雰囲気なのが不思議」


 シフォンとわたしの後ろを歩くフェルトとアーバンはお互いの話をしている。昨日一日で多少なりとも二人の話を聞けたと思ったがまだ聞けていないことも多い。マキシギャでの生活を経て二人の関係が変わった理由はなんだろう。


「ねえ」


 わたしが後ろの二人に声をかけようとしたら歓声が聞こえてきた。人混みの先に見える巨大な細長い棒のようなものが空に飛んでいくが見える。体の奥底まで響くような音が辺り一帯を震わせた。上機嫌な人々の姿が幾つも見えて何かのお祭り騒ぎでも起きているみたいだ。


「シフォン?」


 周辺を見ると誰もいない。


「アーバン?」


 この久しぶりの人々から伝わる熱気をわたしも感じて盛り上がってしまった。そんなわたしを残してみんなどこかに行ったようだ。


「フェルト?」


 わたしの声を聞く人はいない。


 どんな言葉もかき消されてしまう。


 観光もほどほどにしてクラインに会わなければならない。それなのに一人になってしまっては写真を渡せない。わたしはエドワルドには詳しくないから誰かが一緒にいてほしい。


 爽やか風を浴びながら歩くと次第に潮の香りがしてくる。汗ばむほどの暑さからか砂浜には子どもや大人が海に入り遊んでいるのが見えた。ローウェル王国や他の国でも海で遊ぶ人はいない。この幸せな光景を見ていると一人の男性が海を眺めている。そういえばここに来る前にクラインの特徴を聞いていなかったが言わずともすぐにわかった。、このエドワルドで売っている雑誌の表紙に載っていた髭を生やした中年男性の顔が目の前にあることに気づく。


「クライン・カモージュさんですよね。ピロトグル・グラデイからこれを渡すように言われて来ました」


 わたしは写真を彼に渡す。


「あいつがこれを?」


「ええ、それとあの時守れなくてすまなかったと伝えるよう言われました」


「今更別に気にしてないのに律儀だな」


「お互い深い仲なんですか?」


「そうでもないさ。腐れ縁みたいなものでいつも喧嘩ばかりしていた」


 彼はポケットから何かを取り出すと人差し指と中指で筒状のものを挟むと口に咥えた。その筒からは煙が出てきて吸い込むと思わず吐きそうになってくる。


「すまない。嫌だったか」


 彼が筒をひねると煙が出てこなくなった。それをもう一度ポケットに入れると「これは有害物質で一度吸うとやめられなくなるもので、バーキン連邦では違法なことなんだ。内緒だぞ」などと笑う。


「確かすごい偉い人じゃなかったんですか? そんなことしても大丈夫?」


「偉くないよ。一時的に権力を握ったが別に優れた統治者というわけでもない。王様ならそういうこともできたがバーキン連邦だと関係ないからね」


 彼はわたしを見ていると眠そうな目を開いて頭を抱えた。


「お前ラフィア・ローウェルかよ……確かギャバジンにいるとかいう」


「はい。実物はそんな恐ろしくないでしょ」


「前にあいつらと一緒にいるのを映像で見たが加工されたわけじゃなく、本物だったわけか……それで奴らは強気だったんだな」


「強気?」


「このバーキン連邦で平気な顔して反抗するほど無謀とは思わなかったという話だ。あいつらも裏切ったわけか」


「違います。わたしはローウェル王国とは関係ないです」


「お前良かったな。他の奴がいないタイミングで」


「ギャバジンには他にも貴族がいます。平民も住んでいますけど、誰も気にしていません」


「まあ、こんな頭の女が隣にいたんじゃ。そういう考えにもなるか」


 去って行こうとする彼の肩を掴む。


「なんだよ」


「あ、いや」


 思わず反論したくなった。


「言いたいことがあるなら言えよ」


「やっぱりないです」


 彼は舌打ちをして振り向かずに遠くに見える建造物を指差す。


「あれは比較的小さな人工衛星でバーキン連邦に電波を飛ばしているんだ。少し前に打ち上げたのは結構大きなもので宇宙を探索するやつだ」


「すごいですね」


 立ち止まり彼は「もう用事は済んだはずだ。帰ったほうがいい」と言って消えてしまった。


 わたしが誰なのか知ると態度を変えた。


 意外とわたしの顔を知っている者もいるのだろうか。ローウェル王国でよく知られている顔と名前ではなかったので心配はないが、今日明日にでもバロック王国に行くのが賢明だ。


 人混みの中探していると『どこ行ったの? ラフィア』と耳にシフォンの声が聞こえてきた。フルブローグでこんなにも声が綺麗に聞こえることは今までなかった。


『どこだろ』


『わたしたちも迷っているの』


『海の近くなんだけど』


『わかった。すぐ行く』


 シフォンの声が聞こえなくなったのでピロトグルに連絡を入れる。


『クラインに写真を渡したよ。あの人と腐れ縁だったの?』


『あ、ありがと。何を聞いた?』

 

『何も聞いてないよ』


『あいつ俺のこと許していたかな』


『許してたね。何があったか聞いても?』


『前にローウェル王国との戦争で預かっていたクラインの子ども二人を死なせた。当時は何度も謝ったさ。あいつ何も言わないでどっかに行ったから結局許していたか不安だったんだよ』


『別に気にしている様子じゃなかったと思うな。もっと手を取り合ってもいいんじゃないの?』


『またあいつと会えたならそうしようかな』


 わたしは通信を切ると雲一つない空に飛んでいく人工衛星を見る。この歓声はバーキン連邦にとって喜ばしいことのはずなのにクラインの表情は暗かった。


 夕方になっていく空を見上げていると手を振るフェルトとシフォンが見えた。わたしも手を振って走り出すと空からゆっくりと近づく輝く星を目にする。無数の輝きとなって降り注ぐ星は綺麗に思えたがすべての星が輝いているわけではない。輝かない星も幾つも見えていた。周囲の人たちが大慌てで逃げ惑う姿を見て緊急事態だと思い三人の元に行く。


「何が起きているの?」


 アーバンは機械化された腕を見ていたが首を傾げる。


「状況がわからない。どうやら登録されていない者には聞こえないものがあるみたいだ」


 地下へと逃げようとする人に声をかけると「隕石が落ちてくるの!」と言って地下に入っていく。


 考えていると空を眺めるわたしたちの上空を通り過ぎるように小さな隕石が落ちてきた。遠くにある観覧車という乗り物にぶつかる。更に次々と隕石が落ちてくるのが見えた。海や陸に落ちた隕石を目で追えなくなるほどの数を見てわたしたちはお互い離れないように魔法で守っていた。次第に増える激しい爆発音と燃え盛る火の粉が落ち着き、周囲を見ると魔法で守っていなかったわたしたち以外は全員跡形もなくなっていた。建物内に避難した人も焼け焦げていたり潰れていたりと目を逸らす光景を目にする。


 クラインの表情と以前ローウェル王国が行ったバーキン連邦に人工衛星を落とした過去。それらを思い出した。


「まさか……ローウェル王国がやったの?」


 シフォンも同じことを考えていたらしいがわたしは思わず彼女の肩を掴む。


「そんなわけない!」


『おい! ラフィア!』


 ゴルアからの通信が入る。


『今の衝撃はなんだ?』


『隕石みたいなものが空から落ちてきたの』


『それだけか? ツキヨからの連絡で今空にいるとか言われて、空を見たら……驚くぞ』


『何?』


 空からは何も見えない。


『ローウェル王国全体が空を飛んでバーキン連邦に向かっているんだって』


『……言っている意味がわからない』


『ツキヨがマキシギャからギャバジンに行く準備をしていたら、突然地下通路が揺れて崩れそうだったんだ。それで何度も起きる揺れを確認しようと外に出たら雲や太陽の距離が変だと思ったら空を浮いていることがわかった。俺とも繋がらないからフェザー連邦にいるグラードと連絡取って繋げてもらったら、どうにもまたローウェル王国が動き出したらしい』


『戦争は終わったんじゃないの?』


『違うらしい。ローウェル王国内部で色々と問題が起きて、前と少し違った形で魔王が登場した。それが原因かは知らんが……ラフィアが目的のようだ』


『それでなんでバーキン連邦を攻めるの? あのサトウが?』


 彼はわたしが知る限りだと優しい性格をしている。魔王になったことで変わったことも考えていたが未だに信じられない。


『それはフェザー連邦にいるグラードの話でしょ。信用していいいの?』


『今は他に信じる情報はないよ。残念ながら』


 通信を切り瓦礫の上を歩く。全員が言葉を失い崩れかけの建物を通り過ぎる。一瞬の出来事で何もできずに死んだ人間が多い。下敷きになっている人間からは血が流れている。機械音を鳴らしている人間もいるが生き残っている者は見当たらない。


 大きく丸い形の建物が砕け散っていた。景色も夕日に照らされて荒れ果てたように見えてしまう。冷たい風が吹く海辺からは押し寄せる波の音が聞こえる。夜が近づくにつれて寒く感じた。人の気配を探して周辺を歩くと地面には先程渡した写真の切れ端が落ちていた。拾おうと切れ端を掴むも粉々になっていく。


 ピロトグルになんと言っていいのだろうか。


 エドワルドの中心から少し離れた場所で今日は寝ることにする。ゆっくりと眠っているとシフォンの声で起こされた。


「起きて!」


 建物から出ると周囲を取り囲む兵士の姿が見えた。どれもローウェル王国の兵士で重武装をしているようで不思議な武器ばかり持っていた。


「ラフィア・ローウェルはいるか」


 兵士の声を聞き建物から少し顔を出すとフェルトが捕まっていた。武器を構えた兵士がフェルトを掴み、アーバンは地面を這いつくばるように倒れている。


「魔王様の命令だ。ローウェル王国に来てもらう」


 わたしが行こうとするもシフォンが腕を掴む。


「何するんだ。わたしが呼ばれているんだよ。ここで行かないと二人が」


「大丈夫。二人は助かるよ……ずっと怖かった魔法があるの。いつも誰かの後ろで怯えていたけど、本当は誰かの為になりたかったの!」


 シフォンは目を閉じて深呼吸をしていたが、次の瞬間目を開ける。


「パイリッシュ」


 彼女が口にした言葉には不思議な魔力が乗っていた。空間が異常な歪みを生じさせて兵士たちと二人を消し去った。その場には移動式の建物が二つとわたしたちだけが残されていた。わたしがシフォンを見ると汗ばむ顔を手で拭って地面に手をついた。


「シフォン! 今の何?」


「あれは過去改変魔法だよ。前にプロート王国でやった時は失敗したけど、上手にできて良かった」


「すごい魔法だ」


「広範囲に指定すると空間の歪みが大きくなる。調整を誤ると何が起きるかわからないの」


 わたしは倒れそうになっていたシフォンを支えてベッドに入らせる。


「一応二人を見てきて、建物の中で寝てると思うから」


「わかった」


「後さ、すぐにここを出発するよ。兵士が来るのを遅らせるくらいしかできてない。もっとわたしが強力な魔力を込めれば良かったんだけど……体力の消耗が激しくて」


「いいよ。すぐ行こう」


 フェルトとアーバンを起こしてエドワルドを出発すると、すぐに兵士たちの魔力が近づいてくるのがわかった。追いつかれないように夜も眠らずに歩き続ける。


『ゴルア! 聞こえる?』


『お、どうした』


『そっちにもしかしたらローウェル王国の兵士が向かってくるかもしれない』


『居場所はわからないはずだろ』


『サトウが魔王になったことは伝えたはずだ』


『あいつが俺たちに何かすると?』


『わからないけど用心しないと駄目』


 ゴルアに伝えてから一瞬躊躇したがピロトグルに連絡を入れる。


『ラフィアだ』


『どうした?』


『クラインは死んだ。死体は見ていないが生き残ってるとは思えない』


『そうか……ありがとうな』


『なんでそんな』


『ゴルアと一緒にいるんだ。状況はわかるさ。色々と考えてくれたんだろ? それなら感謝しなきゃな』


『……ねえ、ゴルアも一緒にいるんでしょ? それなら伝えてくれないかな。わたしたちはギャバジンには行かない。だから誰も入れないように入口を封鎖してほしいの。それでギャバジンを完全武装させて敵に気づかれたら先制攻撃して。今後はあまり通信しないで誰かに聞かれてるかもしれない』


『わかったが、どこに行くつもりだ?』


『前に言ったでしょ』


『ああ、そうだったな』


 わたしは通信を切ると更に速度を上げる。砂漠に入ったが追手が消える気配はない。このままギャバジンに行けば戦闘になる。不意に腕を見る。遠くの夜明けを待つ必要はないと考えて立ち止まる。


「なんで止まるのさ!」


 シフォンが叫ぶ。


「三人はギャバジンに行かないでマグノメリアに行って。ギャバジンを完全武装させるから」


 わたしの顔を覗きアーバンは「先に行くが時間をかけるなよ。命は大事なものだ」と言って去る。フェルトとシフォンが手を振る姿を見て腕を外す。伸縮する腕は一本の長い棒になる。瞬く間に長い棒が全身に巻き付くと膨らみ始める。目を開けると巨大な体となって砂漠に立っていた。ゴーストブラッド機とは古代文明で作られたロボットだ。どこにでもあるありふれたロボットの名前で特別なものではない。唯一違う点は明確な特徴がないところだ。この世のロボットすべてがゴーストブラッドと呼ばれている。このロボットは強力すぎてドラゴニアの世界が滅びる時しか使われなかった。


 追手を見下ろすと小さな体で砂漠を走る姿が見える。手を向けて曲げた人差し指で親指の腹を弾くと空間が振動して辺り一帯を吹き飛ばした。両手を見ると黒い体をしていた。背中には翼が生えていたが機械らしい場所もあるがロストテクノロジーに相応しい機械らしくない部分もある。動かす感覚は手足を動かすのと変わらない。空を飛び立つと遥か彼方から何か大きな物体が空を進んでくるのが見えた。翼を使用して前に進むと前方に見える物体が大地なのだと気づく。それも大きな山が空を浮かび進んでいる。眼下に広がる山を見ていくと尻尾の生えた人間がわたしを見上げていた。


 山と遠くに見える砂漠を見て通信で聞いた話を思い出す。


 ここはローウェル王国のラフバ山脈とムルクバ砂漠の中間だ。地上に降りようと意識を集中していると腕が縮み始める。翼を折りたたみ右腕が元通りになった。右腕を動かしていると何人かがわたしを木の陰から見ている。一人だけ近づいて「あ、あなたは……あの時はありがとうございました!」と頭を下げてきた。


「なんの話ですか?」


「以前わたしたちを助けてくれましたよね?」


 ここはあまり知られていない場所でローウェル王国でも知っている人は少ない。以前来た時は余裕がなくて、この地域のことや住む人の話を聞いている暇がなかった。


「そういえばそうでしたね」


 後ろから見え隠れする尻尾をわたしが見ていると「珍しいですよね。あんまり人と会うことも最近は少なくなったので、他の人と話すのに警戒する者も多いんですよ」と笑っている。


「あなたたちはドラゴニアと関係があるんですか?」


「そうですよ。見た通り、と言いたいけど実際会ったことないから。わたしたちはドラゴニアの正式な末裔で、このローウェル王国に住む人よりも遥かに遺伝子が近い。それ故にか当時の争いを祖先が覚えているのか、未だに魔王のことが慣れないんですよね」


「今何が起きているのか魔王から聞かされていますか?」


「魔王から? 最近は誰も来てないです。あの時を最後に兵士は来ていません。もうほとんど鉱石は取り尽くしたことも関係しているかもしれないですね」


「この空が動いているのも知らされていないと」


「確かにすごい大きな音がしたけど、何か重要なことですか?」


「はい。何か起こってからでは遅いので……あなたたちは空を飛べますか?」


「あまり遠くまでは無理ですけど」


 背中の小さな翼を見せる。


「少しだけなら二人一緒で行くこともできます」


「それならギャバジンという古代に栄えたドラゴニアの都市に行ってください。今ローウェル王国は空を移動してバーキン連邦に向かっています。この地域もどうなるかわかりませんから、いざとなったらギャバジンという砂漠に埋もれた都市にいるゴルアという人物に話をしたら、移住の許可が貰えるはずです。今すぐにという話ではないですが」


「いきなりそんなことを言われても……」


「今は理解できなくてもいい。困ったらギャバジンに行ってラフィアという名前を出してください」


『ゴルア、聞こえる? ドラゴニアの末裔という人たちを見つけた。もしも聞いているならギャバジンに彼らが来たら迎え入れてくれないか』


 返事はこなかったが通信は繋がっている。電波の状態が悪いので声がはっきりと聞こえないが大丈夫だと思う。


 わたしが森の中を抜けて更に走るも崖が見えてきた。慌てて戻ろうとするが興味本位で空の下を覗くと何かが聞こえる。崖を飛び降りるも斜面というよりは切られたような断面で指を使い掴むことも難しい。僅かな隙間を掴みながら下まで行くと大きな機械が取り付けられていた。


 この機械を推進力にして大陸全体を動かしているのか。


 ローウェル王国全体を移動要塞のように使用する為に国を切り取ったみたいだ。以前なら都市ローウェルだけだが今では全部の地域で使われている。


 近くに見えるガラス窓のようなものを見つけると足で壊して内部に侵入した。

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