53:魔王カンターレン・ローウェル
俺はずっと椅子に座り暗い室内で目を閉じていた。
目覚めると生き物を食らっていた。当時は肉塊と呼ぶに相応しい姿で知性もなかった。その旺盛な食欲から見えるものをすべてを食らう本能を恐れないものはいない。大勢の生き物を体内に取り込んで成長して知性を獲得した頃にはあまりにも醜い見た目をしていたことに気づく。他の生き物と比べると醜悪な姿をしていた。
自分がどこから来たのかは覚えてはいない。他人の知識からは遠い空から落ちてきたという話を聞き何度か宇宙まで行ったことがあった。地上から見た景色と違って宇宙空間は何もない。無限の可能性を持つ俺のような生き物でなければ生きることさえ困難だ。宇宙にいると俺が孤独な気がして非常に不安に思うことが多くなる。自分が何者かを知る為に知性ある生き物を積極的に食らってきたが効果はなかった。
気づけば自分を魔王と呼ぶ者が増えていた。優れた魔法で世界をかき乱すことで人々は俺を恐れ始めていく。名前なんてなんでも良かった。名前のない俺は魔王と名乗ることにして誰かを支配していた。ドラゴニアが古来から行ってきた侵略に領土の破壊や殺戮と略奪と占領を繰り返す。魔王ならばその程度はするはずだと他人から求められる行為を行ってきた。
その頃から自分を次世代に残すことを考えるようになった。きっと多くの生物を食らったことで影響されたのだろう。強力な魔力を持つオスやメスを苗床にして子孫を残してきたが、そのどれもが自分が望む知性ある遺伝子を宿してはいなかった。所詮他の生物からの借り物で作られたもので自分という存在を形作るには不完全で偽者というべき愚かな人間が完成した。数多くの国を滅ぼしては自分の子孫を残してきたことで、どの人間も自分の遺伝子を持つようになってきた。
派生した子孫から貴族と平民が生まれた。貴族は非常に傲慢で膨大な魔力で他人を支配するようになっていく。平民は貴族に頭を下げるばかりで力もない存在だったが、魔王の遺伝子から非常に遠くなっていくのがわかった。魔力が抜けると魔王の支配から逃れることができることで、平民に子孫を残すことが困難となる。
好奇心から平民を殺すことはしなかった。
その後、この惑星の名前をローウェルとして同じ名前の国家を作った。そこでは貴族が支配する構造にして多くの平民が虐げられる結果になる。人間からは貴族と平民が誕生した。自分の遺伝子から遠くなる平民に興味を持つのと同時に不思議と嫌悪の感情が大きくなる。自分という存在を確かめる為に生き物を大勢食らってきた。その度に感情が嵐のように吹き荒れて、殺意が目覚めるようになった。支配から逃れようとする防衛本能なのか平民は数が増えていく。自分はあまりローウェル王国に干渉せず、子孫たちに任せて傍観するようになった。
巨大になっていく平民の国の一つにバーキン連邦というものがあった。ドラゴニアの技術を受け継いだ平民は当時大陸すべてを支配していたローウェル王国と命の奪い合いを行った。ローウェル国は平民に敗れて大陸の半分を明け渡すことになった。俺と違い国や家族を殺された子孫たちは怒りや悲しみなどから何度も争いが起きた。
魔法というものに執着していた貴族と違って平民はドラゴニアの文明に執着していた。利便性で劣る機械技術に将来性を見出していなかったのが俺の過ちだった。
そんなことを今更考えても仕方ない。
自分の存在する理由について執着する以外興味がなかったが、始めて興味を持てた存在が地上に舞い降りてきた。
世界の管理者という神と女神の存在だ。二人とは知性のない頃に間接的な接触をした記憶はあるが、管理者が過度の干渉をするのをよく思わなかったようで、ドラゴニアという種以外には会うことがなかった。そんな神と女神も度を越した魔王という脅威に干渉することが増えてきた。時にはドラゴニアに膨大な魔力を与えては戦いを終わらせたこともあった。
戦いは数百か数千かわからないほど年月が経過した時、ようやく神を滅ぼすことができた。女神は神の手で逃されてしまい手に入れることができなかった。神も女神も俺に取り込まれるのを恐れたのだろう。神は自らを消滅させてしまったが、僅かな欠片を手に入れたことで数多くの魔法を獲得できた。
時代が変わりドラゴニアの性質と魔王の遺伝子により、貴族はより性別が曖昧になって繁殖が簡単になった。そして肉体はより小さく、神のような姿に近づいていく。何度も人間の遺伝子をいじったことも影響しているのだろう。
長い間俺は魔王として君臨してきたが、念願の本物の神の力を手に入れた。欠片程度で真似をしていた時と違い、世界から送られてくる膨大な魔力を際限なく扱うことができる。
ローウェル王国の一室で自動運転する大地が水上に降りる衝撃が伝わる。
魔王と一つになった頃ラフィアを見つめていた時は体内にある人格が混ざっていなかった。そのせいで上手に体を動かすことができずに逃がしてしまった。
胸の辺りを手で触れる。
俺と混ざったことで拒否反応が出てくることを考えていたが佐藤星は拒絶しない。人が死ぬ場面を見るのを拒否する割に、人が死んでも無関心という矛盾を抱えている。平和主義者なのに彼は別に本気で平和を望んでいない。
案外神と魔王は似た者同士なのかもしれないな。
「魔王様準備が出来ました」
兵士の声が聞こえてくる。
自分の存在する意味を探す為に宇宙まで行った経験と、長年行ってきた戦争の経験。他にも神殺しの時行った経験が現在の自分を作っている。
「準備が完了した者から指示通り動かせ」
兵士は去って行く。
ラフィアを手に入れることが魔王と神の願いだ。神なんて肩書も所詮生き物の上位互換でしかないことは事実だ。誰もが求める本能に神でさえ抗えない。
「ラフィア……ローウェルか」
彼女は普通の母親から産まれた。他の血を分けた兄弟が産まれた時は黒い塊から産まれることが多かったが、ラフィアだけは人間の女性から産まれた貴重な存在だ。その女性が平民だったことも関係しているのか魔王の遺伝子は欠片も残されていなかった。まるでクローンのような同じ形になったのが興味深くもあった。やはり平民から無理に魔王の遺伝子を注いでも子孫を残すことは不可能だとわかった。度々現れる女神の力を宿す人間を捕らえては実験を繰り返してきたが、効果はなかったようだがラフィアからは僅かな女神の力を感じた。彼女を取り込んでも封印された女神の力を取り込むことは無駄だというのは長年の実験で判明している。
平民には女神の力が宿る。
魔王の子孫でも平民からは女神の力が強くなる。
平民は時代が進むことでより女神の力を増すことがわかった。貴族同士でしか子どもが作れないことが魔王の力なら、魔王の力から逃れた平民は魔力の代わりに女神の力が強まる。本来なら死ぬ運命にあった平民が技術力によって長く生きすぎた。そのことで女神の動きが活発になって神の封印が消えようとしている。
まだ幼い頃のラフィアからは何も感じなかったが、アルベール王国にいる平民からは女神の力を感じた。あまり期待はしなかったが次世代の平民が女神を復活させる可能性がある。信じていたわけではなかったが期待以上だった。ラフィアは神を連れてきて更には女神の力が強いフリルも連れてきた。フリルを取り込んでも女神の力は発揮されずにラフィアのものとなったが、そのほうが女神として覚醒する可能性がある。
この大雑把な作戦は佐藤星が現れたおかげで大幅に短縮された。逃げたはずの神と女神はお互い知らぬうちに引き寄せ合っていたのに気づかなかった。
目を開けて窓の外を見る。
空に浮かぶ大地が幾つも見えてくる。古代文明の技術力も既に我々の手にある。今更バーキン連邦を攻めて何になるのか。きっと奴らは昔の因縁で襲っているとでも思っているのだろう。まさか神と女神を取り込む為だけに、その二人の為だけに戦争を仕掛けたなんて想像している者はいない。
今のバーキン連邦にはローウェル王国を止める力はない。
フェザー連邦もローデン連邦も手に入れた。
この世界は魔王カンターレン・ローウェルのものだ。




