5:サトウ女になる
僕はエリックの絶対大丈夫という言葉を信じてアルベール王国の城に侵入すると決意した。
言い訳がましいが望んで城に入ったわけではない。一歩間違えば問題が全体に広がり、破滅に繋がることを今更やるつもりはなかった。
エリックから昔城に置いてあった王家の秘宝で柄の先端部分に宝石が埋め込まれた剣を一緒に取りに行ってほしいと頼まれた。一度は断ったが彼から「クロッグハウス」の食事代を安くしてくれると言われた。ラフィアとはまだ一度しか行っていないが意外と値段は高い。マイケルとコーラルからのお金があるとはいえ迷惑をかけたくない。
剣には魔力をためる力があるらしい。宝石が入れられたものは非常に珍しく、どこにいっても貴重で高く売れる。エリックは冗談で売れるかもしれないと言っていたが、彼はどこまでが冗談で言っているかわからないところがある。
王族専用の秘密通路というものがあると聞いて期待していたが既に潰されていた。城門は破壊されて開閉できそうにない。城に入る手段がなかった。城壁を壊す音を聞かれるわけにもいかず、エリックを抱えて魔力を足に流すと強引に城壁を飛び越える。壁に囲まれた敷地には破壊された建物の残骸が残されていた。元々城塞都市だったことをようやく思い知る。遠くに見える城がやけに綺麗に見える。城の内部の壁は一部が壊れていて侵入は簡単だった。やはりここまで来ても兵士が見当たらない。
城内に入るとエリックと小声で話を始める。
「まさか食べ物で来てくれるとはね」
「食事は大事だぞ。そして僕はお金もない」
「俺も昔より節約しないといけないから気持ちわかるぞ」
明かりのない廊下には僕たちしか見えない。
「ローウェル王国の兵士いないね」
エリックが周囲を警戒している。
「よくよく考えてみたらローウェル王国の兵士がいると思うと怖くなってきた」
「見つかったらどうなる?」
「良くて牢屋かな」
「悪いほうは想像つくけどさ」
暗い室内に入ると目に魔力を流す。明るく見える室内を探索すると城内の地図が置いてある。エリックは僕の位置がわからないのか手探りだ。僕はエリックに目に魔力を流すやり方を教えると、酔ってしまうのではと思うほど頭を動かして隅々まで見ていた。
城内に兵士が少ないせいか多少喋っていても問題なさそうだ。
「安請け合いしてくれるのは嬉しいが大丈夫なのか?」
「エリックが絶対大丈夫だと言うからここまで来たんだろうが」
「そうなんだけど、サトウってあまり頼み事を断ることない気がして」
「そうでもない。嫌だったら断る。なあ、エリックこの地図古くないか?」
「二十年も経過しているからね」
「なんだか他人事みたいだ」
エリックは城内の地図を見ながら言った。
「王族の誇りなんてないからね。俺はもう王族じゃないから過去の王族同士や国同士の争いなんて知らない。王族の立場を利用できるなら利用する程度だ。今では気軽にエリックと話しかけてくれるから、侵略されて良かったよ」
「失言だろ」
「お前真面目だな」
「あ、ほら多分この辺だ」
エリックが指差すところに宝物殿があるらしい。随分と古い地図で内部の構造が正確とは言い難い。それでも目についたところを片っ端から探して行く。城内に数人の兵士はいるがこちらに気づく様子はなかった。
エリックは小声で話しかける。
「あれ本当にローウェルの兵士か? 前見た時は遠くからでも怖そうだったが」
「僕は見たことないから知らん」
首を傾げているエリックを不思議に思っていると近くから足音が聞こえる。急いで室内に入るとそこは質素な部屋で誰かが寝ているようだ。僕とエリックはしばらく足音が過ぎるを待ってから部屋を出ようとしたが突然エリックがベッドで寝ている人に近づき始めた。
「なんでここに……」
ベッドで寝ている人が起き上がる。
「なあ、エリック。ここに入る許可が出たのか?」
エリックは何も言わず首を横に振る。
「あなたは誰ですか?」
僕を見る目が鋭くなる。
「俺はキャリバー・アルベール第一王子だ。いや、元なのか。エリックと一緒にいる奴、お前の名前は?」
顔も名前もここでは目立つ。
僕の本名は佐藤星だが、ここで本名を名乗ってもいいのか不安になってきた。この世界では日本人の顔も名前も目立つ。僕は現在サトウと呼ばれている。こんなの気休めかもしれないが、せめて名前だけは変えたほうが後々面倒なことにならないかもしれない。
「僕はシュガースターだ」
エリックが驚いた顔で僕を見る。
「なんで、その名前を」
「神様の名を語るとは気でも狂っているのか?」
キャリバーはベッドから出てエリックの肩を掴む。
「こいつは何者だ?」
慌て始めるエリックを見て僕は首を傾げる。
こんなふざけた名前の神様がいるとは思えない。佐藤星で砂糖でシュガー、星だからスターとかそんな設定の神様がいるとゲーム内で見たことがない。大学の先輩と一緒に考えたハンドルネームと同名の神様がいると聞かされて慌てたいのはこちらだ。
「運命の女神様のルール」で女神様は元から女神様で神様は元から神様だ。正式名称があるなら始めから言ってほしい。
エリックはキャリバーに言った。
「狂っているかはわからないが。こいつはサトウで、一緒に王家の秘宝を取りに来ただけだ」
「まさかあの剣か? あれはもうローウェル王国にあるぞ」
「そんな……」
エリックは肩を落としている。
「今はそいつのことは後回しだ。もう夜が明ける。見つからないうちに城を出ろ。もしも、俺以外に見つかったらローウェル王国に連れて行くぞ」
「どうして兄貴は城に住んでいるんだ。しかも、こんな部屋に……」
「わからないか? ここに住むのはローウェル王国の部下だけだぞ」
「キャリバー・アルベール第一王子が他国の部下? 何を言っているんだ?」
「エリック。もう王子ではない」
エリックは歯を食いしばり後ろを向いた。
「他国のキャリバーに兄貴の面影を見てしまった。もうこない」
「ああ」
去って行くエリックを寂しそうにキャリバーは見ていた。
「お前は行かないのか?」
「行くよ……キャリバーはどうして部下になったの?」
「プライドを捨てただけさ」
「そうか」
「罵らないのか?」
「持っていて嬉しいものはお金と命だ。キャリバーは今それを持っているんでしょ? なら誰も責めない。僕も責めない」
僕はエリックの後を追った。城壁まで行くとエリックが泣いていたので肩に乗せて城壁を飛び越えた。朝日に照らされて彼の目元が少し光っていたが帰り道は何も言わなかった。
今日の魔法の授業には何故かボイス・マジェンタ公爵が現れた。みんなは盛り上がって積極的に話を聞く者や構わず自習を続ける者もいる。前者はフォブレイで後者は僕やラフィアとフリルだ。授業中でさえ一緒にいる僕とラフィアにフリルから少々苦言を言われたが、ラフィアは遠慮なんてするな変わらず仲良くしようと言われて前と同じように話すようになった。
「他の人の迷惑になるからという意味でもあるんだけど」
フリルの言葉にラフィアは笑った。
「これから気をつけるよ」
「ねえ、ボイス・マジェンタ公爵は何故いるの?」
「わたしたちの様子を見に来ただけじゃないかな」
三人かたまって話をしているとラインが僕の隣に座る。
「昨日は部屋にいなかったな」
「エリックと城を探検していた」
「俺と遊ばずにエリックと?」
「あまりこの話他の人にするなよ。それから家族なんだからエリックの面倒見てやれよ」
「確かにな。最近エリックと話さずにサトウと話していることが多くなった」
「弟にまで優しいとは流石彼氏だ」
「彼氏なわけあるか」
「既成事実まで作ったのに認めないとは流石に怒っていいよな? ラフィアはどう思う?」
ラフィアはフリルとの話に夢中だったがラインを見て言った。
「そうだな、大切にしないと駄目だぞ」
ラフィアを見ていると少々不安に思うことがある。ラフィアが僕ではなく胸の大きな女性のほうが好きなのではないかと気になってしまう。
しかし、まさか女性に嫉妬する日がくるとは思わなかった。
いっそのこと女性になったらラフィアは喜ぶだろうか。
「ラインって僕が女性になったらどうする?」
「……案外いいかもしれないな」
「この話はやめよう」
ボイス・マジェンタ公爵は魔法の授業を熱心に見ている。その視線の間にフォブレイが見えた。彼は僕を手招きしているようなので行ってみると、僕とフォブレイの戦いをボイス・マジェンタ公爵が見たいらしい。
肩慣らしでもしようとフォブレイと向き合う。
「俺も昔とは違う」
「僕も以前と違って強くなっている。覚悟しな」
フォブレイの目は僕と公爵を交互に見ている。
「もういいか?」
「いつでもいいぞ」
僕は魔力を体内に流す。これは以前と違って魔力で体を指示するだけのものではない。純粋な魔力を全体的に流して鎧のように頑丈な防御と鈍器のように強力な攻撃を両立させる。
近づいてくるフォブレイが僕の顔面を殴るが痛くはない。
「一瞬躊躇したからか、痛くなさそうだね」
「僕が我慢しているとか思っているなら勘違いだよ」
フォブレイの腕を掴むと勢いよく持ち上げてすぐに手を離す。フォブレイは慌てながら上空を飛んでいる。僕はフォブレイが落ちてくる地点まで行き、空間に魔力を注いでみる。ふわふわとした物体が形成されていく。以前使った初歩の魔法がフォブレイを受け止める。彼は自分に怪我がないこと、真下に何もないのに浮いていることにも驚いている。
ボイスが拍手をする。
「素晴らしい。サトウ、初歩の魔法が使えるんだね」
「誰でも使えるでしょ」
「それはそうだが、この学園にはあまり使える人はいないからね」
フォブレイが僕に近づき手を伸ばしてくる。
「負けたよ。また強くなった」
僕たちが握手をするとボイスは「アルベール王国の未来は明るいな」と言って僕とフォブレイに笑いかける。
ボイスは自分の手の真上に魔力の塊を作る。
「フォブレイ、君もこれぐらいはできるようになるだろうね。サトウと一緒に魔法を学ぶといい」
「はい!」
他の生徒たちのほうに行ったボイスを見ながらフォブレイは言った。
「すごいよな、俺憧れるよ」
「お前いつになったら告白するんだ?」
「こんな状態で告白できるか!」
「足踏みしていると機会を逃すぞ」
「そうだけどさ……怖いんだ」
「その気持ちわかるよ。だから無理にとは言わないが僕にできることがあるなら言ってくれ。フォブレイの助けになる」
僕の名前を叫びながら抱きついてくるフォブレイを引き剥がして遠くで笑うボイスを見る。昨日見たアルベール王国の城にいた兵士の中に彼を見た気がする。暗闇で見えなかったがもっと注意深く確認しておけば良かった。
人違いかもしれないと思いフォブレイには言わなかった。
夕方になってクロッグハウスの厨房でエリックと一緒に芋の皮むきを手伝っている。城に忍び込んだことをクロッグに言ったらエリックは叱られてしまったらしい。ついでに僕も共犯者なので手伝うことになった。
「エリックは城に行ったことクロッグに言ったんだな」
「兄貴が城にいたから言わずにはいられなかった。本心を言うと俺って王族の名誉とかどうでもいいと言いたかったが、プライドを捨ててまで生きる自信がない。未だに俺はこの国を許せない」
「そう単純な話ではないことはわかるが、他人の選択をとやかく言えるほど僕たちは立派じゃない。同じ立場ならエリックもアルベール王国の為にすべてを捨てたかもしれないだろ」
「そんなことわかんないよ。今サトウの首にあるネックレスも王族のものだ」
エリックは僕の首元を見て指を差す。
「前にラインがサトウに贈ったネックレス。それクロッグ・アルベール女王にインソール・アルベール王妃が結婚の時に贈ったものだ。宝石がないからローウェル王国が許したんだろうね」
「これも秘宝だったな。結構重要なものじゃないか」
「そうでもない。そういうことにしたかっただけだ。女王と王妃は従姉妹で、アルベール王国とローウェル王国で戦争が起こる前に指輪とは別に贈ったものだ」
確か王族の権力争いで亡くなった従姉妹という設定だ。その女性同士で結婚して生まれたのがキャリバーとラインとエリックというのが驚きだ。女王と違って王妃はゲーム内では名前が出てこなかった。
「重要だと思うよ」
「サトウからしたらね。王家の秘宝でもない、ただのネックレスと剣を同列に見られるのが嫌なだけ。俺の両親は特別なものでもないものを、大事なものとして扱うことがあって嫌になる」
アルベール王国では違うが身内では秘宝という特殊な立ち位置のネックレスか。
「エリックって重要と思っているのかいないのか。本心はどっちだよ」
「決められるなら、今黙って皮むきなんてしてない。ネックレスも剣も国もすべて取り返している」
「お前は幸せ者だよ」
「そんなわけあるか!」
エリックは芋を僕に投げつけてきた。
「何するんだ!」
「俺はいつまで皮むきするんだ! こんな話すると腹も立つし、腹も減る。いいことがない!」
「エリックはいいだろ、僕なんてテーブルにお客様を案内してくださいとお願いされているんだぞ。知らない人に思ってもいない笑顔で近寄る恐ろしさがわからないようだな」
「知っている人より知らない人のほうが作り笑顔は簡単だろ。口より手を動かせ、ほら!」
エリックが僕の足を蹴ってくる。
「こんな簡単な作業もできない王子がいるかよ」
僕もエリックの足を蹴る。
「今は王子じゃない。またこの芋を投げられたいか?」
「エリック? 食べ物で遊ばないの」
クロッグが声を上げる。
「それにサトウ。あなたもよ」
僕たちが頭を下げると「ローウェル王国から買い取るしかないんだから、どんなものも捨てられない。時間も惜しい。忙しいのにエリックもサトウも……」と言いながら厨房で指示を出していった。
「なあ、ここにあるものってローウェル王国のものばかりなの?」
「当然だ。俺たちが生きているのも魔王が脅威と思っていなかったこともあるが、女王がアルベール王国を売ったことも関係している。あのクロッグは母ではあったが女王ではなかった。亡くなった部下たちの為に戦わなかった」
「それが愚かだとは思わないけどね。エリックが好きだったんだよ、その選択を責めないでね」
「大人みたいなこと言いやがって」
「実際お前より年上で大人だし」
「そんなわけない。幼い顔をしているぞ」
「日本人は童顔なんだよ」
「お前アルベール人じゃないのか、通りで」
「外国育ちの外国生まれだ。ここに来て困っていたところをマイケルとコーラルの二人に助けてもらったわけ」
「ん? 今マイケルとコーラルと言ったか? サトウ、その二人の知り合いか?」
「知っているのか」
「知っているぞ。公爵家だったからな」
「そんな話始めて聞いたぞ」
考えてみれば言動に違和感があった。最初に大量の金貨を給料として貰ったが金銭感覚がおかしいとしか思えなかった。困っている僕やフリルだけじゃなく、ローウェル王国育ちのラフィアまでも家に入れるのは流石に優しいだけで片付けられる問題ではない。彼らはラフィアが魔王の娘だとわかって優しくしていたのではないか。
「公爵家だったとは?」
「もう貴族として振る舞ってないだけ。知っている人はいるが大抵の人は平民扱いだ。この国にいる貴族はみんな実質平民だから、未だに堂々と貴族として扱われているなら大抵は何か裏があると噂がされてる」
僕はエリックから離れてテーブル席の案内をする。その間も考えるのを止めなかった。マイケルとコーラルの話は驚いたが昔からあのような貴族として振る舞いをしていたのだろう。そしてエリックの言葉が引っかかる。
ボイス・マジェンタ公爵だ。
僕には彼が貴族として正しい姿をしているように思える。
寮に帰る頃には家々の明かりは消えていた。
遠く見える城に魔王の部下がいる。
上空にはローウェル王国で魔王が住んでいる。
「どうしよ、何も思いつかない……」
僕は自分の頭の悪さに嫌気が差す。
ここは一度ラフィアに話すことに決めた。
ベッドに座る僕は隣で肩を寄せるラフィアに言った。
「魔王と戦うつもりはあるか?」
ラフィアは僕から離れて小さく肩を震わしている。
「何を言っているのかわからない」
「僕はどうすればみんな幸せになるか考えていた。ラフィア、怖がることはないよ。僕は魔王とだって仲良くできる自信がある」
「あなたは魔王を知らないからそんなことが言えるの」
「いいや、知っていたら怖がって行動できない。本当に怖い人間なんていないさ」
「何度も話したでしょ。あの人は怖い人だった。わたしのことをいらないと言って地上に落とした人間。このアルベール王国を粉々にした魔王。どこを切り取っても恐怖の対象でしかない」
「アルベール王国にいる人はラフィアのことを魔王の娘として怖がっているけど、実際は違うでしょ」
「……ちなみに何をするの?」
「理想かもしれないが血を流す戦争がしたいわけじゃない。現実的じゃないのわかるが誰も傷つかないで、僕はアルベール王国とローウェル王国を生まれ変わることができないだろうか」
この「運命の女神様のルール」でどんなルートを選んでも続編ではアルベール王国とローウェル王国は出てこない。単純に別のストーリーだからで終わるが現実的に考えれば滅んだと思われる。それなら僕が滅ぼせばいい話だ。
「無理だと思うけど」
「そんなのは承知だ。僕はここをみんなが幸せに暮らせる国にしたい。その為に世界は本当に必要なのか疑問に思ってしまうんだ。こんな話をしたら嫌がるかもしれないから、ラフィアが嫌なら断ってもいい」
「別に嫌じゃない。サトウが考えていることを理解したいだから協力する。で、具体的には?」
「……みんな仲良くできたらなと」
「おバカ!」
「とりあえずいい世界が作れて、みんな幸せになれたらなと思っただけなんだ……駄目か」
「何も考えてないなら賛成も反対もないじゃない!」
僕に向かってラフィアが指を差す。
「場当たり的なやり方でうまくいくなら苦労しないの!」
「すみません」
「真剣な顔しているから真剣に話を聞いたのに最後がそれか……」
ラフィアはため息をつく。
「サトウは仕方ない奴だ。わたしが守らないと駄目だな」
こういうところが好きになった。誰よりも優しくて頼りになる。魔法も魔力も僕より上手に使える彼女と対等になれるのだろうか。本当に今でも僕を好きでいてくれるのか。本当はこの世界の女性と同じように女性が好きなのではと。
僕は心から考えていた。
彼女のように女性になれば本気でラフィアに好かれるのではないか。
僕は叶わぬ望みを願い、胸や股間に触れてみた。
その瞬間「クリティカル」という機械音声が聞こえて体が縮み始めた。徐々に小さくなる手足を見ていると天井とラフィアの顔が遠くなっていく。そうして気づけば僕は一回り以上も小さくなってしまった。
「え? サトウ? 誰?」
「僕はなんで小さくなったんだ?」
ラフィアは突然のことに頭が混乱しているのか頭を抱えていた。何度か僕の名前を呼んで本人か確かめると、次は僕の体を触って異常がないか確認をしている。そうして僕の股間に手を伸ばしたラフィアは「な、ないぞ。股間がない!」と叫んだ。
「股間がないだと!」
僕は慌てて触ってみたが何もなかった。
「僕女性になっていたのか?」
ラインの時は子どもを作る為に体が変化すると思っていたが、もしかして無意識に魔法を使っていたのか。
今までクリティカルが出たのは魔法の時だけだ。
魔法が何故平民にだけ禁止されているのか。もしかして女神様は貴族以外に子どもを作らせないつもりがないのかもしれない。稀に女神様が子どもの数が足りないと判断すると、定期的に平民から魔法が扱える子どもを世の中に出してみる。
アルベール王国で平民が反発しない理由がわからなくなった。
ラフィアは僕を肩に乗せると突然部屋を飛び出した。
「今からフリルのとこに行くぞ」
「なんでだよ」
「行けばわかる」
フリルの部屋に到着してドアをノックすると寝起きのフリルが僕たちを見る。その目は寝起きのものから変わっていた。
「ちょっと、ラフィア……その可愛い子誰?」
「部屋に入るぞ」
フリルは落ち着かない様子で僕を見ている。
「あの……フリル?」
「ラフィア! 今喋ったよ!」
「よくわからんが多分サトウだ」
フリルは僕の手や頬に触れる。
「そんなことあるの……いや、でも。この子すごく肌が綺麗」
僕はラフィアの手を掴んだ。
「おい、ラフィア。フリルって」
「こういう小さい子が好きなんだと」
このゲーム内で主人公が女性と浮気するバッドエンドがあるのは知っていた。それでもフリルは女性が嫌いだからそんなことになるわけないと思っていたが、単純に好みの女性がいなかったからだった。
「僕ってそんな小さくなっているのか」
「少なくともわたしたちより小さいからな」
ラフィアは冷静に僕を抱きしめるフリルを見ている。
「サトウがこんなに可愛かったなんて思わなかった。男性と恋愛するのもいいけど、こういう可愛い女性もいいよね。ラフィアもそう思うよね?」
「そうだな。元のサトウには劣るが可愛いものを愛でるのはいいと思う」
「サトウ……」
フリルは僕の頬にキスをした。
「やめろ、フリル。僕はラフィアがいるんだ」
フリルから抜け出すと体の力が抜けていく熱くなってきた。
「大丈夫。わたしキスだけで大丈夫だから!」
またフリルに頬をキスをされると抱きつかれる。その後はすぐに寝息を立ててしまったようだ。この小さな体で満足してくれるなら良かったと思えた。近くにいたラフィアもベッドに入って寝息を立てている。まるでぬいぐるみのように扱われている。
男性に戻れるか心配だったが翌朝になると元に戻っていた。側で寝ているフリルは寝起きで僕を見て「可愛い」と言って寝てしまった。
ラフィアは僕とフリルを見ながら言った。
「キスをすると魔力が共有されるみたいに見える」
ラフィアは手から魔法作り出して見せた。丸い魔力の塊は大きく膨らんで僕のほうに転がってきた。その魔力を掴むとラフィアに投げた。
「以前よりずっと楽に魔法が扱える」
「キスだけでお互いの魔力が使えるなんて便利だな」
ラフィアは膨らんだ魔力の塊を浮かばせる。
「そんな簡単なことじゃないよ。魔力の共有って難しいんだ。片方が魔力を使いすぎるともう片方が倒れる。そしてキスで魔力の共有なんてわたしは知らない」
「これってキスで共有されているわけじゃないの?」
「わからない」
ラフィアは浮かんだ魔力の塊を伸ばしたり縮めたりしている。それを僕とラフィアの間に置くと一本の線が出来上がった。
「魔力共有は必ずお互い離れることができない。どんな形でも一緒にいることが条件。でも、これは基本的な魔力共有で離れても使える魔力共有は間に誰か挟む。このわたしとサトウを繋ぐ一本の線の途中に誰かいる必要がある」
魔力の塊を千切ると線と線の間に丸い塊が置かれた。
「魔力ってのは自分の命なんだよ。キスで簡単にできるはずがない」
転移者だから簡単にできるのではと思ったが言えなかった。
「ほら、深い愛情とかで」
「まさか、そんな愛で人を救えるなら戦争はなくならない」
「それもそうか。僕みたいに理想ばかり語る奴は邪魔にしかならないわけだ」
「間違いない」
「君って僕の彼女だよね」
「彼女だからって無条件に頷く人がいるの?」
「いたら女神様や神様と同じだね」
「現実を理解せずに理想を語るのは愚か者のすることだよ。サトウの誰かの為になりたいという考えは立派だけどね」
「僕は愚か者か、ラフィアの胸と尻ばかり見ていると頭が悪くなるんだ」
「そうね」
「そうね?」
「わたしばかり見ないで他の子も見て頭を悪くしてもいいよ」
僕はラフィアの前で正座をする。
「悪いところがあったら言ってくれ。直すから」
「今のところないかな」
「だって、ラインやフリルにキスさせようとするじゃん。実は嫌いなの?」
「サトウって面倒な奴だな。わたしは意外と嫉妬しないんだよ。今はそういう状況じゃないだけ。心に余裕があるからなのか、環境が変わったからなのか。今すごく幸せで誰かを憎む気持ちが浮かばない」
僕は何度もゲーム内で嫉妬に狂うラフィアを見てきた。そのどれも彼女は一人だった。手を差し伸べる友達も恋人も家族もいない。唯一助けてくれたラインも主人公を好きになった。周りの人間はローウェル王国の人間として扱い、誰もが彼女を魔王の娘として恐怖を覚えて近づかない。肝心のローウェル王国からは見捨てられ、彼女が助けを求めても見向きもしない。
彼女は変わってなんていなかった。
「改めてラフィアを好きになった」
「サトウ、キスでもする?」
そう言われて急に恥ずかしくなる。
今までも本気で好きだったのに顔が見られなくなった。
僕は息を整えて魔力を体に注ぐと体を縮め始める。一度女性になったのなら二度目も同じ姿になれるという確信があった。
「何故女性になった?」
「だって、男性のままだと顔を見ることができない……」
「なにそれ」
笑っているラフィアに向かって、突然僕は目を閉じてキスをする。
驚く彼女の顔は可愛かった。
女性の姿で女性にキスをするのは恥ずかしくない。
そのはずなのに下手したら男性の時より恥ずかしかった。
ラフィアは言った。
「君が男性でも女性でも変わらない。どんな姿も中身は変わらない。だって好きな人を外見で区別するなんて間違っているでしょ」
「僕って頭が固いな」
「それも人間だ。わたしは受け入れたが受け入れない人もいる。たとえ君を否定する人がいても、それに文句を言う権利はない。恋愛も自由、考え方も自由。すべてサトウと出会って変わった、これが今のわたしだ」
僕はこの世界に馴染めるか不安だったが大丈夫そうだ。
今度はラインの望み通りに男性の姿で彼の気持ちに応えよう。