49:シフォンの真実
目が覚めると心配そうに僕を眺めている人たちに囲まれていた。近くにはゴルアとシャギーが喋っていて、僕が目を覚ましたのをフランネルとナージャが二人に伝えている。
「良かった。目を覚ましたんだね」
「……危うく死にかけたぞ」
「サトウはそうでもしないとラフィアの元に行こうとするでしょ」
「魔王の力で何をされるかわからないから助けに行こうとしたんだろ」
「自分を過信しすぎだよ」
ナージャは僕を抱きしめる。
「意外にも仲良いんだね、キュロット」
「フランネルはそう呼んでいるんだ。彼はサトウだよ」
お互いの自己紹介は済ませているのかナージャとキュロットが睨んでいる。
「そっちのほうが呼び慣れているせいね。今後はサトウと呼ぶけどさ。あなたとサトウは仲が良さそうでもっと話を聞きたいな」
「キスだって済ませた」
「嫌がるサトウに無理を言って迫ったんでしょ」
「失礼な合意の上でだ」
「そんな女性見たことない。性欲に任せて襲ったんでしょ! いやらしい奴」
「なんで喧嘩ができるんだよ」
僕はベッドから起き上がると背伸びをした。
「あれから何日くらい経った?」
シャギーがゴルアとの会話を終えて僕を見る。
「ギャバジンに来てから二日だ。ここに来るまでだと八日程度らしい」
「意外にも早く着いたな」
「あの二人は想像よりも魔力の扱いが上手だ。君を運びながらでも走り続けることができたのだろう。それでも彼は疲れて寝てしまっているが」
「バレルのことか?」
「ああ」
やはりバレルは男性という扱いになっているようだ。
「ナージャもありがとうな」
「あ、いいんだよ。一緒に手伝ってくれたバレルが結構頑張ってくれたみたいで、彼にもお礼を言っておいてよ」
「わかったよ。でも、本当にありがとう」
ナージャは少し照れているようだ。
今からラフィアの元に行くのはいいが既に戦闘が終わっている可能性もある。
「ゴルア、ルーロブでの戦闘はどうなっている?」
「わからない。念の為にフェザー連邦ともマキシギャにいるツキヨとも連絡を取らないことにしている。どことも通信を行わないようにしたので以前のように魔王の力の影響下にはいない。そのせいでローウェル王国が何をしているのかわからなくなった」
「それでいいよ。悪かったな、色々頼んでしまったみたいで」
「それが仕事だから構わない。それよりもシャギーと話をしていたんだが、ラフィアが連れてきた人たちを念の為に閉じ込めている。そいつらはどうする?」
「前にラフィアが洗脳魔法をした人たちか」
「みんな既に魔法の影響下にはいないのか、自由に行動ができるようだ。処分するか?」
「そこまでしないくていい。僕が行く」
あの時は大きな力を手に入れたことやローウェル王国が気になっていたこともあってか、先送りにした問題が未だに残っていた。
牢屋に行くと何人か知っている顔も見つけた。ボイス・マジェンタは僕を睨んでいるが抵抗する気力がないのか黙って座っている。僕の顔を見るとフォブレイ・エクレールが驚いたような表情をする。
「サトウか?」
「ああ」
「生きていたんだな……」
「その言い方は正しくないが元気だよ」
「ここから出してくれないか?」
「……君たちはこの場所を知っている。ローウェル王国に流出させるわけにはいかない」
「駄目か」
「なるほどね。以前見た時より魔力が変化しているようだ」
僕を観察しているのはボイス・マジェンタか。彼とは久しぶりに会うが相変わらず嫌な感情が蘇ってくる。他にもラフィアが連れて来た人の中に見覚えのある人物がいた。確かに二作目に出てきたレリーフ・オリエンタルだ。顔はかっこいいが僕は好きになれなかったような気がする。もう結構昔の話だから乙女ゲームの登場人物とか忘れ始めていた。この世界での暮らしが長くなるにつれてゲームと現実の境目がわからなくなってくる。
僕はフォブレイたちの様子を見るだけで帰ろうとした。不意に何人かの兵士に混ざってマリン・ラグランが見えた。三作目で登場する王女暗殺未遂事件を引き起こす人物だ。彼女は他の兵士と僕を敵視するわけでもなく、興味なさそうに閉じかけた瞼をこすっている。彼女の性格を知っていることもあって牢屋から脱出したいという感じにも思えなかった。
「マリン・ラグラン。君には一緒に来てほしい」
呼ばれるとは思わなかったようで口を開けて驚いている。
「プラフティ」
僕の魔法でマリンを牢屋から出すと彼女は突然のことに驚いていた。
「なんでわたしを……」
「一緒に行けばわかる」
「待て!」
ボイスが叫んだ。
「今の魔法は」
「別に驚くようなことでもないだろ」
「君は王族じゃないはずだ! あり得ない!」
「ラフィアも使っていたことだ」
「それも不自然だったが……彼女は一応王族だ。でも、君は違う!」
「もういいだろ。黙って待っていてよ」
僕はマリンを連れてシフォンの元に行く。彼女は逃げることもせずに黙って後ろをついてきてくれるようで安心した。ゲーム内の彼女を少しだけ知っているが本質的には優しい性格だ。
シフォンがいる部屋をノックするとバレルの声がして彼女がドアを開ける。バレルを見てマリンは目を逸らすが同様にバレルも気まずそうにしていた。三人が揃うことは本来ならあり得ない。これは僕が勝手に望んでいたことで三人が本当に幸せになるかはわからなかった。
シフォンがマリンを見ずにバレルの背中に隠れた。その手は震えていた。そんな様子を見てマリンは徐々に虚ろな目になっていく。
「サトウ、どうしてマリンを呼んだ?」
バレルは怒りを抑えている。
「話をしてほしくて」
「すべてを知って言ってるのか? こいつはシフォンの目を一生見えなくした人物だぞ。今は機械の目で見えているが本来なら光を浴びることは一生ない」
「マリン・ラグラン。シフォンに言いたいことがあるんだろ? 僕は君のことの半分程度なら知っているが本心を言ってよ」
僕はどうにもこういう人物を嫌いになれない。ラフィアを好きになったのと同じように彼女も助けられるならしたいと思っている。
「わたしはシフォンを恨んでいるのは本当のことです。今更言い逃れをしようなんて思いません。どんな処罰だって受けるつもりでここにいます」
僕はマリンに向き直る。
「それだけか? シフォンについて言いたいことはたくさんあるだろ。好きなんだろ」
「……何をふざけたことを」
「君は間違ったことをした。その反省をシフォンに言っていない。そしてその理由についても言っていない」
マリンはため息をつく。
「何もかもわかったような顔して……何が言いたいのかさっぱりよ」
「マリン……サトウはあなたのことを知ってるの。どういうことかは説明が難しいけど」
ここにいる人に多少は元の世界のことを話したのだが完全に伝わっているわけじゃない。それでも僕は他人が知らないことを知っているという怪しい奴のような扱いを受けている。一応怪しい奴というのは僕が勝手に思っていることだが、シフォンも乙女ゲームの内容は眉唾もので僕の認識は間違っていない。
「わたしがここで何を話したとしても何も変わらない」
「変わるさ」
「いい加減なこと言わないで! あなたにわたしの何がわかるの?」
「シフォンを愛しているんだろ」
「は? こんな奴を好きな人なんているわけないでしょ。今すぐでも殺してやりたいくらいなのがわからないようね」
「殺せるものならやってみろよ」
僕がシフォンをマリンの前に出すもマリンは一歩下がる。
「あの……サトウ」
「なんだ」
「わたしはマリンが怖い」
「大丈夫だよ」
「そうは言っても……」
「じゃあ何故あの時シフォンを殺さなかった? そして何故プロート王国から彼女を逃がした?」
「何を」
「君がシフォンの目を奪ったのは最後に見るのが自分であってほしいという歪んだ願いもあった。そして本当は一緒に死のうと思っていたが、彼女に生きていて欲しいと願った。だから自分がローウェル王国の手先として他の人間を差し出してローウェル王国の攻撃から逃がした」
本来ローウェル王国は三作目では出てこない。内紛で国が滅ぶので結末としては同じだ。他国で生きるシフォンを生涯に渡って支援するマリンを知る人物は僕しか知らない。
「……まさかすべて知っているとは思わなかった。あなた神様かなんかなのかな。怖いくらいよ」
「僕は君も幸せになってほしいんだ」
ラフィアは僕や他の人間と出会ったことで大きく変わった。悪人として終わるなんて嫌な人生なのは僕の勝手な行動かもしれない。だとしてもそうしたかった。
「それでシフォンに許してもらえて、そこにいるバレルと幸せになれとか言いたいの? 形だけの婚約で愛し合っていなかったのに」
「君はバレルが女性だと知る一人だ。他にも何人かいたはずだがほとんどは死んでいる。君の気持ちを打ち明けてほしい。そうじゃないと君が可哀想だ」
僕は少し離れてシフォンとマリンを二人にする。バレルは何か言いたい様子だったが何も言わずに黙っていた。
「シフォン・プロート……あなたのことが好きだったのは合っている。そしてサトウの言葉通り……歪んだ愛情というのがあったのは確かよ。それ以上に殺す必要があったのは……あなたが……その」
マリンは自分を落ち着かせるように深呼吸をして言った。
「あなたが魔王の子孫だからよ。バレルは多分知っていると思うけど」
シフォンは真っ直ぐマリンを見つめている。
「そんなはずない。わたしはそんな話聞かされていない」
稀に出てくる敵か味方かわからないキャラがいる。それがベルとフズで彼らは二人共滅んだ国の王子と名乗ってシフォンを助けていた。
ローウェル王国にいる人物とシフォンが関係しているのは彼女が貴族という立場から察していた。
「普通おかしいと思わない? バレルって男性のはずなのに婚約していたなんてさ。国同士で決まったのはバレルが女性というのを知っていたからよ。後は両国の長年の問題だけ。この婚約を成立させるのがプロート王国とリムレス王国の悲願だった。それが叶わなくなったのはローウェル王国が二つの国を攻めたことによる。その原因の一つがあなたの過去改変魔法のせいよ。その魔法を扱えることがローウェル王国に知られたのは人が死んだと思ったら生きていたことが何度かあった。それを他国に知られたのが原因なの」
「わたしは国の為に魔法を使ったの! 自分が間違ったことをしたつもりはない!」
「あなたが悪いと思っていなくても結果的に悪い行為へと繋がる影響がある。それを今更責めたくなかったから言えなかった」
「プロート王国で暗躍したスパイはずっとあなただと言われていた。秘密裏にローウェル王国へ渡ったようだし」
「国を売ったのは間違いよ。身勝手な行動に見えたようだけど、プロート王国から交渉を任されたの。本来の目的はローウェル王国と良好な関係を築こうとしたが、内部で高まる権力闘争に負けた結果ありもしない噂を流された。そしてわたしは選択を迫られた。ローウェル王国から王女を殺すか、王女を引き渡すかを選べと。そんなことあなたに言えるわけもなかった。わたしはあなたを始末しないといけなかった。そうじゃないと国が滅ぶことになるから……でもね、本気で殺せなかったの。殺そうとした瞬間に目を傷つけてしまった時……何も言えずあなたを逃がしてしまった。でも……それ以上にもう何も酷い惨劇を見なくて済むと思ったの」
マリンは泣きながら膝から崩れ落ちる。
「わたしは結局誰も守れずに大勢を犠牲にした。国を滅ぼし、あなたの目も見えなくなった。何もかもわたしの責任……」
そんなマリンをシフォンが支える。
「わたしが悪いの。自分の行動が他人にどう影響を与えるかなんてわからなかった」
「違うの。国の内部にもっと目を配れば良かった。そうすればローウェル王国に付け入る隙を与えなかったかもしれない」
「それならわたしだって一緒だよ!」
「わたしを許してくれるの?」
「マリン……あの時は怖くて仕方なかった。何を考えているのかわからずに逃げるしかなかった。その時も何故かわたしは逃げることができた。あの時逃がしてくれたのはあなただったのね」
「うん、怖がらせてごめんなさい」
マリンとシフォンは泣きながら抱き合っている。
僕はバレルと目が合った。
「仲直りが目的だったか。そんなにサトウのことは知らないが、どうしてこんなことを」
「お互い亀裂が生じたままだと後悔が残るからだよ。知らなくてもいいことだとしても、真実を知らずに生涯を終えるか真実を知って生涯を終える。本人の気持ち次第だが勝手だったかな」
「どうだろ。でも、まあ……わたしは優しい嘘って嫌いだから」
シフォンは涙を拭う。
「バレルの言う通り。わたしは自分から逃げたくない。だってかっこ悪いでしょ」
三人が笑い合う姿を見て僕は部屋を後にする。




