48:バーキン連邦へ到着
海沿いを歩いていると以前助けた人たちが遠い海の彼方を見ていた。僕たちに気づくと彼らは挨拶と感謝の気持ちを伝えていく。バレルの他にも大勢の貴族や平民が感謝の言葉を伝えてくる姿を見て複雑な表情のナージャ。彼女に反感がなければ助けられなかった人たちだが、どこかに気まずい気持ちがあるのか僕の服を掴んだ。その上目遣いで見てくる表情からは胸の中にこびりついた様々な感情が伝わってくる気分だった。
「今から僕たちはバーキン連邦に行きますけど……どうします?」
お互い顔を見合わせていたバレルが「わたしは彼と一緒に行きます。彼はローウェル王国と戦うつもりです。一緒に戦いましょう!」と叫ぶと彼女の声で全員が団結して声を上げた。
「自然とローウェル王国と戦うことが決まったな」
ナージャは髪をかきあげながらバレルを見ている。
「そうね」
「いいんだな」
「もう仕方ないことだよ。サトウも覚悟を決めてね」
「なんの覚悟だ」
「知り合いと戦うことになっても容赦しないよう。釘を刺さないと駄目だと思って」
「そのことか……」
「約束して」
「わかったよ」
難しいことを言われて渋々そう言ってしまったがナージャは僕の心がわかるように笑う。
「嘘つき」
僕はナージャが何故笑うのか理解できずバレルに向き直る。
「もう行く準備はできてるな?」
「ああ、大丈夫だ」
以前渡した小さい箱を地面に置くと大きな乗り物へと変化した。誰かが一人入る度に空間が広がる。椅子も自動的に増えていく。前方の席に座り近くにいるバレルと目的地までの道を話す。ローウェル王国の兵士に発見されないように移動しなければならない。だが、悠長なことをしている暇もない。
「どう移動すればいいんだ? エンバイにはまだローウェル王国の兵士がいる。プリミティブ島を渡る方法もない。たとえ渡ったとしてもルーロブまでの船なんてないぞ」
バレルと一緒に世界地図を見ながら指差す。
「エンバイから東に行ってサチグ山脈があるだろ。その付近まで行って海を渡る。そうすれば敵に見つからずにルーロブまで行ける可能性が高まるはずだ」
「海を渡る? どうやって?」
「これだよ。今乗っているものは浮いているから海だって渡れる」
「そういえば浮いているが海を渡れるのか?」
「たとえ魔法を使っても海を渡るのは苦労するが、これは元々バーキン連邦のものだ。こいつがあればどこだろうと移動できる」
「なるほど。でも、わたしたちが行ったとしても何かできることがあるんですか?」
「ここにいても殺されるだけだ。バーキン連邦には僕が前にいたギャバジンという都市があるから、君たちはそこに向かってほしい。そこなら僕の仲間が君たちを助けてくれると思う」
順番にルーロブからノルチェとギャバジンを指でなぞる。
「まずはルーロブに行ってからということですか」
「辿り着けたらの話だ」
大勢の人を乗せているが戦力にはならない。エンバイに留まっていても追手がくるだけだ。
僕たちはエンバイを離れて海沿いを東に向かう。遠くにはプリミティブ島があるけど上陸はできそうにない。また来ることがあればいいのだが機会に恵まれることがない状態で離れた。僕とラフィアが長年暮らしたところで思い出もあるのだが運命は残酷なものだ。
ナージャが後方を注意深く確認するも魔力は何も感じられない。
しばらくするとサチグ山脈が見え始める。ここを抜ければバーキン連邦だが山を行くより海を渡ったほうが楽だ。一人なら誰もいない山に行くが大勢で移動するなら都市を経由していくほうが効率的だ。幸いにもバーキン連邦には都市間を移動する地下鉄が存在する。手っ取り早くギャバジンに行く為にはルーロブまで行くほうがいい。だが、問題はローウェル王国との戦いがバーキン連邦で行われていることだ。
バーキン連邦も流石にインフラを壊されるほど追い詰められていないと信じるしかない。
全員が注目する中、海上を浮き日が沈む中物凄い移動速度で海を渡って行く。徐々に荒れ始める海の上で不安と戦いながら運転を続けていると、強い揺れと共に回転して突然海水が内部に入ってきていた。僕たちが後方を見るも人は誰も残っていなかった。前方にいたナージャや僕は無事で近くで運転画面を見ていたバレルに怪我はないようだった。
事故でも起きたのか状況がわからず暗く荒れる海に顔を出す。周囲に他の人は一人も見えない。あれだけいた人が消えた。バレルやナージャに声をかける暇もなく、眩しい光を見て咄嗟に基礎魔法で周囲を守る。僕たち三人は一瞬で海中に沈んでいく。目を開けると必死に泳ごうとするナージャとバレルの姿と共に真っ赤に染まった血が海を漂っていた。辺り一帯には人間の死体が浮かんでいる。傷が深く生きている者は誰もいなかった。
不意に上空から魔力を感じて目に魔力を注ぐと四機のゴーストブラッドが見えた。小型化されているのはきっと以前ラデリアで見たものだろう。他の兵装も僕が持つ銃剣に近いものを手に持っている。
荒れ狂う海を泳ぎ溺れそうになっていたナージャとバレルを抱えた。上空にいる魔力はキルティンとガーウェルにソーニャとベリタだ。
ナージャに言われた通り攻撃するか迷っていると躊躇なく光線が放たれた。直撃した光は魔法で守っていて無傷だったが同時にショックも大きかった。
いくら敵対したとはいえ仲良く話した相手を簡単に殺せるのか。
「ナージャ! バレル!」
二人は喋る余裕がないようで僕の腕の中で暴れている。僕は二人の体に基礎魔法をぶつけて海中まで手を引く。必死に僕から離れようとするも二人は海に入っていく。抗議するような顔をしていたが次第に海中だというのに息をしなてもいいことに気づく。
会話はできなかったが僕は上を指差してから、また指でバツ印を作った。彼女たちは理解したのか頷き僕の手を握る。一緒に海底へと進んでいくも二人は怖がっているようだ。魔力が使えるのに暗い海で明るく見えるようにさせることができないわけないが、そんな経験がないのか僕の手を握る力が強くなっていた。なるべくあの四機から離れたかったので深海に近づいていく。色々な深海の生物を見ることができない二人を残念に思っていたが、案外見なくても正解な生物もいるのが悩ましい。
深海で四機がいなくなるのを待っていると四機はいつの間にか消えていた。魔力を探せる限界地点まで潜ったこともあって死んだと思われたかもしれない。深海を移動しながらゆっくりとルーロブに近づいていく。不思議な生物ばかりだがこういうものは昔にフランネルと見た。彼女とはしばらく会っていないが元気でしているだろうか。
手を握っていた二人は身動きできないほどの距離でしがみついていた。顔を見ると目を瞑って背中や胸に腕を回している。両足と両腕で抱きつかれると動きにくいので移動はゆっくりになってしまう。
二人には魔法で守っているので圧力も何も感じないはずだが震えていた。
フランネルと何度も海中を潜っていたが最初は怖がっていたな。
魔力の反応や大きな音から戦闘が始まっているのがわかる。多分ルーロブが近いのだろう。だが、身動きができないほどに二人がしがみついているせいで速度が出ない。二人を離そうとしても恐怖から何もできない様子だ。結構な時間を深海で過ごしたが徐々に外の明るさが見えてくる。海中から抜けると眩しさに目が追いついていかなくなる。
「サトウ! 怖かったんだからね!」
ナージャは海水か涙かわからないが多分泣いていた。
「事前に言ってよね! 本当に死ぬかと思ったから!」
「まあ、言う暇なかったし」
「わたしも……わ、わたしも怖かった……」
前に見た男性と見間違う凛々しさは消えて少女のような顔で泣いている。こんなにも鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていると流石に性別を間違うことはないかもしれない。
「ごめんなさい」
ルーロブが近づいてきていたので戦闘が行われていない付近まで泳いでいく。深海よりは怖くないのか二人は魚たちを見ながら泳いでいた。二人は泳ぐ経験がないのか未だに少し不自然な泳ぎ方だった。僕は昔フランネルに泳ぎ方を教えた時を思い出した。
海辺に行き大勢の魔力を感じていると二人も真剣な顔つきになってくる。
ルーロブにいるラフィアのことを伝えるも二人は会うことに賛成してくれなかった。魔王に操られているなら危険だという話だ。ここまできたのにと思って二人の反対を押し切って行こうとするも、ナージャが僕の手を離してくれない。
「僕なら大丈夫だ。二人はどこか隠れてくれ」
「たとえサトウでも死ぬ可能性があるだろ」
「僕は死なない。それにラフィアは助けないと」
「わたしが心配なの!」
ナージャの顔が近くなる。
「ま」
彼女は唇を離そうとしない。
必死に体を動かそうとすると地面に倒れてしまう。強引に魔力を使ってナージャを引き剥がそうとするもナージャの力は強かった。彼女は普通の人間ではないことは知っていたが僕の力でも動かせなかった。
このままでは何の為にバーキン連邦に来たかわからない。
近くにいたバレルが僕の首や頭を基礎魔法で何度もぶつけてくる。ナージャも止めようとしない。たとえ僕が丈夫だとしても止める方法が強引すぎる。何度やっても意識を失わない僕に痺れを切らしたナージャも加勢した。二人の攻撃に僕は徐々に意識が遠のいていく。




