46:人の心がない者たち
追手から逃げ延びて建物の内部で隠れ潜む。このエンバイ付近では苛烈な戦闘が四方から繰り広げられていた。近くで死んでいる兵士のフルブローグから手にした情報では、すべての都市に船や翼を持つ怪物が送られて大混乱に陥っていると流れている。無限に派遣される戦闘部隊にローウェル王国は苦戦しているようで、事態を見守っていると大地を揺るがすほどの爆音が響き渡ると雲を突き抜けるほどの大きさのあるゴーストブラッドが次々と上陸していく。以前見たゴーストブラッドと似た形だが生えている尻尾は短くて二足歩行だ。ロボットの数は四機で大きく開けた口から強い光を放つと同時に地上が吹き飛んだ。燃え上がった建物が隣の建物まで飛ばされ地面が揺れ動く。
「あれはなんなの?」
「バーキン連邦の兵器だ。いよいよ本気になってきたな」
ナージャの手を握ると彼女は深呼吸をしている。
「ローウェル王国は勝てるの?」
「どうだろうな」
銃剣を構えて戦闘を行うか迷ったが追われている状態で戦う必要はない。
未だに戦いを続けるロボットを横目に死んだ兵士が持っていたフルブローグを破壊してナージャの手を引く。
「ゆっくりしてる時間はない」
地上にいるバーキン連邦とローウェル王国の兵士が互いに攻撃をしている。ロボットに魔法をぶつけるローウェルの兵士とロボットを支援するバーキンの兵士。上空にいるバーキン連邦と地上で戦うローウェル王国の戦いを見ていると僕たちは突然地面に倒れた。
「ようやく捕まえたぞ。サトウ・セイ」
何もいなかったはずの場所から突然クラバット・ローウェル第五王子が現れた。ナージャと僕は両手と両足を複数人のクラバットに押さえつけられている。
「あの時はまさかムートンが死ぬとは思わなかった」
大勢いるクラバットの一人はナージャの首を掴むと持ち上げた。
「こいつはお前の恋人か? ラフィアはどうした?」
「違う! えっと。ラ、ラフィアは動けない……」
何か魔法を使う隙がないか見極めないとナージャが危ない。
「あいつも生きているのか。場所を聞いても?」
「前はラフィアを殺そうとしたじゃないか」
「状況が変わったんだ。俺たちはあいつと戦わないといけなくなった」
ナージャの首を掴む力が強まると彼女が苦しそうにもがきはじめる。
「場所を言え」
「言ったら僕ともう一人の彼女から手を離すと約束できるか?」
下手に攻撃してもナージャが救えるとは限らない。
「約束しよう」
「古代都市マキシギャにいる」
「わかった」
クラバットはナージャを地面に落とすと彼女を蹴り飛ばした。大きく回転しながら木々をなぎ倒しながら遠くまでいってしまう。
「手を離したぞ」
両手を揺らすクラバットは足で僕を踏みつける。
「約束と違う、なんで彼女を」
「手を離しただけだ。それが望んでいたんだろ?」
遠くに僅かな魔力を感じられる。蹴り飛ばされたナージャは生きているが助けに行ける状況ではない。頭と腕や足がまったく動かせないが口は使える。
「スウハバベルツ」
僕の言葉を聞くと体が動くようになり、大勢いたクラバットは一斉に倒れて寝始めた。彼の寝顔を見ながら頭に触れると何もない空間で魔王と戦うクラバットを見る。ルージュが使う魔法は成功したようだ。彼の夢の中では魔王とクラバットが戦うだけで他に何も見えない。魔王と戦っている彼に近づくと魔王が消えていた。彼は僕の接近に気づくと徐々に距離を縮めて突然クラバットが増殖した。僕は彼が殴りかかるのを何もせず受け止めながら目を閉じる。
次々と繰り出される攻撃を肌で感じることはない。ここはあくまでも彼の夢で僕が望まない限りは痛みは存在しないことになる。そして今僕が望んでいるのは彼の自滅だ。何度殴っても倒れない僕を殴っても意味はない。クラバットは夢の中で僕の姿をした自分自身を殴っている。それらはすべて現実世界にいる自分のダメージにも繋がる。
目を開けると複数いたクラバットが消えて空を見上げていた。
「血? 痛い……え? 何が……何が……」
夢の中で自分が与えた傷で体を動かせないようだ。
融合魔法を使えばクラバットの魔法を奪えることを知っていた。ムートンの時は僅かな魔力に触れることで自分のものにできたが融合魔法なら魔王の知識や経験も知ることがでえきる。
「シーデクジ」
彼は突然僕の手に取り込まれるのに気づくも、押さえていた頭や手が簡単に吸い込まれた。暴れていた両足も数分も経たずに僕の体の中に入っていく。
立ち上がると背を伸ばして息を吐く。
人を殺している感覚がない魔法だ。どう分離させるかもわからない。徐々にローウェルの王族としての冷酷さが増えていくように思える。魔王を倒す為に誰かの魔法を奪っているが人の心まで失くしている気分になってしまう。
考えていると一瞬だけ空が暗くなった。上空を何かが飛んでいるのが見える。大きな翼を広げた怪物が木々などに当たりながら突進してくる。巨大な体で翼を持つドラゴニアのような姿をしていた。以前理性を失ったクワントの魔力を感じ全身に魔力を流すと基礎魔法で体を守る。
突進を続けていたが僕を見つけると急接近してくる。大きな口を開けて叫び声を上げると辺り一帯が吹き飛んだ。意味不明な言葉を発しながらクワントが再度突進してくると、僕は彼に向かって走りクワントの頭を掴み地面に叩きつけた。暴れるクワントだったが巨大な体は次第に形を変えて元の体に戻っていく。荒い呼吸で額から汗を流す顔クワントはどこか遠くを見ている。
この場で暴れられても面倒なので全身を基礎魔法で拘束しておく。
「言葉がわかるか?」
「俺は何を」
「クワントはさっきまでドラゴニアになって暴れていた」
彼は周囲を見て目を見開く。
「これは俺がやったことか? もしかして俺は人間を殺していたか?」
「その現場は見てないが多分可能性はある」
「記憶はないがサトウと出会った時から変な気分だった。この手と足にある妙な感覚。口の中……その奥から動物の匂いがして俺は何か食べていたのか思い出せない。時々自分がわからなくなる時がある。それはすべて人間なのではと思った……だって俺の口からする匂いが他の人間たちからする匂いと非常に似ているんだ……」
「なあ、クワントの一番古い記憶はなんだ? バーキン連邦と関係しているんだな?」
「多分だが変な人間たちに囲まれていた記憶……バーキン連邦という言葉で記憶が蘇る。頼む……俺を……どうか、殺してくれ。こんな短い間だったが俺は人間と仲良くなれた。きっと俺はドラゴニアで君たちとは違うだろう。でも、違うからって親しくなったものを殺したくない」
僕はクワントを殺すつもりがない。
「悪いな」
彼は基礎魔法で押さえていた体を強引に動かして人間の姿からドラゴニアの姿に変えた。叫び声を上げながら僕に突撃したが魔力を込めた手で弾くと地面転がる。
既に魔力が消えつつあるようで動きが鈍くなっている。クワントの体に触れると生きている動物のような肌をしていたが崩れた内部からは機械部品が見えた。
僅かな呼吸音を最後に力尽きたように動きが止まる。巨大な彼の内部に見える機械部品の奥に生き物の心臓が複数混ざった生体部品が見えた。
クワントの内部を確認しても確かなことはわからなかった。彼とは短い間だけしか話したことがない。こうして命を勝手に作るのはどこの国でも同じだ。
僕はどちらの国も決して好きになれそうになかった。




