43:思い悩む敵対心
冷静さを取り戻す僕と微かな不安から恋愛へと踏み出そうとする周囲の行動。頭の中を飛び交っていた疑問符に一つの答えを見つけた。男女に関わらず何度目かのアプローチが自身の魔力が原因だとしたら、相手の挙動にも納得がいく。始めてラインに会った時、その距離の縮め方を不思議に思っていた。単純に乙女ゲームだからと考えていたが本来の立場だとフリルだ。体内から感じる彼女の魔力も僕同様に異質な魔力をしている。自分を変わった存在と認識していながらも、そこまで考えが及ばなかった。
きっとフェルトやシフォンも同じだろう。僕は彼女たちを乙女ゲームだから男性に好かれるのだと思っていた。それはこの世界だとあり得ないことだった。普通の人間は異性に興味を持つことがない。そういう仕組みになっていることを失念していた。
僕自身が異性を好きだから相手も好きだろうと思っていたが現実は違う。僕が介入したからフリルはラインとは付き合わず、彼女はローウェル王国の為に魔王と戦わなかった。好きな相手がいない状態でしかも自分が弱い時に彼女は捕らえられた。魔王も他の貴族同様に扱おうとしたが異質な魔力に興味を持った僕の出現により対応が変わった。平民の中から貴族のような優秀な魔力を持つ人間が現れるのは不思議ではない。
僕という存在が彼女たちの運命を変えた。フリルは本当なら彼女の力で魔王を倒す未来があった。フェルトもシフォンも別の未来があったはずだ。
恋愛はすべて顔や性格ではなく、魔力で決められたものだとしたら納得できる。どんな苦難があっても決められた運命を変える力が、体内に溢れる魔力で決定されるのなら男性に好かれる主人公がいても不思議ではない。隠された本能というもので導かれるように好きになる。昔ならそういうゲームだからと考えられたが僕は今ここで生きているんだ。
大きな隔たりを前に自然と誰かを好きになる異常さを理解できなかった。
周囲の声が僕は聞こえず、今になって重大な問題に気づく。もしも魔力が異質じゃなければラインは僕を好きにならなかったのではないか。他の人間も同様にキスをしようなんて考えない。そしてラフィアも僕に興味を持つこともない。
この魔力は僕のものか。それとも別の誰かのものか。
僕はラフィアが心変わりをするのが耐えられない。
それだけじゃない。ここにいる誰も僕は信用できなくなってしまう。今までの関係性すべてが魔力によるものだったら自分の努力を信じられなくなる。
ガーウェルとキルティンの話を聞かないでいると二人は「どっちが好みなんだ」と叫んだ。
僕は立ち上がると戦闘の音が聞こえる方向へと歩いていった。
何を不安になっているんだ。顔や性格で好きになったことやお金を持っているから好きなこと。どれも似たような理由だ。前の世界では違ってもここでは間違いじゃない。
キルティンが僕の手を掴む。
「そっちは危ない!」
「離して」
手を振りほどくもガーウェルが僕の目の前を塞ぐ。
「モカシンは未だに戦闘が続いている。これ以上進むのは危険だ」
「別に僕は君たちと違って疲れていない」
「油断が命取りになるのは俺も知っている」
「気づいていないかもしれないが、ここにいる誰よりも僕は強い」
「そんなことは百も承知だ」
「なら通してよ」
「心配しているから言っているんだ」
背後からついてくるみんなを見る。
この世に普遍的な愛なんてあり得ない。男性に好かれても女性に好かれても喜んでいた。口で不満を言っても楽しむ気持ちはある。こんなの割り切ればいいだけの話なのに心が不安になってしまう。
「それも魔力ってやつか」
「ルージュ?」
キルティンが言った。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。心配かけたな」
爆発音が近くなる。
「なあ、状況は厳しいのか? どの程度戦えば終わるかわかる?」
「え?」
キルティンは僕の言葉に一瞬驚いた。そうして緊張した表情になって咳払いをする。
「詳しくはわかりませんが、戦局は五分五分でしょうね。何か新しい兵器を使っていればわからないけど」
「まず始めから聞かせてくれないか。僕は何も知らず戦場にきた。ローウェル王国がどのようにしてバーキン連邦と戦っているか知りたい」
「今の戦いはプリミティブ島をローウェル王国が奪ったことから始まります。これは戦略的にも重要な拠点になるからという面と他にも資源確保の目的含まれている。フェザー連邦の調査でプリミティブ島の付近から重要な鉱石など必要だったんです」
「なるほどな」
「国内にいて誰からも聞かされていないんですか?」
残念ながら王族の誰も情報を持っていない。国が戦争になろうが気にしない性格をしているのが僕の内部にいる。
「僕はローウェル王国なんてどうでもいいからね。それで?」
「バーキン連邦から攻撃されるのがわかっていたので、フルブローグの通信を使ってバーキン連邦にいる人間を操作することを考えました。それが当初の案だったんですが、魔王様が確実性がないとして別の案を採用することにします。宇宙にある人工衛星とかいうのを地上に落とすことを決めました。フェザー連邦とローウェル王国で調査した結果、その人工衛星は通常のものより遥かに高性能でこちらの利益になると思って壊すのは反対していましたが、結果的に技術は我々のものになったので大丈夫でした」
「フェザー連邦はなんでそんなにもローウェル王国と手を組むんだ。彼らは平民だろ」
「バーキン連邦は生身の人間というものを大事にしない傾向がありました。脳まで機械にしている人を人間の範疇にするのをフェザー連邦は反対していた。そこにローウェル王国が長いこと声をかけて説得して今に至ります」
「キルティンは詳しいんだな」
「そんなことないですよ」
「兵士になれば自然と覚えることだ。長い期間ローウェル王国にいてわからないことのほうが少ない」
ガーウェルは言った。
「ここ最近でも小さな争いはあったが攻め込まれたのは生まれて始めてだ」
「そうだね。わたしは知らないけど、結構昔も同じことがあったみたいだよね」
「あの時は俺もアルベール王国にいたから知らない」
「これは人から聞いた話だが、かなり前にもバーキン連邦とローウェル王国は戦争をしたみたいよ。その時は両国は疲弊して終わったと聞いた」
ミハイルがそう言うとナージャが言った。
「歴史の授業で習ったけど、魔王様がバーキン連邦に壊滅的なダメージを与えたのでは?」
「それでもバーキン連邦は滅ぼすことができなかった。古代文明の継承者とか言って魔力がなくても戦えるように戦力を整えたことが原因よ」
キルティンの言葉に僕は彼女の腰にある銃を指差す。
「それが古代技術のものだ。自分で使ってわかったと思うが強力な武器だよ」
「これがあるからバーキン連邦は強い。すべて消してしまえば争いはなくなる」
「そうだね。僕も同じ気持ちだよ」
キルティンは僕の顔を見ている。
「なんだ?」
「なんでもない。それよりもどうするの?」
キルティンの声が先程より穏やかなものになったようで安心する。
「今から戦う。今度は僕が先頭に立つ」
「それはいいけど。まだ夜だよ」
「すぐに朝になるさ。それに暗闇で目が見えないほど魔力は衰えていない」
僕は遠くに見える船を確認する。
「味方は敵の船に乗り込んでいたりするのか?」
「魔法を使っているのに近接戦闘を行うわけないでしょ」
「なら良かった」
体内の魔力を腕に集める。空や海にある船を探す。小さな魔力だが全身を機械化されていなければ探すことができた。それらの船と自分の魔力を繋げる。
「サクシェン」
空や海の船が次々と集められていく。空にあった船も海にあった船も同じ空中に磁石のようにくっついている。陸にある船は機械化された人間のようであまり魔力を感じられない。
「ドーロム」
空中に集められた船は徐々に崩れてしまう。形を保てなくなった船や船員が海に落ちながらぼろぼろになっていくのがわかる。
「ルージュ、何をしたんだ?」
ガーウェルの驚く顔を見て僕は呟いた。
「吸引と崩壊の魔法だ」
「そんな魔法があったなんて……」
「本当に王族だったんだ」
ナージャが言った。
「信じていなかったわけじゃないけど、わたし変わった魔法を使うのが王族というのは知っている。この目で見るのは始めて」
「これでカモジアにいるバーキン連邦の船はほとんど落とせたな」
「ねえ、ルージュ」
ミハイルが僕の顔を覗き込む。
「なんで突然やる気になったの? あなたいつでもこの戦いを終わらすことができたでしょ。それなのに今まで何もしなかった」
「真実を知るのが怖くなったからかな」
ラフィアと出会って僕を好きなのが魔力だからだとか言われたら落ち込む。顔が好きでもなんとなく嫌だった。もしかしたら性格が好きとか言われたいのかもしれない。僕はとんでもなくわがままな性格をしているな。
「真実ってなんのことよ」
「好きな人に自分の好きなところを聞きたくなっただけ」
「答えになってないけど」
僕はミハイルにキスをした。
「突然何をするのよ」
「嫌だった?」
「別に嫌とは言ってないけど」
確かにこの熱は魔力だ。
「好きな人ってわたし?」
ミハイルが僕を見てくる。
「いや、違うよ」
「は? 嫌な奴!」
物凄い形相で僕を睨むミハイルは顔を背ける。
「もうしないよ」
「当たり前でしょ!」
この魔力共有は使い方によっては便利だ。特別なリスクは存在しない。僕自身の人格が問われるだけだろう。
これで彼女は嫌ってくれるだろうか。
本当に魔力で人を好きになるのなら僕は存在する意味がないと思う。
魔王の力を削ぐ為に色々としてきたが肝心の魔王は見つからない。都市ローウェルにいるのかすらわからない状態で無闇に突き進むのは危険だ。僕がこうして魔力を探れるように魔王も僕の魔力を探すことが可能だろう。それができないということは魔王は僕を感知できないということだ。でも、どうして感知できないのかわからない。以前ラフィアと一緒に魔王の元に移動した時と何が違うのか。
あれはローデン連邦にラフィアが連れてかれた時だったか。
「ルージュ」
キルティンの声が聞こえる。
「なんだ?」
「これからどこに行くのか決めているの?」
「いや、決めていないよ。どこか決めているのなら従うが」
「従うとか言われても……」
「行きたい場所があるんだろ?」
「ここから西のアンボラにローウェル王国に反抗的な人間がいるらしいの。本来はわたしたちそこに行くように言われていたんだ」
ラデリアから出る時に揃っていた部隊を適当に集めたが、本当だったら今頃アンボラまで行っていたのだろう。王族が一人でどこかに行くだけで問題があるのか付き添いなんてものがある。そんなこと知ったことじゃないが兵士にとって迷惑な話だ。王族の従者がいるようだったが些細なことで魔法の餌食になるだけだろう。
「軽い気持ちで誘って悪かったな」
「そんなことないですよ。おかげでモカシンを守れました」
「それも仕事だったな」
「はい」
ローウェル王国の兵士なんて大勢いるが仕事の量が多すぎる。国民全員兵士のようなもので立場によって差なんてない。
僕は折角仲良くなった人たちと敵対することになるかもしれない。ローウェル王国だろうとバーキン連邦だろうと戦う。たとえ嫌われてもいい。こんな世界があるからいけないんだ。魔王に従う奴も魔王が嫌いな奴も全員問題がある。
「アンボラは明日の朝に行こうか」
ここにいるみんなの返事を聞く。誰もが僕を疑うことがない様子だ。これは軽蔑されるだろうな。ローウェル王国に住んでいる人の為でもない行動を決めた。バーキン連邦で暮らす人の為にならないことをしようとしている。人を欺き、人を殺す。何事も慣れ始めていると感情が動かないものだ。それを今僕は実感していた。




