40:ベルベット・ローウェル
施設内を歩きながら武器を手に魔力を流し込むと何の変哲もない平らな板は剣に変化した。それを壁に突き刺すと豆腐を切っている感覚で切れていく。剣の状態を変化させずに魔力を注ぐと弾が一瞬で装填される。壁に向かい撃つと壁越しにあった部屋が見えた。不気味な生き物を研究していたようだが先程の攻撃で粉々になっていた。逃げ惑う人がいたようだった気にせず撃つと先程までの不快感が消えていく。騒動を把握している様子はない。洗脳魔法を使用した研究員のおかげで僕の行動を知られているようには思えないが時間の問題だ。
天井を見上げてカメラらしきものを見ても誰かが近寄ってくる気配はない。魔力が僕に向かって集まるのも感じられなかった。バーキン連邦ほどの技術力なら今頃すべての人間に状況を逐一知らせていたはずだ。すべてを魔法に頼っていることや時代遅れの技術の影響が垣間見える。
廊下を歩いていると兵士の姿を発見する。彼らは僕が連れてきた兵士ではない。それなら特別思い入れなどもないと考え遠慮なく遠距離から撃つ。数人の兵士は悲鳴を上げる暇もなく周辺を巻き込みながら粉々になった。魔力を探すとここには大勢の人間が見つかった。
少し歩くと遠くに兵士の姿が見えたが、どの武器も時代遅れの武器だ。剣に宝石が埋め込まれたもので魔力を放つことができる程度のものだ。威力は基礎魔法と同じで魔力の消費は事前に注ぐ魔力の量に影響される。それと比べるとこのゴーストブラッド機の兵装は魔力消費量が他と比べ物にならない。慌てふためく兵士が近づく前に撃ってしまえば死ぬしかない。彼らからしたら突然王族が研究施設にやってきて破壊を開始したのだ。重要なものも多いだろうに壊されたくないはずだ。魔法で自身を守るのは兵士なら当然だが、この銃剣は一般的な魔法程度なら貫通する。
僕のことをルージュと思って説得しようとしても近づいた時点で撃たれる。情報が共有される前に壊せるだけ壊した。
時折実験を行う部屋を覗いたがどれも人間の改造が主なもので、稀にドラゴンや見たことのない動物も存在している。機械を操作して過去の資料を見てみるとフリル以外にも平民の遺伝子を使用したことがわかる。床に転がる研究員はまだ息があるようで助けを呼んでいた。
怒りに身を任せて手当たり次第攻撃した罪の意識が重くのしかかってくる。彼らより魔王や他の上層部に罪があるのに殺してしまった。
研究員が動かなくなるまで見ていると兵士たちが僕を見て動揺していた。自分の手に持つ巨大な武器で今まで何人の人間を殺してきたのか。今更ながら自分のしたことに後悔していた。近づいてくる兵士たちを気にせず施設内の地図情報を確認すると武器庫を見つけた。
「シルディン」
動揺していた兵士に場所を教えてもらい、武器庫内部にいた研究員に武器を外まで運んでもらう。バーキン連邦との戦いに使用する武器を何個か貰っていくことにした。
破壊を済ませて先程までいた研究施設の一角まで戻ってきた。そこにはラデリアから連れてきた兵士たちもいるようで僕が現れると焦りながら話しかけてきた。
「なんで施設の破壊を?」
「必要だったからだ。問題があるのか?」
「いえ」
王族のような権力者が突然暴れ出しても本気で止める人間はいなかった。純粋な魔力での戦いでは誰も勝てる人間はいないのがわかるからだ。
研究員が外に運び出している武器を彼女たちにも手伝うよう命令させる。冷静になって施設内にいる人間に侵入者がいることを告げて逃げるように言う。強引な方法だがルージュの言葉を素直に信じるローウェルの人間には呆れるしかない。
重要な施設の破壊は終えたとは思うがまだ地下に大きな魔力を持つ者がいる。きっと奴が重要な秘密を握っているはずだ。そんなのを野放しにしておくほど今の僕は甘くなれない。
そこまで移動することを決めて移動用のエレベーターを見つける。これは以前フェザー連邦で見たものだ。バーキン連邦より古い時代のものだが地球のものより優れている。上下左右と瞬時に移動可能なもので始めて見た時は驚いたが今はもう慣れてしまった。
エレベーターが開くと曲がり角に巨大な怪物が立っていた。牙や鱗からしてドラゴンと似ているが二足歩行で頭に髪の毛が生えていて尻尾は三本生えている。
「何故ルージュがいる?」
怪物の近くにいる女性の声はベルベット・ローウェル第一王女。ルージュの記憶では不老不死の実験を行っているらしい。歳が離れているのかわからないが、彼女のことは何も知らない。情報が少なくどういう魔法を使うかまでは記憶にない。
「この施設は魔王様にとって重要なものだろう。破壊許可なんてあったか?」
「答える必要があるとは思えないな」
怪物に向かって撃つも大きな手によって弾が途中で止まった。その手で止まる弾を怪物は美味しそうに食べ始める。
「魔力が餌の生き物なんだよ。無駄なことはやめて、理由だけでも話さないか?」
怪物に両側を基礎魔法で押し潰す。動きを止めてから怪物の体に触れて「アーゲレナ」と言って魔力だけを吸い取っていく。
「ルージュが何故魔王様の魔法を……」
僕から距離を取るベルベットは何かの機械を操作している。その間にも怪物が続々と僕の前後から現れては魔力を吸い取って怪物を倒していくが無駄も多い。地下を破壊して生き埋めにならないよう攻撃していたら時間がかかりすぎる。怪物は僕を取り囲み始めていたので方法を変えることにした。銃は使わずに剣で斬りかかると怪物はあっという間に真っ二つになった。剣の状態なら弾を装填する度に魔力を使うよりは効率的で戦闘なら銃より剣のほうが使い道が増える。怪物を倒しているとベルベットが降参したように両手を挙げる。
「こちらも攻撃しないから攻撃を止めてくれないか? えっと、名前は?」
「イブの魔法で少し魔力が変化しているが外見がルージュなのは間違いない。君はここで何をしている人なのか聞かせてくれないか?」
「わたしはベルベット・ローウェル第一王女。長い間カモジアで研究を行ってきた王族だ。変わり者だと言われるがわたしは命というものがどのようにしてこの世に産まれてくるのか知りたい。わたしでも実験してみたが、わたし自身は実際の人間とは少々異なる遺伝子を持つ。そのせいか産まれてくる人間と他の人間とで微妙な差が出てくる。時にはこうした怪物が産まれることもある」
彼女は怪物に撫でる。
「すべてがわたしの遺伝子を持つ怪物というわけではないが、ここの施設のものは大抵わたしの遺伝子を持っている。他にも人間のような形をしたものを大量に作ってみたが、わたしほどの実験材料はあまり見つからなくて困っていたが十年ほど前に見つけたフリルは逸材だった。彼女は非常に優秀な母体だ。わたしのように途中で怪物にならず、人間の姿や異常な魔力を持つ者まで現れ始めた。どの個体もすべて優秀で他の種族との交配も難なく行えた」
「……お前がフリルをやったのか」
「彼女の知り合いか。言っておくがわたしは彼女を尊敬しているんだ。わたしにはできないことをしたんだ。わたしでは他の種族との交配はできなかった。きっと純粋な生き物の血を受け継いでいないせいだろうな。わたしたち王族は魔王様の子だ。他のドラゴニアからなる種族のものとは違う。この研究で平民たちを捕らえる理由が新たに見つかった。彼女がいてこそローウェル王国は今後更に輝く」
僕はベルベットを無視して付近の怪物を順番に斬っていく。
血で染まる地面に転がる怪物をベルベットは何も言わず眺めている。
「見ての通り彼らは知性がない。そして耐久力も劣っている。わたしでは普通の人間でさえまともな生き物にはならない」
僕は武器を向けながらゆっくりと近づく。
「彼女の知り合いで……名前はなんだ?」
「ルージュだ」
「それは違う。君の本当の名前だ」
「佐藤星という変わった名前だ。これは言いたくなかった」
「……そうか、どこかで聞いた名前だと思えば魔王様が殺した者の名前か。なるほどね、死んでいるはずの彼の肉片を魔王様が欲していた理由がわかったよ」
僕がベルベットの喉元に武器を向けたが彼女は話を続ける。
「ラフィアとサトウか。二人で子どもを作ればどうなるか知りたかったが、結局サトウは死んでしまったから結末はわからないままだな。我々に子どもなんて作れるはずもないのに」
「どういうことだ?」
ベルベットは喉元に突きつけた剣を弾いた。壁に突き刺さった剣を手に取ると即座に彼女の胴体を斬った。体が半分になった彼女を見下ろす。腰から下を綺麗に切られてもまだ息があった。彼女の口が動くのを感じて魔法を使われると思ったが遅かった。斬ったはずの体が気づけば元に戻っていた。そればかりかベルベットが二人いた。一人目は下半身の服を着ていなくて、二人目は上半身の服を着ていない。どれも目のやり場に困る格好をしている。
「我々王族は普通の人間ではない。魔王様が元々人間ではないので、そこから作られた我々も当然人間とは異なる遺伝子を持つ。そこから産まれる者も人間とは異なる」
二人のベルベットは互いに会話を繋ぐ。
「だが、ラフィアは魔王様の遺伝子が弱い。どうにも人間の要素のほうが強いようだ。一度彼女に頼み込んでみたが嫌な顔をされたのでやめた。流石に同じ王族を実験材料にするわけにはいかなかった。やるならわたしだ」
上半身が裸のベルベットの首を斬るも下半身が裸のベルベットが会話を続ける。
「あの奇妙な魔力のサトウとかいう人間とならどんな生き物が産まれるのか興味があった。偶然にも愛し合ってくれたようで良かったが子どもは作れなかった。魔王様も興味がないとかでサトウを殺したようだが非常に残念なことをしたと思うよ」
転がっていたベルベットの頭を見ると徐々に体が生えてきた。そこには全裸のベルベットがいた。合計で三人に増えた彼女は上半身が裸と下半身が裸のと全裸のベルベットだ。下半身だけが裸の彼女を上半身が裸の彼女が今度ははっきり聞こえるように「ルンパーダ」と言うと頭が生えてきた。
「君はサトウとか言ったな。少し興味があるんだ。ラフィアではなく、わたしを選ばないか?」
「そんなつもりはない」
「胸だって大きいぞ」
「胸だけで選ばないさ」
「顔も美人だと思う」
「ラフィアのほうが美人だよ」
「性格もいいよ」
呆れるしかない。
「バラーマ」
僕の言葉を聞くとベルベットは笑顔になっていた。何を考えているのかわからないが楽しそうな表情で一人で会話をしている。これは幻覚魔法でルージュのものだ。こうなってしまえば当分の間はベルベットは何もできない。
幻覚の内容までは知ることができない。三人のベルベットは別々の会話をしていた。どれもが研究の内容だ。
すべての体に触れてみたがどれも本物のようだ。
「シーデクジ」
三人のベルベットに触れながら魔法を口にすると笑顔の状態で僕の体に入っていった。
これで満足だろ、ベルベット。
何度も他人と融合していると体に変化が起きる。あまりの激痛に倒れてしまう。全身が異常な熱さで地面まで溶けていく。周囲にいる怪物が近寄ってくるだけで怪物が溶ける。心は意外にも穏やかでベルベットの気持ちまで入ってきた。彼女が研究に興味を持ったのは、ローウェル王国がまだ力がない時代に何度も滅んだ時だ。その当時からベルベットはいる。人が死にすぎた経験から興味を持ったようだ。悲しい過去のようにも思えるが怪物の気持ちなんて僕にはわからない。だが、寄り添ってしまったのが原因と言えるのか。内部の彼女が反発する様子もない。
ここまで僕の気持ちが落ち着いているのは何度も魔王の子どもを取り込んでいることで、感情が分散されて何事にも動じないようになってきているのか。未だに感情的になることも多いが常に頭では何かを考えていることが多くなってきた。
近くにいる怪物たちはどれも僕を見て不思議な表情をしている。自分の手を見ると体が変化していた。髪の毛も短くなっているようだ。近くの部屋に入り鏡を見ると正真正銘の佐藤星になっていた。
今までキュロットの時に男性になろうとしても少し似ている程度にしかならなかった。ラインと僕を足しただけで本人なのは心だけだ。体まで変化したのは始めてのことだった。
女性の格好で男性の姿形だと気持ち悪い。それに後々研究員や兵士に見つかった場合問題になるのでルージュに戻ることが必要になる。
そこで始めて意識的にルージュの体に戻ろうとしたが以前のようにはいかなかった。キュロットが男性になっただけの体やイブとルージュと融合しただけとは違う。融合とは違い姿形を別人にするのは非常に疲れる。ベルベットを取り込んだことで彼女が佐藤星を望んでいたことも影響しているのだろう。
ルージュの姿に戻ったがベルベットは僕自身を欲していた。魔力で抑えないと姿形を保てなくなっていた僕を見ていた怪物たちに囲まれながらエレベーターに入る。どの怪物も今更殺す気持ちにはなれなかったが、ベルベットの思いも関係しているようで扉が閉まるまで彼らを見つめていた。




