4:第二王子は子どもを産みたい
幸せな時間というのは長く続かない。翌朝ラフィアとベッドで寝ているところをラインとフォブレイとミュールに見られてしまった。三人共毎日のトレーニングと挨拶の為、僕の部屋に来ている。そんなことすっかり忘れていた。ラインは非常に困惑していたが同時に怒ってもいた。フォブレイは少し引いているようにも思えた。ミュールは頭を抱えて唸っている。
「サトウ、魔王の娘と何をしている?」
「ラインにはわからないか」
「俺がいながら何故女性と寝ているのかわからない。その女性は魔王の娘だな。しかも、何故裸なんだ?」
「裸で何が悪いんだ?」
僕とラインに間に入るようにしてフォブレイが言った。
「百歩譲って女性と寝ていたとして、それで俺たちが考えるようなこととは限らない」
「フォブレイ……この女性は愛おしいと思っているのかサトウの胸に抱きついたまま寝ている。とてもいい寝顔だ。普通はあり得ないがそういうことだと考えれば納得できる。こいつらは愛し合っている」
ミュールは叫んだ。
「いや! 流石のサトウでもあり得ない! 俺もみんなも筋肉と下半身にしか興味がない。これは女性と抱き合っているところを見せつけて驚かせようという企みだ!」
「それに俺たち男性は女性で興奮できない。サトウがそんな特殊性癖なわけないだろ」
フォブレイの言葉にミュールは同意して二人は部屋を出ていく。
ラインだけが部屋に残り僕を見ている。
「何もしていないと誓えるか?」
なんで僕が責められているのかわからない。
「誓えません。僕はラフィアが好きです」
ラインは怒り狂って近くにあった家具を蹴った。
「ライン! 何やっているんだ!」
「それはこっちが言いたい。俺が嫌いになったのか?」
「嫌いなわけあるか!」
少しだけ顔が赤くなったラインは部屋を出ようとしてドアを開ける。
「ならいい。今度は俺もサトウと寝たい。約束だぞ」
ベッドでもう一度寝ようとするとラフィアが目を開けていた。
「やっぱり受け入れられないのね」
「そんなことないさ」
「でも、大丈夫。ラインと寝る時はわたし帰るから」
「待て待て!」
「ラインが好きなんでしょ?」
「それはそうだが、ラフィアの好きとは違う」
「そんなこと言ったらラインが可哀想。わたしは嬉しいけど」
「ラインは女性じゃないしな……」
「そんなに悩むこと?」
「悩むことだろ。僕はラフィアが他の男性と付き合ってほしくない、それと同じでラフィアだって他の女性と仲良くなる僕を見たくないはずだ」
「……ラインは男性だけど」
「確かにそうだけど」
「それにわたしはサトウ以外と付き合うつもりもない。愛しているのはサトウだけ。ラインがサトウを好きなら歓迎するけど」
「僕は別に歓迎しない」
「サトウが好きならいいじゃない」
そんな笑顔で浮気を肯定するなと言いたかった。
そもそも僕は乙女ゲームの主人公じゃない。ラインはフリルのもので僕は攻略対象たちと付き合うはずがないのだ。
起き上がり服を着ると授業の準備を始める。
「ラフィアも起きたほうがいい。まだ時間は早いが」
「そうだね」
服を着替えて学園に向かうとラフィアが腕を絡めてきた。
教室に入り席に座ると視線が気になった。前まではラインの愛人という意味で噂をされていたが、今では魔王の孫と親しげにしていることが注目を浴びていた。しかも、この世界だと異性愛が受け入れられていない。そんなこと明記されているわけでもないのに誰もが同性愛を受け入れている。恋愛が同性だけになって、異性とは誰も付き合おうと思う人がいない。
僕の腕にしがみつくラフィアを見ている者でもう一人フリルがいた。どこにいても一緒についていく僕たちを見て首を傾げていた。
「何が起きた」
ほとんど喋ったことのない男女が突然仲良くなっていたらそういう反応にもなる。
「付き合うことになった。あまり広めないでね」
「広めないよ。わたし友達いないし……それにしてもまさか本当に実行するとはね」
フリルは興味深そうに観察をしている。
「それで二人は今後どういうことになるんだろ。こんなの興味が尽きないよ。わたし女性同士ならたくさん見てきたけど、男女だと何をするんだろ」
授業が始まっているのにみんなの視線が痛かった。
二人で歩いているとラインが前から歩いてきた。
「ラフィア、俺と勝負しろ」
睨みつけるラインがそこにいた。
「俺に勝ったら二度とサトウに近づくな」
「いいよ」
「おいおい……なんでそうなるんだ」
僕の声を無視する二人に困惑する。
「わたしが勝ったらどうするの?」
「好きにしろ」
「じゃあ、そうさせてもらう。勝負は純粋な力と力でいいのね?」
「大丈夫だ。サトウを守れないようでは生きる価値がない」
「このアルベール王国に広い場所はある?」
「広大な土地だけが取り柄だから中心地から離れればいいだろ」
「わかった。明日の朝に寮の前で待ち合わせね」
「逃げるなよ」
「そっちこそ」
ラインは僕たちから離れていく。
「なんで、あんなこと言ったんだ」
「サトウ……わたしが負けると思っているの?」
「違うが、傷ついてほしくない」
「大丈夫だよ。わたしが勝ったらあいつも愛してあげてね」
「愛さないから!」
「あの人本当にサトウのこと好きそうだよ」
「この世界の連中はどうして……」
悩む僕と元気なラフィア。あまりのラフィアの変わりぶりに誰もが驚いている。夜はラフィアが僕と楽しそうに明日の話をしていた。
僕は朝になるまで眠れなかった。
翌朝は大勢で大移動をした。学園内にいる生徒が残らずアルベール王国の中心地から、戦争の影響が残る荒れ地まで歩いていく。王国内では動揺が広がっていた。アルベール王国のライン・アルベール第二王子とローウェル王国のラフィア・ローウェルが戦うと知り、誰もが戦々恐々としながらもどこかで自国の王子の戦いを楽しみにしていた。
ラフィアとラインは大勢に見守られながら対峙している。
「この荒れ地は以前の戦いで使われた土地で既に誰も住んでいない。ここはお前たちローウェル王国が我々の大地で民草を無惨にも蹂躙した名残だ」
「ライン・アルベール第二王子。あなたの言いたいことはわかった。ですが、わたしはここで代理戦争をしたいわけではない。あなたの本命は国ではないでしょう」
「魔王の娘に俺の何がわかる。国もサトウもすべて大事だ。今やろうとしていることは、二十年前のアルベール王国で行ったことと一緒だ」
「一緒ではない、勘違いをしている。わたしは国を背負っているわけではない。追放された身だ」
「同じだ。どこまでいってもお前は憎き国の一員でしかない。このアルベール王国にお前の居場所なんてない。ローウェル王国に追放されたと言うが誰もお前の言葉なんて信じない!」
「みんな酷いことばかりを言う……だからわたしはサトウを好きになったんだ!」
ラフィアが一瞬で距離を詰めてきた。だが、ラインはその拳を慌てずに見つめていた。大きな音と共に移動したラフィアの拳が動きを止めていた。まるで壁のようなものがあるかのようだった。
「流石は王子。いい魔法だ」
ラインは指を下に向けて、遅れるようにラフィアは後ろに下がるが、彼女は地面に潰されるような形になる。
息苦しさに耐えていたラフィアを上から押し潰そうとする。
「俺は生まれる時代を間違えた。もしも、二十年前に生まれていたら国を救えたかもしれない。諦めてくれ、サトウは貰っていく」
ラフィアは土の中から立ち上がって片手で押し上げる。何もない空間をラフィアが掴むと一瞬空間が歪んで破裂した。
「魔法としては初歩だな。これではローウェル王国の一般人にすら勝てない」
あれは僕が使えた魔法を大きくしたものだ。方法としては魔力を空間に出力するようなものだが、基礎で一番重要なものだと思われる。本来は魔力を肉体に注ぐものを空間に注ぐ。そこから派生していて別の魔法が生まれる。
「ラインはローウェル王国を侮りすぎだ。アルベール王国を思うなら自重したほうがいい」
「お前がそれを言うか。他国の民をかどわかす悪女め」
「素直にサトウが欲しいと言えばいいじゃないか?」
ラインは僕の方向を見ていたが「俺は今国の為に戦っている!」と拳を構えた。
ラフィアは「同じ魔法を使ってやる」と言うと片腕を前に出すと手のひらを上に向けて手招きをする。瞬きする間もなく、ラインは勢いよくラフィアに向かっていく。手足を動かせないラインの頭とラフィアの頭がぶつかる。
その瞬間ラインは頭から血を流しながら倒れた。
動けなくなったラインを見ていたラフィアはため息をつく。
「意識を失ったか」
僕はラフィアに近づくと一緒にラインを見ていた。
「怪我するかもしれないからやめてほしかったのに」
「すまない。サトウを心配させた」
近くまで来たミュールとフォブレイは二人して「やっぱりラフィアは強いんだな」と感心していた。隣でラインを見ているエリックはラフィアに頭を下げている。
「すべてこいつが悪いんだ。アルベール王国には何もしないでくれ!」
「わたしは好きな人を奪われない為にやったことだ。国は関係ない」
エリックは随分と嬉しそうに頷きラインの頭を蹴っていた。
ラインは起き上がるとラフィアに向かって言った。
「まだ終わっていない!」
「いい加減に休め。もう疲れているだろ」
「力なら有り余っているぞ!」
僕はラインの頭を殴った。
「これもトレーニングの一環だ。なあ、ミュール、フォブレイ?」
突然呼ばれた二人は顔を見合わせていたがすぐに頷いた。
「トレーニング? 純粋な戦いだろ」
真剣な表情をしているラインにエリックは頭を殴った。
「お願いだからもうやめてくれ」
悲しそうにうつむくラインに向かってラフィアは言った。
「本気でサトウが好きな気持ちは伝わった。二番でよければサトウを貸す、不満か?」
「不満じゃないです。ありがとうございます!」
「こいつ……呆れるほど現金な奴だな」
自分をぞんざいに扱うエリックに腹が立っているようだが、何も言わずにラインはエリックの肩を貸してもらい遠ざかっていった。ミュールは笑顔で去って、フォブレイは明日の予定を聞いてきた。フリルは僕たち二人を交互に見ているとラフィアに耳打ちをする。
「本当か?」
「あまりこの話はしたくなかったんだけどね」
「悪い、用事ができた」
「わかった」
二人が去って行くと一人になってしまった。
先程までいた周囲の人たちも帰ってしまったようだ。
ゲームだとラフィアはここまで堂々としていない。主人公を執拗に追いかけ回して、闇討ちや学園を焼き払うなどなんでもありだ。彼女がここまで強い印象はない。女神様の恩恵のある主人公と違ってラフィアはゲームイベントでは弱い。プレイヤーが操作しているから簡単に負ける。
「サトウに話がある」
荒れ地から帰ろうとしていると声をかけられた。
「クロッグ・アルベール女王」
「クロッグでいい。単刀直入に言う、ラインを貰ってくれないか」
「僕別にラインのこと好きじゃないですよ」
「それでもいい、君とラフィアは仲が良い。そんな二人の側にいればわたしの子どもを安心して任せられる。国は救えなかったが、せめて自分の子どもぐらいは救いたい」
「男性をなんで……」
「問題ないだろ」
「問題あるんだよ!」
「まあ、君は女性が好きになる変わり者みたいだがラインは嫌いってわけでもないだろ?」
「大きな壁があるんだよ! ここの連中は常識が通じない……」
「既に常識など壊されている。未来は変わった。ラインもラフィアもいい子だ、こんな素晴らしい子を貰えるとは喜ばしいことだ」
「僕の未来を勝手に決めないでください」
僕は挨拶をして帰っていった。
学園内では連日戦いの様子が生徒の間で語られていた。意外にもラインの強さが広く認識されていたようで男性から告白の手紙が送られているようだった。当の本人はすべて破り捨てていたが流石にやりすぎではと思った。
「サトウ以外を好きにならないと誓ったんだ」
「読むぐらいしろよ」
「……俺は腹が立つんだ。婚約者がいるのにもかかわらず告白する根性が」
「誰が婚約者だ」
「たとえ勝負に負けても愛の深さで負けた覚えはない」
ラフィアとフリルが戻ってきた。
「最近顔を見せなかったが、どこに行っていたんだ?」
「サトウにはフリルのことをまた話す。それよりラインに話がある、聞け」
背筋を伸ばしたラインにラフィアは言った。
「今日の夜サトウの部屋で寝ろ」
「ありがとうございます!」
僕は話の内容がわからず口を開けていた。
「えっと。ラフィア……ただ寝るだけでも嫌なんだが」
「強制するつもりはないがラインのことも考えてやれ。わたしと同じようにしてもいい」
「同じに考えるな。なんでラインなんだよ」
「ずっと考えていた。サトウを一人で独占していいものかと。みんなで共有すれば争いは起こらない。これで誰も不幸にならないはずだ」
僕の知っているラフィアじゃない。主人公とラインが恋に落ちると何度も邪魔をしてきたはずなのに、僕の場合は誰かに譲る余裕がある。そこが気に入らない。
「僕に不満があるなら言ってくれ。女性のほうが好きで、僕は別に好きじゃないんだろ?」
「確かに女性は好きだが、それ以上に好きなのがサトウだ。他の女性も他の男性も好きにはならない」
「嫉妬とかしないの?」
「するさ。でも、不思議とラインは嫌いになれない。誰も嫌いになりたくないんだ」
元々好きになる予定だった人だからなのかと思ってすねた。
機嫌が悪かったので寮に帰らないことを決意するもラフィアに腕を掴まれてしまう。嫌がる僕を説得するラフィアと挙動不審のラインを見る。
これもラフィアの為、そしてラインの為にもなる。
僕は諦めることにした。
折角幸せになれたのに違う意味で僕にとっての不幸な結末になってしまいそうだ。
夜になるとドアをラフィアに閉められてラインと二人になった。
ベッドに座るラインを見ながらドアを背にしてラフィアと話す。
「どうすればいいんだ?」
「押し倒せばいいだろ」
「だから何度も言っているが男性は無理だ」
「強要するのも悪いと思っているがラインの両親にも頼まれてしまって。さっさと既成事実を作って安心させないと女王に申し訳ない気持ちになる」
「……ベッドで寝るだけだ。ラフィアに頼まれたから寝てやる。それ以上はしない」
「わたしとしてもこんなの本意じゃない。ラインだから許可した。そう何度もサトウをやるつもりはないから安心してくれ」
僕はラインの座るベッドに座る。距離は離れていて話す言葉もなかった。長い時間座っているとラインが喋りだす。
「これはラフィアの心遣いだ。俺はかっこ悪いことに好きな男性を奪われて、それでも欲しいと願った欲深い男だ。だが、そこまでして欲しかったのがお前だ」
「なんで、僕にこだわる必要があるんだ。他にもたくさんいるだろ」
「始めて会った時笑顔でお客に接客をしていたのを見て気になった。本当にそれだけだった。そのうち性格を好きになった、いつもは否定的だが常に誰かを思っている。サトウの心を好きになった。多分、この気持ちは誰にも負けるつもりはない」
「負けてくれて構わないのにさ。僕ってラインからはどう見えるんだよ」
「かっこいい」
「まさか見た目?」
「いや……そんなわけないが性格も好きになったぞ」
「お前に言われても嬉しくない」
「俺はそういう照れながらも話に付き合ってくれるところが好きだ」
僕は覚悟を決めようか悩んで更にラインの内面を知ることにした。
「……ラインはアルベール王国を復興したいか?」
「唐突にどうした」
「いや」
主人公と同じ道を辿るなら僕が主人公になってラインと一緒に魔王を倒すことになる。だが、ゲームだとラフィアは魔王を裏切れない。
「復興はしたいが俺には力がない。ラフィアに負けたのが証拠だ」
「あまり無理するな。魔王は強いぞ」
「わかっているさ」
「わかっていないからラフィアに勝負を挑んだ。お前はもっと考えて行動しなさい」
「たまに思うがサトウは何歳なんだ?」
「二十歳は過ぎているな」
「通りで大人っぽいと思った」
「中身は子どもだが、外見上はそうなっている」
「俺が始めて会った時が懐かしく感じる」
自然とラインが僕に近づいてきていた。
逃げられない状況下で助けを呼ぶことは可能かわからないが幸い僕には魔法がある。強引に迫られたらこいつを吹き飛ばしてやる。
「前にも言ったが俺はサトウの子どもが欲しい。いつ死ぬかわからない世の中で好きな人の子どもがいたらと考えるのは不自然だろうか」
「不自然ではないな」
「ならどうだ?」
「あのね、男と男で子どもは作れないの。どんな教育受けているんだよ」
「サトウこそ、どんな教育を受ければそんな考えになるんだ。実際に作っている人がいるから世界が成り立っているんだ」
ラインは僕の肩を抱く。
「サトウ、俺は君のことが好きだ」
逃げようとする僕の唇にラインの唇が合わさった。その瞬間「クリティカル」という機械音声が聞こえてラインから離れた。
「俺はこんなにもサトウが好きなのにサトウは嫌いなのか?」
体が徐々に熱くなっていく。
「サトウ、俺はお前の子どもが欲しい」
また僕はキスをされる。
「今から子どもを作ろう」
「作れないと何度も言って……ん?」
僕は目を疑った。キスをした直後からラインの体が段々と小さくなっている。それどころか胸や体中が変形している。胸の辺りや袖の部分で服のサイズが合わないのか、ところどころで一回り小さくなった体にラインは動きにくそうにして言った。
「なるほど、これが奇跡か」
ラインは声まで変わっている。
「お前本当にラインか?」
この世界では異性愛が禁止されている。どうやて子どもを作るのかと考えたことはあった。最新の技術があるはずもない世界で同性で子どもなんて作れるわけがない。
「俺はラインだ」
「女性にしか見えない」
「そんなわけない。俺は男性だ」
僕に抱きつくとラインは言った。
「これが女神様の贈り物だろう。永遠に愛している」
「少し落ち着こうか」
「大丈夫だ。両親が言っていた奇跡が起きて時子どもを女神様が運んできてくれると。それがこの時だ。俺たちは幸せになること女神様に認められたんだ」
ベッドでキスをされる。女性のような男性。男性のような女性。彼なのか彼女なのかわからないラインに押し倒されて混乱していた。
僕は悔しさと怒りで泣くしかなかった。
ラインが可愛かったからだ。
ラフィアがドアの向こうにいるというのに僕はラインの胸に飛び込んだ。
人は絶体絶命の窮地に立たされると記憶をなくすと言われているが本当のことのようだ。ベッドの中には元の姿に戻ったラインが裸で寝ている。
これ子どもを作るという目的があったから一時的に女性になっただけで、子どもを作る気持ちがなかったら男性のままだったのか。
原因は不明だ。
「昨日は女だったが、今は男。夢か幻か」
「おはよう、サトウ」
ベッドの近くではラフィアが服を用意してくれていた。
「もうやらないよ」
「わたしも優先順位があるから、そんな頻繁に頼まないよ」
「僕だったらラフィアを他の人に渡すとか絶対に嫌だね」
「当たり前よ。一生あなたのことが好きだから絶対に離さないからね」
ラフィアからキスをされる。
「上書きしてくれてありがとう。僕は汚れてしまった」
「何度もしてあげるからね」
あくびをしているラインは僕に向かって言った。
「おはようのキスは?」
「部屋から出ろ」
ラインはふてくされたように呟く。
「折角結ばれて幸せなのにサトウは俺のことが嫌いなんだ」
「少しくらいラインに優しくしてあげて」
「ラフィアは僕が奪われるのが嫌じゃないのか?」
「サトウはわたしを嫌わないもの」
「僕だってラフィアが好きだ。もう二度とラインと寝ないから」
照れているラフィアが僕の頭を撫で回す。
「幸せだな……顔が戻らないよ……ふへへへ」
ラフィアを見るとずっと僕の顔を見てにやにやとしている。そんなラフィアとは対照的にラインは仏頂面で着替えている。
「サトウ! いつまでもラフィアに甘えていないで服を着ろ」
「嫌だ! ラフィアに抱かれたい!」
「ふざけるな。もう学園に行かないといけないだろ」
「それなら一人で行けばいいじゃない?」
ラフィアの言葉にラインは顔をしかめる。
「今日のラフィアは冷たいな」
「ちょっと嫉妬しただけよ」
「サトウの一番は譲るから怒るな」
ラフィアはラインの顔を見ずに僕を抱きしめる。
「この女……昨日とは態度が違うじゃないか」
「昨日は随分と楽しそうだったから、わたしすごく機嫌が悪いの」
「これだから女性は好きじゃないんだ。わかった。君が一番なのは認めよう。だが、愛では負けないからな!」
勢いよくドアを開けて走り去っていった。
一向に僕を離そうとしないラフィアに言った。
「そういえばこの前フリルとどこ行っていたの?」
「あれね。彼女魔法が使えるみたいなの」
「そうなんだ」
「驚かないんだ」
「魔力の流れが見えるからなんとなくすごそうなのがわかるんだ」
「サトウってすごく雑ね」
ゲーム内では主人公は女神様から異性愛禁止と魔法禁止のルールから外れることになる。
「フリルの魔力は流れが滞っていないからさ。魔力が頭だけに集中していたり腕だけに集中していたり、そういうものがない人は魔法の才能あるからね」
「まあ、問題はそこじゃないんだけど」
ラフィアは服を僕に渡すと「彼女平民なのよ」と言った。
「……そうだね」
僕は何を答えればいいのかわからず着替えを始める。
「平民なのに魔法が使えて、それが原因で両親が大喧嘩したんだって。他の貴族との不貞を疑われて両親の仲が悪くなって小さい頃苦労したみたいなの。それが原因で今まで魔法を使えるとは言わなかったけど、わたしやラインが使うのを見ていい加減克服しないといけないと考えるようになったらしい」
あの主人公の境遇は知っている。だから口を挟まなかった。本人にあなたは恵まれた才能がありますとか言っても慰めにならない。
「ねえ、サトウ。あなたならフリルが悩む魔法や家族のことをどうする?」
「僕なら諦めるよ、それは彼女が決めることだ」
「……すぐ意地悪言う」
「お節介できるならしたいが、解決できないかもしれない。それにあの胸さえあればお節介な奴は大量に出てくるのが、この世界にいる女性だろ?」
「あの胸か、基本的に女性は大きな胸には勝てない」
「あのでかい胸にラフィアでも太刀打ちできないのか?」
「胸と世界を天秤にかけてもわたしは選べない。でもね、わたしはサトウと胸ならサトウだよ」
「胸と比べられるのが僕か」
「それぐらい魅力的ってこと、好きだよ、サトウ」
「僕もだよ」
「ふざけたこと言ってないで、いい加減出てこい!」
その時突然ラインの声が聞こえたかと思えば、そこにはミュールやフォブレイもいた。
「ラインはもう寮を出たと思っていたけど」
「いつまでたって出てこないからミュールもフォブレイも呼んできた」
僕はその三人に引き剥がされる。
「何するんだ!」
「サトウにはトレーニングの指導もやってもらわないといけないんだ」
フォブレイは本の中身を僕に見せる。
「ここのところは君のほうがトレーニングをおろそかにしているがね」
おでことおでこをくっつけてミュールが言った。
「もうサトウが特殊性癖なのは疑わない。俺も恋を応援したいさ。それでも他国に男を取られるなんて俺のものにしたほうが良かったかもな」
ミュールの言葉にラインが頷く。
「ミュールと気持ちは同じだ。アルベール王国の王子としても個人としても譲りたくない」
「お前わたしに負けただろ」
「ラフィア! 俺の男を取ったことを後悔させてやる。今から勝負だ!」
僕はラインの顔を殴る。
「顔はやめろ、サトウ」
ラインも僕の顔を殴る。
「今まで我慢してきたが俺はアルベール王国の第二王子だぞ」
「自分でお飾りだって言ったじゃないか。ここにいる奴は貴族も平民も関係ない。みんな平等でいいと誰もが思っていることだ。自分に権力があると思うな」
「言わせておけば……いつか国が元に戻ったら覚悟しておけ」
僕はラインのお腹に蹴りを入れる。
「赤ちゃんがいたらどうするんだ!」
「昨日の今日で赤ちゃんができるわけないだろ」
「今ここで生まれるかもしれないだろ!」
「お前の体の仕組みがわからない僕に文句言うな」
「これは立派な暴力だ! ラフィアと平等に愛せ!」
「そうだ。サトウ、暴力はいけない」
ラインが僕を正面から見てくる。
「俺はお前が好きだ!」
僕はため息をついてうつむいた。
「もうわかったよ!」
僕に夢中になる意味がわからない。
きっと主人公の代わりだ。
そんな主人公が好きなラインに惹かれているはずのラフィアが僕を好きなのも。
でも、本心で僕を好きだと言っている二人の言葉を僕は信じたい。
「ラフィア、ライン」
僕は二人の頬にキスをした。
「本当はラフィアだけだけど、おまけだぞ。ライン」
一緒に手を叩き盛り上がるラフィアとラインを横目に僕は部屋を出て行った。
「……ラインって性別どっちなんだろ?」
もう、考えないことにした。
二人が幸せなことが僕の幸せだ。
今後ラインが男性のままキスをしてこないことを願おう。