39:残酷な生き物
情報が信頼できるかは別にしてもバーキン連邦との争いはローウェル王国が有利に進めている。今僕は情報を集めながら城で暮らしていた。フルブローグなどを使っている様子はないが情報伝達は効率的だ。ルージュの体を使いラデリアで暮らしていると兵士に関わらず様々な人から情報を聞き出せる。わざわざ洗脳魔法を使用する必要もないほどだ。現状ギャバジンに侵攻したという話もないので優雅にカフェで紅茶を飲んでいる。ルージュになってしばらく過ごすと彼女は戦闘面よりは国内で不穏分子を排除する目的で動いているようだった。ローウェル王国にいる王族が戦闘ばかりを好む奴が多いようだけど彼女は比較的温和な性格をしている。イブも他の王族と比べれば戦いを好むほうではないが、様々な人間と融合してきたことで性格が歪んでいるように思える。ルージュとイブの心までも引き継いでいると次第に気持ちを抑えられなくなってしまう。
二人分の気持ちというのは厄介で欲望は際限なく溢れてくる。町中で見かける女性にすら目を奪われる始末だ。それよりも厄介なのは今では男性にも興味が出てきたのだ。ローウェルの王族はこの世界にいる住民と違って異性愛にも興味を持っているようで、素敵な男性を目撃すると心の中で欲望というのか妄想が浮かんでくるのだ。
魔力を探るだけの日々を送るも他の王族がラデリアに来たという情報はない。心穏やかに城内で過ごしていると数ヶ月が経過していた。自我を完全に取り戻すまで時間がかかった。ラデリアにいる間は愛想よく住民に挨拶をすることを心がけていると精神的に安定してきた。考え方次第で人は変わる。二人共人と触れ合う機会が少なかったのだろう。最初は不安定だった気持ちも様々な人と話すことで歪んだ気持ちが薄れていく。
ここで過ごすうちに技術革新が近づきつつあるのがわかる。ラデリアに運ばれてくる武器の類はバーキン連邦のものやフェザー連邦のものだ。主に使用されるのは武器で他の嗜好品は好まれない。様々な武器が運ばれていく時にゴーストブラッドの試作機を見つけた。イニユラで見たものより小さいが兵士に確認すると試作機ではないらしい。これらのものはすべてカモジアに運ばれる予定のようだ。
彼女たちの記憶によるとカモジアには魔王の苗床になる予定の貴族や平民が大勢いる。あの魔王が人を下手に殺さないのも理由があるようだ。気分も大分落ち着いてきたので魔王の力を削ぐ為にカモジアまで向かうことにする。
運ばれていく武器を一通り眺めてゴーストブラッドに手を触れる。大きな機体で持っていくのは労力が必要だ。倉庫の隅にある平らな物体を見ていると兵士が言った。
「それはゴーストブラッド機の武装ですよ。人の手じゃ扱えない強力な武器となっています」
彼の説明を受けると銃剣のような扱いの武器みたいだ。大きな武器に見えるが自在に大きさを変えることが可能で手に持つと小さく変化した。
僕の知る銃剣と違い弾などは入っていない。大きな剣と銃という組み合わせだ。これも魔力で動く代物だろう。
城内にいる貴族たちに堂々とラデリアを旅立つことを伝えてカモジアに行く。戦闘を行わない貴族たちを放置している魔王は彼らに利用価値あると思っているらしい。政治利用できる貴族ばかりがいるとは思えなかった。誰もが豪華な装飾品を身に着け、贅沢三昧の貴族が口にする食品にはフェザー連邦から流れてくる食材が混ざっている。他の都市にいる貴族は武器を持つ兵士しか見たことなかった。武力だけの魔王と違って彼らにも価値があると思っての配慮だが他国からの貴族のほうがよく働いているようにしか見えない。魔王に何を言ってもルージュの意見が通ることはなかった。
ラデリアにいる貴族は誰かを利用するのに慣れている。彼らの子どもさえも魔王の苗床か実験動物として捧げている者しかいなかった。
正門を抜けて城を見上げるが僕はローウェル王国への未来を嘆く権利はない。少しルージュの心が残っていたことで国の未来を考えてしまった。
車輪のない大きな物体の周囲にいた兵士は女性が多かった。貴族たちが勝手に選んだ者たちなのかもしれない。車輪のない大きな物体に手を触れると空に浮いた。一同は驚愕といった表情で眺めている。これらも王国以外の平民が暮らす国から買ったものか奪ったものだ。中を覗くと座るところがない。兵士が入ると人数分だけの椅子が出てきた。出入りするだけで椅子の数が変化するようだ。兵士が説明書を見ながら画面上に指で触れる。徐々に地上を離れて勢いよく空を飛び始めた。
「これはどうして動いているの?」
僕の言葉に困りながら兵士は答えようとしている。
「えっと、地図を読み込んで位置を指定して……」
「わかったから大丈夫」
必死に説明しようとする兵士は僕を怖がっているようだった。
「心配しなくても何もしないよ」
周囲の兵士たちは全員困惑している。ルージュの印象が違っているからだ。彼女は度々怒鳴り散らすイメージがあったようで側にいる兵士も目を合わさない。殴るなどした記憶はないはずだが何か困らせるようなことをしたように見えた。
僕は兵士たちに向かって頭を下げた。
「今まで酷いことをした。これで許してくれないか?」
「突然何を」
「わたしはあなたたちに許されないことをしたのだろう? 謝るのは当然のことだ」
どの兵士も僕の行動を理解できないようで謝るのをやめるように言ってくる。僕も実際困惑しているのだから当然だ。気持ちが穏やかになっている影響か僕という人格によって緩和されたのか。どちらにしても彼らには幸せになってほしい気持ちがある。
そうして会話を続けていると何気ないことでも笑いが起きた。僕を通してルージュとイブが喜んでいるような気がしてくる。叶わないことだがムートンにも同じことができたら良かった。彼を怒りに任せて殺した過去の自分は愚かだったかもしれない。
カモジアに近づいていくと周辺地域から雪が見え始めた。室内が寒くなってきたので暖房を入れると自然と眠くなってきた。兵士にも眠っていいと伝えると素直に彼女たちは眠り始めた。
気づくと不思議なことに砂浜に立っていた。目の前には鮮やか建物が見えてきて、雲や星もなにもない世界にいる。その鮮やかな建物のドアを開けると見知った顔が出迎えた。佐藤心愛だ。何故大学時代の先輩がここにいるのだろうと不思議に思っていると、何故かラフィアが先輩と一緒に飲み物を手に取っていた。
「お客さん?」
ラフィアが僕の後ろを見るので背後を確認するとシフォンとフェルトがいた。彼女たちは僕の横を通り過ぎていく。穏やかな表情の二人は僕を見ずに後ろにいたフリルの手を取る。他にも何人かが建物の前で話をしていたが知っている顔はいない。
ラフィアは三人に気づいて頭を下げると他の人に対しても挨拶をする。フリルのことを知っているはずだが初対面のような感じで話をしている。佐藤心愛も次第に三人との会話が弾み始めた。不意に手から柔らかいものを感じた。今まで気づかなかったが僕はキュロットの手を握っていた。
「キュロットは座らないの?」
そうラフィアが言った言葉を聞いたキュロットが僕の手を離し椅子に座った。
誰も僕を見ようとしない。
鏡を見ると僕は正真正銘佐藤星だった。
「わたし! とても楽しかったよ! こんなわがまま叶えさせてくれてありがとうね!」
キュロットの声がした。
話を聞いていた佐藤心愛は笑顔だった。
「ねえ、キュロットはさ。もう十分生きた?」
先輩がキュロットに近づき手を握る。
「目に飛び込むすべてが新鮮に感じられたの。どんな場所にいても退屈することがなかった! ちょっと悲しいけど、命は無限じゃないから仕方ないかな」
「今までありがとう……」
先輩はキュロットを見て涙を拭うと僕を見たと思ったが、彼女は建物の前にいた人たちと一人ひとり声をかけて全員を連れて海に入っていく。
どの人間も知っている顔だと思ったが微妙に違うようにも思える。
海に消えていく姿を眺めていると突然兵士の一人に声をかけられ目が覚めた。今の光景は夢だったのかと思い窓の外を見るとカモジアに到着していた。
イニユラよりは雪が積もっていない。道は泥で歩きにくかったが、すぐに整備された道路に行くと小さな建物が複数並んでいる。ここに一般人が住んでいることはない。研究員や兵士が多いみたいだ。研究施設を見学したいことを伝えると希望通りに進んだ。大きな建物には多種多様な生き物があって、そこには貴族や平民も実験として生かしてある。
研究施設を見て回ると奇妙な魔力を感じた。急いで近づくとフリルが画面越しに見えた。よだれを垂らしていて目も天井を見ている。こちらからだと見えないようだ。
「あれは?」
僕が指差すと研究員が説明を始める。
「あれは捕らえた平民ですが、通常ではあり得ない膨大な魔力を有している人間となっています。動物実験を繰り返して心が壊れてしまったようですが、昔はもっと会話ができたんですよ」
僕の知るフリルとは思えなかった。
「様々な種族との交配や未だ明らかになっていない病気の解明の為にも利用しています」
まるでモルモットのように扱われている姿を見て涙が出てきた。
「あのルージュ・ローウェル第二王女……わたし何か間違ったことをしましたか?」
研究員が焦っていた。
「なんでもない。ただ、彼女を見て可哀想に思えて」
あれほどまでに綺麗な体をしているのに表情からしても活力がない。
「お優しいんですね。でも、心配する必要ありません。わたしたちはあれを人間とは思っていませんし。そうじゃないと続けられないですから」
「あそこから出すことはできないのか?」
「できると思いますけど……魔王様の命令ですから」
「そうか」
画面越しだと状況がわからない。
フリルの近くまで行くことにする。
僕はみんなの心配をしていなかった。どこかで無事でいるものだと思っていた。ラインやミュールも生きていた。命さえあればと安易な考えをしていたが、たとえ命があっても不幸な人生を取り戻すことはできない。
フリルに近づくも彼女は僕を見ることはない。平民では魔王も自身のコピー品を作ることが不可能だ。彼女から溢れる魔力は他の貴族と違っている。膨大な魔力からは別のものが見え隠れしていたが今の僕にはすべて理解できなかった。
「ねえ、研究員さん」
「なんでしょうか」
「シルディン」
「ここでわたしが起こすことをすべてもみ消せ。外に漏らすな」
「はい」
「お前は画面越しに見ている人をすべて魔王の命令として別室に連れて行け」
「はい」
研究員は去っていく。
フリルに触れるも残っているのは魔力ぐらいだ。生き物としての機能はあるが強引に生かされているようで心が死んでいた。
「ごめん。またヒーローになれなくて」
この顔も声も昔とは違っている伝わるわけないか。
「ねえ、フリル」
彼女は反応しない。
「当時は拒否したけど、本当はキスされて嬉しかったんだ」
彼女の手を握る。
「君の好きな女の子じゃないけど、我慢してくれるか?」
僕はフリルにキスをして彼女の頬に手を当てる。
「みんなに会わせることができそうもない。ごめんね」
僕が彼女を抱きしめると「シーデクジ」と呟いて彼女の体が僕に吸い込まれていく。ゆっくりと飲み込まれていくも何も反応をしない。キュロットになる前からフリルはここにいるのだろう。それなら十年以上も生きていたことになる。死んでいたとは思いたくなくて、誰も何も言わなかったがまさかこんな状態で発見するとは思わなかった。
フリルの全身が僕の中に入り終わると彼女のすべての魔力が僕に溶けていく。以前キスした時よりも格段に力が上がった。
たとえここでフリルを救い出そうとも彼女の意識は戻らない。綺麗な肉体を何度も再生して散々傷つけてきたのだろう。死にたくても死ねない環境で苦しんできた気持ちは伝わってきた。様々な人体実験と魔力による影響でどれほど時間をかけても会話が不可能になった。
本来なら彼女はこの世界で主人公だった。僕の行動で運命が変わってしまった。彼女はラインと幸せになるはずが僕がラインと幸せになった。間違った行動で彼女を傷つけていた。そんなこと知らずに生きてきた。
僕はなんて愚かなのだろう。
涙を拭いて腰にぶら下げてあった武器を見る。
僕は今始めて怒っている。父が死んでも不幸な事故だと思い、母が死んでも自業自得だと我ながら呆れるほど残酷な気持ちで過ごしていた。先輩や友人が死んだ時も泣くしかなく、他の誰が死んでも僕は悲しみしかなかった。
ラフィアがローウェル王国に怒っていた気持ちが理解できた。あの時バーキン連邦で何が起きていたのか詳しくは知らないがラフィアから少しだけ聞いている。人間が人間にどんなことをしても僕に咎める権利はない。魔が差したのか真意まではわかるはずもないが許せるわけがなかった。
ラフィアは人間は優しいと言っていたが間違っている。
魔王も人間も変わらない。
どれも一つの命だ。残酷な生き物に違いなんて存在しない。僕も彼らも違いなんてないんだ。あるのは力があるかないかだけだ。
頭に血が上っていたが冷静なのは人格が複数あるからだ。彼女たちの心が僕の殺意を受け止めてくれている。
ドアを開けると深呼吸をした。
魔王の力を削ぐ為にはカモジアを破壊する必要がある。ここにある研究施設をすべて壊して、必要な武器を手に入れることが最優先に実行すべきことだ。
僕は腰にある武器の操作方法を確認して先に進んだ。




