37:友人との別れ
無邪気に雪道を歩くクワントは子どもっぽい表情で手を伸ばしては雪玉を作って遊んでいる。彼の姿は大人同然だが心は純真無垢な少年のようだ。
クワントが歩いている途中に雪だるまというものを教えると楽しみだした。
「ほら! 雪だるまができたぞ!」
彼が完成した雪だるまを僕に見せてくる。
「すごいじゃないか」
この辺を歩いていると小さな生き物が度々姿を現す。以前も見たものだがよく見ると見た目は熊のような姿をした兎ぐらいの生き物だ。イニユラに行く時に見たものと姿が似ている。生息地は山を挟んで向こう側だと思っていたがローウェル王国にもいるようだ。その小さな熊は雪の中に潜んでこちらを見ているが襲いかかる様子はない。
「あそこに見える生き物がわかるか?」
「生き物? あれか」
クワントが雪の中に手を突っ込んで小さな熊を掴む。その熊は動く様子がなく、目を閉じていたが突然暴れ始めた。慌ててクワントが手を離すと小さな熊は消えていった。
「あれは食えないな」
「やっぱりか」
熊のような見た目をしているが体内からは普通の動物が食べるものを感じない。魔力の量も非常に少なく生き物とは思えなかった。
もうほとんど地面が見えてきている。
「雪降らなくなったな」
「ここからは温暖な地域みたいだね」
ローウェル王国とバーキン連邦は同じ大陸で繋がっているが山を挟んで分断されていた。同じ大陸なのに数十キロ進むと気候が変わるのは未だに慣れない。
歩き疲れて休もうとすると崩れた家が見えた。人の気配のない地域のようで他の家を見ても誰か住んでいるようには見えない。大きな足跡が見えるのでドラゴニアが暴れたのだろう。記憶のない彼も足跡を見て不思議に思っているようだ。
エンバイに到着する頃には怪物の噂話を耳にする機会も多くなる。翼の生えた怪物が人を食い殺しただの言っているのも聞いたが真実かわからない。次第に不安になるクワントは話を聞くのも嫌になっていた。
「あれは俺がやったのか?」
「わからない」
実際に現場を見たことのない僕には真実と嘘を語ることができない。
到着したエンバイには大勢の貴族が兵士として厳しい顔をして装備を見ている。そこにはクルタ・ドルオーガが見えて後ろからミュール・ハインドが歩いている姿が見えた。
彼らがここにいることは想定外だ。この十年の間どんな関わりがあったのかわからない。ミュールに至ってはローウェル王国を恨んでいるはずだ。
彼らの後を追うと兵士たちが集う建物に入っていった。
「あそこに用があるのか?」
「いや、ない」
追うことも考えたが話すことはなかった。
近くの宿屋で一晩過ごすと周囲の魔力の数から大体の兵士の人数を知ることができた。窓の外から眺めているとここに暮らす人の半数以上は兵士だ。バーキン連邦で見た棒や銃をなどの武器を腰にぶら下げる人は一般人でも多い。フェザー連邦の技術がローウェル王国に流入しているのは事実だった。ここにいる一般人と兵士の違いもわからないほどローウェル王国の人間は戦闘に慣れている。普段から魔王が他国を攻めるのに彼ら貴族を使っているのもあって、バーキン連邦よりも普通の人間の戦いへの意欲は高いように思える。
バーキン連邦と違いフルブローグを持っている人はいなかった。以前の魔王の言葉を聞かない為のほうが自然だ。仕方ないと思いローウェル王国で何が起きているか知る為に新聞を買ってみた。その中で目につくのは魔王の力でバーキン連邦に壊滅的な被害をもたらしたと報じられてい箇所だ。そして既にバーキン連邦のルーロブを攻めている情報も載っていたが他の地域はない。
同じ人間を道具のように扱う国家がどうなろうと知ったことじゃないが、僅かに心が痛むような気もしてくる。プリミティブ島でのことを思い出す。僕がその場にいたところで何も変わらないだろう。たとえ同じことがローウェル王国で起きても何もできない。この場で寝ているクワントを見ていると修理中の建物からする音が鳴り響く。あの建物もクワントが壊したものだろうか。
もう何が起きても不思議じゃない。
僕にできることはなんだろうか。
宿屋から探しても魔王の魔力は見つからない。他の地域に移動したほうが確実かもしれない。ここで長居しても時間の無駄だ。
窓際で外を見ていると人が入ってくる音が聞こえる。ドアを叩く音でクワントが飛び起きた。何事かと思っていると鍵を開けられて部屋に兵士が入ってきた。そこにはミュールやクルタの姿も見えた。彼らの言い分ではローウェル王国で登録されていない魔力を検知したとのことだ。ラフィアからの情報ではそんなのは聞いたことがない。魔力が見えるツキヨがいるぐらいだから他人の魔力を探す程度のことは難しいことではないだろう。
「そんな話始めて聞きました」
「当たり前だ。つい最近できたものだから知らないのも無理はない。だが、問題はそこじゃない。この宿屋にはキュロットとクワントという名前で泊まっているようだが、ローウェル王国で名字のない者は存在しない」
「キュロット・セイです」
「尚更悪いな。それは魔王様が危険視する者の血筋という意味だ。奴の名前はサトウ・セイ。既に殺された者の名前だが、魔王様は魔力の残滓が残っていることを危惧して探索を続けている。それにキュロットという名前はフェザー連邦やプリミティブ島の書類から出てきているが、別人だと言って誤魔化すのか?」
こんなにも短期間に様々な技術が浸透しているとバーキン連邦並の技術力になるのも時間の問題かもしれない。貴族が古代文明の技術を持ったらイニユラでの戦闘より戦うのが難しくなる。あの時戦っていたのが平民で魔力や魔法を使わなかったから勝てた。貴族が強力な武器を持ったら僕でも勝てるかわからない。
打開策がない状態で逃げてもいつかは捕まってしまう。それならここにいるミュールやクルタに話を通してもらうのがいい。
「あの……そこにいるミュールとクルタなら話がわかるかもしれません」
「ん? 知り合いか?」
「いえ」
ミュールは否定して同様にクルタも困惑しているようだった。
「会ったことがあるだろ!」
「悪いが心当たりはない。別人だ」
その時のミュールからは以前のような優しい表情は消えていた。
僕は出会ったのが相当昔だと忘れていた。あの当時と今では僕の姿形は随分と変わっている。名前も覚えていないはずはないが忘れてしまったのだろうか。
「捕らえろ」
僕はクワントの手を掴んで窓を破壊して逃げ出した。賑わう町を全速力で駆け抜けるが兵士の数は増えるばかりだ。
手を掴んでいたクワントが突然動きを止める。
「どうした?」
「なんで逃げるのかわからない」
「捕まると酷いことをされるからだよ」
「酷いこと?」
次々に兵士たちが周囲を取り囲んでいく。
「イニユラにいたならわかるはずだ。あそこでは色々と実験を繰り返していた。ここでも同じことをされる危険性がある。逃げても駄目なら戦わないと」
本質的にはバーキン連邦もローウェル王国も変わらないのが僕の考えだ。
「イニユラ?」
「そうだ。クワントがいた場所だ」
「俺がどういう存在が知ってるようだな」
「知るわけないだろ」
兵士が近づいてくる。
「ドラゴニア……戦士……イニユラ……なんだか。変な気分がする。なんでサトウは……誰と戦って……いるんだ?」
「僕はバーキン連邦で捕らえられていたドラゴニアや貴族を助ける為に行動していた。ローウェル王国だってそうだ。向かってくる敵と僕たちは戦っている! あいつらは敵なんだ。そんなことより」
「……バーキン連邦……敵。敵か、思い出したぞ」
クワントの目の色が変わった。体の鱗が輝きを放ち巨大化していく。大きな翼を広げて突然目の前にある建物を破壊していく。周囲からは悲鳴が聞こえてくる。見下ろすクワントからは膨大な魔力を感じた。口を大きく開けると全身の魔力が口元に集まってきている。集まる魔力が凝縮して真下にいる僕に向かい勢いよく放たれた。即座に避けるも周囲にいる兵士は跡形もなく消えていた。
僕が急いで建物に隠れるとクワントは居場所を特定できないのか、周辺の建物を踏み潰しながら口から光線を放つ。
「おい!」
ミュールが話しかけてくる。
「仲間じゃないのか?」
「偶然出会っただけだ」
ミュールの頭上から建物の破片が降ってくるのを見て基礎魔法で吹き飛ばす。
「何故助けた?」
「知り合いだからな」
「俺は知らないぞ。アルベール王国にいたのか」
「いたんだよ。なんで今ローウェル王国にいるんだ? お前確かローウェル王国に家族を殺されていなかったか?」
「そこまで知っているとは怪しいな」
クワントは遠くに行ってこちらに気づく様子はない。
「俺は実感に帰った時家族が死んでいる場面を見た。自分の行動の愚かさを思い知ったよ。アルベール王国で何もかも失った俺にクルタはもう一度チャンスを与えた。本当はその場で死んでも不思議じゃなかったがローウェル王国は俺を殺さなかった」
「家族が殺されたのに復讐をしなかったのか?」
「あの場には家族以外もいた。惨めな最後を迎えたくなければ従うしかなかった。俺は何も知らない子どもだった。大事な人を何度も失ったからこそ守れるものもあるんだ。俺はローウェル王国を内側から変えようと誓った。同じ貴族なら話し合いで解決できると思ったからだ」
ミュールは腰にある剣を手に取り僕の首元に向けた。
「あまり手荒なことはしたくない。お前はどこか知り合いに似ている」
「知り合いか、僕がラインの娘だと知ったら殺せるのか?」
「……必要ならな」
「その魔王が探すサトウの娘でもあるというのは知っているか?」
「初耳だ。いや、待て。昔そんな話をどこかで聞いたことがあるが……もしかしてお前がそうなのか? 当時は自暴自棄になって話なんてほとんど聞いていなかったが」
こんな卑怯なことを言ってミュールを試すようなことをしてしまった。僕は一体彼に何をしてほしいのだろうか。
「魔王様が探すサトウの魔力。その残滓の正体がキュロットか。それを差し出せば戦いは終わる」
「終わる? そんなわけないだろ!」
「終わるさ。魔王様が恐れるのは平民や自分の力の及ばない者だけだ」
「僕がそんな脅威なわけないだろ」
神様に似ているや色々言われてきたが、僕を恐れるほどなのに魔王自ら現れたことは一度もない。あの魔王の使う魔法で移動させればいいのに一度もしてこない。彼だって僕同様に魔王の魔力を知っているはずなのにだ。
「脅威じゃない? 普通魔力には色がついている。この世界で生きる人間なら誰にでも見えるものだ。たとえ平民だろうとな。それがキュロットにはない、魔王様と同じでな。それに魔王様のような底知れぬ魔力を持っている」
「色や魔力量とか知ったことじゃない」
「だろうな。普通は当たり前のことで話題にすらしない」
「そんなに他と違うのか……」
確かに魔力の色は透明感があると思っていたが気にしたことはなかった。魔力量についても数値でも出ればわかりやすいが、他人と比較したことがないからわからない。
「僕が怖くないのか?」
「君が? 敵意がないからか戦おうとは思わない。ラインとサトウの娘というのを聞いたことも関係しているかもな」
「それなら見逃してくれないのか?」
ミュールの剣が僅かに僕の首へと触れる。
「友人の子だろうと世界の為に犠牲になってもらう。二度と俺のような者が現れないようにな」
「普通逆だろ……」
「逆? 言葉が足りなかったか、これでもローウェル王国には反抗しているほうだ。サトウの子が存在していることを忘れていたとはいえ、その場で殺さない選択をして話までしている。どの道バーキン連邦は貴族にとって許せる存在じゃない。それならローウェル王国が世界を支配したほうがいい。その為に脅威は取り除く。それが俺の正しさだ」
僕は魔法で全身を覆うとミュールの剣が弾かれて地面に落ちた。その隙に駆け出すと次々と他の兵士が囲んで逃げないように僕を睨んでいた。ミュールが叫びながら僕に斬りかかる。避けると剣からは炎のようなものが溢れていた。魔法で体を守っていなければ火傷じゃ済まなかった。周囲にいる兵士も同じような武器を持っているが、これはアルベール王国にいた時に聞いた王家の秘宝のように見える。宝石が埋め込まれている剣だが希少なものだと思っていたが兵士全員が手にしていた。
氷や炎を放つ剣を振ると周囲が小さな竜巻のようになりながら僕にぶつかる。上手に他の味方に当てないように魔法を放っている。
このままでは防戦一方だ。
魔力を探して「プラフティ」と言った。




