34:ギャバジンでの暮らし
ローウェル王国が現在バーキン連邦と戦争状態なのは間違いない。しかし、プリミティブ島を奪ってから音沙汰がない状態が続いている。バーキン連邦もヨークドの話ではローウェル王国と正面切って争うつもりがないようだ。現在はローウェル王国との貿易を停止しているだけだ。国民感情が爆発しないように抑えているが、兵器の準備ができたらバーキン連邦はローウェル王国と戦争を開始する。
ギャバジンにいる連中にローウェル王国との繋がりはない。ラフィアに一度ローウェル王国について調べることはできないかと言うと近くにいたサテンとリングが二人揃って手を挙げる。
「俺たちがローウェル王国で調査をするよ」
「わたしもリングと一緒に行く」
悩んでいたラフィアだったが二人の提案を受け入れてローウェル王国に行かせることになった。ラフィアの部下という表現は正しくないが、ローウェル王国で洗脳状態で待機させている貴族たちにサテンとリングの手伝いをさせる。彼女の言い分では距離の問題で念話が使えず、洗脳魔法も時間経過で効果は切れそうで、サテンとリングにはフルブローグを洗脳した貴族に渡して一時的な部下として扱う。ラフィアの言葉になら従うが洗脳魔法も万能ではないらしい。
二人をローウェル王国まで移動魔法で送ってから数日が経過してから、シャギーの紹介でフェザー連邦にいるモッズをギャバジンに住んでもらうことになった。彼は元々クロノセンターに勤めていた優秀な技術者で機械技術の設計などを一人でやっていたらしい。この古代都市ギャバジンにも似たものはあるが僕たちの知識では扱えない。
「俺も助かるよ。最近はローウェル王国の人間ばかり来て肩身が狭かった」
「それは大変だったね」
「でも、あなたが抜けてフェザー連邦は平気なの?」
「平気だろ」
どこにでも不満のある人間はいるようだ。
彼の協力で古い機械で動いていたゴルアも綺麗な体になって喜んでいた。施設内にある製造装置も武器に関するものばかりだったが医療技術も発展しそうだ。地下にいるはずなのに最近では太陽が見えていた。水も流れているようで地上と変わらない生活を続けることができるようになった。ピロトグルが来てからバーキン連邦にある生物の生成技術を使って、微生物を利用して食品や医薬品を作ったりしていたが一番驚いたのは牛や豚のような動物も作り出していたことだった。彼が来てからは食料に困ることがなくなって安心できた。
アーバンが楽しげに酒を飲んでいる姿を見ていたグラードに近づく。
「フェザー連邦に行くってどういうことだ?」
「お前たちがローウェル王国とバーキン連邦。どちらとも戦う気持ちがあるなら多少の手伝いぐらいはしようと思ってな。これでも長年色々な国で情報収集してたから手に入れた情報を渡してやる」
「始めて会った時は、そこまで協力的になるとは思わなかったな」
「シャギーもそうだが色々とお世話になっているからだよ。それにサトウはいい奴だ」
「単純すぎないかな」
「そうでもない。合理的に考えてどちらにも属さないギャバジンに来た」
「すべて合理的ってわけでもないでしょ」
「そりゃそうだ。俺たちには家族も守るものもないが、大事な仲間はいる。そいつらの居場所を常に考えてやるのが力のある俺がやるべき仕事だ。フェザー連邦は中立的な国だがローウェル王国の人や技術が多く入っている。たとえば古代文明の技術はバーキン連邦にしかないものだが、何故かローウェル王国からフェザー連邦に流れてきている」
「横流しされてるのか?」
「そうかもしれないが、ローウェル王国の貴族たちと何度か話す機会があって、あの国にも古代文明の技術が残ってるらしい。ドラゴニアが住んでいた国は世界中にあって、掘り起こせば技術革新が起きるような代物だ。バーキン連邦の強さは魔法に頼らない機械技術で、ローウェル王国は身をもって知った」
「フェザー連邦に行けばローウェル王国のことがわかるのか?」
「ギャバジンにいるよりフェザー連邦にいるほうがローウェル王国の情報が手に入る。サテンやリングからの情報は俺も聞いているが、末端の貴族からしか繋がりがないようだ。俺は平民だが顔を変えることが容易にできる。個人情報の改ざんでフェザー連邦の要人としてローウェル王国の中枢まで潜入も可能だ」
「僕たちの為ってわけじゃないか」
「常日頃からやってる仕事だ。ギャバジンにいて飲み食いしてるのもいいが、俺ができることは相手の懐に入って情報を探ることしかない。それもフェザー連邦がローウェル王国と敵対しないことがシャギーやモッズからわかったのもある」
「まあ、こっちにはヨークドがお金と情報まで渡してくれているからグラードのやることはないか」
「そういうこと」
「ヨークドがギャバジンを支援してくれるのは助かるが理由はなんだろ」
僕がアーバンと酒を飲むピロトグルに目を向ける。
「あいつと俺は仲が良いからな」
「他にないの?」
「ギャバジンは理想郷だ。クラインもヨークドも、多分サルエルだって貴族と戦いたいわけじゃない。サトウの話でフェザー連邦にいる貴族やバーキン連邦にいる貴族を各地から集めることができた。世界平和なんて壮大な話ができるなら実現させたいじゃないか」
アーバンはピロトグルと肩を組む。
「過去はどうあれ、今は仲間だからな」
「人間はそのぐらいで丁度いいとアーバンが言わなければ俺に居場所はなかった」
「たとえドラゴニアが見つかったとしても、生きてる者と会えるわけじゃない。これだけ待って存在しないなら受け入れるしかないと思えた。それに人間と仲良くなりたいからさ」
「アーバンはいい奴だな」
「みんな楽しそうね! わたしも話に混ぜて!」
酒を飲んだ普通サイズのフェルトが僕に近づく。
「酒臭いぞ」
「ここには美味しい料理ばっかりあるから毎日楽しくて太っちゃうな!」
大笑いするフェルトにアーバンが「ここで暮らすと記憶にないはずのバロック王国での生活を思い出せるようだ。連れてきてくれてありがとう!」と言いながら僕とフェルトの頭を叩く。
「連れてきたのはサトウだよ! アーバンも色々ありがと!」
フェルトとアーバンが抱き合いながら大笑いをしているとラフィアの姿が見えた。彼女が椅子に座ると大騒ぎに呆れた様子でため息をつく。
「こっちは仕事をしてるのに毎日楽しそうで羨ましいわ」
「アーバンやフェルトは戦うのが仕事だから仕方ない」
「二人って戦えるの?」
「フェルトは鍛えれば戦えるが、アーバンはあまり魔法を使ってるのを見たことないな」
「この人間状態が魔法を使ってる証拠だ。お前も男性に変化してるようにこっちも人間に変化するには魔法を使わないと駄目なんだ。人間と違って色々な種類の魔法を使えるから、ゴルアにも魔法を使って施設内の道具を使用する際に役立つと言われてるぞ」
「わたしだって前よりは魔法を使えるようになったんだから!」
彼女はアーバンほどの大きさに体を変化させた。そして大きくなった影響で着ていた服が破れて彼女は悲鳴を上げる。呆れたアーバンが彼女に服を着せるが裸のまま酒を飲み始めた。
「ちょっとは恥ずかしいという気持ちでも芽生えたかと思ったのに」
「わたしだって恥ずかしいぐらい思うけど、女性ってラフィアしかいないし」
「僕は女性に入ってないか」
「当たり前でしょ。男性にしか見えないよ」
女性に裸を見られたほうが恥ずかしいのは今更ながら慣れない。
「じゃあ、俺は行く」
「グラード。気をつけてな」
「ああ」
全員で入口まで見送ろうとしたが彼は断って先を急いだ。
「サテンとリングからは何かあったか?」
「二人には事前に数日で帰る準備を済ませるよう言ってある。危険なことはないけど都市ローウェルを襲ったのは事実だから」
「洗脳状態で待機してる貴族を連れてくるのが目的か」
「ここにいる人たちにも頼んでいるけど、バーキン連邦にいるアルベール王国の貴族を探すのに人手が足りない。悪いと思ってるけど頼るしかないの」
「王族が使える魔法か。それなら僕も使えると思うが試してもいいかな」
「どうしてそんな魔法が使えるの?」
「ラフィアだって使えるじゃないか」
「わたしは魔王と血が繋がっているから、多分きっかけさえあれば使えるの」
「……何故かわからないが魔力の繋がりを探していたら使えた。これも不完全な魔法だ。ラフィアのように自由に使えるかわからない」
「どこか広くて頑丈な場所がないかゴルアに聞いてみる」
彼女はフルブローグでゴルアと何かを喋っているようだ。
「更に地下に行くと闘技場のような役割をしていた空間があるから使っていいってさ」
ラフィアに手を引かれて歩く。
居住空間より更に地下まで進むと広い空間に出た。闘技場という言葉からは想像できないほど綺麗で何もない空間だ。見上げるほどの天井とほとんど壊れることのなさそうな壁。周囲を歩いていると「わたしに向かって魔法を使ってみて」と言われた。
「怪我するんじゃ?」
「避けるから大丈夫」
「手加減するからな……遠くのラフィアに向かって何をするか」
どの魔法も危ないものばかりで相手に向けたら死ぬものしかない。
「パーペチュアル」
確かにラフィアの動きが止まっている。近づいて頬をつねってみるが何も言わない。胸に触れると頭を叩かれて痛みで頭を押さえる。
「あれ? 動けた。どうやら不完全というのは本当みたいね。相手を動けなくさせる魔法で本来ならもっと長時間停止させるの。たとえどこを触られても動けない」
「なるほどね」
「他にはできる?」
「できるけど……なんで魔王の魔法って危ないものばかりなんだ?」
「魔法ってのは人を殺すようにできているからだよ」
「魔王と呼ばれるだけのことはある」
「強いだけじゃない。ほぼ魔王は不死身なんだ」
「無敵だな」
「生きている生物がいれば魔王は死ぬ前に乗り移ることができる。わたしはその過程で産まれた魔王の玩具みたいなもんだよ」
ラフィアは悲しい顔をしていた。
嫌な顔だな。
「僕は魔王に感謝するよ。彼がいなければラフィアは産まれていないからさ」
ラフィアに近づいて抱きつく。
「そうだね。サトウがわたしを大事にしたい気持ちが伝わってくるよ」
体に触れる手が温かくなってきた。
「そろそろ部屋に戻ろうか」
帰り道ラフィアが囁いてきた。
「わたし男性に興味があるんだ」
「どういう意味だ?」
「いや、サトウが自由に性別を変化させられるならわたしも男性になりたいなと思ってさ」
僕に触れていた手が徐々に大きくなる。柔らかい手の感覚が変わっていく。顔つきもどこか男性に近くなっているように思える。
「……いつから使えるんだ?」
「最近だね」
なんだか声まで変化している。
ラフィアの顔が近づいてきた。
「ねえ、サトウ」
僕はラフィアから距離を取る。
「なんで逃げるの?」
壁に追い詰められる。
「わたしは女性とか男性とか気にしたことがない。でも、それはサトウだからなんだ。他の男性や女性に同じことをするつもりはない」
僕の手を掴んでくる。
「いつか男性になってこんなにも可愛いサトウと愛し合いたいと思っていた」
「あの」
「駄目?」
ラフィアの顔が近かった。
「僕は今男性なんだが」
「ラインとは愛し合ったでしょ」
「あれは女性みたいなもんだったから……」
ラフィアは女性なのだが男性のような顔になっている。
僕はそういうゲームを経験しているが本質的には異性が好きだ。
「その体は元々女性でしょ。それに前の世界はどうか知らないけど、今あなたが暮らすこの世界はどんな性別だろうと付き合うことができるのよ」
「じゃ女性のままでいいじゃないか」
「だってここは乙女ゲームなんでしょ? そしてサトウはわたしを見事口説いた。詳しい内容までは知らないけど、恋愛を行う幸せなゲームなのは聞いた。あなたはわたしを幸せにする権利がある」
ラフィアが僕にキスをした。
唇が離れると「嫌だった?」と言われる。
「……僕も女性になれば良かったよ」
未だに男性同士というのが慣れない。
「わたしはあなたが男性でも女性でもいい」
「僕もそうだよ」
「ならいいじゃない」
「心が追いつかないんだよ!」
「じゃ、追いつくまで」
またキスをされそうなので僕は逃げる。
「なんで逃げるの!」
「男の体で迫ってくるな!」
「怖がることないじゃない」
廊下を走りながら部屋に戻るとラフィアが笑っていた。
「なんで簡単に男性の体になれるんだ。他の人はなれないぞ」
「そういう発想がないからでしょ。多分性別という概念が希薄なの」
部屋の隅でラフィアに追い詰められる。
「ラフィアには色々話しすぎたな。前の世界ではここまで男性同士や女性同士でやることやる世界じゃないんだぞ」
腕を掴まれそうになったので咄嗟に女性の姿に変化して回避した。体が小さい分だけで逃げるのも容易になる。
逃げている途中、目の前にはフェルトがいた。
「キュロット?」
「いや、サトウだよ」
「キュロットのほうが呼びやすいの。それに女性になっているよ」
「捕まえた!」
ラフィアに抱きかかえられフェルトに助けを求めるが、彼女はアーバンを見つけて去って行く。
「女性ならいいんじゃないの?」
「大きな体で襲われたら怖いだろ」
「でも、女性の体で男性の人とキスはしたことないでしょ」
「それはそうだが僕が同じことしたら怖くないのか?」
「好きな人だからね」
「恋に盲目って怖い」
「サトウだって同じでしょ」
僕はその日十一年女性として生きてきたが始めて女性として男性にキスをされた。好きな人とはいえ抵抗感があった。それもラフィアが男性になると体が非常に大きくなるのだ。大型犬に襲われる気分で縮こまるしかなかった。
部屋でラフィアが僕を撫でているとフルブローグからの連絡で「ローウェル王国でドラゴニアが暴れ回っている」という情報を手に入れた。
「サテンとリングが危ないな。ここから移動できるか?」
「ちょっと難しいかも。遠すぎて魔力の位置が把握できない」
「なら途中までクローラーで送っていくから、どこかのタイミングで部下も含めてギャバジンに移動させてくれないか? どの程度被害が出ているか知りたい」
ドラゴニアの姿を知ってる二人だからわかるが現地だとなんて呼ばれているのだろうか。
ラフィアが女性の姿に戻ると僕も男性に変化させた。慣れない姿に変化させるのに疲れたラフィアと違って僕は元が男性だからか自然体として男性になれるようだ。
数時間でバーキン連邦とローウェル王国の境目にあるサチグ山脈まできた。これ以上進む必要はなさそうで魔力で相手を探せた。僕は地面で少し待っているとサテンとリングと一緒に数人の貴族が現れた。ラフィアはサテンとリングにクローラーを持たせてギャバジンまで行くように言った。
「ありがとう。仲間は無事だった?」
「ローウェル王国に忠誠を誓っているようで連れて行くのは難しかった」
リングは疲れた様子だ。
「他の貴族で魔王に逆らおうとする人を探していたけど、他国の貴族が一番有力候補なのがね……もう心折れているが他にいそうにない。だってバーキン連邦とローウェル王国と戦おうとする無謀な人間なんて無理だよ」
「ありがとう。サテンもゆっくりギャバジンで休んでね」
「短い間だけどローウェル王国で暮らすのは大変だったよ」
二人と洗脳状態のローウェル王国の貴族を連れて行く姿を眺める。
「これからどうしようか」
僕はラフィアに自分の考えを話し始めた。




