32:愛する人
崩れた城壁がぱらぱらと落ちている。一つひとつに魔力が僅かに残されていて、鼓動のように一定のリズムで耳にまで伝わってきているようだった。城全体に溢れる魔力は崩れる前と変わっていない。様々な魔力が混じり合った異様な建物内にもう一度入る。兵士以外を探そうとしているが人数が多すぎて見つけられない。
集中力を高めようと耳に魔力を集めた。城内奥深くから言葉の数々が耳に流れ込んでくる。騒がしい叫び声と感情のない指示。兵士たちに命令をしている奴の声だ。無機質な声で命令を下す。そこから聞こえる命令はほとんどが撤退で、一部の兵士には二人の女性探す内容だった。他にも時折怒気の混じった叫び声も聞こえてきたので集中すると聞いたことのある声だと気づく。
リングという人に似ている。彼と一対一で喋ったことはないがフルブローグで聞いた声だ。城内に響き渡る衝撃音と一緒に聞こえてくる彼の声と魔力を探していく。居場所を見つけると壁を突き破って近づくと彼は複数の兵士と避けることもなく殴り合っている。近距離での戦闘を選んでいるせいか他の兵士たちは持ち前の武器を取り出すことを躊躇していた。リングは顔や腹などを殴られる度に回復魔法で僅かに傷を塞いでいる。時折思い出したかのように魔法を放つと群がっていた兵士が次々と倒れていく。次第に額から汗が流れ始めていた。それでも動き続けていたが不意に倒れそうになる。
僕が彼の肩を貸すと驚いた表情で見つめていた。
「君は」
「サトウだよ」
僕は彼を連れてその場から離れる。
「君は敵か味方か?」
「僕はラフィアの味方だよ」
「あいつの知り合いか」
彼を地面に置いて僕は手元に魔力を注いで小さな剣を作り出す。小指の先程度の剣を目の見える範囲の敵の喉元に向かって放つ。
「上手に当てるな」
「基礎魔法は使い方次第ではどんなことだってできる」
敵に攻撃を与えながら他の魔力を探すとラインの魔力を発見する。リングの手を取り走り出した。全速力で走っていたせいでリングが叫んでいたが気にする余裕はない。ラインのいる部屋に入ると大きな機械に繋がれた人間が複数人いた。その中心にラインが複雑に絡まった機械に頭や腹部を貫かれている。魔法で空中に浮いて脈を測ると完全に死んでいるわけではないようだった。この状態で強引に剥がして大丈夫かわからなかった。
ピロトグルに連絡を取る。
『僕の知り合いを見つけた』
『誰だ?』
声を変えていたことでわからないようだ。
『キュロットだよ』
突如女性の声を変更するとリングは驚いたが気にしない。
『キュロットか。それよりもどこにいるんだ。みんな心配していたぞ』
『それはすまない。そのことは後で謝る。だから答えてほしい。機械に繋がれた人間を取り外しても大丈夫なのかどうか』
僕はフルブローグで今の状況を録画して送ってみた。
『魔力を吸い取っているだけなら問題はないはずだ。後はそいつの生命力次第だ』
『わかった』
『多分、それは膨大な魔力を持つ人間をエネルギーにして動かすロボットの原動力だよな。近くにそれらしいものはないか?』
『特に見当たらないけど』
話の最中に兵士に見つかったが小さな剣で喉だけを狙って正確に攻撃していく。
『ロボットなら二足歩行の奴があるけど、あれは違うんだ』
『明確な定義はないが魔力で動くものをロボットだと呼んでいる。他は自分で自由に動かそうとしても複雑な動きに対応できないからな』
『魔力といえば建物全体に魔力が張り巡らされているな』
『まさか、キュロットってイニユラにいたりする?』
『そうだが』
『まずい! 今すぐ離れろ! その建物全体がロボットだ!』
『そんなに危ないのか?』
『人間の魔力を使って動くロボットは総じて危険だ。イニユラには以前試作品で作った巨大なロボットがいるはずだ。ゴーストブラッドシリーズの試作機で数百年前に作られた最初のロボットだ。当時の技術では考えられないほど軽い素材で作られていて、魔力で動くという点においても抜群の運動性能を発揮する。本来は魔王に勝つ為に作られたもので、どんな貴族よりも強いことを想定しているんだ』
『これらすべてが……』
『ラフィアと連絡が取れない。彼女との会話でイニユラの城全体がロボットだと判明したが、それについて伝えようとしても一切繋がらない』
『わかった。すぐ探しに行く』
先程から耳に流れる情報に変更があった。一部の兵士たちに足止めの役割が与えられている。足音からして撤退命令が下された兵士はもういない。建物全体から激しい音が鳴り響く。
ラインに繋がれている機械を剥がすと更に音は大きくなる。近くの警告音がまた一段とうるさく聞こえてきた。
僕はいつの間にか気絶していたリングを背に乗せてライン脇に抱えて走り出した。
揺れ動く建物の内部にいる兵士たちは慌てている。その内容を知っている人間は既に撤退していた。ピロトグルとの通信を切って入口にいる兵士を突き飛ばして廊下を走る。天井が歪んでいた。頭上ばかり見ていると崩れかけた地面に気づかずに階下へ落ちてしまう。
そこにはラフィアがいた。
壁から立ち上がって僕を見ている。
「ラフィア!」
彼女に近寄ろうとするも建物が揺れて歩けない。
「あなたは……」
「サトウだ」
ラフィアはうつむき「彼はもういない」と言って立ち去ろうとする。
僕は姿形を変えてキュロットに戻って言った。
「僕はキュロットでもある」
振り向いたラフィアは立ち尽くす。
「今まで嘘をついていた。僕は一度死んでキュロットになったんだ」
「そんなことって」
「騙すつもりはなかった。信じてもらえると思えなかった僕が悪い」
「本当にサトウなんだよね?」
「ああ」
ラフィアは僕に抱きついてきた。この小さな体では彼女を抱くことすらできない。僕はもう一度体を男性に変化させる。
「サトウ……少しだけ似ているね」
「外見のキュロットを男性に変えただけだからね」
「それでも生きているなら嬉しい!」
僕たちを見ていた一人の女性が言った。
「その人誰?」
「この人はサトウ。わたしの恋人」
「今キュロットって……ん?」
混乱する姿を見てラフィアは笑っていた。
「彼女はサテン。一緒についてきてくれたの」
「やっぱ彼女がサテンか」
「そう、大きいでしょ」
「大きいね」
「久しぶりに会えたら別の女に夢中と」
「僕は久しぶりのつもりはないよ」
「そうだったね」
「ねえ! 二人共! 上!」
サテンが叫ぶ声を聞いて上を向くと天井が崩れてきた。僕の近くにはラインとリングがいる。ラフィアとサテンをどう逃がすか考えていなかった。
「逃げるよ!」
ラフィアが手を伸ばしていた。彼女の手を取ろうとして僕は躊躇する。彼女がどう逃げるか不明だがピロトグルが恐れるロボットなら、この場で倒さないと背後から襲われかねない。この十年間彼女と生きてきた。その間に受けた恩をここで返したい。僕は今日この時の為に一人でイニユラまで来たんだ。
「ラフィア。ラインとリングを頼む」
僕はラインとリングを彼女に預けることにして二人の手をラフィアと握らせる。
何かを言いそうになっていたがラフィアは「プラフティ」と言って突然姿を消した。
僕は驚く暇もなく、迫りくる建物の残骸を避ける。
今このロボットを破壊しなければならない。既に壊れかけとはいえ未だに動きは止まっていない。これ以上他の人間の魔力で動く姿を見たくなかった。ラインは助けたが彼も生きているか不明だ。他の人間を助ける暇はない。
僕は別に正義の味方ではない。
このロボットと同じものが既に開発されていることだろう。
どう破壊すればいいのか悩んでいるとようやく動きが止まった。耳から聞こえる声は様々な命令を下していた。これは兵士たちに向かって言っていた。
そうか、今彼らは僕の姿を捉えている。
建物内が非常に蒸し暑くなってきた。基礎魔法で壁を壊そうとしたが簡単には壊れなくなっている。
方法は一つしかない。
「ルノン」
僕の全身に魔力が染み渡る。普段から抑えていた魔力が解き放たれて自由になった気分だ。頭の片隅にある悩みなど吹き飛んでしまった。耳に流れる声も聞こえなくなっていた。
部屋を埋め尽くす小さな手が僕の体を掴んできた。壁の隙間から大きい刃が飛んでくる。足元からも刃の音が聞こえる。
そのどれもが体に触れて霧散していった。
地面を踏みつけると大きく揺れ動き亀裂が走る。その隙間から外に飛び出すとロボットの全体が見えてきた。二足歩行で後方に尻尾のようなものがつけられている。二本の腕から先の手には大きな爪がある。バーキン連邦で見た二足歩行の機械と違い、頭には顔らしきものがつけられているが牙しか見えない。全体的に鱗のようなもので覆われている。
大きな尻尾を振り回して叩きつけていたが片手で受け止める。尻尾と地面の隙間を狙って腕が伸びてくるが足で蹴って弾き返す。数歩後退して大きな爪からミサイルのようなものを飛ばしてくる。そのミサイルを指で弾いてロボットに向かわせると爆発を起こした。全弾を弾き飛ばすとまた数歩後退しながら尻尾を振り回してくるが尻尾を両手で掴んで地面に叩きつけた。
ロボットはひっくり返っていたがすぐに立ち上がる。
背中からミサイルが発射されて僕の頭上に降り注ぐ瞬間に、ミサイルが突然方向転換をして上や下に右左と滅茶苦茶な動きをした。回転しながら僕に向かうミサイルを体で受けながら巨大なロボットを見て魔力量を確認する。
ピロトグルが言っていたゴーストブラッド機の試作機にはまだ魔力が残っている。これほど大きなロボットを動かせる魔力はどれだけの人間を集めれば可能なのだろうか。
巨大な両腕を振り上げて勢いよく地面に叩きつけるが体に痛みはなかった。
また更に数歩後退しながらミサイルを撃ってくる。徐々に距離が遠くなってきた。
僕たちの顔は見られている。もしかするとバーキン連邦に居場所なんてないかもしれない。このままだと僕たちは犯罪者として指名手配される。だが、巨大ロボットを倒せば捕まる可能性は低くなる。ここにいる全員を倒してしまえば目撃者はいなくなるはずだ。
これは甘い考えだろうな。
また数歩後退したロボットは両手両足を地面につけた。尻尾を地面に突き刺して顔をこちらに向けて口を大きく開けた。真っ黒な口の中から風船のような透明な塊が見えた。辺り一帯を覆い尽くすほどの透明な塊は一気に大きくなった。魔力を注ぐ瞬間の基礎魔法と似ているが随分と大きな塊だった。その後は破裂せずに徐々に縮んでいくと、口に収まるほど小さく凝縮された魔力になっていくようだ。
息を大きく吐いて深呼吸をする。
雪はもう止んでいて青空が見えていた。
ロボットは口から吐き出すように光線を放った。周囲の地面が粉々になっていく。一直線に向かってくる魔力の塊に触れる。その光線から溢れる複数人の魔力に自分の魔力を注ぎ込む。光線を押し返すように自分の魔力を注いでいくとロボットが放っていた魔力が自分のものへと変わっていた。
魔力の塊を自分の体に入れて自分のものにする。
他人の魔力を入れると体が熱くなる。
極寒の地なのに汗が流れていく。
ロボットから集めた魔力を右手に集中させて更に自分の魔力と合わせる。上空に向けた右手の魔力を空中に集める。空全体に広がった大きな魔力をロボットを囲むようにして魔法を作り出した。
解き放たれた魔法で全方向から押し潰すと凄まじい音と共に爆発を繰り返したロボットは辺り一帯から消え去った。
大きかったロボットは跡形もない。
息をするのも疲れてきた。
周囲の魔力も感じられないほどイニユラ全体を壊した。これで生きている人間がいるほうが不自然だろう。
その場に座る。
ラフィアは無事だろうか。
彼女の顔を思い浮かべていると足元に誰かが立っていた。
「無事だったんだね」
ラフィアが僕の手を握っている。
「当たり前だ」
「一緒に帰ろうか」
僕は彼女の為に生きたい。
「ラフィア」
僕が彼女を抱き寄せてキスをした。
今度は嫌がらなかった。
「魔王は優しい人じゃないかもしれない。でも、君はとても優しい人だ。どれだけ自分を悪く言っても僕だけは褒める。君が一番大好きだよ」
またキスをした。
「前はサトウの時だったけど、今はどっちなの?」
「男だからサトウだよ」
「わたし謝らないといけないことがあるの。他の女性を好きになろうとしたことがあって。本当はあなたを好きでいたかったのに」
「いいよ。僕も他の男性に夢中だったこともあるからさ」
「ラインのことね。わたしも子ども欲しかったな」
「前にラフィアが言ったこと覚えている?」
「なんだっけ」
「子どもと一緒に笑えるような世界を作りたい。ラフィア結婚しよう、結婚して子どもを作ろう」
「え」
「今の僕は女性だけど、好きな気持ちは変わらない。むしろ前より好きになった」
「わたしも、前よりもずっと好き!」
「女性として成長して魅力的になることも忘れないから」
「今のままでもいいのに」
「男性ならもっとかっこよくなるからね」
「サトウでもキュロットでもわたしは好きだよ」
抱き合うと鼓動と呼吸しか聞こえない。柔らかい唇の感覚と少し冷たい肌。彼女の汗で冷えた体を抱き合っていると自然と体温が上がって少し照れた表情になる。
今だけはすべて忘れて笑いあった。




