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3:悪役令嬢を愛する

 寝起きで寮を出るとフリルが歩いてきた。自身の胸を見る女性を警戒しているのか、彼女は女性からは必要以上に距離を取る。男性に至ってはまったく警戒していない。僕からしたら攻略対象から好かれるのも無理はないと思う距離感で話しかけられるが、この世界だと男性は男性を好きになるのに何故フリルが彼らから好かれる結果になるのかわからない。


「最近会えなくて困っていました」


「そんなに困ることがあるのか?」


「そうでもないけど、ラフィアの近くにいれば女性は寄ってこないし」


 そして一言「男性も寄ってこないけど」と呟いた。


「魔王の娘だからね」


「知ってたの?」


「知らないわけがない」


「怖くないの?」


「怖かったら困っている人を助けないのか」


「そうだったね」


 フリルとラフィアはお互いの話を何度かしたのだろう。魔王の娘だとしても彼女が怖い人じゃないことはわかったはずだ。


 それにしても昨日は体を酷使しすぎた。


 体を鍛えないと生活に影響が出そうだ。


 授業を受けている途中も視線が気になる。


 いい加減あの愛人とかいう噂をなくしてほしい。


 授業が終わる頃にフリルとラフィアに愛人扱いを不満に思っていることを打ち明ける。


「周りからそう思われているだけなんだね」


 フリルが言うとラフィアは頷く。


「サトウの気持ちも少しわかる。自分は何もしていないのに周りから怖がられるからな」


「魔王の娘だから仕方ないだろ」


「だけど、わたしはそんな怖くない」


 ゲームだと容赦なく主人公を殺そうとしていたが環境も変わると人も変わる。


「僕だって愛人じゃない。ラインとはここに来て出会った知り合いだ」


「彼氏とは言われないんだな」


「なんかその言い方は違和感あるが、告白はされていないな」


「わたしは学園に来てから告白されました。断りましたけど」


 フリルは嫌そうな顔をしている。


「告白できるなら早めにしとくべきだと、ここにいるみんなはわかっているんだ。賢いね」


「サトウはわたしが女性が苦手なの知っているでしょ」


「じゃ君は一生恋愛できないね」


「いつかは克服しないとわかってはいるんだけど……」


 ラフィアは僕に言った。


「やはりそうか、妙によそよそしいと思った」


「ラフィアとフリルは別に友達でもないからでしょ」


「酷い……サトウは友達だよね? わたしを一人にしないよね?」


「どうかな。僕はここにいる誰かと友達作れるとは思ってないし」


 ラフィアは落ち込んでいるのか机に突っ伏している。


「わたしが学園に来た時は魔王がやってきたぞと騒ぎになった、娘であって魔王じゃないのにね。今は絶縁状態で会えるわけもない。家族に嫌われても、やはりわたしは魔王の娘でしかないのかな」


 ラフィアってゲームでもそうだが自分が他国の王族という自覚がない。このアルベール王国も自国の一部として思っている節がある。その感覚はローウェル王国として正しくはあるが、この国では異端で恐怖の対象でしかない。


「そんな落ち込むな。大人なんて僕たちより長く生きただけで、案外子どもと変わらないよ。見てみろ、知らない場所で知らない相手といるのは苦痛だろうが、こうして楽しく話ができる友達が二人もできたぞ」


 僕には彼女を否定できない。元の世界の家族は好きではないが嫌いでもない。愛情もあるから厄介で僕を頼ってくれたら嬉しい。そんな僕はラフィア・ローウェルのことを同情してしまっている。


「友達になってくれるのか、なってくれないのかどっちだよ」


 ラフィアは若干泣きそうな顔をしている。


「それは僕が決めることじゃない。君が友達と思うかだよ」


「自分で決めていいのか?」


「いいだろ、どうせ友達なんてすぐ死ぬ。他人をどう思うが勝手だ。少なくともラフィアは悪い奴じゃない」


 フリルが袖を掴んでくる。


「わたしも二人を友達だと思っています」


「ラフィアが突然性欲に負けて襲ってきたら?」


「二度と逆らえないようにします。方法なんてたくさんありますから」


「フリル! わたしはそんな人じゃない。それにそんなことする人は稀だ」


 こうして話をしていると女性って過激な人が多いと感じる。元の世界のほうが大人しいとは思わないが魔力や魔法という手段がある分、攻撃手段が多様化しているのだろう。


 ラフィアは言った。


「地上は知らないが空だと他人を襲うような奴は処罰が下る。魔王から直々の処刑と牢屋に入れられるかだ。大抵は牢屋だな。この学園内では揉め事を起こして国に迷惑をかける奴はいない。誰が好き好んでお金払って牢屋に入るか」


 ラフィアは自分が処罰の対象だったことは伏せている。同情で誰かと仲良くなりたくないのかもしれない。


 表向きラフィアはローウェル王国で犯罪者のような扱いだが、魔王からしたら弱者を切り捨てただけで処罰の方法はなんでも良かった。


 結局ローウェル王国からしたらアルベール王国は流刑地でしかない。


 ラフィアを助けた時に落下速度が低下しなければ普通はあの高さから落ちたらラフィアでさえ死ぬ。僕が使ったのは紛れもなく魔法だ。そしてあの鎖は魔力を封じていた、あれは魔法でなければ壊せない。魔王は本気で娘を殺すつもりでいたとしか思えない。


「わたしは地上での生活が長いですが、ラフィアのように空は知らない。だから比べることができないけど、地上はあまりいいところとは言えないかな。男性の近くにいれば女性は襲われないのですが、よく男性が襲われているところを見ました。治安はいいとは言えないかもしれない」


「二人共大変そうだな」


「サトウは興味がないんだな。冷たい奴だ」


「ラフィア、僕は誰がどうなろうと構わない。口では愛だ友情だとか言えるが、実際の愛や友情なんて死んでしまったら意味がない」


「誰かが死んだことがあるのか?」


 その問いに答えるほどラフィアと仲良くなっていない。わざわざ言わなくてもなんとなく伝わるが言うタイミングがあるが、今ではそれすらもどうでもよくなってきていた。


「僕の知り合いは死んでいるからね、それだけは確かだ」


「わたしは死なない」


 ラフィアがそう言って立ち上がる。


「そうだね、それじゃ愛人扱いをやめてもらうようラインに言いに行くよ」


 僕が教室を出ようとするとフリルが言った。


「助けてくれたこと感謝しています。それだけでわたしは嬉しいんです」


 そういえば大学の先輩もよく僕に感謝していたな。病床で少女漫画が好きだとか言っていたからプレゼントしたが、結局僕はあの人は助けられなかった。


「フリルが無事で良かったよ。もういいか? ラインと話をしてくるから」


 教室を出るとラインが歩いているところを見かける。


「おい」


 声をかけると驚いた表情をしていた。


「なんだ、サトウか。お前から声をかけられるとは思わなかった」


「話ぐらいしたくなるさ。それで前から言いたかったが、ラインの愛人だとか周りから言われるから困っているんだ」


「彼氏のほうがいいのか?」


「違う」


「夫か」


「耳大丈夫か、流石に盲目すぎるだろ。僕が言いたいのは、ラインのことは別に好きじゃない、だから変なこと考えないでくれということだ」


「サトウは素直じゃないからな」


「話聞け」


「話を聞いた上で言っている」


「たちが悪い」


「そうだ。この前赤ちゃんがどうしてできるか教えてもらったぞ」


「ようやくか」


 どう教えられているか聞いてみたかった。


「子どもは自然と女神様が運んできてくれるとなっている。だが、結婚後に子どもを儲ける時、その過程を誰も知らないんだ。両親も子どもが欲しいと思った時に奇跡が起きて子どもができたと言っていた」


 普通のゲームは男女の行為まで描かないのが普通だ。


「男性と女性が一体化すると、その熱意からお腹に子どもができます。しかし、女神様が運んでくるとか。畑で取れるとどっちがいいのかな」


「男性と女性? そんなわけないだろ」


 ラインは僕の肩を掴んできた。


「それは変だ。間違っている」


「ラインお前にだって父親と母親ぐらいいるだろ。存在しているってことはやったってことだ」


「確かに父と母はいるが、俺の場合は母と母だ。他の人間も人によって違うが、みんな父と母で子どもは作らない。なんで別のものが合わさってできるのだ。そんなことを言ったらこの国の成り立ちまで否定することになる」


 代々アルベール王国は女王が治めてきた。王家に生まれた者で継承権があるのが女性だ。残念ながら生まれてきた者が男性しかいなかったので最後は主人公が女王になる。


 しかし、目の前で言われると自分が間違っているように感じてしまう。ゲームだと理解しても自分の常識で話してしまった。


「そんな怒るな。お前両親に聞いたんだろ」


「聞いたら女神様が運んでくれた。両親は嘘を言っているようには思えなかった」


「実際の現場を見たらわかるさ」


「だから何をするんだ」


 どう説明したらいいか悩むな。


 あのゲームだと主人公が真実の愛に目覚めると他の攻略対象たちも自然と異性を好きになる。その後は続編でも描かれない。この「運命の女神様のルール」は異性愛を禁止している。禁止された世界で異性を好きになるとかいう背徳行為が世間に認められるわけがない。色々と続編は出ているが基本的にハッピーエンドになっても続編で前作の主人公とは会うことがない。

 

 パラレルワールドという扱いか、バッドエンドの世界が続編だったのか。


「どうなんだ。サトウ!」


 迫られても困る。そんものすべてダイスで決まるとしか言いようがない。


 ゲームシステムは面白かった。


 内容は賛否両論だった。


 あの乙女ゲームは面白かったが、いちいちダイスを振るのが評価の分かれ目だ。好きになる人もいれば嫌いになる人もいる。TRPG風にしたみたいだが、あくまでもそれっぽいだけでTRPGじゃない。ダイスでランダム要素を作っているだけだ。


 女神様はゲーム内だとダイスで物事を決める役割でしかない。続編やその後の展開次第だと女神様に会えることもあるが、女神様がどういった形で関与しているか見極めることができない。


 女神様が運んでくるが真実だとしても自分の生きてきた常識を疑えない。


「自分で考えろ」


「考えたさ、それでもわからないものだってある」


 僕はラインから離れる。


「いや、事実だろ。現に」


 僕は両親のおかげでここにいると言おうと思ったが通じるわけがない。

 

 それに異性で子どもが作れないなら男女で恋愛をする意味がない。下手したら攻略対象たちとは遊びで楽しむだけになる。彼らと本気で好きになれないならゲームを楽しめるのか。


「……僕が間違っているとは思わない」


「納得いくか。もしも、そんなことを認めてしまったら俺とお前で子どもが作れない」


 少し涙目になっている。


「性別変えたら?」


「その手があったか! いやいや、そんなことできるわけがない」


 笑ったと思ったら泣いてを繰り返して困ったものだ。

 

「まあ、信じてくれとは言わないさ。僕はどっちでも構わない」


 どこかで元の世界に帰れるなら好きに生きても僕は困らない。それでこの国がどうなろうと知ったことではない。


「信じるさ。好きになった男の言う言葉だからな」


「さっきは信じてなかったが」


「今信じる気になった。俺は女になる、それか君が女になれ」


「今度は顔を殴るぞ」


 

 寮に帰って歴史書を読んでみる。乙女ゲームで読んだ内容と同じだが、細かい年表まで見ていくとゲームの裏側のように思えてくる。長い歴史があるようだから同性だけだとすぐに国が滅びそうなものだ。僕の考えが間違っているとは思えない。


「サトウ、いるか」


 ミュールにドアをノックされた。


「入っていいぞ」


「本を読んでいたか、勉強家だな」


「そうでもない。いつも授業は退屈だ」


 あまり好きではないせいもある。


「俺も退屈だが、最近は真面目に聞いている。強くもなりたいが体の成長は限界がある。頭も良くなければいけない。体ばかり鍛えてお前に勝てなくて、今度は頭を鍛えようとする、そんな俺は中途半端か?」


「立派じゃないかな。片足だけ鍛えても片腕だけ鍛えてもバランスは悪い、頭と体両方鍛えて不便なところはないだろ」


 本を横目に僕はミュールを見ると熱心に見ている。


「ミュールって頭良かったと思うけど、まだ勉強するんだ」


「そんなことはない。両親は兄のほうが頭が良かったと思っている、俺は出来損ないだ」


「思っているだけだろ」


「両親は昔、俺にそう言ったんだ。きっと死んだ兄がより、俺が死ねばいいと心では思っているさ」


「妄想だな。一度話したほうがいい、親なんていつ死ぬかわからない。後悔しないようにな」


「……なるほど、エリックが話しやすいというのもわかるな。気持ちが穏やかになるというのか、ずっと見ていたいと思いたくなる」


「なんだそれ。ところで、お前エリックと話したのか」


「サトウのことを知りたいと思っていたらエリックがサトウの話をしていたのを聞いてな」


「ミュールにも友達がいたんだな」


「いや、エリックは友達ってわけじゃないがサトウの話で仲良くなった」


 僕は本を閉じる。


「もう友達だよ。誰がきっかけでも楽しく話せる人がいるなら仲良くなっておけ」


「そういうもんか」


「体で繋ぎ止めておくとか後味悪いからな」


「そうだな、人は殴られないと理解できない」


「理解したならもう遅いから寝なさい」


「ありがとうな。またここに来るからな!」


 ミュールは去って行った。


 僕はベッドに横になって目を閉じた。



 翌日からは魔法の訓練が本格的に開始された。アルベール王国としては魔王の脅威があるからとは建前でも言えないから、将来の為に自信を持たせることが国の未来に繋がるとかだった。先生は貴族出身だが平民にも優しかった。差別意識がまったくないとは思えないが人それぞれ感覚は違う。少なくとも僕が見る限り貴族と平民に魔法の才能以外に差はないが、魔法を満足に扱える者が先生を含めていないので賛否はある。


 仲良くできているのは身近な魔王という脅威に、一致団結しようとする貴族と平民の意識改革が成功していることだと言われている。実際はただ上空の魔王に畏怖している平民と貴族というだけだ。憂さばらしをするを貴族がいても、この国では意味を持たない。


 魔王は貴族と平民という壁を壊したようなものだからだ。


 魔王は強い者は好待遇を約束し、弱い者には容赦がない。このアルベール王国には弱い者しかいないという意味だ。

 

 魔法の訓練を受けられるのは当然貴族だけだが、魔力が体から巡る感覚を掴んだ僕や本人も何故魔力の感覚があるのかわからないフリルも受けている。


 そういう奴は平民や貴族からの目も変わる。


 積極的にいじめの対象にならないのは貴族と平民の意識の問題だろう。


 女神様が国を作った、神様は女神様と一緒に国を作った。


 その両者も争わなかった。


 我々貴族は力がある、平民も力はあるが、魔法はない。


 魔法はすべてではない。


 だが、貴族に与えられた魔法は女神様からの贈り物だ。


 人類は平等ではない、平等ではないから争いを生まぬよう我々は平民を守ろう。


 授業ではそんな話をしていたが要約すると「争いなんてやめよう。貴族は特別だから平民を守るよ」という正義感に溢れた話だ。


 青空の下座りながら魔法を放とうとしている者や木を背にして本を読む者もいる。


 授業は個人の魔力と魔法の扱いによって指導されるが、基本的には自習と変わらない。専門の先生はつくが魔力と魔法の平均が違うので同じ指導をしても平等に能力が上がるわけではない。


 平民は別の場所で魔法と魔力の座学について学び、貴族も座学に問題がある者は平民と学ぶ。方針としては貴族と平民は同列だが、そこを未だにプライドを持つ貴族もいるので、魔法の授業を受ける貴族は必死になる。平民も魔法を学べば将来王国の重要な役職につく可能性が高くなるので必死になる。


 平民も魔法を扱えないだけで魔法の仕事につくことができる。貴族とは比べ物にならないほどランクは下がるが給料はいいらしい。


 一人で本を読んでいると「隣に座っていいか?」と言われる。


 見上げると子爵家の子息フォブレイ・エクレールが立っていた。彼も攻略対象の一人で表情や見た目もクールなイメージだが中身は案外熱い男だと設定で書いてあった。


「いいよ」


 僕の隣に座るとフォブレイは眼鏡を拭き始めた。


「君はサトウだろ」


「そうだが」


 フォブレイは眼鏡をかけると言った。


「最近好きな人ができたんだ」


「僕たち一度も話したことないよね」


「それで相談があるんだ」


「いや、あのね」


 今は魔法の授業中で恋愛相談の授業じゃない。


 だが、ここは恋愛探検家としての出番かもしれない。座学での成績は自分では優れていると自負しているから役に立つはずだ。


「サトウは交友関係が広いと聞く。それでいて色々な男性と付き合っていると噂になっている。そんなサトウに俺は無理を承知で手伝って欲しい。ボイス・マジェンタ公爵に告白する為に魔法や魔力の技術を上げて、俺は認められたいんだ」


 あまり聞いたことがない名前だ。


「その人って有名人?」


「王国では随一だ。魔法や様々な分野で好成績を残して王国内で知らない者はいない」


 授業やゲーム内で出てこないなら知らないわけだ。


「サトウは魔力をどう扱っている?」


「体内に魔力を巡らせるイメージだな」


「教えられたことをそのままできるなら教師なんていらないだろ!」


「怒るな。お前は冷静な性格だろ」


「俺の何がわかるというんだ、一度も話したないくせに」


「それ僕が言った言葉だが」


「とにかく、実力派な彼から好感が持たれないといけない。一緒に考えてくれ」


「そう言われても」


「頼む!」


 フォブレイから頭を下げられてしまった。


「わかったよ、何ができないんだ?」

 

「全部だ。座学をいくらやっても実戦で使えなければ意味がない」


「魔力を感じたことはあるか?」


「なんだか匂いで」


「汗みたいなものだな、嫌な言い方だけど」


 ゲームの設定でも詳しい話はなかった。魔力と魔法がある世界、それだけだ。理路整然と誰も考えているわけではない。でも、今までの経験を踏まえての考えならある。


「魔力は誰にでも備わっている、平民でもだ。だが、魔法を平民は扱えない。そしてここからは僕の個人的な考えで正しい話ではないが魔力は頭からきている、それに魔力があるものとないもの。その差は生きているかいないかだ」


 座学に集中している貴族と平民も空を飛ぶ鳥も魔力がある。自分の目に魔力を集中すると、動物は比較的赤や青の色で人間は複雑な色をした魔力が見えるが、そのどれもが僕の目には比較的頭に魔力が集中して体内に分散しているように見える。逆にラインから貰ったネックレスや制服には魔力が見えない。


「教科書には体内に魔力を巡らせるイメージと書いてある。問題はイメージだ。魔力が頭にあると仮定して魔力で体を動かすイメージを作る」


 僕は立ち上がってフォブレイに言った。


「今から僕がお前を蹴る。その動きを避けてみろ、魔法は段階を踏んで使う。今からやるのは魔力の扱い方だ。普段からやっている手や足の動きを、自分の魔力で動かす」


 魔力が体内を巡る感覚は手や足などに速く動けと指示しているだけ、誰でもできる。


「無理言うな。今までできなかったことが、すぐできるわけない」


「魔力は血液だ。魔力は水だ。頭から全身に行き渡るように考えていればいい」


 僕が構えると諦めたのかフォブレイは大きく息を吸い込んだ。怯えた表情をしているフォブレイに近づくと足を前に出した。蹴りのつもりはない。ゆっくりと動いた。それでも動けずにいるフォブレイのお腹を蹴った。


 痛そうに転がるフォブレイに言った。


「ボイス・マジェンタ公爵に認められたいなら強くなれないといけない。お前は本当に彼が好きなのか?」


「好きに決まっている!」


 勢いよく踏み込むと僕は一気にフォブレイの顔まで近づいた。焦るフォブレイだったが後退りながら目線は蹴りの来る右足を見ていた。姿勢を崩しながらも右足の蹴りを避けると次は左足の蹴りを見る。左足の蹴りを途中で止めて、フォブレイのおでこを指で押すと思わず地面に倒れてしまった。


 一瞬のことで彼も頭が追いつかず自分の体を見ている。


「できただろ」


「確かにできた。教科書の通りやってもわからなかった。この感覚を掴んだ人間はアルベール王国に滅多にいない」


「だろうね、まだ魔法は覚えていないがそろそろ授業も終わりだ。帰りに近くまで送っていく。そこでボイス・マジェンタ公爵がどんな人なのか聞きたい」


「わかった。また後で」


 そうは言ったが公爵に興味があるわけでも、フォブレイに興味があるわけでもない。恋愛というものを知っているが他人の恋愛をこの目で見たことは少なかったからだ。


 フォブレイと待ち合わせをしていると急にフォブレイが現れて手を掴んできた。


「すぐそこに公爵が」


 フォブレイと比べると結構年上だ。老けているのかわからないが優しそうな顔をしている。


「声でもかければいいのに」


「恥ずかしくてできない」


 これが女性なら可愛いが男性の恥ずかしがる姿を見ても可愛いと感じない。


 僕たちは静かに公爵の後をつけている。彼は花屋に入ると店主と楽しそうに会話をしていた。


「なあ、フォブレイ。この国貴族と平民の差別少ないよな」


「少ないというより差別する意味がない。上を見ろ、魔王がいるんだ。一致団結だな」


 公爵は花屋から出ると空を見上げていた。しばらくすると雨が降ってきた。雨宿りもせずに歩き始めるので僕たちも足を止めることはなかった。公爵が向かったのは誰かのお墓参りだったようだ。何をするわけでもなく無言でお墓を見ている。


「誰のだろ」


 フォブレイは雨から逃れるように僕の下にいる。


「わからん」


 気づかれないようにしていたつもりだが公爵は隠れていた僕たちに近づき「わたしに用があるのだろう?」と言ってきた。


「何故気づかれたんだ」


「魔力ぐらい見える。ずっと後をつけていたな。フォブレイ・エクレールで子爵家のか、そっちはサトウだったな」

 

「名前を知っているとは……感動」


「この国にいる者なら大体覚えている。嫌な話だがな」


「サトウなんて覚えたくもないですよね、わかります」


「お前僕に相談してにきた時もそうだが、少しは感謝しろよ」


「しているさ、こうして自信を持って接している」


 フォブレイは僕の背中に隠れながら言った。


「いつもボイス・マジェンタ公爵を尊敬していました。こうして会えることを夢に見ていたほどです」


「お前叶って良かったな。それで公爵にはフォブレイと戦って欲しいのですが」


「待て、流石にそれは」


「いいぞ、戦えばいいのだな」


「公爵はフォブレイの強さを判断してほしいのです、彼はあなたのことが好きなんです」


「わかった。それなら手加減はしない」


 フォブレイは僕の頭を叩く。


「なんてことをするんだ。遠くで見ているだけで良かったのに!」


「それじゃつまらないだろ。認められたいなら拳で勝負だ」


 諦めたようでフォブレイは公爵に向き直る。雨の降りしきる中、雨音と共に足音が消えた。瞬時にフォブレイは左手で公爵の拳を払い除けた。動きが俊敏で目が追いきれない。フォブレイは目や耳で位置を把握したが対応できず吹き飛ばされた。殴られた衝撃で地面をどこまでも転がっていく。


 公爵は一瞬笑顔になったが、悲しそうな表情になってフォブレイに近づいて言った。


「フォブレイか、強いな。以前なら部下にしたくらいだ」


 フォブレイは照れているようで「全部サトウに教わったんだ。俺はすごくないよ」と謙遜している。


「それでも魔力の扱い方が上手だ。君たちは独学でここまで?」


「一応授業がありますけど、参考にならなくて」


「だろうね。ちなみに学園にはどれくらい優秀な生徒がいるんだ?」


 僕とフォブレイは顔を見合わせた。


「知らないのか」


「鍛えれば何人かいますが、元々優秀な生徒はラフィア・ローウェルです」


 伯爵は頭を振る。


「魔王の娘は駄目だな」


 僕は伯爵の顔を見た。どこか暗い表情をしているようにも思える。


「会ったらわかりますよ、いい子ですよ」


「どうだかな。これで満足だろ、わたしは帰る」


 伯爵はあまり語ろうとせずに別れを告げてしまった。


 僕とフォブレイは雨宿りをしながら言った。


「こんな雨だとゆっくり話もできなかったね。次は告白できるよ!」


 僕の言葉に困ったような表情でため息をつく。


「勢いで戦いを申し込んだけどさ。お墓参りをしていたんだよね、良くないことをしたかもしれない」


「……僕も悪かったよ」


「君が謝ることはない。こちらから頼んだことだし」


 こんな展開乙女ゲームにはない。

 

 攻略対象が他の人を好きになることはなかった。


 それでもまるで友達と一緒にいるかのような楽しさは嘘ではない。この世界にきて僕は良かったのかもしれない。 


 恋愛指南役として選ばれた僕の元に毎日通うフォブレイに、ボイス・マジェンタ公爵の趣味など好みを教える。彼は紅茶やお菓子が好きだと思う。事前にその類を買っていたのを見たことがある。そしてフォブレイには知識だけではなく、肉体改造もしてもらうことにした。腕立て伏せや腹筋と背筋に加えてスクワットなどを指示している。基礎トレーニングをおろそかにした人間に恋愛は成就しない。


 フォブレイは時折僕を先生と呼ぶことがあるが恥ずかしいのでサトウと訂正しておいた。


「サトウは優しいな、毎日俺に協力してくれる。何かお返しをしないといけないな」


「そんなことはいいから魔力を意識的に使うことを覚えたほうがいい、以前見た公爵の動きは元々の肉体と魔力が伴ってできたものだ。一朝一夕で真似できるものではない」


 僕は転移者なので事前知識で、ある程度乙女ゲームを知っている。規則性はないが行動の末にダイスが振られることも理解している。本来おまけにしかならないゲーム要素が「運命の女神様のルール」では大事な局面で活躍することもゲーム内ではあった。


 ラフィアやフリルを助けようと思った時もクリティカルが出た。あの時行ったことは魔法としか思えない。転移者の特典として気楽に使えるほど便利なものではないが自分のものにしたい。


 何日か楽しい日々を過ごしているとラインが遠くで僕を見ていた。

 近寄ると大きな身体を小さくして「気になって」とだけ言ってうつむく。


「どうしたんだよ」


「だって、サトウが毎日俺の知らない男を連れ込んでいるから」


「男同士で何かあるわけないだろ」


「あるから言っているんだ!」


 そういえばそんな世界だった。


「仕方ない。話す」


 ラインにフォブレイがボイス・マジェンタ公爵に告白したいことを伝える。


「なるほど。それなら俺も手伝おう、今まで告白で失敗したことがないからな」


「そうなんだ」


「今まで告白したことないからね」


「悲しいこと言うなよ」


 本来は主人公に告白するはずが異性愛が禁止されているせいで僕といることになるとは悲しい。


「しかし、フォブレイはボイス伯爵のどこが好きなんだろうか。一応貴族として功績も残している。地位も名誉も顔だっていい、ただ」


 そこでラインは遠くに見える城を見て呟く。


「お飾りだぞ、この国の貴族は」


「お飾りってことはないだろ」


「貴族なんて昔の名残だ。俺も昔の名残で王族を名乗っているだけ、お金もあって顔も良くて成績は優秀だが貴族として終わっている。そんな俺たち貴族は別に偉い立場ってわけでもない」


 魔王に侵略されたのに王国は飼い殺し状態で生きている。そんな未来を憂いた王国は主人公と共に魔王を倒すのだが、そこはゲーム内ではあっさり終わる。恋愛を主軸にしているだけで結末なんて長々と続けるものではないからだ。


「昔なら公爵家なら引く手数多だろうが、今では落ちぶれている」


「それフォブレイの前で言わないほうがいいぞ」


「そうだな」


 部屋に戻ろうとするとラインが言った。


「サトウ、俺たち世代の貴族連中は未来を諦めている。年寄り連中も魔王と戦うつもりはない。俺は始めて会ったあの日運命を感じた。何故だがわからない。お前と一緒なら素晴らしい未来を築けると思ったんだ」


「どこにそんな要素あったんだよ」


「確信はない。単純に……好きになってしまった」


 何故乙女ゲームで男性の僕が攻略対象に告白されなければならないんだ。元の世界で今更することもないがここでラインと付き合って僕が救われるとは思えない。大学の先輩に死ぬまで告白できなかった僕が妥協してゲーム内の男性キャラと幸せになる。当時の僕が報われるほど好きになれる女性がいたらラインはもっと好きになれるかもしれない。


「あのサトウ、怒ってしまったのか?」


「自分にだよ。ラインは悪くない」


「やはり駄目か」


「駄目だな。まだ僕はラインのことを何も知らない」


 ゲーム内でたくさん見てきたが表面上だけだ。


「僕は立場とか関係なく、接してきているつもりだ。良かったら友達から始めよう。王子でも恋人でもなく、誰でもない。ラインのすべてを知ってから僕が君を好きになったら今度は僕が告白しよう。意地悪な告白だろうが、偉そうな態度だったか?」


「そんなことはない、俺から告白したんだ。その提案受け入れよう。サトウが好きになるような人になることを誓うよ」


 僕は乙女ゲームのやり過ぎでこの状況を平然と受け入れていたが後ろめたい気持ちもある。心にもないことを言って翻弄するなど最低な人間のやることだ。


 僕はラインと付き合う気なんてない。


 こんなのフリルがやればいいのにと嫌気が差してくる。


 部屋の前に来るとノックする前にフォブレイが現れた。


「お、サトウ。すべてのセットメニューを終わったぞ。後ろにいるのはライン・アルベール第二王子……そういえば付き合っているんだっけ?」


「付き合っていないよ、友達だ。よろしく、フォブレイ」


「よろしく……」


 フォブレイは萎縮している。


「フォブレイ、ラインは友達が少ない。仲良くしてやれ」


「わかりました! 先生!」


「いや、命令じゃないから」


「先生と呼ばれているとは知らなかった」


「恋愛の勉強会と魔法の勉強会で俺は生徒なんだ」


「別にどう呼ぼうと構わないが困っていたから助けただけだ」


「フォブレイと一緒に生徒になろう」


「一人で手一杯だ」


 フォブレイはトレーニングメニューが書かれた本を僕に見せる。


「別にいいじゃないか。サトウも言っていたじゃないか、魔法も恋愛も誰かとやったほうが楽しいと」


「言ってないが」


「俺もずっと一人でトレーニングしているのも退屈だったんだ」


「やはりな、フォブレイとは気が合いそうだ。いいだろ?」


「わかったよ。フォブレイと同じトレーニングをやってもらう」



 忙しい合間に手合わせをしていると室内では窮屈に感じてくる。二人を連れて庭で訓練をしているとミュールがやってきた。僕たちが最近仲が良いのを聞きつけて、ミュールは二人に自己紹介をする。その後僕たち四人でトレーニングを行う様子は学園に知れ渡っていたようで、フリルから何を企んでいるのかと問われたことがあった。


 しかし、僕たちは当初の目的を忘れて体を鍛えることばかり優先していた。


 そもそも告白する為に体を鍛えるとか意味がわからないといった様子で、フリルは首を傾げていたが「男の子のことは知らないけど、あなたが言うなら間違っていないのでしょうね」と言って応援してくれている。


 一つ気になったことがあったのでフリルは何気なく質問をする。


「フリルって誰か好きな人いる?」


 突然の質問に思わず教室内なのに大声で「いません!」と否定された。


「そんな慌てなくても」


「いるわけない」


「お互い苦労しそうだ」


「サトウもいないの?」


「いないさ」


「わたしもみんなのように人を好きになれたらと思うけど、どうにも難しくて」


「告白ぐらいされてきただろ」


「そうだけど、たとえ受け入れても今後その人を好きになれるかと考えると微妙で、臆病なのかなとは思うからどうにかしなきゃとは思っているよ」


「そんなに悩まなくてもいいだろ。臆病なのは悪いことじゃない。人の防衛本能だ。その人がどういう性格なのかとか観察したとしても自分の想像通りの人物である可能性などない。告白なんてして受け入れていたらきりがない」


「でも、このまま一人なのかもと焦る時もあるよ」


「人は誰だって死ぬ時は一人だ。気に入らないと思うなら何もしなくても誰も怒らない。焦って解決できるならとっくに解決できた問題だからね」


「こういう話すると誰か紹介されそうだけど、サトウだとそういうのなさそうだね」


「今のところフリルやラフィア以外だと男性としか喋っていないからな。友達の女の子を紹介とかできそうにないな」


「結構友達同士の繋がりって広いから案外思いがけないところと友達だった。そんなことが多いけど、サトウってわたしが嫌だと思っていることならやらないと思うから」


「信用するほど仲良かったか?」


「わたしが知る限りだと信用できる。友達も多くて毎日楽しそうで羨ましい」


 攻略対象たちしかいないが今では友達として喋っている。あの人数で多いとカウントするのもどうかとは思ったが調査目的で喋っている面もある。その点で考えると攻略対象たちは僕と仲良くするべきではないのかとも思う。


「君って男性好きになることある?」


「あるわけないでしょ、多分」


 フリルは面を食らったようだったが考え込むようになる。


「……今まであまり考えたことがなかった。女性を好きになるのが当たり前だと思っていた。それは盲点だったよ」


「好きになってみたらどうだ?」


「いや、そんな変わったことする勇気ないよ。今だって女性と付き合うのも躊躇しているのに、それで男性にいくとか」


「なら仕方ない」


 僕としても恋を強制するつもりはない。


 窓の外を見ると一人でラフィアが座っているのを見て「フリルはラフィアとずっと一緒じゃないのか?」と言ってみる。


「普段はそうなんだけど、たまに一人になりたくなるらしくてどこかに行くみたい」


 ラフィアも家族のことで色々抱えているのかもしれない。彼女をどこかに連れていくのもいい機会かと考え僕は翌日ラフィアを学園の外に連れ出した。普段から僕たちと話す時は笑ってくれるが他の人と話す時は表情を変えない。気に病むことがあるのに誰にも言えないのはつらいことだ。


 アルベール王国の中心地にカフェやレストランが密集している。美しい建物が数多く残されて歴代の王族が通う店も多いと聞く。そのうちの一つに「クロッグハウス」というレストランは特に人気で常に満員だったが、僕たちが近づくと店員が何やら慌ただしくなる。並ぼうとする僕たちに店員らしき人物が声をかけてきた。


「席が空きましたのでどうぞ」


 長い髪をした女性はどこか見たことがある顔立ちをしている。


 満員だからなのか、二階にある個室に案内されると席に座ってメニューを見る。お酒に魚と肉などがある。そのどれも見たことがないもので困ったので店員におすすめをお願いする。店員は注文を受けると引きつった笑顔でドアを閉めた。


「どうしたんだろ」


「さあな」


 ラフィアは何かを知っているのか先程から口を開かない。


「一人にしたほうが良かった?」


「どうしてだ」


「フリルが一人になりたい時があると言っていたから誘うかどうか迷っていた」


「嘘は言っていないが、誘われて嫌な気持ちにはならなかった」


「じゃあ、今どうして嫌な気持ちになっているんだ?」


 ラフィアは窓から見える景色を見ながら言った。


「今の店員を見て気づかなかったか?」


「いや、普通の店員だったが」


「あれ女王だぞ」


 言われて気づいた。確かにクロッグ・アルベール女王だった。


「でも、城にいるんじゃ」


「城には魔王の部下しか住んでいない。女王という肩書きを捨てさせたのは魔王だ。今はどうしてかここで働いているようだが」


「ラフィアが気に病む必要はないけど、魔王のしたことだし。それに彼女も本来なら処刑されていたかもしれない」


「どちらにしろ、アルベール王国からしたらわたしは魔王と変わらない。それとわたしならこんな王族の誇りを捨てるような真似をするぐらいなら処刑されて楽になりたい」


 ゲーム内だと普通に城にいたのだが何か違うのだろうか。時系列が違う関係もあるがはっきりとはわからない。


 店員がドアをノックして入ってくる。やはりクロッグ・アルベール女王だ。お肉と野菜のスープに高そうなお酒をテーブルに置かれた。


「ラフィアってお酒飲めるの?」


「飲んでいいぞ」


「すみません、今別の物を持ってきますので」


「待ってください、大丈夫です」


 去ろうとするクロッグを僕は呼び止める。


「そんなに怖がらなくても彼女はあなたに危害を加えたりしないですよ」


「やっぱりこんな格好でもわかりますか」


「とても可愛い格好でいいと思いますけど」


「今のわたしはただのクロッグ。何を言われても仕方ありません」


「わたしの家族がすまないことをした」


 ラフィアが頭を下げるとクロッグは驚いたようだった。


「こんなところで無理に働かせてしまったようで」


「いや、そんなことありませんよ。働いているのは自分の意志です。女王で会った時は何もできませんでした。今は国民の喜ぶ顔が間近で見られます。アルベール王国の住民を守れなかったのはわたしの責任です。あなたにも魔王にも罪はなく、弱かったわたしたちが悪いのです。後、こんなこと誰にも言えないですが、肩の荷が下りたようで楽しく日々を暮らしています。ありがとうございます」


「でも、わたしを怖がっているのは事実でしょう」


「それは王族なら誰もが考えていることです。魔王の気分次第で生かされている命、それがどんな時機嫌を損なうかわからない。安心などできません」


「でも、今のあなたは女王じゃないんでしょ? なら今魔王がどう考えようととやかく言う理由はない。だって、ただのクロッグだ」


「……このお店を建てる時の資金繰りも食料品もローウェル王国のものを扱っています。アルベール王国のものより質が良いのです。わたしや国民がどう思うと魔王がわたしを女王として扱えば一緒です」


 ラフィアの声も半分も届いているように思えなかった。


 クロッグは頭を下げて立ち去ってしまった。


 食事を食べながら僕は考える。ゲーム内でクロッグ・アルベール女王に会う時は魔王を倒してからで、攻略対象たちから女王の話はほとんど聞かなかった。


「ラフィアが悩んでいるのはアルベール王国についてだったのか」


 ラフィアのシーンは断罪されるか嫉妬に狂って主人公をいじめるかが多く、内面では何に悩み苦しんでいるか語られることはなかった。


「わたしはローウェル王国に住んでいた。豊かな森と多くの野生動物たちと暮らす生活で小さな頃など毎日が楽しかった。成長していく過程で家族との距離が離れているのを感じて努力をしてきたが、能力こそすべての国でわたしは一人だった。サトウ言われたことあるか? 『お前なんて生まなければ良かった』と。あの場にいた全員誰もそれを否定しなかった」


 ラフィアはお酒に口をつけたがすぐにテーブルに置いた。


「このアルベール王国に来てわたしたちがどれだけ酷いことをしたのかと理解した。それでもわたしはローウェル王国を嫌いになれない。家族を嫌いだと思いたくても、どこかで家族はわたしを心配してくれているのではと思ってしまうんだ」


「ラフィア、僕も君の気持ちの欠片だけでも理解したい。だから言うが、僕はこことは違う、とても遠い場所から来た。そこでの生活で僕は小さな頃両親が不仲になって家族との関係は悪くなった。そして仲の良い友達は自ら死を選び、好きだった人は病気で亡くなった。両親もその過程で既に亡くなっている。ラフィアには家族も友達もいる。これから好きな人もできるはずだ。そんな君に僕は寄り添いたいと思うんだ」


 僕の真剣な声が少しだけ届いたようでなんだか笑顔になってくれている。


「……サトウ、今日ほどお前が女性ならと思うことはないよ」



 料理を食べ終わるとお店を出て湖に行った。僕たちはエメラルドグリーンに輝く湖を歩いていると夜が迫ってきた。太陽も沈み遠くの城と上空の大地が見えなくなっていく。湖の桟橋に座るラフィアの隣に座るも落ち着かない様子で顔を背ける。


「わたしだけ独占してしまってみんなに悪いな。いつも一緒に遊んでいる男性たちとのほうが楽しかっただろうに」


「そんなことないよ。ラフィアのつらい気持ちも聞けて僕はより君のことが好きになれた」


「好きになる理由なんてないと思うけど」


「どこかラフィアは他人事に思えなくて気になっていた。それに空から可愛い女の子が降ってきて喜ばない男性はいない」


「お前変人だな」


「否定しない」


 毎日気が狂いそうになりながら恋愛小説と少女漫画と乙女ゲームをやる男性には相応しい言葉だ。


「それならわたしも変人だ。サトウと始めて会った日、何故か心が踊った。毎日話す時も目で追ってしまっていた。こんな気持ち間違っていると理解しているのに。どうしてか一緒にいたいと思う気持ちが強くなった。わたしは壊れてしまったのだろうか」


 僕は思わずラフィアを抱きしめた。


「僕もだ。生きていて、毎日苦しかった。もう僕は壊れている。でも、それでラフィアと出会えるなら壊れたままでいい。僕はラフィアが好きだ」


 腕の中にいるラフィアが僕を抱き寄せる。


「わたしも同じ気持ちだ。男性に好きと言われて嬉しいと感じるなど、どうかしてしまったとしか思えない。こんなに素直な気分で喋られるなら一生壊れていてもいい。わたしもサトウが大好きだ」


 その時僕たちはキスをした。永遠とも思える瞬間を味わっていたが「クリティカル」という機械音声に煩悩がかき消された。


「どうした?」


 ラフィアが不安そうに僕を見ている。


「いや」


 体に変化はない。


 もう一度ラフィアにキスをするが聞こえてこない。


「さっきからどうしたの? やっぱりわたしとじゃ嫌?」


「そんなことないよ。慣れないだけだ、それにちょっと体が熱くて。夜なのにね」


「そうかな? 少し冷えるから抱き合っているだけ温かいよ」


 尋常ではない熱気に汗が伝っていく。熱でもあるのかと思うほどだ。確かに恋愛経験はないが僕はまだ何もしていない。キスで緊張してしまっているのだろうか。


 ラフィアに抱き寄せられているが力が入らない。


「サトウ……あなた熱くない?」


「なんだろ、体が」


 僕はラフィアに覆い被さる形になってしまう。


「あの……心の準備が」


「そうじゃない。目が」


 僕はラフィアの体にのしかかる。


「ねえ、サトウ? 聞いているの?」


 意識が薄れていく。

 僕は自然と目を閉じた。


 

 夢を見ていた。

 小学生の頃に父親と母親が喧嘩をしていた。父が浮気をして母が泣き出して当時は大騒ぎだったが、今にして思えば大したことじゃなかった。

 離婚後も母は僕を大切に育ててくれた。


 高校生の時にできた友達に恋愛小説を渡された。流行りの映画の原作と言われて読んでみたら二人して映画を何度も見に行った。


 大学に入った頃人伝で父が交通事故で死亡したことを知った。

 大学時代同郷の人から言いづらそうに僕の高校時代の友達が自殺したことを聞いた。


 ほぼ同時期に母が既婚者と不倫していたことが発覚。僕はお金の問題と不倫のことで母と喧嘩して大学を中退した。


 大学を中退した後も働きながら暇を見つけては大学時代の先輩のお見舞いに行っていた。彼女は流行り病のようで苦しんでいた。そんな彼女に好きな少女漫画を持っていくと嬉しそうに読んでいる姿が印象的だった。


 ニュースで母が水商売をしていること、そしてストーカーに刺されたことを知った。

 大学時代の先輩に乙女ゲームを渡すも長くないと言われてしまった。結局僕は彼女に告白できずに引きこもった。


 その後も規則正しく日課をこなす、朝は恋愛小説を読み、昼は少女漫画を読む、夜は乙女ゲームをする。


 僕は父の死を見ず生きてきた。

 僕は母と喧嘩別れをしてしまった。

 一番の友達の悩みもわからなかった。

 好きな人に告白ができなかった。

 ぼんやりと浮かんだ後悔がこの世界に僕を呼んだのか。


 目を覚ますとラフィアの目に涙がたまっていた。僕は膝の上で寝かされている。泣いているようで、時折僕の顔の上に涙が落ちていた。


「突然意識を失って……心配した」


「ごめん」


 先程まであった体の熱さは消え去っていた。

 立ち上がると体の魔力の流れが大きくなっているように感じた。息を大きく吸い込むと全身の力が抜けてリラックスできる。前方に右手を伸ばすと魔力が風船のように膨らむ。魔力の膨らみをエメラルドグリーンの湖に投げると大きな水しぶきを上げた。


「え?」


 ラフィアは降りかかる水を気にする様子はなく、僕をひたすら見つめていた。


「今魔法を掴んで投げた?」


「なんでだろ。魔法が使える」

 

 魔力と魔法は支え合っている。それ単体で運用するものではなかった。頭では理解していても体が理解できることではない。


 魔力が血液なら魔法は筋肉。魔法が筋肉だと考えるなら魔力の流れが悪いといい魔法は作れない。これはあくまでも血液と筋肉でたとえた場合の話だ。厳密には血液ではないし、筋肉でもないから定義してしまうわけにはいかない。


 血と血。体と体。体内を巡る魔力が僕とラフィアを間接的に支え合っている。同じ色の魔力が交互に行き来をして全身に溶け合っていた。


「ラフィアとキスをしたのが原因なのか、君を助けた時と違って魔法が自由に使える」


 ラフィアはお互いの体を眺めている。


「あなたが前に使った魔法は偶然できたこと、そして今の魔法はわたしとキスをしたことでできたこと。そんなこと聞いたことがない。ずっとサトウは魔法が使えると思っていた。魔法は偶然なんてあり得ない。すべて必然だから」


「元々素質のある者が偶然使えるようになることぐらいあるのではないのか?」


「一度魔法を使えたなら次は難しくない。学園でも魔法を使える人はいる。でも、アルベール王国はローウェル王国と違って魔法の素質のある者は二十年前に亡くなったか、ローウェル王国に行ったかしかいない。素質のある者をローウェル王国は黙って見ているほど甘くない。厳しいことを言えばアルベール王国にいる者は魔法の素質がない者、魔王の言葉を使えば無能だ。無能を取り込むと弱体化するが、有能を取り込めば国の為になる。今のアルベール王国にいる者が逆らってもローウェル王国は痛くないと思える人間が多い」


 ラフィアは僕の肩を掴む。


「わたしはアルベール王国が好きだ。サトウと出会えた国はわたしにとっても大切な国だ。魔法が使えることは誰にも言わないでくれ」


「今言っただろ、ここには無能しかいないと。それに魔法なら前も何度か使っているよ」


「わたしは君が誰よりも有能に思える。そんな君をたとえ身内だろうと奪われることは嫌だ」


 ラフィアは強く僕を抱きしめる。


「先程も言ったはずだ。魔法に偶然はない、偶然使えたものが突然自由自在に使える。そんな君は間違いなく特別、あるいは変わった存在だ。今まで魔法を使えない者がキスしただけで魔法を使えるようになったと言われたら、どんなことを考える者がローウェル王国にいるかわからない、それに」


 ラフィアはエメラルドグリーンの湖に手を入れた。


「先程の魔法はわたしが普段使う魔法だ。別に特別なものではないが、魔法を掴んだり投げたり、どれも簡単なのだがわたしは……その魔法が嫌いだ」


「嫌い?」


「非常に便利でローウェル王国では使う人間は多い。投げて楽しむことができて好きな魔法だった。それを家族はもっと強力な魔法を使えと言われて禁止された。その魔法を使ってくれてわたしは嬉しかった」


「それならいいじゃん」


「違う。わたしは怖いんだ。あの魔法を見ると家族に否定された記憶が蘇る、でも同時に嬉しかった。昔の楽しかった記憶が蘇って……素直に話すと支離滅裂になるな」


「そういうもんだよ。嫌いとか好きとか、簡単には白黒つけられる問題じゃないのはわかる。でも、大丈夫だ。僕はどこにも行かない。ローウェル王国に奪われることはない。君の好きな魔法も僕は好きだ、たとえ君が嫌いだと思っていても。僕が君の魔法を好きにさせるよ」


 僕はラフィアの頭を撫でる。


「いつか家族と仲直りできる日がくるといいね。こんな無責任なことしか言えないけどさ」


「一緒に空まで行ってくれる?」


「当然」


 ラフィアの手を引く。


「僕たちはこんな世界で報われないかもしれない。だけど、諦めないで生きていこう。無理なら誰かを頼ろう。ここには優しい人たちで溢れている」


「そうかな?」


「ラフィアは人を疑いすぎだ。人を信じすぎるのも駄目だが、人を疑いすぎるのも駄目だ。人間は協力して生きている。魔王とだって仲良くなれるさ」


 桟橋を歩く僕たちは空に浮かぶ大地を見上げる。


「魔王にも君の優しい血が流れている。わかってくれる」


「あの人は優しくないよ。人を殴るのに躊躇しない」


「なら殴り返すだけだ」


「こっちは心配しているんだぞ」


「ありがとう。でもね、こっちも同じくらい心配しているんだ。このまま仲直りできないで過ごしても、後々後悔が残る。僕は君の助けになりたいんだ」


 ラフィアは僕にキスをする。


「わたし家族が欲しいな。そして子どもと一緒に笑えるような世界を作りたい」


「一緒に子どもをたくさん作ろう。何十人までいける?」


「そんな数無理だよ。もっと少なくていい」


「大勢の子どもたちに囲まれながら死ねたら幸せだけどな」


「その時はわたしも一緒にね」


 僕とラフィアは何度もキスをした。

 僕たちを邪魔する声は聞こえなかった。

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