27:イニユラ
ノルチェを出てからは世間話を少しするぐらいで二人とは会話があまりなかった。その二人は寝息を立てて、わたしは現実感のない映像作品を見ていた。ラブロマンスに疎いので興味深いと思ったが心惹かれるものはない。ヒステリックな女性の声を聞いていると嫌な気分になってきた。映像作品を変えてみると人懐っこい子どもと大人が旅をする話だった。しばらく見ているとキュロットのことを思い出して懐かしくなってきた。彼女は今どこで何をしているのだろうかと思っていると眠くなってくる。キュロットはあの歳で読み書きは下手な大人よりもできた。屈託のない笑顔で何度もわたしを救ってきた彼女なら大丈夫だと思う。彼女には助けてくれる人が大勢いる。
少し目を閉じていたらいつの間にか海辺を歩いている。十年魔王と戦い未来を約束した彼の口元にキスをした日にもあったはずなのにすっかり忘れていた。何故か現実から遠く離された世界で魂まで包まれているかのような感覚になった。
そこには鮮やか建物が並んでいて、雲や星もなにもない世界で波の音のする海を眺めていた。澄み切った夜空には月さえ見えない。海辺を歩いても鮮やかな建物があるだけで何もない島だ。肌寒さを感じて建物のドアをノックする。室内からは女性の声が聞こえた。入ってきていいと言っているようだ。わたしが室内に入ると女性は手招きをして椅子に座らせた。
「あなたはラフィア・ローウェルというのね」
彼女の顔は見えない。あの時死んでいるサトウにキスをした時に見た記憶が、この女性との会話な気がするはずなのに頭が働かない。この女性は神秘的な雰囲気をしているが、何故か親密になれそうに思えたので挨拶をして彼女の名前を聞いてみた。彼女から名前を聞いたはずなのに次の瞬間には思い出せなくなっていた。
景色が薄くなっていく。
「自分で決めたことだけど、この名前を言うのって恥ずかしいね」
神々しさから緊張してしまいそうなのに彼女と恋愛についての話をするとお互い顔がほころぶ。気品を感じるような感じないような彼女が「女神なんて柄じゃない。でも、巡り合わせには感謝してる」と言いながら甘くて茶色の飲み物を口にしている。その彼女と同じ飲み物をわたしも飲みながら言葉を交わす度に会話の内容が頭から消えていく。
「こうして話すのも自問自答みたいで不思議な感じ」
静まり返る室内で彼女を見つめる。
「ねえ、幸せ?」
わたしは彼女に答えると嬉しそうに笑う。
「良かった。あなたとわたしの違いなんて些細なことよ。世界が違っても思い悩むことは一緒。だから報われなかった気持ちと一緒に託すわ」
彼女がわたしに近づき手に触れる。
以前にも同じものを見たはずが既に忘れかけていた。覚えようとしても頭の片隅にも残らない。
「運命というものは残酷だけど、自分で変えられるものなの」
その手の温かさはまるで生きている人間のようだった。
全身に流れる血や肉が形を変えていく。
「忘れないで、あなたはわたしが守る。あなたは彼を守って、そうすれば彼もあなた守るから」
真っ白な空間で彼女と二人だけになっていた。
彼女に抱き寄せられると全身の力が抜けていく。
目が覚めるとリングの寝言が聞こえてきた。彼は食べ物のことばかりを考えているようで幸せそうな顔をしている。サテンはまだ寝ているが起こすつもりはない。夢を見ていた気がするが思い出せない。随分と長く寝ていたのかお腹が空いてきてしまった。二人が起きるまで食事を取っているとリングの声が聞こえてくる。リングと食事を取っているとサテンが起きて彼女も食べ始める。食べ終わる頃にはイニユラに到着したようでアナウンスが聞こえる。
イニユラで降りる人は少ないのか数人しかいない。
地下から地上に行くと辺り一帯は雪で覆われていた。ある程度防寒着の準備をしていたが想像以上に寒かった。震える体を動かしながら雪の中を歩く。道の端には積み上がった雪が建物の高さまであった。通行人が通り過ぎると二足歩行の機械が雪を道の端に寄せながらぺたぺたと叩いていく。
ほとんどが白い壁の建物で作られていたが、遥か遠くにある輝く金と白の建物が幻想的な世界を作り出していた。ここからでも見える大きな建物だ。派手な見た目とは裏腹に頑丈な建物なのがわかる。全体に魔力が流れている。
「なんで魔力が流れているんだ?」
リングが言った。
「あれは城? ローウェル王国や他の王国とは違うが城かな」
「この国で城は見たことがない。まあ、わたしにバーキン連邦の知識はないけど」
わたしは二人を先導しながら城に向かう。
人間は魔力で動くはずで建物ではない。あの城が人間だという説は現実的ではないので一旦は貴族やドラゴニアについて探すことにする。誰かに貴族やドラゴニアなどを聞きたいが雪が降る中歩く者は少ない。イニユラに到着した時も少々人はいたが今は誰もいない。
「ねえ、どこかで休まない?」
「サテンは寒い?」
「寒いよ」
「確かに少し寒いね」
わたしはまだまだ動けるがこれ以上進むのをやめて宿屋を探す。時間帯か雪なのかお店が閉まっているところが多い。人通りのない道を抜けて大通りを歩いてようやく宿屋を見つけた頃にはサテンとリングは震えていた。二人を宿屋の風呂に入れると、浴室からは二人の楽しげな声が聞こえてきた。二人からは一緒に入ろうと言われていたがわたしは部屋で残ってシャギーやグラードに連絡をすることにする。
『イニユラに着いたか。そろそろ俺たちはオーガンザ砂漠に入る』
シャギーとグラードは一緒にいるようでよく喧嘩をする声が聞こえてくる。その度に仲裁の村人たちの声で落ち着きを取り戻す。
『ローウェル王国がバーキン連邦と本気で争うつもりってあるのかな』
『わからん。グラードは貴族とも繋がりはあるが、ほとんど口だけで貴族は本気で戦うつもりはない。バーキン連邦のほうがやる気はあるかもしれないな』
魔王はプリミティブ島を攻める時も都市ローウェルの土地ごと動かしていた。動く空中要塞のようで魔王は自分が住む土地を自由に動かせる。魔王がプリミティブ島を攻めたのは重要な場所だからで解決するが、長年身近にあった他国の土地を宣戦布告もなしに攻撃した。ローウェル王国にいたが彼ら貴族は魔法の力で他国を滅ぼすことに躊躇しない。
都市ローウェルは大きな大陸とも大きな島とも言えるが移動だけでも相当な魔力を使うはずだ。ものを浮かせるには基礎魔法で押し上げれば浮くことは簡単だが持続時間は短い。わたしなどからすると短期決戦用だがアルベール王国には長い年月浮いていた。魔王の魔力は膨大で勝てる人などいるのだろうか。
数日間雪が止むまでシャギーやグラードにピロトグルとヨークドを加えて今後について話をする。彼らとの会話でキュロットがギャバジンに向かっていることを知る。このフルブローグでわたしが話をしていない間も何人もの人間が様々な情報をやり取りしている。念話よりも便利なものを手にして忘れていたがローウェル王国の情報はどうなっているのだろう。
念話を使ってみたが彼らとの連絡は遠いこともあるのかうまく使えない。時々何かを喋っているが詳細はわからない。自分が道具として無理に使っていたことも影響しているのか、わたしが話しかけると変な動作を突然してしまうことがある。長いこと命令を行わないことも幸いして今は洗脳の効果も念話の効果も以前より落ちている。どの魔法も原理は同じで魔力を注がなければ効果は長続きしない。
雪が降り止んでから城に近づき壁に触れてみると魔力を確かに感じる。
「どういうことだ? 魔力がある。触った感じは普通の建物で内部を流れる魔力が一般的な生き物と近いような気がする」
「リングもそう思うよね……怖いな」
この大きな城を見つめて怖がる二人から少し離れて城全体を眺める。魔力は適度に分散されているが一部に魔力が集まっている。正確な数まではわからないがかなりの数の人間が建物内にいる。それも貴族に匹敵する膨大な魔力を備えている人間が含まれている。バーキン連邦には貴族は本来いないはずだ。それがいるということは捕らえられた貴族やドラゴニアだろうか。それか薬を使った平民なのか。どれも脅威とは思えなかったが相手を油断しないほうがいい。
しばらく城の周囲を歩いていたが長居することはできずに宿屋に帰ることにした。わたしたち以外にいる人間が他の都市にいるような観光客ならいいが兵士なら慎重にならざるを得ない。
わたしは自分の実力を知っている。自分の身内以外になら正面切って戦っても勝てる自信がある。それでもサテンやリングの実力は未知数だ。彼らに後ろを預けてもいいのかわからない。
「サテンは自分がどの程度強いかわかる?」
「多少強いとは思っている。大人数で魔法を使われたらわからないけど。あ、ここは魔法を使わないのか」
「もしかたら魔法を使う敵がいるかもしれない。それだけじゃない可能性もある。大丈夫?」
「いざとなったら逃げるから問題ない。逃げるのは得意よ」
「リングは強い?」
「強くないとローウェル王国の兵士になっていない」
「ローウェル王国の兵士なんて大して強くない」
「そういえば散々殺してきたんだっけ。どうしよう自信なくなってきたな」
「それなら帰れば? わたしは止めないよ」
「サテンって俺のこと嫌いなの?」
「そんなことないよ。自信過剰は危ないと思ってるだけ」
「それで二人は自分の身は守れる?」
二人は頷く。
「それなら明日の夜に決行する。準備を怠らないようにね」
男女でこれほど喋っている人たちをわたしはあまり見たことがない。きっとサテンとリングは本気で嫌っているわけではないのだろう。
彼らを守りたい気持ちもあるが、今は自分のことで精一杯だ。
キュロットができないことをわたしがやる。
ローウェル王国との戦いの前哨戦にしようか。




