26:嘘をついた
ベンチに腰をかけながらエドワルド行きの時間帯まで待つ。アナウンスに耳を傾けるとまだアニリンから離れることはできないようで人が行き交いが絶えることはない。トイレに行くとみんなに伝えてからしばらく離れた場所からクラインの演説が聞こえてきた。ローウェル王国がいつ戦いを仕掛けるかわからないから備えようという話だ。
トイレに入って腰を下ろすと自分が男性だった時の感覚がわからなくなっていた。この世界に十年もいれば馴染んでいるのは当然だ。サトウの時は一年を少し過ぎた程度で、あの当時はまだ馴染んでいなかった。
用を足して帰る気にもなれないので大きな書店に入る。色鮮やかな店内には天井付近まで本が並べられていた。静かな店を見ていくと見慣れない本ばかり目につく。どれも素晴らしい内容の本ばかりで興味をそそられる。その近くには装飾タイルで作られた内壁があった。この書店は本を見るというよりも建物の内部のほうが観光客に人気なのかもしれない。誰もが壁や天井を見ている。よく見ると天井はステンドグラスのようなものになっている。子どもの手を引く両親が見えた。この光景とは違うが以前の僕も母と父に手を引かれて歩いたことがあった。まだ両親の仲が良かった時期で幸せな時だ。もうほとんど思い出せないが子どもというのは幸せであるべきだ。
僕も幸せなら良かった。
書店から出て町並みを見て回るのも今日が最後と思うと惜しい気持ちになる。時々カラフルな建物が見えるがどれも記憶に残したいと思って眺めてしまう。
随分遠くまで歩いたのか石畳の道にきた。ここもまだ観光地なのか人が多い。お酒を売っているお店やチョコレートを売っているお店を見て回ると買い物でもしようかという気分になる。買って帰ることも考えていると壁にドラゴニアのようなものが描かれていた。以前ギャバジンで見た壁画と似ている。お店の主人に聞くとドラゴニアを神として祀っていた時期もあったが今では誰も神とは思っていないみたいだ。
「研究が進んで人間と同じものだと判明してからはお祭りも消えた。商品が売れなくなって悲しいよ」
「確かにドラゴニアが神というのも変ですよね」
「そうだね。復活までされたと聞くとそう思うよ」
「え? 今復活と言いましたか?」
「その話をしているんじゃないのか?」
「……そうですけど」
「最近になって復活できたと宣伝していた。ほら」
主人の手から映像が出てきて大きな巨人が映し出されていた。端末もなく映像を出せることにも驚きを隠せなかったが、何よりもアーバンのような翼が生えた生き物がドラゴニアにしか見えなかった。
「この記事だと場所は書いていないが雪が多いことからイニユラだろうな。あんな地域から骨が出てきて生き物を現代に蘇らせるなんてすごいことだ」
「ええ、この国の技術力は素晴らしいですよ」
主人と会話を済ませて急いで走り出すも立ち止まるって考える。ドラゴニアが復活したことをアーバンに伝えても大丈夫だろうか。ピロトグルは今研究をしていないと思う。どのくらい昔なのかわからないがドラゴニアのことをピロトグルは研究していた。きっとアーバンは復活したことを素直に喜ぶはずだ。それでも僕は複雑な気持ちになる。ここの人間はドラゴニアを同じ人間だとして扱うだろうか。
ドラゴニアは魔法が使える。どう考えるかわからないが貴族と変わらない。大きさも異なる存在を恐れないのか。あの主人はドラゴニアのことを神ではないと思っている。商売道具として使えればいいと思う程度の存在だ。とても恐れているとは思えない。心配することでもないと思ったが、フルブローグのにあるらしい検索機能で過去の記事を探す。ドラゴニアは以前はオカルトマニアで話題になった程度のものが一躍真実となったことやドラゴニアを恐れている記事が幾つかあった。そしてある程度記事に関する感想が書かれているのを見て思う。バーキン連邦の人間はドラゴニアを貴族とほぼ変わらないと思っているように感じた。当然、そう思わない人間もいるが目立つのはドラゴニアに対する恐れだ。復活させたことについての批判のほうが多い。人間の感情なんて一時的なもので信頼できない。それでも一部分だけの感情を無視できないと僕は思ってしまう。
貴族としてのアーバンよりもドラゴニアとしてのアーバンのほうが人間にとっては危険かもしれない。
彼がドラゴニアとして生きていることを受け入れられる人はいるのか。これほどまでに発展した国でも自分と姿形が違う存在を認めるのは難しい。
このことを知ったらアーバンはイニユラに行く。どこかの施設にいるということを抜きにしても連れ出すことは難しくない。アーバンがいれば問題大きな体でも問題ない。だが、たとえ一時的に連れ出しても今後バーキン連邦との戦いになるかもしれない。現在僕を含めて元貴族の連中はバーキン連邦で生きる手段を失う。ローウェル王国で生きることもできずにバーキン連邦へ逃げて来たが、状況を更に悪化することも考えられるだろう。
アーバンがバーキン連邦に対して攻撃すれば神として崇められているドラゴニアを畏怖の象徴として見られる。危険だと思われると僕たちの住む場所が狭くなる。不用意に敵を作るのは問題が大きくなる原因になるがアーバンにドラゴニアを放置しろと言えるだろうか。彼は案外感情を優先する傾向があると僕は考えている。今は僕たちがいるから冷静だが、実際の現場でドラゴニアが見て冷静でいられるだろうか。
予想でしかないがたとえ完全に復活してもドラゴニアに人としての権利なんてない。それは元々別の世界にいた僕が一番よく知っている。人と猿が似ていても同列に扱おうとすることは決してあり得ない。人間というのは自分たちこそ優れていると無意識に思っているものだ。
人混みの中で立ち止まる僕を何人かが横目で一瞬見ていた。
ベンチで座ってエドワルド行きを待つみんなの姿を想像しながら逆方向を歩く。
十年前の敗北から無力を思い知った。僕は魔王には勝てないからゆっくりと余生を暮らそうとラフィアの側で生きていくことを考えていた。ないものねだりをしても仕方ないが、どうせならフリルみたいな大きな胸やラフィアみたいなスタイルの体が良かった。何度も成長の遅い自分を呪っていたが、これも自分の娘だからと考えていた。
歩いていくと観光客が少なくなっていく。
空を見上げて目を閉じる。
これも僕の一つの人生だ。
ここで馴染んだ体で転生してしまった人生なんだ。
石畳を歩きながらフルブローグで地図を見る。
僕は覚悟を決めてシフォンに話しかけた。
『ごめん。待てなくて他の人に割り込んで一人でエドワルドまで行っちゃったよ。多分、そのままギャバジンまで行くと思うから移動手段を確保しておいて』
シフォンのため息が聞こえた。
『仕方ないな。誰かがクローラーを操縦しないとね』
『それとアーバンはまだドラゴニアにならないでね。またフェザー連邦みたいな騒動を起こしたくないでしょ』
『わかった。一人でもギャバジンに着けるか?』
『大丈夫だよ。そっちこそ、ギャバジンまで行けるんだろうな?』
『問題ない』
『じゃあ、また会おう』
本当に嘘をついて良かったのだろうか。こうして誰にも言わずに去って行く行為を何度かしているが嫌われても不思議ではない。
僕はラフィアと話そうとしたが彼女に何を言ったらいいか思いつかなかった。今彼女はノルチェにいるはずだが何をしているんだろうか。
ラフィアは馴染んでいるのだろうか。彼女はずっとローウェル王国にいて僕と出会ってからは長いこと国に帰っていなかった。その後はプリミティブにいて生きていた。バーキン連邦には仲間と一緒に来ていることは知っている。僕は長いこと彼女と二人で話をしていない。もしかたら彼女はイニユラに行っているかもしれない。そこで会って話をして僕はどんな話をすればいいのだろう。
貴族のこともドラゴニアのことも僕はやらないほうがいいと言われていた。それは僕が子どもだからという大人の身勝手な話からだ。それなら同じく僕も自分のわがままの為に行動しよう。この世界では僕も子どもだ。大人なら怒られることはしない。子どもだからと大人しくしていたが、僕は子どもなんだから大人しくする必要はない。
ふざけた理由だ。
行く理由がラフィアに会いたいだけなんて。
あの地図では北に行くとデシン山脈がある。どのような道を行けばいいかわからないがサバイバルの心得ならある。
身勝手かもしれないが僕はラフィアに会いたい。
このままノルチェに行くとすれ違いになる。ギャバジンに行けば彼女と会えると思うが僕はラフィアが心配だ。彼女は真面目で誰かの為に何かをしたいと考えて行動するような優しい人だ。知らない貴族だろうと助けようとする。きっとイニユラに貴族がいれば行っている可能性がある。強くなったという話を純粋に信じていても僕は動くことを止められない。
彼女は今を考えているのか。
この十年間はサトウのこともローウェル王国のこともまともに聞けなかった。
ここから僕はラフィアに会う為というわがままで行動する。
服屋で少し大きめの服を買う。そうして路地裏に入って入り組んだ道を抜ける。人に見られていないことを確認して自分の体に魔力を流す。この十年間様々な魔法を試してきた。その中で一番使いたかった魔法を使って体を男性に変えた。服を脱いで全裸になると体の大きさを変化させる。以前の自分と変わらない大きさになった。服を着替えると小さい服を捨てて歩き出す。
窓ガラスから見える姿はサトウだった時の自分に近い。自分の顔のかっこよさにはラインの遺伝子に敬意を払う必要があるが、考えてみれば佐藤星だとしても別にかっこ悪いとは思っていなかった。
いや、単純に十年前の顔が思い出せないだけか。
僕はかっこ悪いと言えばラフィアが慰めてくれるかな。
大人の姿に変化させて歩き出す。
これなら誰を助けても文句を言われないはずだ。僕は子どもではなく、大人として行動する。我ながら子どもらしい考えだが強くなったとしても好きな人を危険に晒すつもりはない。
この姿ならラフィアもキスを拒否しないかな。いや、サトウが死んだのなら彼女は僕を本気で認めることがないかもしれない。それでもラフィアに僕は生きていると信じてほしい。だからここまで生きてこれたんだ。今からはキュロットとしてではなく、サトウとして会いに行く。




